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一二話
しおりを挟む調査結果だけをいってしまえば、洞窟の奥は行き止まりで何もなかった。強いて挙げるなら、一番奥が水浸しになっていたくらいか。
モンスターに関しても、あの蜥蜴以外には何も居なかった。実に静かなものだ。どうやら、この洞窟はあの蜥蜴のねぐらになっていたようだった。
それと、この洞窟は自然に出来たものではなく、人の手によって掘られたものだと思われる。壁を何かで削った様な跡が残っていたから、まず間違いない。
おそらく、鉱物資源を探して試掘した坑道の跡だろう。それで、地下水脈にぶつかり、それ以上の採掘が不可能となって放棄した、といったところか。
ちなみに、道中で狩った蜥蜴は一応亜空間倉庫にしまってある。
もし、冒険者ギルドのような所でもあれば、売れるかもしれないからな。念のためだ。
『アンリミ』では、モンスターは倒した瞬間に即アイテム化していたので、モンスター自体が売れるかどうかは半信半疑ではあるが。
まぁ、売れ無くても、体に毒とかは無かったので、最悪非常食にはなるだろう。
手持ちの食材アイテムが、まだまだ沢山あるとはいえ、用意しておくに越したことはない。
で、洞窟探索を三〇分ほどで切り上げて、ソアラの所に戻ると……
「すぴゅー、ふりゅりゅりゅりゅ~……すぴゅー、ふりゅりゅりゅりゅ~」
ソアラが、何とも独特な寝息を立てて爆睡していた。
お疲れなのだろう。
俺は、ソアラを起こさないようにそっと布団を掛けると、ベッドの横を通り抜けて洞窟の入り口まで向かう。
ついでに、このままソアラが言っていた街道の調査もするつもりだ。
明日になってから道を探していたのでは手間だからな。先に下見くらいはしておこうという腹積もりだ。
俺は【形状変化】で入り口に小さな穴を開けると、そこからエテナイトを外に出し、周囲を偵察。
賊がいないことを確認してから、俺も外に出て、再度入り口を閉ざす。
洞窟の中にいると分かり難いが、もうすっかり空が紅く染まっていた。流石に高い木々に遮られて、夕日は見えなかったけど。
「さて、取り敢えず高い所を目指してみるか」
周辺捜査の基本は高所から。
というわけで、手っ取り早い高所はというと、洞窟があるこの岸壁だ。
ざっと見、上まで一〇メートルは下らい絶壁だ。俺が自力で登るのは不可能だが、この程度の崖ならエテナイトなら余裕で登頂可能だ。
【傀儡操作】の有効範囲が一〇メートルなので、取り敢えず限界まで登らせてみることにした。
何も見つからないようなら、場所を変えて同じことをするだけだ。
エテナイトはするすると崖肌を登って行くと、あっという間に操作限界距離まで到達した。そこで一旦停止。そして、頭部をフクロウの様にくるりと真後ろへと回す。
生物ではない、人形だからこそ出来る業である。
「さて、どうかなぁ」
【視覚共有】は有効なままなので、エテナイトが見た光景はそのまま俺へと伝わっていた。
今は野外なので、サーモなのどのセンサーは全てオフにしてある。
エテナイトの目を通して映し出されたのは、真っ赤な夕日が、何処までも続く森をまっ赤に燃やしている、そんななんとも神秘的な光景だった。
状況が状況なら、まさに絶景だと喜べもしたのだが、遭難中の身では景色なんて堪能している場合ではない。
さて、探索探索っと。
しかし、一〇メートルと聞くと大した高さには感じないが、こうして実際に登ると結構高いのな……
足場の悪さも相まって、眼下に広がる光景にタマヒュンしそうになるが、登っているのが俺ではないので怖くはない。
こんなもの、スカイダイビングをテレビで見ているのと同じだ。
まぁ、生身で登れといわれたら、全力で拒否るけどなっ!
俺はエテナイトの目を通じて、入念に周囲を見回してみる。と……
「おおっ、いきなりビンゴだったな」
エテナイトが、森の中に走る不自然な一本の亀裂を捉えた。
所狭しと生い茂る木々が、そこだけすっぽりとなくなっていたのだ。つまり、そこが街道だということになる。
ただ、望遠機能を限界まで使っての発見なので、ここからは結構な距離になるな。
障害物がなく、かつ平坦な道で最短距離を移動出来れば、徒歩で三〇分くらいで着きそうな距離だ。だが、生憎とここは鬱蒼とした森の中。
道は悪路で障害物も多い。最短での移動など夢のまた夢だ。
あそこに着くまでに、最低一、二時間は見積もっておいた方がいいだろう。森の中の移動は、思った以上に進まないと今日身を持って知ったからな。
ここから見る限りでは、街道というだけあってそんなに細い道ではないようだ。
ソアラも、賊は隊商を偽装して移動していた、って言っていたからな。それだけの道幅があればあれを出すには十分な広さだろう。
賊からどう逃げるかが悩みの種だったが、これなら街道にさえ出てしまえば余裕で逃げられそうだ。
問題は、どうやって街道まで奴らに見つからずに逃げるか、か。
まぁ、そこは運を天に任せるしかないな。
調査を終えて、俺はエテナイトを亜空間倉庫に回収。そして、ソアラが寝ている洞窟へと戻るとにした。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
ジュ~、カッカッカッ、ジュ~
そんなこんなで俺は今、夕食の準備なんぞをしております。
インベントリには、まだまだバーガーが残っているが、流石に同じ物ばかりというのも芸が無いし、味気ない。
ということで、こうして自炊しているというわけだ。
今晩のメニューは、生姜焼きにガーリックトースト、コンソメスープに生野菜のサラダの四品だ。
独身の一人暮らしが長くなれば、これくらいの料理など造作もない。と、言いたいところだが、大したことは何もしていない。
実を言えば、これらの料理はほぼほぼがチェストボックスに入っていた出来合い品だったりする。
生姜焼きは生肉に生姜焼きのタレをぶっかけて焼いているだけだし、ガーリックトーストは完成品。コンソメスープはお湯
に粉末スープにを入れただけで、生野菜のサラダに至っては、適当に野菜をちぎってボウルに盛っただけである。
動作確認ついでにクラフトボックスを使って料理をしてもよかったんだが、クラフトボックスを使った料理って、ジャンクフード的な簡単なものしか作れないので止めた。
やっぱり、夕食ぐらいしっかりがっつりしたものが食べたいではないか。
「すぴゅー、ふりゅりゅりゅ……ごはんっ!」
唐突に、そんな寝言で飛び起きたのは、うちの眠り姫ことソアラ嬢だった。洞窟内に充満する、肉が焼けるいい匂いに釣られて起きたのだろう。
「おそようさん。今、夕食の準備してるから、もう少し待っててくれ……」
「……ふぁい」
一拍置いて、木の抜けた返事が返ってきた。こりゃ、まだ頭は起きてなさそうだな。
その証拠に、その目は未だ開いておらず、頭も若干左右に揺れている。
ポケーっとした顔は、寝起きの愛嬌がある顔、といえば聞こえはいいが、今は単なるマヌケ面でしかない。
その締まりのない表情からは、一昔前のパソコンが立ち上がる時に鳴る、キュイーン、カタカタカタカタカ、という音が今にも聞こえてきそうなくらいだよ。
で、少しして……
「…………っ!?」
ソアラが目をカっと見開くと、いそいそと頭から布団をかぶってベッドの中に潜り込んでしまった。
どうやら脳の起動が完了して、自分の状況と言動を深く理解したらしい。してしまったらしい……
寝言を言って起きるとか、剰え言った自覚があるとか、そりゃ恥ずかしいだろうよ。
流石にこれには耐えられなかったか、こんもりとしたソアラ山がぷるぷると微振動していた。
噴火の兆候だろうか?
「まぁ、気にすんな」
「気にしますよっ!! これじゃ私、ただの食いしん坊じゃないですかっ!!」
あっ、やっぱり噴火したわ。
………
……
…
「いいじゃないか食いしん坊キャラ。個性があることはいいことだと思うぞ? 脱無個性っ!」
「いらないですよそんな個性っ! ていうか、私、食いしん坊じゃないですからっ! むぐむぐ……」
なんて言いつつ、さっきからその手は忙しなく皿と口の間をすごい速さで往復していた。
天野岩戸と化していたソアラを、なんとか宥め賺して布団から引きずり出し、ようやくの夕食だ。
先に食べ始めてもよかったのだが、それじゃすこし寂しいではないか。
「このお肉、すごくおいしいですけど食べたことのない味がします……何のお肉なんですか?」
「ん? ああ、ボアボアっていう動物の肉なんだけど、知ってる?」
「いえ……聞いたことがない名前です。どんな動物なんですか?」
「見た目はイノシシで、全身が長いモコモコした毛に覆われている奴だよ」
「へぇ~、そうなんですか……もぐもぐ……」
“長いモコモコの毛”に包まれた“イノシシ”だからボアボアだ。
このボアボアだが、肉は美味しいが気性が荒くて家畜化出来ないバレットボアを、気性が穏やかで人に懐きやすいマシュマロシープと掛け合わせることで、畜産可能にした家畜動物である。
反面、飼育し易くなった代わりに、本来バレットボアが持っている高い戦闘能力や、マシュマロシープが所持している状態異常系のスキルなど、その一切合財が失われてしまっているので、使役獣としてはなんの役にも立たなくなってしまっていたがな。
種がまったく異なる生物を掛け合わせているが、気にしてはいけない。だってゲームなんですもの。
余談だが、『アンリミ』では俗に魔獣と呼ばれる存在と、ただの動物は明確に区別されている。
動物はただの獣であり、そり以上でも以下でもない。反して、魔獣は特殊なスキルを使う。
バレットボアとマシュマロシープはどちらも一応、魔獣に分類されているが、ボアボアはただの動物だ。
魔獣と魔獣を掛け合わせて動物が生まれる、なんてことも『アンリミ』でなら起こりえることだった。
なので、さっき仕留めた蜥蜴も、俺の中では一応“魔獣”としているが、本当のところは良く分かっていなかったりする。
そもそも、『アンリミ』にあんな奴は居なかったからな。
もしかしたら、なんの能力も持っていないただの動物という可能性もあるのだ。
しかし……
ボアボアは、『アンリミ』なら初心者でも簡単に畜産に挑戦できる飼育し易い家畜として人気があるのだが……
ん~、やはりボアボアも知らないか。改めてここが、『アンリミ』とは違うのだなと思い知らされる。
ちなみに、このボアボアの肉は知り合いのプレイヤーから買った物だ。
その人は戦闘などは一切せず、主に料理人職でゲームを楽しんでいた人だったのだが、ただ、かなり拘りの強い人で、納得の行く食材は自分で育てるっ! とか言って、農業に畜産にと、何でもかんでも自分で作っている人でもあった。
ボアボアの肉以外にも、生姜焼きのタレにガーリックトーストのパンや、サラダで使った野菜、コンソメスープに使った“スープの素”などなど、今日使った素材のすべてがその人から購入したものだ。
あの人が育てた食材や調味料は、どれも一級品で中々手に入らないことで有名なのだが、そこは知り合いの誼みで融通してもらっていた。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした」
見ると、ソアラの皿は本当に綺麗さっぱり片付いていた。
生姜焼きが乗っていた皿など、それこそ洗ったかのようにピカピカだ。
そりゃ、皿に付いたソースをパンで拭い取って食べていればこうもなろう……
「そんな粗末だなんてっ! どれもすごくおいしかったですっ!
あんなふかふかで香ばしいパン、今まで食べたことないですし、スープも味が濃くて、サラダもシャキシャキで、特にお肉に掛かってたソースがピリっとしていて、でも辛すぎなくて……とにかく絶品でしたっ!」
興奮冷めやらぬといった感じで、ソアラが鼻息荒くそう巻くし立てた。
あの人の食材は、ここでも大人気のようだ。おいしい、に国境はないのだろう。
「そこまで褒められたら、育てた人も生産者冥利に尽きるだろうよ」
「でも、料理したのはスグミさん……なんですよね?」
「そうだけど、俺は大したことなんてなにもしてないからな。
パンは調理済みのものを出しただけだし、スープは水にスープの素と野菜を少し入れて煮ただけ。
サラダなんて、野菜ちぎって盛りつけただけだし、ソアラが絶賛してくれてる生姜焼きだって、バラ肉に生姜焼きの素ぶっかけて焼いただけだ」
それでも美味いというのなら、それはすべて生産者様のお手柄だ。
レトルトをチンして美味しいといわれても、それを誇るわけにはいかんし、カップ麺にお湯を注いで“手料理です”と言われても困るだろ?
「はぁ~、よく分かりませんが、これだけのお料理をこんな野宿みたいな状況でも簡単に作れる、ということだけは分かりました。
それだけで凄いことだとは思いますが……」
俺は一心に皿を見つめるソアラの前に、食後のお茶を差し出した。
「あっ、ありがとうございます」
ついでに、使用済みの食器をチェストボックスへとしまう。洗うのはまた手が空いた時でいいだろう。
どうせチェストボックスの中では時間は停止しているので、汚れが渇いて皿にこびりつく心配もない。
「あの……ちょっと不思議に思ってることがあるんですが、いいですか?」
お茶を数口啜って、人心地付いた後、ソアラがそんなことを聞いて来た。
「ん? 何? 俺が答えられることならいいんだけど」
「えっと、ですね……さっきの料理、スグミさんがこの洞窟の中で作ったんですよね?
なのに、その、焚火を起こした跡がないのはどうしてかな、と。それに、全然煙たくもないですし……」
「ああ、そのことか。実はな……」
案外観察力はあるんだなぁ、と思いながら、俺はの疑問に答えることにした。
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