35 / 85
51話 森へ行こう その4
しおりを挟む
村の周囲にある森や林には、人の手が入って管理されているところが多く存在する。
村の主産業は農業と林業である。
そのため、間伐や植林もまた村が受け持つ大事な仕事の一つだった。
そんな村にあって、北の森だけは一切人の手が入っていない、人によって管理されていない数少ない場所と言えた。
村にとって、北の森とはそれだけ特別な場所だ、と言う事だ。
なぜ北の森だけがまったくの手付かずのままになっているかと言えば、、人を襲うような危険な動物が多く住んでいるから、と言うのが一番の理由だろう。
例えば……
“ヴィルシュ”という、動物がいる。
その外見は猪そっくりで、大きさも大体1m前後と言ったところだが、ただ、一点だけ猪と決定的に違う点がある。
それが額に生えた長さ20cm程度の角の存在だった。
どうやら異世界では、ユニコーンは馬ではなく猪の姿をしているらしい……
まったく、夢をブチ壊される話である。
俺自身、何度か実物を見た事があるが、その全てが自警団員の手によって仕留められた後のものばかりで、生きている角猪にはお目に掛かった事はない。
まぁ、会いたいとも思わないがな……
なにせこいつら相当気性が荒いようで、動くものなら何でも敵と見なして誰彼構わず襲ってくるらしいのだ。
その攻撃方法は単純明快。
走ってきて頭突き、だ。
鋭い角が生えた頭で、勢いに乗せて頭突きなんてされた日には人間なんて一溜まりもない。
その突進力、角の硬さも相まって、大きな岩にも易々と穴を穿つらしい。
こんな生き物が住んでいるのでは、安心して作業を行う事など出来はしない。
では、そんな角猪ともし出会ってしまった時、どのように対処するか……
決して“背を向けて走って逃げる”とか“大声で叫ぶ”とか、とにかく相手を刺激するような事だけは絶対にしてはいけない。
あいつらは、目があまり良くないが、動くものには敏感に反応する。
しかも、その足は短距離であるなら馬より速いとも言われているくらいだから、どんなに足に自信があったとしても、到底、人間が逃げれるものではない。
あっ、と言う間に追いつかれて、背中からその鋭い角でドスッとされてしまう。
大声なんて上げようものなら、威嚇されたと勘違いしてやっぱり突っ込んで来てドスッだ。
だからと言って、戦うなんて選択肢は以ての外だ。
腕に覚えがある冒険者でも、角猪と戦うのは避けるのが定石としている。
あの鋭い角は、分厚い鎧さえ容易く貫通してしまうのだ。
では、どう対処するのが正解かというと、角猪を正面にして静かにゆっくりと後ろへと下がるのだ。
角猪は目があまり良くはない。
左右に素早く動くものには敏感に反応するが、ゆっくり前後に動くものには反応が鈍いらしい。
この時、出来れば大きな障害物……木や岩なんかを、間に挟むようにして下がるとより効果的だ。
また、もし手持ちに角猪の好物である茸類やイモ類を持っている場合は、速やかにその場に投棄しなくてはいけない。
それらが発する匂いで角猪がついて来てしまう恐れがあるからだ。
なぜ俺が角猪の生態についてこんなに詳しいのかというと……
「……と、この様にここ北の森には、他の森にはいない危険な生物が多く生息しています。
それぞれの動物の生態を知り、適切に対応する事が重要となります。
みなさん分かりましたか?」
『はーいっ!』
とまぁ、今の今まで神父様から森の動物の生態について詳しく解説されていたからである。
「色々と話しましたが、やはり一番いいのは、“そもそも出会わないように注意する事”です。
動物たちは自分の“縄張り”の中で活動していますので、その“縄張り”に侵入さえしなければ出会う事はまずありません。
“縄張り”にはそれと分かる目印があります。
例えば、太い木の低い部分の皮が激しく剥がれていたり、動物の体毛が付着しているのを見かけたときは、そこが角猪の縄張りである可能性が非常に高いです。
木の皮が捲れているのは角猪が牙や角を研いだ跡であり、体毛の付着は体を擦り付けて自分の匂いを付けた跡なのです。
それらを見つけた時は、近くに角猪が潜んでいるかもしれないので、速やかにその場から離れるようにしましょう」
神父様は、表皮の剥がれた木を目の前にそう話していた。
神父様曰く、皮の剥がれ方が古いのでこれを残した張本人(張本猪?)はもうこの場所にいないだろう、との事だった。
森を散策し始めて少しした時、神父様がたまたまこの古ぼけた縄張りの痕跡を見つけた事から、丁度いいから、と北の森に住む動物の生態と特徴、そして対処の仕方と縄張りの印の見つけ方の講義が始まったのだった。
写真はおろか、イラストなんていう画像資料のないこの世界では、情報は文字として、あるいはこうして口伝えに残す他にない。
北の森以外にも獣たちが住み着いている森はいくつかあるのだが、そのほとんどが精々ラビやシカっぽい生き物ばかりで、縄張りを主張するような生態はしていないので、古ぼけているとはいえ現物を見られる機会はとても貴重なのだ。
無闇に森林を伐採して、森の規模を小さくしてしまえば生活圏を追われたこう言った危険な獣たちが食料を求めて森の外に出て来てしまう可能性がある。
それは近くに住んでいる俺たち人間にとっても、森に住む獣たちにとっても決していい事とは言えない。
故に不可侵領域として、ここ北の森は手を入れずに自然のままとしているのである。
「では何故このような危険な所にわざわざ足を運ぶかと言うと、ここにしか生息していない植物が多数存在するからです」
神父様は、近くに生えていた草を徐に摘んでみせた。
「例えば、このペリン草ですが、春なら若葉を調理しておいしく頂く事も出来ますが、今の時期ですと苦くて食べられません。
しかし、生葉を磨り潰して切り傷などの患部に塗ると止血や悪化の防止、治癒力の向上など様々な効能があります。
他にも成熟した葉を乾燥させて煎じて飲んだり、湯で煮出して飲めば、体を温めたりお腹の調子を整えると言った効果もあります。
たまに公衆浴場でも行われている時がありますが、この湯に浸かれば肩こり腰痛、肌荒れなどにも効果がある大変優れた野草です。
食べて良し、飲んで良し、浸かって良しと言う正に万能薬と言ってもいい野草ですね」
神父様が手にした蓬っぽい植物を、みんなで囲みながら神父様の説明に耳を傾けていた。
「そこまで便利な野草なら、株ごと持って帰って村で栽培とかしないんですか?」
説明を聞いていて、ふと疑問に思ったので聞いてみた。
問われた神父様は少しばかり残念そうな顔をして、“それが出来れば良かったのですが……”と前置きをしたうえで言葉を続けた。
「私たちも昔、ペリン草を栽培しようと試みた事がありました。
ペリン草は暑さにも寒さにも強い植物なので、栽培自体は実に簡単で順調に進んだのですが……
村で栽培したペリン草はどうしても効能が弱くなってしまう様なのですよ。
効能が弱くとも、食用として利用出来ればと思ったのですが味の方もぱっとしなくてですね……
これだけの強い効果か得られ、そのうえ味も申し分ないのは、あくまでここ北の森で採取たれたものだけなのですよ。
土や肥料、日当たりなどいろいろと変えてはみたのですがうまく行かず……
それが何故なのかは、結局分からず終いのまま村での栽培は中止になってしまいました……」
生育する環境が変わると、性質ものものがガラッと変わってしまう植物というのは別に珍しくはない。
この蓬っぽいペリン草もその一種なのだろう。
しかし、神父様の話によれば東の森でもペリン草は自生しているらしいのだが、やはりここ北の森産ほどの効能は得られないというのは不思議な話だ。
ここの土壌にだけ、何か特殊な栄養素でも含まれているのだろうか?
植物の知識なんて門外漢な俺にはさっぱり話である。
効能を維持したまま栽培が可能であれば、さぞや重宝したものを……残念なことだ。
「では、とりあえずこの辺りに生えているペリン草を採取してみる事にしましょう。
今の時期ですと食用は望めませんので、比較的大降り葉を中心に採取するのが望ましいですね。
これは、主に薬として使用する事になります。
採取の基本は“取り尽くさない”ことです。
ペリン草に限らず、これらの野草を主食としている動物たちもいますので、彼らの分も残しておく必要があります。
また、ねこそぎ取り尽くしてしまうと、来年から生えてこなくなってしまう恐れがあるので注意が必要です。
私達は、あくまで森の外からやって来たよそ者に過ぎません。
森の恵みを分けてもらっている、ということを忘れないようにしてください」
“では、始めましょうか”と言う神父様の言葉で、俺達は近くに生えていたペリン草の採取を始めたのだった。
神父様から見える距離にいること、というルールがあるため狭い範囲でちまちま採取すること十数分……
俺達は手にしていたペリン草を、神父様が持ち歩いていた籠へと放り込んだ。
量としては、籠の底の部分がちょっと隠れる程度しかないが、今回の野外教練の目的は別に採取そのものではないのでなんの問題もない。
どんな所にどんな植物が自生していているのか、それを知るための課外授業だ。
とはいえ、ペリン草は日当たりが良ければどこにでも自生しているので、実に探し甲斐のない野草ではある。
まぁ、初心者である俺達にはお手頃な野草だと言えるか。
「ねぇねぇ、ラビ捕まえないのぉ?」
今まで大人しく神父様の話を聞いて、ペリン草の採取も行っていたタニアが、神父様の裾をグイグイと引っ張りながらそんな事を言い出した。
「ラビ……ですか?」
そういえばこいつ、森に入る前から“ラビを捕まえるんだ”って息巻いてたいたっけか。
「ラビを捕まえるなら、ここよりは東の森の方がいいのですが……
そうですね、ここにもいないわけではないので簡単な罠でも作ってみますか?
運が良ければ捕まえる事が出来るかもしれませんしね」
「うぇーいっ!! やったぁ!!」
と、いう訳で急遽ラビ捕獲用の罠を作る事になった。
「罠、なんて大仰な言い方をしていますが作るのは“落とし穴”です」
ラビはウサギに似ているが、その図体のでかさからかウサギほどのジャンプ力はない。
助走をつけたうえでなら結構なジャンプ力をしているが、静止状態からの垂直方向へのジャンプ力はあまりない。
よくて40~60cmといったところだ。
なので、大人の太ももほどの深さの穴にはまると自力での脱出が出来なくなってしまうのだ。
森の中、ということで適当に穴を掘ったとしても植物の根などが邪魔をして、碌に深く掘る事が出来そうもない。
なので、掘りやすそうな場所を探してから神父様が持っていた数本の手持ちスコップで穴掘りに着手する。
穴掘り担当は、言いだしっぺの法則からタニアは確定、であとは年長者の男ってことでグライブとリュドが選ばれた。人が多過ぎても邪魔だろうと、三人作業である。
ちなみに、三人が使っているスコップは魔術陣加工が施された陶器製の物だ。
水路工事の時に、クマのおっさん達が使っていた物のスコップ版だな。
前回試作した鍬やら斧やらから、農作業に使えそうな物などを窯元のじーさん達がいくつか試作していてこれはその一つだった。
3人が穴を掘っている間に、俺達残りの面子は穴を隠す為の木の枝と草を集めることにした。
で、集め終わったところで戻ってみると、10分もしないうちに穴は掘り終わっていた。
3人ともすっかり土で汚れていたが、あまり気にしてはいないらしい。
ってか、穴掘るの早いなお前ら……
完成した穴に、集めた木の枝と草でフタをして、その上にラビを誘き寄せる為に好物であるペリン草を置いたら完成だ。
後はラビが罠に掛かるのを待つばかりだ。
ここでじっと待っていても仕方ないので、帰り際に様子を見る来る事にして俺達は本来の野外教練の続きへと戻ることにしだった。
望み薄ではあるが、これで帰りが少しだけ楽しみになった。
タニアなんて、既に捕まえた時のことばかり話すものだから、俺が“取らぬ狸の皮算用”という言葉を教えてやったら、逆に“タヌキって何?”と聞き返されて説明に苦労した……というのは、また別の話だな。
村の主産業は農業と林業である。
そのため、間伐や植林もまた村が受け持つ大事な仕事の一つだった。
そんな村にあって、北の森だけは一切人の手が入っていない、人によって管理されていない数少ない場所と言えた。
村にとって、北の森とはそれだけ特別な場所だ、と言う事だ。
なぜ北の森だけがまったくの手付かずのままになっているかと言えば、、人を襲うような危険な動物が多く住んでいるから、と言うのが一番の理由だろう。
例えば……
“ヴィルシュ”という、動物がいる。
その外見は猪そっくりで、大きさも大体1m前後と言ったところだが、ただ、一点だけ猪と決定的に違う点がある。
それが額に生えた長さ20cm程度の角の存在だった。
どうやら異世界では、ユニコーンは馬ではなく猪の姿をしているらしい……
まったく、夢をブチ壊される話である。
俺自身、何度か実物を見た事があるが、その全てが自警団員の手によって仕留められた後のものばかりで、生きている角猪にはお目に掛かった事はない。
まぁ、会いたいとも思わないがな……
なにせこいつら相当気性が荒いようで、動くものなら何でも敵と見なして誰彼構わず襲ってくるらしいのだ。
その攻撃方法は単純明快。
走ってきて頭突き、だ。
鋭い角が生えた頭で、勢いに乗せて頭突きなんてされた日には人間なんて一溜まりもない。
その突進力、角の硬さも相まって、大きな岩にも易々と穴を穿つらしい。
こんな生き物が住んでいるのでは、安心して作業を行う事など出来はしない。
では、そんな角猪ともし出会ってしまった時、どのように対処するか……
決して“背を向けて走って逃げる”とか“大声で叫ぶ”とか、とにかく相手を刺激するような事だけは絶対にしてはいけない。
あいつらは、目があまり良くないが、動くものには敏感に反応する。
しかも、その足は短距離であるなら馬より速いとも言われているくらいだから、どんなに足に自信があったとしても、到底、人間が逃げれるものではない。
あっ、と言う間に追いつかれて、背中からその鋭い角でドスッとされてしまう。
大声なんて上げようものなら、威嚇されたと勘違いしてやっぱり突っ込んで来てドスッだ。
だからと言って、戦うなんて選択肢は以ての外だ。
腕に覚えがある冒険者でも、角猪と戦うのは避けるのが定石としている。
あの鋭い角は、分厚い鎧さえ容易く貫通してしまうのだ。
では、どう対処するのが正解かというと、角猪を正面にして静かにゆっくりと後ろへと下がるのだ。
角猪は目があまり良くはない。
左右に素早く動くものには敏感に反応するが、ゆっくり前後に動くものには反応が鈍いらしい。
この時、出来れば大きな障害物……木や岩なんかを、間に挟むようにして下がるとより効果的だ。
また、もし手持ちに角猪の好物である茸類やイモ類を持っている場合は、速やかにその場に投棄しなくてはいけない。
それらが発する匂いで角猪がついて来てしまう恐れがあるからだ。
なぜ俺が角猪の生態についてこんなに詳しいのかというと……
「……と、この様にここ北の森には、他の森にはいない危険な生物が多く生息しています。
それぞれの動物の生態を知り、適切に対応する事が重要となります。
みなさん分かりましたか?」
『はーいっ!』
とまぁ、今の今まで神父様から森の動物の生態について詳しく解説されていたからである。
「色々と話しましたが、やはり一番いいのは、“そもそも出会わないように注意する事”です。
動物たちは自分の“縄張り”の中で活動していますので、その“縄張り”に侵入さえしなければ出会う事はまずありません。
“縄張り”にはそれと分かる目印があります。
例えば、太い木の低い部分の皮が激しく剥がれていたり、動物の体毛が付着しているのを見かけたときは、そこが角猪の縄張りである可能性が非常に高いです。
木の皮が捲れているのは角猪が牙や角を研いだ跡であり、体毛の付着は体を擦り付けて自分の匂いを付けた跡なのです。
それらを見つけた時は、近くに角猪が潜んでいるかもしれないので、速やかにその場から離れるようにしましょう」
神父様は、表皮の剥がれた木を目の前にそう話していた。
神父様曰く、皮の剥がれ方が古いのでこれを残した張本人(張本猪?)はもうこの場所にいないだろう、との事だった。
森を散策し始めて少しした時、神父様がたまたまこの古ぼけた縄張りの痕跡を見つけた事から、丁度いいから、と北の森に住む動物の生態と特徴、そして対処の仕方と縄張りの印の見つけ方の講義が始まったのだった。
写真はおろか、イラストなんていう画像資料のないこの世界では、情報は文字として、あるいはこうして口伝えに残す他にない。
北の森以外にも獣たちが住み着いている森はいくつかあるのだが、そのほとんどが精々ラビやシカっぽい生き物ばかりで、縄張りを主張するような生態はしていないので、古ぼけているとはいえ現物を見られる機会はとても貴重なのだ。
無闇に森林を伐採して、森の規模を小さくしてしまえば生活圏を追われたこう言った危険な獣たちが食料を求めて森の外に出て来てしまう可能性がある。
それは近くに住んでいる俺たち人間にとっても、森に住む獣たちにとっても決していい事とは言えない。
故に不可侵領域として、ここ北の森は手を入れずに自然のままとしているのである。
「では何故このような危険な所にわざわざ足を運ぶかと言うと、ここにしか生息していない植物が多数存在するからです」
神父様は、近くに生えていた草を徐に摘んでみせた。
「例えば、このペリン草ですが、春なら若葉を調理しておいしく頂く事も出来ますが、今の時期ですと苦くて食べられません。
しかし、生葉を磨り潰して切り傷などの患部に塗ると止血や悪化の防止、治癒力の向上など様々な効能があります。
他にも成熟した葉を乾燥させて煎じて飲んだり、湯で煮出して飲めば、体を温めたりお腹の調子を整えると言った効果もあります。
たまに公衆浴場でも行われている時がありますが、この湯に浸かれば肩こり腰痛、肌荒れなどにも効果がある大変優れた野草です。
食べて良し、飲んで良し、浸かって良しと言う正に万能薬と言ってもいい野草ですね」
神父様が手にした蓬っぽい植物を、みんなで囲みながら神父様の説明に耳を傾けていた。
「そこまで便利な野草なら、株ごと持って帰って村で栽培とかしないんですか?」
説明を聞いていて、ふと疑問に思ったので聞いてみた。
問われた神父様は少しばかり残念そうな顔をして、“それが出来れば良かったのですが……”と前置きをしたうえで言葉を続けた。
「私たちも昔、ペリン草を栽培しようと試みた事がありました。
ペリン草は暑さにも寒さにも強い植物なので、栽培自体は実に簡単で順調に進んだのですが……
村で栽培したペリン草はどうしても効能が弱くなってしまう様なのですよ。
効能が弱くとも、食用として利用出来ればと思ったのですが味の方もぱっとしなくてですね……
これだけの強い効果か得られ、そのうえ味も申し分ないのは、あくまでここ北の森で採取たれたものだけなのですよ。
土や肥料、日当たりなどいろいろと変えてはみたのですがうまく行かず……
それが何故なのかは、結局分からず終いのまま村での栽培は中止になってしまいました……」
生育する環境が変わると、性質ものものがガラッと変わってしまう植物というのは別に珍しくはない。
この蓬っぽいペリン草もその一種なのだろう。
しかし、神父様の話によれば東の森でもペリン草は自生しているらしいのだが、やはりここ北の森産ほどの効能は得られないというのは不思議な話だ。
ここの土壌にだけ、何か特殊な栄養素でも含まれているのだろうか?
植物の知識なんて門外漢な俺にはさっぱり話である。
効能を維持したまま栽培が可能であれば、さぞや重宝したものを……残念なことだ。
「では、とりあえずこの辺りに生えているペリン草を採取してみる事にしましょう。
今の時期ですと食用は望めませんので、比較的大降り葉を中心に採取するのが望ましいですね。
これは、主に薬として使用する事になります。
採取の基本は“取り尽くさない”ことです。
ペリン草に限らず、これらの野草を主食としている動物たちもいますので、彼らの分も残しておく必要があります。
また、ねこそぎ取り尽くしてしまうと、来年から生えてこなくなってしまう恐れがあるので注意が必要です。
私達は、あくまで森の外からやって来たよそ者に過ぎません。
森の恵みを分けてもらっている、ということを忘れないようにしてください」
“では、始めましょうか”と言う神父様の言葉で、俺達は近くに生えていたペリン草の採取を始めたのだった。
神父様から見える距離にいること、というルールがあるため狭い範囲でちまちま採取すること十数分……
俺達は手にしていたペリン草を、神父様が持ち歩いていた籠へと放り込んだ。
量としては、籠の底の部分がちょっと隠れる程度しかないが、今回の野外教練の目的は別に採取そのものではないのでなんの問題もない。
どんな所にどんな植物が自生していているのか、それを知るための課外授業だ。
とはいえ、ペリン草は日当たりが良ければどこにでも自生しているので、実に探し甲斐のない野草ではある。
まぁ、初心者である俺達にはお手頃な野草だと言えるか。
「ねぇねぇ、ラビ捕まえないのぉ?」
今まで大人しく神父様の話を聞いて、ペリン草の採取も行っていたタニアが、神父様の裾をグイグイと引っ張りながらそんな事を言い出した。
「ラビ……ですか?」
そういえばこいつ、森に入る前から“ラビを捕まえるんだ”って息巻いてたいたっけか。
「ラビを捕まえるなら、ここよりは東の森の方がいいのですが……
そうですね、ここにもいないわけではないので簡単な罠でも作ってみますか?
運が良ければ捕まえる事が出来るかもしれませんしね」
「うぇーいっ!! やったぁ!!」
と、いう訳で急遽ラビ捕獲用の罠を作る事になった。
「罠、なんて大仰な言い方をしていますが作るのは“落とし穴”です」
ラビはウサギに似ているが、その図体のでかさからかウサギほどのジャンプ力はない。
助走をつけたうえでなら結構なジャンプ力をしているが、静止状態からの垂直方向へのジャンプ力はあまりない。
よくて40~60cmといったところだ。
なので、大人の太ももほどの深さの穴にはまると自力での脱出が出来なくなってしまうのだ。
森の中、ということで適当に穴を掘ったとしても植物の根などが邪魔をして、碌に深く掘る事が出来そうもない。
なので、掘りやすそうな場所を探してから神父様が持っていた数本の手持ちスコップで穴掘りに着手する。
穴掘り担当は、言いだしっぺの法則からタニアは確定、であとは年長者の男ってことでグライブとリュドが選ばれた。人が多過ぎても邪魔だろうと、三人作業である。
ちなみに、三人が使っているスコップは魔術陣加工が施された陶器製の物だ。
水路工事の時に、クマのおっさん達が使っていた物のスコップ版だな。
前回試作した鍬やら斧やらから、農作業に使えそうな物などを窯元のじーさん達がいくつか試作していてこれはその一つだった。
3人が穴を掘っている間に、俺達残りの面子は穴を隠す為の木の枝と草を集めることにした。
で、集め終わったところで戻ってみると、10分もしないうちに穴は掘り終わっていた。
3人ともすっかり土で汚れていたが、あまり気にしてはいないらしい。
ってか、穴掘るの早いなお前ら……
完成した穴に、集めた木の枝と草でフタをして、その上にラビを誘き寄せる為に好物であるペリン草を置いたら完成だ。
後はラビが罠に掛かるのを待つばかりだ。
ここでじっと待っていても仕方ないので、帰り際に様子を見る来る事にして俺達は本来の野外教練の続きへと戻ることにしだった。
望み薄ではあるが、これで帰りが少しだけ楽しみになった。
タニアなんて、既に捕まえた時のことばかり話すものだから、俺が“取らぬ狸の皮算用”という言葉を教えてやったら、逆に“タヌキって何?”と聞き返されて説明に苦労した……というのは、また別の話だな。
0
お気に入りに追加
1,247
あなたにおすすめの小説
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
大罪を極めし者〜天使の契約者〜
月読真琴
ファンタジー
クラスの何人かと一緒に召喚された
神楽坂暁
みんなは勇者や聖女、賢者など強そうな職業なのに僕は無職?
みんなを助けようとしても裏切られ、暗い地の底に落ちていった。
そして暁は人間が心の底から信頼できなくなってしまった。
人との関わりも避けるつもりでいた、
けど地の底で暁は最愛と運命の出会いを果たした。
この話は暁が本当に欲しい物を探しだすまでの物語。
悪い所や良い所など感想や評価をお願いします。直していきより良い作品にしたいと思います。
小説家になろう様でも公開しています。
https://ncode.syosetu.com/n2523fb/
辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に転生したリューイは、前世で培った圧倒的な知識を手にしていた。
辺境の小さな領地を相続した彼は、王都の学士たちも驚く画期的な技術を次々と編み出す。
農業を革命し、魔物への対処法を確立し、そして人々の生活を豊かにするため、彼は動く。
だがその一方、強欲な諸侯や闇に潜む魔族が、リューイの繁栄を脅かそうと企む。
彼は仲間たちと協力しながら、領地を守り、さらには国家の危機にも立ち向かうことに。
ところが、次々に襲い来る困難を解決するたびに、リューイはさらに大きな注目を集めてしまう。
望んでいたのは「のんびりしたスローライフ」のはずが、彼の活躍は留まることを知らない。
リューイは果たして、すべての敵意を退けて平穏を手にできるのか。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる