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51話 森へ行こう その4

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 村の周囲にある森や林には、人の手が入って管理されているところが多く存在する。
 村の主産業は農業と林業である。
 そのため、間伐や植林もまた村が受け持つ大事な仕事の一つだった。
 そんな村にあって、北の森だけは一切人の手が入っていない、人によって管理されていない数少ない場所と言えた。
 村にとって、北の森とはそれだけ特別な場所だ、と言う事だ。
 なぜ北の森だけがまったくの手付かずのままになっているかと言えば、、人を襲うような危険な動物が多く住んでいるから、と言うのが一番の理由だろう。
 例えば…… 
 “ヴィルシュ”という、動物がいる。
 その外見は猪そっくりで、大きさも大体1m前後と言ったところだが、ただ、一点だけ猪と決定的に違う点がある。
 それが額に生えた長さ20cm程度の角の存在だった。
 どうやら異世界では、ユニコーンは馬ではなく猪の姿をしているらしい……
 まったく、夢をブチ壊される話である。
 俺自身、何度か実物を見た事があるが、その全てが自警団員の手によって仕留められた後のものばかりで、生きている角猪ヴィルシュにはお目に掛かった事はない。
 まぁ、会いたいとも思わないがな……
 なにせこいつら相当気性が荒いようで、動くものなら何でも敵と見なして誰彼構わず襲ってくるらしいのだ。
 その攻撃方法は単純明快。
 走ってきて頭突き、だ。
 鋭い角が生えた頭で、勢いに乗せて頭突きなんてされた日には人間なんて一溜ひとたまりもない。
 その突進力、角の硬さも相まって、大きな岩にも易々と穴を穿つらしい。
 こんな生き物が住んでいるのでは、安心して作業を行う事など出来はしない。

 では、そんな角猪ヴィルシュともし出会ってしまった時、どのように対処するか……
 決して“背を向けて走って逃げる”とか“大声で叫ぶ”とか、とにかく相手を刺激するような事だけは絶対にしてはいけない。
 あいつらは、目があまり良くないが、動くものには敏感に反応する。
 しかも、その足は短距離であるならクーパより速いとも言われているくらいだから、どんなに足に自信があったとしても、到底、人間が逃げれるものではない。
 あっ、と言う間に追いつかれて、背中からその鋭い角でドスッとされてしまう。
 大声なんて上げようものなら、威嚇されたと勘違いしてやっぱり突っ込んで来てドスッだ。

 だからと言って、戦うなんて選択肢は以ての外だ。
 腕に覚えがある冒険者でも、角猪ヴィルシュと戦うのは避けるのが定石としている。
 あの鋭い角は、分厚い鎧さえ容易く貫通してしまうのだ。
 
 では、どう対処するのが正解かというと、角猪ヴィルシュを正面にして静かにゆっくりと後ろへと下がるのだ。
 角猪ヴィルシュは目があまり良くはない。
 左右に素早く動くものには敏感に反応するが、ゆっくり前後に動くものには反応が鈍いらしい。
 この時、出来れば大きな障害物……木や岩なんかを、間に挟むようにして下がるとより効果的だ。
 また、もし手持ちに角猪ヴィルシュの好物である茸類やイモ類を持っている場合は、速やかにその場に投棄しなくてはいけない。
 それらが発する匂いで角猪ヴィルシュがついて来てしまう恐れがあるからだ。
 なぜ俺が角猪ヴィルシュの生態についてこんなに詳しいのかというと……

「……と、この様にここ北の森には、他の森にはいない危険な生物が多く生息しています。
 それぞれの動物の生態を知り、適切に対応する事が重要となります。
 みなさん分かりましたか?」
『はーいっ!』

 とまぁ、今の今まで神父様から森の動物の生態について詳しく解説されていたからである。

「色々と話しましたが、やはり一番いいのは、“そもそも出会わないように注意する事”です。
 動物たちは自分の“縄張り”の中で活動していますので、その“縄張り”に侵入さえしなければ出会う事はまずありません。
 “縄張り”にはそれと分かる目印があります。
 例えば、太い木の低い部分の皮が激しく剥がれていたり、動物の体毛が付着しているのを見かけたときは、そこが角猪ヴィルシュの縄張りである可能性が非常に高いです。
 木の皮が捲れているのは角猪ヴィルシュが牙や角を研いだ跡であり、体毛の付着は体を擦り付けて自分の匂いを付けた跡なのです。
 それらを見つけた時は、近くに角猪ヴィルシュが潜んでいるかもしれないので、速やかにその場から離れるようにしましょう」

 神父様は、表皮の剥がれた・・・・木を目の前にそう話していた。
 神父様曰く、皮の剥がれ方が古いのでこれを残した張本人(張本猪?)はもうこの場所にいないだろう、との事だった。

 森を散策し始めて少しした時、神父様がたまたまこの古ぼけた縄張りの痕跡を見つけた事から、丁度いいから、と北の森に住む動物の生態と特徴、そして対処の仕方と縄張りの印の見つけ方の講義が始まったのだった。
 写真はおろか、イラストなんていう画像資料のないこの世界では、情報は文字として、あるいはこうして口伝えに残す他にない。
 北の森以外にも獣たちが住み着いている森はいくつかあるのだが、そのほとんどが精々ラビやシカっぽい生き物ばかりで、縄張りを主張するような生態はしていないので、古ぼけているとはいえ現物を見られる機会はとても貴重なのだ。

 無闇に森林を伐採して、森の規模を小さくしてしまえば生活圏を追われたこう言った危険な獣たちが食料を求めて森の外に出て来てしまう可能性がある。
 それは近くに住んでいる俺たち人間にとっても、森に住む獣たちにとっても決していい事とは言えない。
 故に不可侵領域として、ここ北の森は手を入れずに自然のままとしているのである。

「では何故このような危険な所にわざわざ足を運ぶかと言うと、ここにしか生息していない植物が多数存在するからです」

 神父様は、近くに生えていた草をおもむろに摘んでみせた。

「例えば、このペリン草ですが、春なら若葉を調理しておいしく頂く事も出来ますが、今の時期ですと苦くて食べられません。
 しかし、生葉を磨り潰して切り傷などの患部に塗ると止血や悪化の防止、治癒力の向上など様々な効能があります。
 他にも成熟した葉を乾燥させて煎じて飲んだり、湯で煮出して飲めば、体を温めたりお腹の調子を整えると言った効果もあります。
 たまに公衆浴場でも行われている時がありますが、この湯に浸かれば肩こり腰痛、肌荒れなどにも効果がある大変優れた野草です。
 食べて良し、飲んで良し、浸かって良しと言う正に万能薬と言ってもいい野草ですね」

 神父様が手にしたよもぎっぽい植物を、みんなで囲みながら神父様の説明に耳を傾けていた。

「そこまで便利な野草なら、株ごと持って帰って村で栽培とかしないんですか?」

 説明を聞いていて、ふと疑問に思ったので聞いてみた。
 問われた神父様は少しばかり残念そうな顔をして、“それが出来れば良かったのですが……”と前置きをしたうえで言葉を続けた。

「私たちも昔、ペリン草を栽培しようと試みた事がありました。
 ペリン草は暑さにも寒さにも強い植物なので、栽培自体は実に簡単で順調に進んだのですが……
 村で栽培したペリン草はどうしても効能が弱くなってしまう様なのですよ。
 効能が弱くとも、食用として利用出来ればと思ったのですが味の方もぱっとしなくてですね……
 これだけの強い効果か得られ、そのうえ味も申し分ないのは、あくまでここ北の森で採取たれたものだけなのですよ。
 土や肥料、日当たりなどいろいろと変えてはみたのですがうまく行かず……
 それが何故なのかは、結局分からず終いのまま村での栽培は中止になってしまいました……」

 生育する環境が変わると、性質ものものがガラッと変わってしまう植物というのは別に珍しくはない。
 このよもぎっぽいペリン草もその一種なのだろう。
 しかし、神父様の話によれば東の森でもペリン草は自生しているらしいのだが、やはりここ北の森産ほどの効能は得られないというのは不思議な話だ。
 ここの土壌にだけ、何か特殊な栄養素でも含まれているのだろうか?
 植物の知識なんて門外漢な俺にはさっぱり話である。
 効能を維持したまま栽培が可能であれば、さぞや重宝したものを……残念なことだ。

「では、とりあえずこの辺りに生えているペリン草を採取してみる事にしましょう。
 今の時期ですと食用は望めませんので、比較的大降り葉を中心に採取するのが望ましいですね。
 これは、主に薬として使用する事になります。
 採取の基本は“取り尽くさない”ことです。
 ペリン草に限らず、これらの野草を主食としている動物たちもいますので、彼らの分も残しておく必要があります。
 また、ねこそぎ取り尽くしてしまうと、来年から生えてこなくなってしまう恐れがあるので注意が必要です。
 私達は、あくまで森の外からやって来たよそ者に過ぎません。
 森の恵みを分けてもらっている、ということを忘れないようにしてください」

 “では、始めましょうか”と言う神父様の言葉で、俺達は近くに生えていたペリン草の採取を始めたのだった。

 神父様から見える距離にいること、というルールがあるため狭い範囲でちまちま採取すること十数分……

 俺達は手にしていたペリン草を、神父様が持ち歩いていた籠へと放り込んだ。
 量としては、籠の底の部分がちょっと隠れる程度しかないが、今回の野外教練の目的は別に採取そのものではないのでなんの問題もない。
 どんな所にどんな植物が自生していているのか、それを知るための課外授業だ。
 とはいえ、ペリン草は日当たりが良ければどこにでも自生しているので、実に探し甲斐のない野草ではある。
 まぁ、初心者である俺達にはお手頃な野草だと言えるか。

「ねぇねぇ、ラビ捕まえないのぉ?」

 今まで大人しく神父様の話を聞いて、ペリン草の採取も行っていたタニアが、神父様の裾をグイグイと引っ張りながらそんな事を言い出した。

「ラビ……ですか?」

 そういえばこいつ、森に入る前から“ラビを捕まえるんだ”って息巻いてたいたっけか。

「ラビを捕まえるなら、ここよりは東の森の方がいいのですが……
 そうですね、ここにもいないわけではないので簡単な罠でも作ってみますか?
 運が良ければ捕まえる事が出来るかもしれませんしね」
「うぇーいっ!! やったぁ!!」

 と、いう訳で急遽ラビ捕獲用の罠を作る事になった。

「罠、なんて大仰な言い方をしていますが作るのは“落とし穴”です」

 ラビはウサギに似ているが、その図体のでかさからかウサギほどのジャンプ力はない。
 助走をつけたうえでなら結構なジャンプ力をしているが、静止状態からの垂直方向へのジャンプ力はあまりない。 
 よくて40~60cmといったところだ。
 なので、大人の太ももほどの深さの穴にはまると自力での脱出が出来なくなってしまうのだ。

 森の中、ということで適当に穴を掘ったとしても植物の根などが邪魔をして、ろくに深く掘る事が出来そうもない。
 なので、掘りやすそうな場所を探してから神父様が持っていた数本の手持ちスコップで穴掘りに着手する。
 穴掘り担当は、言いだしっぺの法則からタニアは確定、であとは年長者の男ってことでグライブとリュドが選ばれた。人が多過ぎても邪魔だろうと、三人作業である。
 ちなみに、三人が使っているスコップは魔術陣加工が施された陶器製の物だ。
 水路工事の時に、クマのおっさん達が使っていた物のスコップ版だな。
 前回試作した鍬やら斧やらから、農作業に使えそうな物などを窯元のじーさん達がいくつか試作していてこれはその一つだった。

 3人が穴を掘っている間に、俺達残りの面子は穴を隠す為の木の枝と草を集めることにした。
 で、集め終わったところで戻ってみると、10分もしないうちに穴は掘り終わっていた。
 3人ともすっかり土で汚れていたが、あまり気にしてはいないらしい。
 ってか、穴掘るの早いなお前ら……

 完成した穴に、集めた木の枝と草でフタをして、その上にラビを誘き寄せる為に好物であるペリン草を置いたら完成だ。
 後はラビが罠に掛かるのを待つばかりだ。
 
 ここでじっと待っていても仕方ないので、帰り際に様子を見る来る事にして俺達は本来の野外教練の続きへと戻ることにしだった。
 望み薄ではあるが、これで帰りが少しだけ楽しみになった。
 タニアなんて、既に捕まえた時のことばかり話すものだから、俺が“取らぬ狸の皮算用”という言葉を教えてやったら、逆に“タヌキって何?”と聞き返されて説明に苦労した……というのは、また別の話だな。
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