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8巻
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しおりを挟む私、雨宮咲の一度目の人生は、不幸の連続だった。
そんな私の人生は、落雷によって幕を閉じる……かと思いきや、死んだ私の前にラスダっていう世界を管理する神様が現れた。
彼が言うには、私の不幸と死は、手違いによるものだったんだって。
シャルズっていう魔法の世界の管理をする神、ナーティ様はそんな私を憐れみ、次の人生こそは幸せになれますようにって転生させてくれたの。
こうして始まった、サキ・アメミヤとしての第二の生。最初はナーティ様から授かったたくさんの才能を頼りに、猫の従魔ネルとともに森で暮らしていた。
でも、ひょんなことから王都エルトで公爵の地位にあるアルベルト家当主の息子、フレル様に誘われて、公爵家の養子になっちゃった!
今ではフレル様をパパ、その奥様であるキャロル様をママと呼んでいるし、長男のフランと次女アネットとも本当の兄妹みたいに仲良し。王都で、幸せな生活を送っているんだ。
家族だけじゃなくて、友達にも恵まれた。
王都の魔法学園に通ううちに、ブルーム公爵家のアニエちゃん、お洋服が大好きなミシャちゃん、いつでも元気いっぱいなオージェという友達もできたんだ!
この間学園で勇者様の伝説を元にした劇をクラスごとに作って発表するっていうイベントがあったんだけど、その時もみんなで協力して頑張ったんだよね。
それに際して勇者様縁の地を巡るための旅行に出掛けたんだけど……楽しかったなぁ。
なんと旅の途中で、魔法によって一時的に生き返った、勇者リーデルさんと賢者パスカルさんが仲間に加わったんだよね!
本物の勇者様と賢者様と一緒に旅できるなんてそうそうない。大興奮だったよ!
でも、その最中に異変が起こる。パスカルさんが、禍々しい魔力を感知したんだ。
魔力をたどった先で待ち受けたのは、国家反逆組織リベリオンの幹部ロンズデールだった。
ロンズデールは、元々リーデルさんやパスカルさんと同じパーティを組んでいた仲間でもある。
それでも覚悟を決めて戦う中で、彼はかつてリーデルさんが刺し違える形で倒した強敵・シヴェルデに乗っ取られていたのだと判明する。
リーデルさんやパスカルさんの力を借りてなんとかシヴェルデに大ダメージを与えることには成功したんだけど、トドメを刺す前に、逃げられちゃった。
シヴェルデはリーデルさんの体を魔法で再現して、それを乗りこなすことでより力を増そうとしているみたい。それに、リーデルさんとパスカルさんは魔力を使い果たし、安らかな眠りについてしまったから、二人を頼ることはもうできないんだ。
でも、負けない。次に私の前に現れたら、今度こそみんなと協力して倒してやるんだから!!
1 突然のお屋敷訪問!?
「以上が報告になります」
僕――フレルは王様にとある調査報告をした。
それを聞いた王様は眉をひそめ、口を開く。
「……情報の出所は信用できるのか?」
「はい。アルベルト家の情報網によって調べた内容と、他の機関から上がってきた報告がほぼ一致しました。間違いないかと」
「はぁ……」
王様は上を向いてため息を吐きながら、椅子の背もたれに寄りかかる。
リベリオンの内通者が国内にいるのではないか――そんなこと、王様だって考えたくないよな。
ここ数ヶ月の間、魔物が突発的に発生する事態が、何度か起きている。
その現場を数日前にうろついていた者がいる、という通報が数件入ったのだ。
リベリオンにはチューレという、魔物を操る幹部がいる。そいつに協力していたとしたら、立派な反逆だ。
怪しい者の素性を調べていたのだが……。
心の中で、大きなため息が漏れる。
正直、杞憂であってほしい。
これ以上、サキとフランの心労になるようなことは起きてほしくないという想いから、ついついいい方に考えたくなる。
少ししてから、王様は僕の方を見て指示を出す。
「フェネス服飾店とカルバート家を監視しろ」
サキやフランと仲のいいミシャちゃんの実家であるフェネス服飾店と、サキが慕っているメイリーの実家であるカルバート家が怪しい、か……。
僕は暗澹たる気分を胸に抱きながら頭を下げ、王様の部屋をあとにした。
◆
「レオンさん、進学おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう。サキ」
今は学園の帰り。私はレオンさんと二人で研究所に向かっている。
レオンさんは、クロード公爵家の次男で学園最強の魔法使い。
そして、私の好きな人なんだ。
春の長期休暇を終えて私は初等科六学年になり、レオンさんは中等科から高等科へと進学した。
とはいえ、授業が終わる時間は一緒。
だから休暇が明けてからは毎日こうして二人で下校しているんだけど……この時間は密かな私の楽しみだ。
レオンさんも……同じ気持ちだと嬉しいな。
そう思いつつ、私は改めて頭の先からつま先までじっくり見る。
やっぱり高等科の制服に身を包んだレオンさん、かっこよすぎぃ~!
中等科の制服は学ランみたいな感じだったけど、高等科の男子の制服はブレザーのような見た目なんだよね。
レオンさんはこの一年で背がさらに伸びた。ネクタイを締めるようになったことも相まって、とっても大人っぽく見える。
そんな風に考えていると、レオンさんがふと聞いてくる。
「そういえば、シャインの様子はどうだい?」
シャインは元々リーデルさんと契約していた、光の精霊。
リーデルさんから引き継ぐような形で、私はシャインの契約者になったんだけど……。
「それが『まだ時が来てない』の一点張りでして」
「そうか……」
それから私たちは、ここ半年を振り返る。
私たちがリーデルさんやパスカルさんと旅をしてから、半年以上が経った。
ロンズデールは……いや、改心したロンズデールさんは最終的に、リーデルさんやパスカルさんとともに魔力の粒子になって消えてしまった。
でもその前に、リベリオンの情報と他者の体を乗っ取る【憑依の魔法】についての記憶を託してくれたのだ。
そしてその情報は王様やパパには報告済み。王様たちはその情報を元にいろいろと対策や戦力強化を考えてるみたい。
私たちは魔石をどのように活かすかを研究する学問――魔石工学の知識を用いて作った魔道具を売るお店『アメミヤ工房』を経営している。
そこから王家のみに魔法武器を卸していて、それらも戦力として期待されているみたいだし、頑張らなきゃなんだよね。
この世界には炎、水、風、雷、土、草、光、闇、空間、治癒、特殊っていう十一種類の魔法属性がある。
魔法武器は様々な属性の魔法を発動できる魔法陣を武器に描き、魔石から魔力を供給させることで誰でも魔法が放てる、便利な代物なんだよね。
ちなみに魔法は、繰り返し使用して経験を積むことでスキル化させたり、発動過程を簡略化させたり、オリジナルの魔法を生み出したりと、応用できるんだよね。
スキル化した魔法は、強さや難しさによって第一から第十まであるナンバーズに分類され、どのランクの魔法も一度発動できればそのあとはずっと使える。
それだけでなく、魔法の飛距離を伸ばす【ア】、速度を速くする【ベ】、効果時間を延ばす【セ】、操作性を高める【デ】といったワーズや、魔法に複数の属性を付与するエンチャントなどと組み合わせてさらにパワーアップできるってわけ。
ただ魔法武器にそれらを組み込むと消費魔力が大きくなりすぎてしまうため、まだ実用には至っていないんだ。
それはさておき、ロンズデールさんから託されたものは結構役に立てられている。
でも、リーデルさんから引き継いだシャインとの契約、そしてパスカルさんが遺してくれた研究成果をほとんど活かせていないのが、なんだか申し訳ない。
シャインとの契約についてはさっきレオンさんに言った通りだとして。
パスカルさんも消える直前に、これまでの研究成果を記録した魔石の在り処を教えてくれた上に、それを好きに使っていいといってくれた。
魔石があるのは、異世界中のあらゆる魔導書が集まる魔術書塔内の、パスカルさんが復活した部屋。
そこを訪れれば私の手元に現れるよう、術式を刻んでくれたって話だった。
なんなら魔術書塔の所有権も譲ってもらったのに……勉強やら魔法武器の研究開発やらで忙しくて、行けていないのだ。
「――ともあれ、やっぱり今は魔法武器作りを頑張るしかないね。それが一段落ついたら、いろいろ考えよう」
なんて、レオンさんは話を締めた。
そんな時、突如大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「だから、ここはこうじゃないって言ってんだろ!」
「うっせーなぁ! 今直してんだろーがよ!」
庭の方を見てみるとキールとグレゴワルが作りかけの洗濯機を前に言い合っている。
孤児の兄妹のキールとアリス、そして元冒険者のティルナさんは、アメミヤ工房の最初期に雇った従業員なんだよね。
グレゴワルはつい最近、とある事情があって雇い始めたんだけど……。
私とレオンさんは、庭の方へ向かう。
「ここ! ここのボタンの部分の作りがめっちゃ雑っ! これじゃあ何回か押したら壊れちゃうだろ!」
そんなキールの発言を、グレゴワルは笑い飛ばす。
「はっ! んなもんはなぁ! 壊れた時にそいつらのせいにしたらいいんだよ!」
「そんな販売者ファーストな言い分が通るわけないでしょうが」
あまりにも聞き捨てならない発言をしたので、私はそう口にしつつグレゴワルの脇腹へ魔力増し増しゆるめパンチをお見舞いした。
「いでっ!」
グレゴワルは殴られたところを押さえて、しゃがみ込んだ。
「まーたバカやってるわ。あいつに魔道具の製造なんて細やかな作業ができるわけないと思ってたけどね」
「あ、あはは……でも、洗濯機はうちの看板商品だから、作れるようになってもらわないと」
そんなことを言いながら、ミシュリーヌとアリスが、洗濯籠を持って歩いてきた。
リーデルさんの一件において、私たちに協力してくれたリベリオンの幹部二人――グレゴワルとミシュリーヌの身柄は王家が預かることになった。
でも勝手なことに、王様は他の貴族家の意見とかガン無視で私にその対処を押し付けてきたんだよねぇ……。
『お前らが見つけてきたやつらなんだからお前らで管理しやがれ』なんて、野良犬を拾ってきたような感覚で言われても、困るんだけど……。
でもまぁ、人手が足りないのは事実だし、二人とも悪い人じゃないっていうのはわかっている。
だから、こうして働かせているってわけ。
なんとなくレオンさんがキールとグレゴワルの面倒を見て、私はミシュリーヌとアリスと一緒に洗濯物を干す流れになった。
それにしても……。
ミシュリーヌをまじまじと見ていると、ふと目が合った。
「……何よ」
「ううん。エプロン姿があんまり似合わないなぁって思って」
「失礼ね! ほんとそういうところ、キャロルそっくりよ!」
ミシュリーヌはそう怒ったように言いながら、バスタオルをパンッと叩いて皺を伸ばす。
前まで彼女とはバチバチに戦っていたけど、なんだかすっかり打ち解けちゃったなぁ、なんて。
それから少しして、ちょうど洗濯物を全て干し終えたタイミングで、ティルナさんが研究所の方から歩いてきた。
「みんなぁ、ハーブティーを淹れたから休憩しない? 今日のは自信作なんだぁ」
私たちは顔を見合わせて頷き合うと、研究所の中に入る。
研究所内の休憩室にやってきた。
机の上にはティルナさんお手製ハーブを使ったハーブティーに、アリス自慢の手作りクッキーが並んでいる。
早速、いただくことに。
「ミシュさん、どうでしょうか」
「とても美味しいわ。このハーブ、すごくいい香りがするし」
ミシュリーヌの感想を聞いて、ティルナさんはパッと表情を明るくする。
ティルナさんはミシュリーヌが来るまでずっと、アメミヤ工房の最年長だった。
その反動もあってか、ティルナさんは年上のミシュリーヌのことをお姉さんのように慕っているんだよね。
「そういえば、サキちゃんとレオンくんが来る前に来客があったよ」
「来客? 誰ですか?」
私が聞き返すと、ティルナさんは衝撃の答えを返してくる。
「レオンくんのお母さん」
「えー!?」
私は思わずそう叫ぶのだった。
五日後。
今日私は、レオンさんのお母さん……クロード家当主、クリスティ・クロード・ライレン様にお呼ばれして、クロード家のお屋敷に行くことになっている。
あのあと、お家に招待したいって旨の手紙が届いたんだ。
「お姉さま、素敵ですわぁ!」
「そ、そうかな……? 大丈夫かな? 変なところない?」
「バッチリだよ。寝癖もないし、服に皺もない」
さっきから不安な私を、アネットとフランが笑顔で褒めてくれている。
初めての学園代表戦からレオンさんとは付き合いがあるわけだけど、お家に行ったことは今までなかった。
うう、クリスティ様に変な子だって思われないかな……。
「サキ様、レオン様がお迎えに来られました」
側付きメイドのクレールさんの言葉に、私の心臓がドキンと跳ねた。
入社面接を受ける前みたいな気分だ……。
それでもどうにか心を落ち着かせて外に出る。
すると、馬車の前でレオンさんが待っていた。
「やぁサキ。ご機嫌いかがかな?」
「胃がキリキリします……」
「ははっ、だろうね。とはいえ、何も取って食おうってわけじゃないんだ。気楽にしていいよ」
そう言いつつ差し出されたレオンさんの手を取り、私は馬車へ乗り込む。
クロード家は平民区を治める公爵家なので、お屋敷も貴族区の中でも平民区に近い位置にある。
そこに向かって、馬車はゴトゴト走っていく。
「レオンさんはクリスティ様になんの御用があって私を呼んだのか、聞いていますか?」
私の質問に、レオンさんは首を軽く横に振る。
「いや、軽く聞いてはみたんだけどね……なぜか教えてもらえなかったんだ」
な、何それ……ただでさえ怖いのに、さらに怖くなる情報なんですけど!?
「そ、そんな怖がらなくても大丈夫だってば」
私がビビっているのを見て、レオンさんは私の肩をぽんぽんと叩く。
でも、それだけで『じゃあ、大丈夫だよね!』なんて前向きになれるほど、私はポジティブじゃない。
うぅ……何かご褒美でもないと、頑張れないぃ……。
「気苦労をかけて申し訳ないね。母様との話が終わったら僕の部屋でのんびりしようか」
レオンさんの……部屋っ!?
これは、好きな人のお部屋へのお呼ばれイベント!
確かにレオンさんの部屋がどんな感じかは、すごく気になる!
やっぱり剣がいっぱい置いてあるのかな? それとも魔石工学の本がいっぱい並んでるとか?
あぁ、でも案外整理整頓が疎かだっていうのもギャップがあっていいかも!?
もしそうなら片づけてあげよっかな。
で、子供の頃の写真とか見つけちゃって……!
「サキ?」
「はっ! な、なんでもないです!」
まずいまずい……変な妄想モードに入ってた。
そもそも写真なんてあるわけないじゃない! この世界で最初にカメラを作ったのは私なわけで、それだって結構最近の出来事なんだから。
私が慌てて取り繕うと、レオンさんはふんわりと微笑む。
「よくわからないけど、元気が出たなら何よりだよ」
「はい! ご褒美です!」
「ご褒美?」
「い、いえ! 何でもないです!」
そんな話をしているうちに、馬車はクロード家のお屋敷へと到着していた。
「おかえりなさいませ、レオン坊っちゃま。そして、ようこそおいでくださいました、サキ様」
馬車を降りたところで、タキシード姿の初老の男性が深々と頭を下げて挨拶してくる。
私も慌てて頭を下げる。
「本日はお、お招きいただきありがとうございます……」
かつてより人見知りはマシになったとはいえ、好きな人の家となれば話は変わる。
おずおずとお辞儀を返してしまったわけだけど……初老の男性は気にした様子すらない。
「じいや、出迎えご苦労」
「とんでもございません。さぁ、奥様がお待ちです」
レオンさんの言葉に初老の男性――じいやさんはそう返してお屋敷の扉を開ける。
そして私たちと一緒に中に入ると、扉を静かに閉めてくれた。
じいやさんの案内でクロード家のお屋敷の中を歩いていく。
廊下にはアルベルト家のお屋敷で見たことがないような鎧や剣が飾ってあって、いかにも剣術を得意とする一族のお屋敷って感じだ。
かっこいいけど……夜にお手洗いに行く時とか怖いかも……。
廊下をしばらく進むと、中庭に出る。
そこには、テーブルが一つと椅子が三つ置かれていた。
そのうちの一つに溢れんばかりの気品を漂わせながら、ティーカップを持つクリスティ様が座っている。
その姿を見て、緊張が吹き飛んだ。
だって、あまりにも綺麗で絵になるんだもの。
シュッとまっすぐ伸びた背筋に、嫋やかなカップの持ち方――クリスティ様の佇まいからは、貴族家としての誇りのようなものすら感じる。
クリスティ様は私たちに気付くと立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「急にお誘いして、すみません。ようこそ、クロード家へ」
「はっ。い、いえ! こちらこそお招きいただきありがとうございます」
私は、慌てて頭を下げる。
いけないいけない、クリスティ様に見惚れて呆けている場合じゃない。
「頭を上げてください。こちらがお招きしたのですから、そんな恐縮しないでください」
「は、はい」
私が頭を上げると、クリスティ様はレオンさんの方を向いた。
「それじゃあレオン。私はサキさんと二人で話をしたいから、どこかで時間を潰していなさい」
「え?」
「えっ!?」
レオンさん、次いで私の声。
声のトーンが明らかに違ってしまうくらい、私は驚いてしまった。
話があるとは聞いていたけど、まさか二人きりでとは思っていなかったのだ。
それからクリスティ様とレオンさんは視線を交わして――
「……わかったよ」
あっさりわからないでよ、レオンさん!
私は内心そう思いながら、縋るようにレオンさんに目を向ける。
でも、レオンさんはちょっと眉をひそめながら『ごめん』って感じの目をして、庭を出ていってしまった。
そして残される、私とクリスティ様。
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