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79話 村の為に出来る事

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 話す、と言った後のヴァルターは実に素直なものだった。
 よっぽどハサミ虫くんの刑が堪えたと見える。
 で、ヴァルターが開口一番に口にしたのが、

「まず断っておくが、俺は何もあんたたちに敵対しようだとか、誰かに売ろうだとか、そんなことは考えてねぇ」

 と、言う言葉だった。
 メル姉ぇの嘘判定にも引っかかっていないところから、証言に嘘はないのだろう。
 で、聞き取り調査の結果、判明したのが次のことだった。

 まず、自称・義賊であるということ。
 うさん臭さ爆発だが、メル姉ぇの判定に引っかかっていないので嘘ではないのだろう。
 本人曰く、悪徳貴族や阿漕あこぎな商売で稼いだ商人などから、金品をくすねているのだと言っていた。
 で、くすねた金はどうしているのか尋ねたが、どうにも要領を得ない答えばかりが返って来た。
 まぁ、今回の件とは無関係なのでそのままスルーすることにした。興味もないしな。
 本人がそう思い込んでいるだけ、というイタイ奴という可能性もあるが、まぁ一応信じようじゃないか。
 そんなヴァルターだが、基本単独行動であるという。一匹狼ってやつだな。
 他に仲間はいないらしい。
 “やーい! ボッチぃ~!”と言ってやったら、“義賊ってのは一人で活動するもんなんだよっ!”と言い返して来た。なぜか泣きそうな目で、だ。
 過去に何かあったんかね……
 だか、まぁ、これは安心材料と言えるだろう。
 いくら敵対する気はない、とは言ってもそれがイコール味方、という等式にはならないのだ。
 もし“実は林の中に百人くらい仲間がいてさぁ”なんて言われた日には、それだけで信用できんわ。
 で、肝心の“誰の指示によって行動していたのか”については、なんと領主の側近さんの指示だと言うのだ。
 ヴァルター自身、別に領主に仕えている訳でも、ましてやその側近の人の部下という訳でもないらしいのだが、今はゆえあって手を貸しているのだとか。
 だから今回の事も、厳密には“命令”されてやっているのではなく、あくまで“協力”なんだと言っていた。
 なんとも分かりにくい関係だな。
 で、その側近の人の話題が上がった途端、村長がヴァルターへと詰め寄って、

「聞きたいことがあるならテメェが来い。
 こそこそ嗅ぎまわるようなまねすんじゃねぇ、とあのバカに会ったら言っとけ」

 なんて言っていた。
 なに? うちの村長ってば、もしかして偉い人とお知り合いなのだろうか?
 今度聞いてみよう。

 で、ヴァルターがこの村に来た目的なのだが……
 これには多少の心当たりがあった。
 というか、この村を調べる理由なんて、そんなに多くはない。
 大方、村で作っているソロバンとリバーシのことでも嗅ぎまわっていたのだろう……巷では、結構な人気商品らしいからな。
 その出所を調べていた、とかそんな感じだろう、と思ったらその通りだった。
 少し前に、イスュはこの村でソロバンやリバーシを作っていることは、同業者に秘密にしていると語っていたことがある。
 まぁ、当然といえば当然の話だ。
 この村のことが同業者たちに知れ渡れば、イスュたちに取っては折角の独占状態が崩れることになる。
 それは、競争相手が増えるだけの無意味な結果にしかならない。うま味がないのだ。
 売るにしろ、買うにしろ、どちらの意味にしてもな。

 実際、イスュがどんな手でこの村の事を秘密にしているのか詳しくは知らないが、そこはイスュのことだ。きっと、うまくやっていたのだろう。
 そういうさかしいのが得意そうな顔をしているしな。
 現に、ヴァルターが現れるまでは村の事を探ろうなんて奴は一人も現れていない。
 俺たちが気付いていなだけ、という可能性もあるが、もし、そういった人物を見逃していたとするなら、ヴァルターが現れる以前に、もっと劇的な何かがあってもいいはずだ。
 例えば、イスュたち以外の行商隊が村に大量にやって来て幸運の壺とか、幸運の印鑑とか、訳の分からん商品を大量に売りに来るとかな。
 まぁ、この世界に印鑑なんてないけどさ。

 あとは、野盗が村を襲いに来る可能性についても考えてみたが、これについてはかなり低いと踏んでいる。
 なにせここはスレーベン領の端も端のド田舎だ。
 わざわざここまでえっちらおっちらやって来て、村を襲って金品巻き上げて帰るってどんだけ手間だよって話だ。
 それならまだ、街道を行き来する行商隊の馬車ないしは、商人自身を直接襲った方が遥かに実入りが良い上に手間もない。
 むしろ村にいる俺たちより、頻繁に街道を使っているイスュたちの方がよっぽど危険なくらいだ。
 それに野盗といっても、精々十人程度の破落戸ごろつきの集まりでしかない。
 組織としての力、維持のコスト、そして逃げるためのフットワークの軽さを考えたら、大体その辺りが関の山なのだ。
 規模が大きくなれば、組織力は大きくなるが、反面、維持するコストもがっつり上がる。
 組織を維持するためにより多くの略奪、強奪を行わなければならなくなり、より足が付きやすくなる。
 結果、待っているのは冒険者組合への討伐依頼だ。
 それに、大した装備を持っている訳でもなければ馬もない。
 金がないのだから当然だ。
 そんな奴らが村を一つ襲うなど、あまりに無謀すぎるというものだ。
 大体村の自警団には、熟練者だけでも少なくともその三倍以上の団員がいる。
 若いのを含めればもっとだ。
 その中には勿論、クマのおっさんや副団長に先生だっている訳だから、下手な戦力では瞬殺もいいところだろう。
 実際、被害に遭っているのは一人旅をしている者や、護衛費をケチって冒険者を雇わなかった隊商などがもっぱらなのだ。

 と、まぁ、そういったものがなかったということが、イスュが今までうまく立ち回っていてくれていた証なのだろう。
 しかし、だ。
 そんな中、この男、ヴァルターが現れた。
 それもピンポイントにソロバンとリバーシについて探りに来たと言うのだ。
 ……それは今までイスュが隠していた情報が何処からか漏れたということだ。
 試しに、この村の事を何処で知ったのかヴァルターに尋ねたら、

“ハロリア商会の事務所に忍び込んで、帳簿を調べた”

 と、あっさり答えてくれた。
 一番初めにそれらの商品を売り出したイスュたちの商会を調べれば出所も掴める、と考えたのは分からなくもない。
 そこで、複数ある隊商の中から、怪しいと目星を付けた隊商の後を、商会の事務所のある町、クラレンスを出てからずっと付けていたのだそうだ。
 イスュたちの隊商がどれくらいの距離を、どれくらいの速度で移動しているのかは分からないが、それを足で追うとかどんな体力してんだよ、と思ってしまう。
 しかも、この村に着くまでの道中で立ち寄った村などで、何度か荷馬車にも潜入して荷やら帳簿やらを拝見していたとのことだった。
 ということは、だ。ソロバンやリバーシに関しては粗方知られている、と思った方がいいだろう。
 ……意外に賊としては優秀なのかもしれないな、この男。
 義賊というのもあながち嘘ではないのかもしれない。
 てっきり、中二病な妄想か何かかと思ってたよ。ごめんよ、ヴァルター。
 まぁ、ヴァルターの存在については、俺たちだってタニアが気づいたから分かったのであって、あの子が気付かなければどうなっていた分からないのだ。

「……あの若様を呼んでやれ」

 とは、その話を聞いた後に村長が言った言葉だった。
 妥当だな。
 事務所に忍び込まれたとか、帳簿を覗かれたとか、あとを付けられていたとか……
 その事実を知ってしまった以上、流石に黙ったままって訳にはいかないだろう。
 ある意味あいつも被害者という訳だ。
 ってな訳で、俺はイスュの所へとひとっ走り行くすることにした。

 そういえば、クラレンスって確かシルヴィが以前住んでいた町だったような……どうでもいいか。

 ってことで、そこから先はイスュも同席した上での聞き取り調査となった。
 ちなみに、イスュには事情を道すがら話しておいた。
 イスュも寝耳に水と、相当驚いている様子だった。まぁ、そうだろうな……

「てめぇかっ! 人んちに無断で入って家探ししたってふてぇヤロウはっ!」
 
 開口一番、イスュが額に青筋立てて詰め寄って行ったが、ここは一つ抑えてもらった。
 殴る蹴るといった暴行は基本禁止なのだ。
 平和的に行こう、平和的に……って、俺がいうのもあれだがな。

「こっちも仕事なもんでね。
 それが嫌ならもっと腕のいい警備を雇うか、鍵付きの書棚でも買うんだな。
 まぁ、俺に取っちゃどっちも意味ねぇけどよ」

 と、イスュ相手にさり気に自分の優秀さをアピールするヴァルター。
 で、話は戻り……
 ここで、一つ疑問が湧いて来た。
 それが“なんで今更ソロバンやリバーシの出所を調べているのか”ということだった。
 既に、ソロバンもリバーシも他の商会にパクられて、各商会で独自に量産を進められていると、イスュは言っていた。
 その所為で類似品が結構な量出回っているのだとか。
 お陰でうちの商品の売り上げはだだ下がりである。
 著作権も特許も、知的財産権という概念がないのだから仕方ないというえば仕方ないんだけどな。
 そんな中、今更一番初めに作ったところを見つけて何になるのか? と、思う訳だ。
 その疑問に答えてくれたのは、ヴァルターではなく、なんと村長だった。

「どうせ、金の流れでも気にしてんだろ……」
「金の流れ?」

 俺がそう問うと、村長が俺の方へと顔を向けて続けた。

「物が売れれば集まるのは金だ。
 売ってた期間を考えれば、始めっから売っている所にはかなりの金額が集まっていることは簡単に想像がつくだろ」

 あっ! もしかして税務調査みたいなもんか!?
 マルサのあれか!?
 脱税疑惑で追徴課税なのかっ!?
 って、今年まだ税金払ってないし! これからだし!
 副収入は関係ないだろぉぉぉ!
 くそっ! 何が“敵対するつもりはない”だっ!
 まんまとこいつの甘言に騙されるところだった!
 どういう理由があって、領主の側近とかいうやつに協力しているのかは知らないがヴァルターも所詮は役人の犬だったという訳か!
 そもそも、毎年、村で獲れた麦をごっそり持っていくような奴等だ。金の生る木があると知って尚、放っておいてくれるだろうか? 否! 断じて否である!
 ならばどうする?
 たぶんヴァルターには、この村でソロバンやらリバーシやらを作っていることはバレているだろう。
 イスュのとこの帳簿を覗いたとか言っていたしな……
 クソ役人共に難癖つけられて、麦だけでなく金までむしられるなんてまっぴら御免だ。
 この村に、油ギッシュなブタ領主に無駄にくれてやる金など一RDリルダとてないのだ!
 まぁ、領主本人なんて一度も見たことないけどなっ! イメージだっ!
 古来より、金に汚い奴はそういうビジュアルをしていると相場は決まっているのだ!
 役人の犬にバレてしまった以上、致し方ない。かくなる上は……

「……もう、殺すしかないな」
「いっ!?」
「……突然何を言い出すかと思えば……何をどう考えたら、そんな極端な結論に行きついた?」

 俺のつぶやきに、ヴァルターは青い顔をして、村長は呆れ顔で俺の事を見ていた。
 
「だってそうだろ!
 こいつをこのまま生かして帰したら、絶対その側近とかって奴にこの村のこと報告すんだろ?
 そうしたら、ごっそり役人引き連れて戻って来るぞ!
 で、なんだかんだでケツの毛までむしられるんだよっ!
 麦は百歩譲って仕方ない。土地を借りてるのは事実だし、極端な不作でもなければ多少は残るしな。
 だが、別口で稼いだものは関係ないだろ?
 あれは村の奴らが一生懸命働いて手に入れた金だぞ?
 それを、ひょっこりやって来て奪うだけ奪ってくって、野盗より質が悪いわっ!
 俺はな! まっとうに生きてる奴がバカを見るのだけはガマンならんのだよっ!」

 と、俺は村長に向けていた顔を、クルッとヴァルターへと向け直す。

「全身ひん剝いて、北の森にでも放り込んでおけば、森狼バァルフたちが骨も残さず綺麗に喰ってくれるだろ……自ら手を汚すことなく、それでいて証拠も隠滅出来る。まさに一石二鳥」

 俺がじわりじわりとヴァルターへと近づくと、途中で首根っこを引っ掴まれて体がヒョイと持ち上がった。

「落ち着けよ……
 それが、さっき人が殴ろうとしたのを止めた奴のいう事か?」

 そういえば、そんなこともあったような、なかったような……

「なぁ? あの坊主ちょいちょい怖いんだが……普段からああなのか?
 ちょっと……いや、かなり危ないだろ、あれは?」
「まぁ、あれで概ねいつも通りだな……
 あれはあれで、村の事を考えてくれてるっつーこったろ。
 真剣に村の事を考えてくれる若者がいてくれる。この村の未来は安泰だな。
 はっはっは」
「そんな微笑ましいもんじゃないだろあれはっ!」
「いすゅハナシテ! アイツコロセナイ!」
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