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34話 農村ジェット 前編

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 現代日本の自動車技術と言うものを知っている俺にとって、愛車クララはぶっちゃけて言ってしまえば完全な欠陥品だった。
 まず動きがぎこちない。
 どれくらいぎこちないかと言うと、自動車教習所の教習生並みのぎこちなさだ。
 車輪の駆動のON・OFF制御しか出来ていないので、動きがカコカコして安いおもちゃのような挙動になってしまうのだ。
 動き始めなど、いきなりMAXスピード(とは言え、大人の歩くくらいの早さだが)で立ち上がるため一瞬ガコンッてなるしな……しかも、コーナリングがチョー難しい。
 うまく魔術陣を操作しなければ、なめらかにコーナーを曲ることが出来ず、カコンカコンになってしまう。
 これは、愛車クララにハンドルの様な舵取り装置が無いためだ。
 では、我が愛車クララがどのようにして曲っているかと言うと……
 愛車クララは曲るとき、左右の車輪の回転数を独立して操作することで旋廻を可能にしている。
 これを“信地旋回しんちせんかい”と言い、回転半径が小さいと言う利点……簡単に言えば小回りが効く旋廻方法なのだが、感覚的に操作が出来るハンドルの方がやはり何かと都合はいい。
 他にも、車軸が車体に直接固定されているため、車輪が受けた衝撃がもろに車体に伝わってしまうのも問題だった。
 これでは、車輪が小さな溝にはまっただけで、車体が弾んでしまうのだ。
 平坦で多少でも舗装された道を走るなら、まぁ、まだ乗れない事もないが、一度ひとたび凹凸の激しい道を走ろうものなら、搭乗者は激しく上下にシェイクされてしまう事になる。
 自動車なら、車軸と車体の間にサスペンションと言うバネで出来た衝撃を吸収する機構があるのだが、生憎と今の村にそんな高度な物を作るだけの技術なんてありはしない。
 ブレーキにだって問題ありありだ。
 愛車クララは止まるとき、車輪をロックすることで強引に止めている。
 普段は、加速を止めて自然停止する寸前にブレーキを効かせるなど工夫して、衝撃がなるべく少なくなるように注意して運転しているのだが、車体が動いている状態でブレーキを掛けると、急停止してしまい乗っている者が振り落とされそうになる。
 つまり愛車クララは、フルアクセルかフルブレーキしか出来ないのだ。
 ついでにバックも出来ない……
 愛車クララの存在は便利ではあったが、その操作性の気難しさから汎用性が欠片もないのである。
 普段動かすときは、はなるべく荷物(もしくは人)を乗せて重りとし、車体が暴れるのを抑えている訳だが……
 と、まぁ、これが量産もせず、あまり人に貸す出す事もしない理由だな。
 俺が愛車クララを貸し出しているのは、操作が多少なりとも出来る人限定だ……例えば神父様とか。
 元は、運搬のために即席で作ったものだ。
 むしろ、今までよく動いたものだと我が事ながら歓心してしまう。
 だから……
 俺はここらで一度、本格的に“自動車”の開発に取り掛かってみる事にした。
 これがうまくいけば、ヤムに変わる新しい運搬方法を確立する事ができる。
 仕様如何によっては、ただの運搬機に留まらず、耕運機などにも転用が可能になるかもしれない。
 村の住人もここ最近でどっと増えたので、畑を拡張したいと村長も言っていた事だし、タイミングとしては丁度いいかもしれない。
 と、言うことで研究と実験を始めたのがちょっと前の事なのだが……

「今日お前らに集まってもらったのは、こいつの実験に付き合ってもらうためだぁ!」
「なぁ? なんでオルガの奴はいつも、ああも偉そうなんだよ?」

 踏ん反り返って腕を組み仁王立ちしている俺に、リュドの冷ややか視線が突き刺さった。
 あっ、オルガってのは俺のあだ名みたいなもんだ、もしくは二つ名とも言う。
 ちなみにオルガってのはでっかいゴブリンみたいな魔物の事を言うらしい。見た事はないがな……
 そもそも居るのかそんなヤツ?

「気にしたら負けだぞリュド。
 ああ言う生き物だと思ってそっとして置けば、暴れる事もないんだから……」
「そこっ! 人を腫れ物みたいに言うなっ!」
「はいはい……で、実験って何やらせようって言うんだロディ?」

 付き合いの長さ故か、それもと年長者としての余裕か……
 グライブは、そんな俺の態度など気にする風も無く軽く受け流していた。
 今、俺たちは村から東にそこそこ離れた平原にいた。
 要は、だだっ広い原っぱだな。
 で、ここに居るのは、俺・グライブ・リュド・ミーシャ・タニアといつもの面子だ。
 最近では、ここにシルヴィが加わったので、仲間はずれも可愛そうだと一声かけに行ったのだが……
 今日は寝込んでいる棟梁や村長の看病をしなくてはならないと、断られてしまった。
 本人も本当に残念そうにしていたのだが、仕方ないな。
 折角、学校が休みの日だと言うのに何とも勿体無い話である。
 ってか、村長もカキ氷の食い過ぎで腹壊してるとか……
 年寄りの冷や水って言葉を知らんのか?
 ちなみに、リュドとタニアの親父さんもノックダウン中である。
 ……この村にはアホしか居ないのか?
 アホー アホー と、アホー鳥が群れをなして村に飛んでくるぞ?
 まぁ、そんな村人総ノックダウン状態のため、今日は農作業もお休みだ。
 なので丁度いいと、俺はある実験に協力してもらうためにこいつらを呼び集めたのだった。
 その実験と言うのが……

「ぐっふっふっふっふぅ~!
 実験とは、ズバリこれ・・の稼動試験ですっ!」

 俺がそう高らかに宣言して、脇に置いてあった二つの物体を指し示した。

「まぁ、正直さっきから、気にはなってたんだけどな……」

 グライブが物体Xを眺めながら、ぽつりと呟いた。
 この物体Xこそ、俺が持てる魔術陣技術……えらく言い難いな、魔技術でいいや……の粋を集めて作った自動車、もとい“魔動車”だった。
 外見は、車と言うよりは四輪バギーのような全地形対応車に近いだろう。
 あのバイクなんだか車なんだか、どっち付かずなアレだな。
 搭乗方式はバイクと同様に跨って乗る形になる。一応二人乗りも可能だ。
 基本素材は、木材を使用している。
 銭湯を建設するのに使った木材の切れ端などの流用で作った代物だ。
 製作は俺とウチのじーさんだ。
 俺が主導で行い、所々じーさんには協力してもらった。
 銭湯が完成した事で、少しばかり余裕も生まれていたので、まぁ、いいかなぁ~と言う軽い気持ちで頼んだのだが、よくよく考えれば、元々100%だった仕事量のところに無理やり仕事をぶっ込んで、150%になっていたのが100%に戻っただけで、余裕があったわけじゃないんだよなぁ……
 と言う事に、あとになって気付いた。
 ってか、俺ってば銭湯完成したらじーちゃんに休んで貰おうとか考えてたんじゃなかったっけか?
 ……まぁ、いいか。今度だ今度。
 てな訳で、出来上がったのがこの試作魔動車一号機・二号機だった。
 折角作ったのだから、愛車クララ同様なんか名前を付けたいなぁ……
 今回は荷物の運搬などは取り敢えず考えないで、乗り物としてスピード重視のセッティングにしているからな……
 よしっ! この試作魔動車を“農村ジェット”と名づける事にはしようっ!
 今からお前たちは“農村ジェット1号・2号”だっ!
 そして、現在開発中のパワー重視型を“農村パワード”と名づけようっ!
 うむ……我ながらいい名前だ……名は体を表すって言うからな。シンプルが一番だ。
 で、なんで2台も作ったかと言うと、それぞれ少しずつスペックと言うか仕様が異なっているからなのだが……それは一先ずおいて置いて、まずは愛車クララとの違いを説明せねばなるまい。
 一番の変更点はやはり、ハンドルによって車輪を操舵できるようになった点だろう。
 旋回角度を、ハンドルの切った角度で調整できるため、より感覚的・直感的に車体を制御する事が可能になった。
 そして、愛車クララはフロント・ドライブ……前輪駆動だったのだが、農村ジェットは4WD……四輪駆動だ。
 愛車クララは前輪が浮いたり、溝にはまったりすると皆でせっせと担ぎあげないと救出できなかったのだが、農村ジェットなら全ての車輪が回るため多少の悪路などものともしないで走ることが出来る。
 更に、なんの衝撃吸収機構も搭載していなかった愛車クララに対して、農村ジェットはエアサス……エアー・サスペンションが搭載されている。
 車体と車軸を別に作り、シリンダー状に加工した竹(もどき)で四輪全てを固定したのだ。
 この竹シリンダーには、内部に高密度の空気の塊を形成するよう論理回路が組まれている。
 この空気の塊によって、車体は押し上げられ車軸から完全に浮かび上がる形になる。
 構造的なイメージとしては、昔ながらの竹の水鉄砲とまったく同じだ。
 竹の節を残し、中央に小さな穴を開け、反対側に蓋を作りそれを棒で押し出す……
 そうすることで、竹の中の水は小さな穴を通って外へと押し出される訳だが……この竹の内部にゴム風船が入っていると考えるとわかりやすいだろうか?
 棒をいくら押しても、中のゴム風船によって棒は押し戻されてしまう……
 つまり、このゴム風船……空気の固まりが、外部からの衝撃を全て遮断してくれる働きをしているのだ。 
 これによって車体の安定性が飛躍的に上昇した。
 他にも、負担の掛かりそうな部分にはあらかじめ補強用の硬化魔術陣を施している。
 実は、先日の銭湯建設の際に、ある魔術陣の実験過程において硬化魔術陣の効果の対象範囲が、どうやって決定されているのかの謎が、偶然ではあったがついに判明したのだ。
 それは、魔術陣は、魔術陣が完成した時点で効果は発揮していなくても起動・・はしている、と言う事だった。
 どう言う事かと言うと、魔術陣は動力となるマナを供給することによって起動し、効果を発揮するものと考えられていたが、どうやらそうでないようなのだ。
 驚いた事に、実は大気中にも極々微量だがマナは存在しており、このマナに魔術陣が反応している事がわかった。
 つまり、魔術陣は完成した瞬間にこの大気中のマナに反応し起動、常にスタンバイ状態になっている、と言う事なのだ。
 これが、効果は発揮していなくても、起動はしている、と言う状態なのである。
 そして、この起動した瞬間に、一続きとなっている物体を魔術陣の効果対象として認識している事が分かったのだ。
 ちなみに、効果対象として認識された後に構造体からパーツが落脱した場合は、勿論対象からは除外されるし、起動後にどれだけパーツを構造体に取り付けたとしても、対象としては認識されない、と言う訳だ。
 そもそも、今まであの固着だか硬化だかの魔術陣の性質をろくに理解しようとしないまま使っていたのが大間違いだったんだよな……
 機能、特性をしっかり理解した上で使えば、あの硬化の魔術陣は補強用としてすこぶる使い勝手がいいのだ。
 法則さえ分かってしまえば、あとはそれを利用するだけだった。
 パーツ単位で硬化の魔術陣を刻んで、組み立てて行くだけだ。
 魔術陣は効果さえ発揮していなければ、ただの模様に過ぎないからな。
 そうして、完成したのが、この農村ジェット1号・2号なのである。
 と、ここまでは1号・2号共に同じ作りなのだが、ここからがそれぞれ違う構造……と言うか、違うシステムで動いている。
 その違いと言うが、エネルギーの……マナの伝達方式の違いだった。
 1号は直接操作式……とでも言うのか、魔術陣に自らマナを流し込む事で速度を調整する方式だ。
 農村ジェットは、マナを少なく流せばゆっくりと、多く流せばそれだけ早く走るように作られている。
 制動時には、回転方向の逆回転の力を加えることで、強弱を付けた減速も可能で、この逆回転の制御によってバックを行うことも出来るようになっている。
 勿論、従来通り左右の車輪の回転率を別々にコントロールする事だって出来る。
 で、その肝心の操作方法なのだが、基本ハンドルの左右に刻まれた2つの魔術陣を操作する事で、この農村ジェットは動かすことが出来る。
 右手側の魔術陣が前進で、左手側がバックだ。走行中の場合なら、ブレーキになる。
 サブとして、ステップ部分に追加で魔術陣が刻まれており、左右に2つずつで計4つある。
 それぞれが対応した側面の車輪の正転と逆転を制御する事が出来るようになっているのだ。
 ぶっちゃけ、その気になったら足元の魔術陣だけで動かす事も可能だ。
 まぁ、足からマナを放出する、と言うのは一般的ではないのだが、理屈の上では不可能ではないはずだ。
 神父様に相談を持ちかけた時も、訓練次第ですね……と、言っていたしな。
 で、直接操作には影響しないが、安全装置として車輪をロックするための魔術陣が二つ、車体中央に設けられている。
 仕組みは至ってシンプルで、車体下に仕込まれたつっかえ棒を車輪に差し込んでいるだけだ。
 まぁ、サイドブレーキみたいなものだな。
 で、このつっかえ棒の出し入れをしているのが、残り2つの魔術陣と言う訳だ。
 これは、あのカキ氷を作る際、氷を固定するために使った魔術陣の応用だな。
 通常で“引き寄せる力”なら、力の方向性を変えてやれば“押し出す力”になると言う訳だ。
 これには、マナ吸収用の論理回路が初めから組み込まれているので、触るだけで機能する。
 勿論、車体が稼動している時は機能しないと言う安全機能付きだ。
 稼動に必要なマナの量も、極力効率化させた省エネ仕様にすることに成功している。
 愛車クララのマナ消費量と比べたら雲泥の差だった。
 ただ単に動かすだけなら、そう難しくないと思うが、これらの機能を全て使おうと思うと複数の魔術陣を同時に管理する器用さが必要になってくるだろう。
 いわば、プロ仕様と言っていいのがこの農村ジェット1号だった。
 悔しいが、はっきり言う。マナの制御ができない俺にはこの1号機を操作することが出来ない。
 これはあくまで、マナのコントロールがうまい奴用なのである。
 で、2号だが……
 操作方法も含めてこっちはまんま、バイクのノリに近いな。
 ハンドルの右がアクセルスロットルになっていて、回せば前進だ。
 操作は簡単なのだが、速度調整は5段階と速度の自由度は1号や本来のバイク・自動車ほど高くない。
 と、言うのもこの2号機はマナの制御ができない俺や、苦手な者が扱えるようセッティングしてあるためだ。
 つまり、自らマナを送るのではなく、乗り物の方からマナを吸収してもらうスタイルを採用している訳だ。
 仕組みとしては、アクセルスロットル部分にマナの吸収魔術陣が仕込まれおり、スロットルを回すことで内部の魔術陣が組み変わり吸収量が変化する。
 この吸収・供給が5段階あると言う事だ。
 駆動に使っている魔術陣は1号・2号共に同じものを使っているので、供給されるマナが増えることで速度が変化する、と言った具合だな。
 バイクと違う点は、左にもスロットルが付いていることだろうか。
 こっちは減速用の、いうなればブレーキスロットルだった。勿論、バックの操作も行うのでバックスロットルと呼んでもいい。
 ブレーキもアクセル同様やっている事は同じだ。
 足元の魔術陣は不要として全て除外オミットしてある。
 で、車輪ロックの魔術陣は一緒だ。

 ………
 ……
 …

 と、言うことを四人に説明した上で、各自この農村ジェットに試乗してもらうことにした。
 ただし、危ない乗り方はしない・遠くに行かない・スピードを出しすぎない(2号機に関しては速度2段階目まで)と言うのをきつく言い聞かせた上でな。
 今回の実験は動くか・・・どうか、と言うよりは動かせる・・・・かどうかの実験だ。
 大人ではなく子ども……こいつらを選んだのは、大人どもがどいつもこいつもくたばって、役に立たないから……というのもあるが(勿論、無事な人だっているが)、子どもの方が魔道具に対する慣れが早いから、と言うのもあった。
 子どもは変に先入観を持っていないので、見たものをそのまま受け入れるから順応するのが大人より早いのだ。
 なにせ、自宅に持ち込んだ試作扇風機を、レティとアーリーは即日おもちゃにして遊んでいたからな……
 このまま子どもたちが、魔道具の扱いに慣れていけば、村を開拓していくに当たって大いに役立ってくれることだろう、と言う打算的な目論見もなくはないのだけどな……
 で、当の実験体……げふんっ、協力者はと言えば……
 グライブもリュドも、俺の説明の途中から目をキラッキラさせて“乗っていいか? もう、いいか?”とそわそわしっぱなしだったからな……
 そう言えば、グライブは愛車クララを初めて見た時もこんな目をしていたような気がする……
 所詮男なんてどこの世界(異世界含む)でも、こう言ったものが好きなのだろうな……
 そう考えると、異世界だなんだと言うが、本質はあんまり変わらないのかもしれない……
 ……てな事を、感慨深げに考えていたら、オス2匹が勝手に農村ジェットに跨って早速遊び出していたのだった。
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