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五話

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「取り敢えず、隠れるならここが一番いいかな?」

 先ほどの広場から少し離れた崖の前で、俺は足を止めてそう言った。

「ここ……ですか?」

 俺たちの目の前には、人ひとりがなんとか通れるくらいの大きさの穴が、ぽっかりと口を開けていた。この先が、結構広めの洞窟になっているのだ。

 ここは、俺がさっき周囲を散策している時に偶然見つけた場所だ。
 最悪、野宿をする際に使えるかもしれない、とマップにマーカーを打っておいて正解だったな。
 野外で快適に過ごす方法が無くもないのだか、この森の中という環境が俺に取っては少しばかり都合が悪い。もう少し、開けている場所があればいいんだが……
 まぁ、ないものはないので、今はあるものを利用するしかないのだ。
 というわけで、この中に隠れていれば、あの人攫い共からそうそう簡単に見つかることはないだろう。
 勿論、そのままでは外部から丸見えだし、見つかって中に入って来られても面倒なので、多少の工夫は必要だが。

「中は見た目よりずっと広いから、取り敢えず入ってくれ」

 そう言って、俺が率先して洞窟の中へと入って行く。
 入る時に、多少屈まなければならないが、入ってさえしまえば立って歩けるだけの十分な高さと広さがあった。
 洞窟はずっと奥まで続いているのだが、流石にこの奥がどうなっているかまではまだ確認していない。

 もしかしたら、外に抜けているかもしれないので、後で確認だけはしておこう。
 反対側からあの賊共がやって来て、やぁ、こんにちわっ! では目も当てられないからな。

 そんな事を考えながら、俺はスキル【亜空間倉庫】から人が二、三人くらいなら簡単に入ってしまうそうな大きな“宝箱”を取り出し、極力邪魔にならないように壁際に設置した。
 スキル【亜空間倉庫】は、プレーヤーなら誰もが初期から持っているインベントリとは別枠で、アイテムを保存しておくことが出来るという便利スキルである。
 インベントリには、初期で20スロットのアイテム保管枠が用意されており、1スロットに付き、重複スタック可能なアイテムであれば最大一〇個まで重ねられ、最大で二〇〇点のアイテムを所持することが可能となっている。
 一応、スロット数は最大で倍の40スロットまで拡張可能で、俺は既にMAXまで拡張済みだ。

 スキル【亜空間倉庫】は、それとは別にLv1で10スロット分を追加で保管出来るようになり、Lvが一つ上がる事に10スロットずつ保管枠が拡張されて行く。
 最大のLv10なら追加で100スロットも多く、アイテムが所持出来るようになるのだ。
 ちなみに俺の亜空間倉庫のLvはMAXの10である。
 一見、非常に便利そうではあるが、それなりに制限もある。
 例えば、収納可能なアイテムは1スロットにつき1アイテムまででスタックは一切不可、とかな。
 ポーションの様に本来スタック可能な物であっても、1アイテムで1スロットを消費する。
 なので、インベントリなら1スロットで一〇個所持することが出来るポーションも、LV1の亜空間倉庫なら、一〇個入れたらもう一杯になってしまうのだ。

 他にも、アイテムを一つ出し入れするたびに、アイテムの大きさによってMPを消費する、というのもある。
 出して一回。しまって一回だ。
 大きな物を頻繁に出し入れしていると、MPが少ない奴ではあっという間に使えなくなってしまう。
 ちなみに、MPはマジックポイント、ではなく、メンタルストレングスポイント、精神力の略である。ほら、戦士や格闘家もMPを使うスキルがあるから、みんなマジックポイントだとおかしくなるだろ? だから精神力なのである。

 そんなわけで、この亜空間倉庫というのは、非常に便利だが非常に取っつき難いスキル、というのが『アンリミ』での一般的な評価だったりする。

 若干の使い難さこそあれど、それを補って余りある利便性があるのだが……まぁ、それは今はどうでもいいか。

 さて、俺が取り出したこの箱だが、収納箱チェストボックスというアイテムの保管庫だ。
 外見がでかい宝箱に見えるが、ただのスキンなので気にしてはいけない。

 正確には、収納箱の中でも一番大きい、エクストララージチェストボックスと呼ばれる種類だ。
 なんと、500スロットものアイテムを収納出来る超大型収納箱で、スタック可能なアイテムであれば1スロットに付き、最大一〇〇点までスタックすることが可能になっている。
 なので、これ一つで500スロット×100スタックの五万点のアイテムが収納可能であり、亜空間倉庫全てをエクストララージチェストボックスで埋め尽くした場合、更に100スロットで五〇〇万点ものアイテムが所有可能になる。
 最早、数が多過ぎてよく分からないレベルだ。
 インベントリにまで、このチェストボックスを詰め込めば、もっと所持アイテムを増やせそうだが、残念ながらこのチェストボックスはインベントリには入れられないのだ。
 こうした、インベントリに入らないアイテムを所持出来る、というのも亜空間倉庫の強味の一つだな。

 まぁ流石に、すべてスタック可能なアイテムを入れるわけではないので、あくまで理論値でしかないがな。
 それに、そんなに沢山アイテムを持っていても、多分把握しきれそうもない。
 
 俺はチェストボックスから、家具アイテムであるテーブルとイスを取り出し、適当な場所に設置。
 洞窟の中に宝箱とイスとテーブルが並ぶ、というややシュールな光景になってしまっているが、今は贅沢を言っている場合でもないからな。

「そんな所で突っ立ってると、またあいつらに見つかるぞ? 早く入って来な」

 で、未だに洞窟の入り口でもたもたしている少女を急かす。
 その一言で覚悟を決めたのか、少女はのそのそとした動きでやっとのこと洞窟へと入って来た。

「あの……このイスとテーブル、それにこの大きな宝箱は一体……? 何もないところから、突然出てきたように見えたのですが……」
「ん? 地べたに直接座りたくはないだろ?」
「それは……そうですけど……そういう意味では……」

 少女が洞窟の中に入って来たので、俺は洞窟の入り口にちょちょいと細工を施す。

 スキル【形状変化シャープ・チェンジ

 俺が岩肌に手を触れると、周囲が軟体生物のようにうごめき出し、入り口を閉じるように広がっていった。
 そして、ものの数秒でイメージ通りの形状となり、ぴったりと入り口が閉じる。一応、酸欠防止のために三、四ヶ所に適当なサイズの空気取り用の穴を開けておくことを忘れない。
 勿論、外部から見て違和感がないように、自然な感じに仕上げておく。
 スキル【形状変化シャープ・チェンジ】は、主に金属を変形させて武器や防具を作ったり、ガラスを変形させて瓶を作ったりと、生産をメインとして使うスキルなのだが、こうして地形に作用させることで隠蔽スキルとしても利用することが出来た。

 また応用として、地面を変形させて棘を作る、なんて某鋼な錬金術師のようなことも出来なくはない。
 ただし、成型に多少時間が掛かるので、戦闘中に攻撃手段として使う、というよりは、事前に作っておいて誘き出す、というような罠的な使い方が一般的だ。

 よし、これで外からはただの岩肌に見えるはずだ。ここまでしておけば、あの人攫い共では永遠に気づくまいて。 
 
「きゃっ!」

 突然、周囲が暗くなったことで閉じ込められたと思ったのか、少女が短く悲鳴を上げた。

「ああ、悪い悪い。先に言っておけばよかったな……って、明かりも先に用意しておくべきだったか……失敗失敗」

 空気取り用の穴から微かに光が差し込んでいるとはいえ、ほぼ真っ暗になってしまった洞窟内を手探りで歩き、チェストボックスへと辿り着く。
 中から輝晶石きしょうせきという光輝く石を用いたランタンを取り出し、テーブルの上に置く。

 ランタンが周囲を照らすと、少女は頭を抱えた姿でしゃがみ込んでしまっていた。相当ビックリさせてしまったらしい。
 これは、悪いことをしてしまったな……

「まぁ、一先ずイスに座りなよ」
「は、はい……」

 少女はまだ恐る恐るといった感じではあったが、俺の勧めに従って椅子へと腰を下ろした。

「あっ、お茶があるけど飲む?」
「えっ……あっ、いえ……大丈夫で……」

 ぐうぅぅぅ~~~~~~~~きゅるるるるるぅぅぅぅ~~~~~~

「…………」
「…………」

 広いとはいえ洞窟だ。
 硬い岩盤に、少女の腹の虫が無数に木霊した。

「……まずはメシにしようか」
「あっ! いえっ! 助けて頂いたうえに、これ以上ご迷惑はっ……」

 きゅるる~~きゅるる~~きゅるるるるぅぅぅぅ~~~~~~

 再び、盛大に少女の腹の虫が鳴いた。それはまるで、早く何か食わせろ、という慟哭にも聞こえた。
 で、その虫の飼い主たる少女は……下を向いてぷるぷると震えていた。
 顔は見えないが、きっと、恥ずかしさで顔を真っ赤にしているに違いない。

 俺は何も言わず、インベントリからバーガー一つとスタミナ回復ポーションを一つ取り出すと、少女の前にそっと差し出した。

「お食べやす」

 何故か京ことばで進めてみる。 

「その……ありがとう……ございます……」
「どういたしまして」

 少女は蚊の鳴くよな小さな声で礼を言うと、目の前のバーガーに手を伸ばす。
 しかし、そこから先、どうすればいいのか分からないのか、バーガーを手にしたままクルクルとバーガーを回しては観察していた。

「あっ、もしかして知らない? ハンバーガーって言うんだけど……」
「はんばーがー……」

 何だかイントネーションがおかしかったが、そこは突っ込むまい。

「包装紙を解いて、中に入っているのを食べるんだよ」

 そう教えると、彼女は包装紙をガサガサと綺麗に剥がして中身を取り出した。

「お肉と野菜が挟まれたパン……なんですね……」
「もしかして苦手な物とかあった?」
「いえ、大丈夫です……おいしそう……」

 彼女はそう言うとバーガーに鼻を近づけ、香りを楽しむ。

「あの……それで、これはどう食べればよいのでしょうか?」
「どうって……そのまま齧りつくんだよ。ガブっと」
「ガブっと……」

 何か躊躇う様なことでもあるのか、少女は何かに迷っていたようだったが、意を決したのかその小さな口を開けてバーガーに齧りつく。

「……っ!! むぐむぐ……ほれっ、んほぐおいひいえふっ!」

 うん。たぶん「これっ、すごくおいしいです」って言ってるだろうけど、口に物が詰まっている所為でもう何がなにやら。
 頬袋いっぱいにバーガーを詰め込むその姿は、さながらハムスターかリスのようだった。
 そこからは砂漠が水を吸い込むが如く、あっ、という間にバーガーは少女の胃袋へと消えていった。
 よっぽどお腹が空いていたようだ。

「まだあるけど、食べる?」
「いえ、十分です。もうお腹いっぱ……」

 ぐぅううう~~~~~~~~ぐぅううう~~~ぐぅううう~~~

 少女の腹の虫は、主人よりずっと素直だった。
 流石に三度目ともなると、少女の羞恥心も限界を迎えたのか、テーブルに突っ伏して再び小刻みに震えていた。
 まぁ、今まで一番大きな腹の音だったからな……恥ずかしさも一入ひとしおといた感じだろうか?

 俺は無言でインベントリからバーガーを追加で三つ取り出すと、そっと少女の前に差し出した。

「お食べやす」
「……なんか、もう……本当に……すいません……」
「いえいえ、遠慮なくどうぞ」

 少女はバーガーに遠慮がちに手を伸ばすと、そりゃもう恥ずかしそうにしながら二つ目をモチモチと食べ始めたのだった。

 通算。バーガー八つとスタミナ回復ポーション六本が、溶けるように彼女の腹へと消えて行きましたとさ。

 あのほっそい体のどこに、あれだけの食べ物が入って行ったのか……不思議でならなかった。
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