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7巻
7-3
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◆
サキが王様とプレシア様とともに運転席の方へと向かうのを見送ってから、僕――レオンは後ろの席の扉を開けて、王妃様たちに乗るように促す。
「レオン、これは……どうなってるの?」
自動車の中を見て、王妃様は驚いたようにこちらを振り返った。
王妃様はサキの作った空間拡張型馬車を見たことなかったか。
そう、後部座席はサキの開発した空間魔法によってびっくりするほど広くなっているのだ。
「サキの開発した魔法で空間が広がっているんです。広さはサキ曰く『十二ジョウのワンエルディーケー』だとかなんとか……」
正直その単位が何を示すのかは正確にはわからないが、とにかく広いのは一目瞭然だ。
そして、設備だって充実している。
まず、部屋の中央に設えられた長方形のテーブルを挟んで二人掛けソファが向かい合わせに置かれている。そして、キッチンに当たる区画には簡易な食器棚と調理器具の入った引き出し、食材の入った冷蔵庫と棚、部屋の奥にはベッドが二つもあるのだ。
今から旅に出ても快適に過ごすことができることだろう。
「これは馬車というよりも、家を一つ運んでいるようなものじゃないですか」
王妃様の言葉に、僕は微笑みながら頷く。
「まぁ、そうとも言えますね。あ、お茶を飲まれますか? 淹れてきますよ」
僕は王妃様とフレル様、キャロル様に「ソファに座っていてください」と伝えてキッチンへ向かう。
魔力ポットに水を入れて沸かしつつ、食器とお茶菓子をトレーに載せて、と。
すると、すぐ後ろから声がする。
「レオン、これは?」
「これは『水を入れてあっという間にすぐにお湯ポット』です」
王妃様、気になって待っていられなかったんだな。
僕は説明しつつも棚の中の缶から人数分のティーバッグを取り出して、カップに一つずつ入れる。
「これは?」
「これもサキが作った『ティーバッグ』というものです。これにお湯を注ぐだけで、紅茶を淹れられます」
そう言いつつお湯をカップに注ぐと、お湯は瞬く間に綺麗な赤茶色に染まる。
僕はトレーをフレル様とキャロル様の待つテーブルへと持っていく。
王妃様が席に着いたのを見て、僕もソファに腰を下ろす。
「こちらのティーバッグは、一分ほど待って取り出してください。あと、お茶菓子もどうぞ」
お茶菓子として選んだのは、クッキーだ。
そのクッキーを王妃様は不思議そうに見つめてから、質問してくる。
「この黒い粒々はなんですか? 焦げているわけではなさそうだけれど」
「それは、『チョコレート』というお菓子らしいです」
「初めて聞くわね。それもサキが?」
「はい」
僕の返事を聞いて、王妃様はクッキーを一つ手に取り、齧りつく。
「な、なんですかこれは! ねっとりとしていて甘く深みのある味……サクサクとした食感のクッキーとよく合います!」
あぁ、そういえば王妃様は無類の甘党だったなぁ。
甘いもの好きからすれば、このチョコクッキーは確かに魅力的かも。
それなら……。
「王妃様、もしよろしければ紅茶に手を加えてもよろしいですか?」
「え? えぇ」
僕は、王妃様のティーカップを持ってキッチンに向かう。
確かここに飲み物用のミルクと砂糖が……あったあった。
この前サキがキールの妹のアリスに作ってあげて、好評だったんだよね。
僕は紅茶にミルクと砂糖を入れ、再びテーブルに戻る。
「どうぞ、ミルクティーです」
「ミルクティー? これも初めて聞いたわ」
「飲んでみてください。とても美味しいですから」
王妃様がミルクティーを一口飲むと……彼女の顔が優しく綻ぶ。
「なんてまろやかなんでしょう。キャロルも飲んでみたらいいわ。すごく美味しいから」
「私は飲んだことがございますよ、王妃様。サキは新しいものができると、すぐに私かフレルのところに持ってきますので」
「あら、そうだったの? こんな美味しいものがあるなら、私にも早く教えてくださいな!」
そう言いながら王妃様がミルクティーをもう一口飲もうとした瞬間――部屋が大きく揺れる。
それにより、ミルクティーが少し零れてクッキーにかかった。
王妃様、ちょっと残念そうな顔をしている?
「なんの揺れだい?」
フレル様がそう聞いてくるけど……。
「……この空間はかなり揺れを軽減する作りになっているんですが……」
どうやら車は今、止まっているみたい。
何があったか確認するために、僕たちは運転席の方へ向かった。
◆
「おー……あっぶねぇ」
「うー……頭がくらくらします……」
「もぉ……だからもっとスピード落としてって言ったじゃないですか!」
私――サキがプレシアに回復魔法をかけつつ怒ると、王様は「わりーわりー」と軽く謝る。
王様はどこかの広野にテレポートしてから、ずっと暴走運転をしていたのだ。
大きな岩にぶつかりそうになったところで急ブレーキを踏んでどうにか止まったのが、今。
それにしても、王様はなんで運転が初めてなはずなのに、ドリフトなんてできるの……。
シートベルトをしていたから飛ばされはしなかったものの、私もプレシアも体が小さいからあっちこっち振り回されて、気持ち悪くなってしまった。
回復魔法でどうにかできるけど……そういう問題じゃない!
そもそも今のも岩にぶつかりそうになったのをブレーキサポートが作動して止まれただけで、そうでなかったらぶつかっていた可能性だってあるのだ。
だというのに、王様は懲りもせずに腕をまくる。
「よぉっし! 今ので大体コツは掴んだぜ! 次はもっと上手く曲がってやる!」
「いやいや! ただ曲がるだけでいいんです! ドリフトなんかしなくていいんですって!」
「何言ってんだ。ドリフトってのはよくわからんが、お前の言う通りに曲がってもスピードが落ちるだけじゃねーか!」
「だからそもそも曲がる時はゆっくりなのが普通なんですってば!」
「何をしているのですか……?」
私と王様とプレシアは、背後からかけられた声に、ビクッと体を強ばらせる。
そして、三人揃ってゆっくりと後ろを向く。
そこには明らかに怒り心頭の王妃様の姿があった。
「サキ、なぜ王様が運転席に? あと、先ほどまで王城の庭にいたはずですが?」
「え、えっとぉ……」
ど、どうしよう……王妃様に怒られたくはないけど、本当のことを言ったら王様があとで大変な目に遭いそうだし……。
私がなんて言おうか迷っていると、プレシアがそっと耳打ちしてくる。
「先生、ここは正直に言った方がいいかと」
「え、でも……」
「お父様なら大丈夫です。いつものことですから。それに……先生はちゃんとお父様に注意していましたし、悪くありません」
娘にこんなこと言われる王様って……。
よし、ひとまずさっきあったことを思い返して判断しよう。
『王様! もうちょっとスピード落としてください!』
『いいっていいって! 誰もいねーんだからよ!』
『そういうことじゃなくてぇ!』
とか……。
『だから、曲がる時はブレーキ踏んで!』
『ブレーキ? おぉ、これか?』
『なんでドリフトしてるんですかぁ!』
『確かにこれはさっきより気持ちいいな!』
『曲がるのに気持ちよさなんていらないんですってぇ!』
……うん、私はやるべきことをちゃんとやってるね。
「どうしたんですか?」
王妃様に再び問いかけられたので、私は淡々と王妃様に答える。
「王様が『スピードが出せないから』って自動車をここにテレポートさせ、私と席をチェンジして、それからずっと暴走運転をしてました」
「ちょっ、サキ……テメェ!」
焦ったように詰めよろうとする王様に、王妃様が怒鳴る。
「やっぱりあなたが原因ですかぁ!」
「お、おい……フィリス、落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか! あなたのせいで私の優雅なひと時が台無しです!」
「それじゃあ王妃様は後ろの席で王様にお説教するということで。次は僕たちが前に乗らせてもらいましょう」
「お、おい! フレル!」
「行きますよ!」
「誰か助けっ――」
そのまま王様は、後部座席へと王妃様に引きずられていった。
その後は私が運転席に座ってパパとママに車の説明をしながら運転したり、自動運転を見せたりしたんだけど……楽しかったぁ。
レオンさんに運転しているのを見られるのはちょっと緊張したけど。
しばらくして、王妃様の説教が終わったので私たちは王城にテレポートで戻ってきた。
日はすでに落ちかけているので、私は王城前でレオンさんと別れ、パパとママと一緒に馬車で帰ることにした。ちなみにアルベルト家の馬車はすでに私が開発した空間拡張型馬車になっているので、かなり快適だ。
ママは紅茶を一口飲み、微笑んで言う。
「それにしても、サキちゃんの開発は、とどまるところを知らないわねぇ。ティーバッグもチョコレートも、王妃様にすごく好評だったし」
「まだまだいっぱい作りたいものがあるよ」
「ふふ……期待してるわね」
「でも、おかげで王都で暮らす人たちの生活も豊かになっていってるよ」
パパの言葉に対して、ママは嬉しそうに言う。
「そうね。それに、最近は女性が働いている姿もちらほら目にするようになった気がするわ」
「そうなの?」
私が聞き返すと、パパが力強く頷く。
「うん、サキが作ってくれた、自動で動く家具のおかげで家事に割く時間が減って、働きに出られるようになったんだってさ」
そうなんだ。よかった、私の作ったものがいろんな人の役に立ってくれて……。
アメミヤ工房の収益も安定してきているし、受け入れてもらえているんだって感じる。
これでキールとアリス、ティルナさんを養っていけるよ。
ティルナさんは冒険者パーティを追い出されたところを強引にお店に勧誘したような感じだったし、これで給料が払えなくなったら申し訳なさすぎるもん。
そう思っていると、パパが愚痴を零す。
「あーあ、もう少し僕の仕事も楽になってくれたらなぁ」
「こーら、仕事の愚痴を子供の前で言わないの」
「ごめんごめん」
ママに軽く怒られて、パパは笑いながら謝った。
仕事のことを子供たちの前で話すと、ママがいつも注意するんだ。
なんでも、かっこいい親であるためとかなんとか。
でも、聞いちゃったからには私もパパの役に立ちたい……。
「たとえば、どうすれば楽になる?」
「ほら、サキちゃんが興味持っちゃったじゃない」
ママが「もう!」と頬を膨らませる。
そんなママに苦笑いしながら、パパは答えた。
「そうだなぁ……。文字が速く書ける道具とか、遠くにいる人に紙を送れる道具とか……同じ書類を複数作り出す道具とかがあると便利だな、とは思うよ。どうしても書類仕事が多くてね」
そう言ってパパは、利き手の手首をほぐすように回している。
なるほど……やっぱりデスクワークはどの世界でも大変なのか。
「ワープロとプリンターがあれば……」
私がぼそっと呟くと、パパの目が輝いた。
「まさか、仕事のための魔道具を作れるのかい!?」
「わからない……でも、それができたらパパは嬉しい?」
「もちろんさ! 時間があればいろいろ家のこともできるしね」
私はちょっと考える。
時間ができる→パパが家族に時間を使うようになる→パパと遊ぶ時間が増える!
「わかった! 私、頑張る!」
「あぁ! 期待してるよ、サキ!」
「……大丈夫かしら」
ママはそう言ってため息を吐いたけど……やってやるんだから!
車を王様たちに見せた次の日、私は研究室で頭を抱えながら机に広げられた紙と睨めっこしていた。そこにはワープロとプリンターに使う魔法陣が描いてある。
「あああぁぁぁ……なんで上手くいかないのぉ……」
昨日パパに言われた道具……ワープロとプリンターの製作に着手したはいいものの、試作品が上手く動かなかったのだ。
モニターとプリンターは問題なかった。光魔法を使えばガラス面に情報を表示させるなんて余裕だし、文書を刷り出すのだって、炎魔法で紙を燃えない程度の火力で焦がせばいいんだから。
問題は、キーボードだ。
この世界の文字は日本語と英語を足して割ったような感じ。
五十の文字に濁点や半濁点、小文字なども使って単語を作り、それらを並べて文章にするのだ。
とはいえ前世のキーボードを応用して作るだけなんだけど……モニターと接続して文字を打ち込むと、モニターが落ちてしまうのだ。
原因がいまいち掴めず、こうして頭を悩ませている。
「魔力が足りない……? それとも魔法陣のどこかが欠けているとか?」
ぶつぶつ呟いていると、食器の音がした。
横を見ると、アリスが邪魔にならないところへティーカップを置いたところだった。
彼女は私と目が合うと、ニッコリと笑う。
「ミルクティーを淹れてきたよ、サキお姉ちゃん」
「ありがとう、アリス」
私は一旦考えるのをやめ、カップを手に取る。
ミルクティーを一口飲むと、ほんのりとハチミツの香りと甘味が口に広がって、ホッとする。
「アリス、紅茶を淹れるの上手くなったね」
「えへへ……お兄ちゃんに教えてもらいながら、たくさん練習したんだよ」
アリスは照れくさそうに笑い、視線を魔法陣に移した。
「新しい道具?」
「そうなの。なかなか上手くいかなくて……」
アリスが「見てもいい?」と聞いてきたので頷くと、彼女は魔法陣をじっと見つめる。
キールもアリスもすっかり文字を覚えて、今やアメミヤ工房の主力。
アリスは最近、プレシアから本を借りて読んでは感想を言い合うなんてこともしているらしい。
うん、教え子同士で仲がいいのは、いいことだ。
そんな風に考えていると、顔を上げたアリスが言う。
「これ、魔力の消費すごそうだね」
「うん。やっぱり魔石じゃ再現できないのかなぁ……」
魔石工学を使えばなんでもできるように思えてしまうけど、実はそうではない。
魔石内に込めた魔力量を消費量が超えると、術式が機能しないのだ。
だから、商品として売り出している道具にしたって、術式をなるたけシンプルにしつつ魔力の消費量を減らして長持ちするようにしている。
アリスも魔石工学の勉強をしてるだけあって、ちゃんとそのあたりがわかっているのだ。
「やっぱり大きめの魔石を使うしか……でもそれだとコストがなぁ」
私がそう零すと、アリスは術式を指差して言う。
「このもにたー? っていう方の回路には魔力的な余裕があるから、そっちの負担を増やしたらどう? きーぼーど? の方は文字を打ち込むだけにして」
なるほど……確かにこれまでキーボード内で文字を形作り、モニターの方へと送るようにしていた。でも、モニターが文字を吸い上げるようなイメージで術式を組めば、キーボードの方の魔力消費が抑えられるかもしれない。
「うん、いけるかも」
「ほ、ほんとに?」
「やってみないとわからないけどね。アリスも手伝ってくれる?」
「うん!」
アリスと魔道具開発を始めて三日後。
私とアリスは、アルベルト家のお屋敷の私の部屋にいた。
パパとママにも事前に声をかけて、集まってもらっている。
「パパ、前に言ってた道具ができたよ」
「文字を早く書けるようになる道具かい?」
「うん! 私とアリスの力作なの」
そう言って、私はアリスにニコッと笑顔を向ける。
アリスは少し緊張してるのか、顔を伏せてしまった。
ママが聞いてくる。
「それで、これはどうやって使うのかしら?」
「それじゃあやってみるね」
私は机に置いてあるノートPCに似せた魔道具の前に座り、キーボードをカタカタと打ち始める。
「この文字のボタンを押すと、画面に文字が出てくる。こっちのスペースキーっていうボタンで文字と文字の間に隙間を入れられるから、単語ごとに区切れるの。それで……」
私はあらかた使い方を説明し終えたところで、並行して作っていたマウスで印刷ボタンをクリック。すると、横に置いてあったプリンターから今打ち込んだ文が印字された紙が出てきた。
私は出てきた紙を確認してから、パパに渡す。
「印刷っていうの。文字の大きさとか、あとは一行に何文字まで入れられるかとかも決められるんだ。どうかな?」
パパは紙を見てから、私を抱きしめてくれた。
「素晴らしいよ……これがあれば今の何倍も速く作業ができる……」
パパの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
そ、そんなに嬉しいんだ……。
「サキちゃん、こっちはなんの道具?」
そう言ってママは私が近くに置いておいた箱二つを指差した。
私はそのうちの一つに、さっき刷り出した紙を入れる。
「これは私が作った転送機だよ。この紙をこの箱に入れて、ボタンを押すと……ママ、そっちの箱開けてみて」
ママが箱を開けるのに合わせて、私も手元の箱を開ける。
すると、私の持っている箱の中には紙が入っておらず、ママの方の箱に紙が入っていた。
「こうやって紙を箱の中で行ったり来たりさせられるの。ちゃんとパパのために五つ作ってあるよ」
私は収納空間から追加で箱を取り出す。
前に携帯電話的な魔道具――イタフォンを作ってあげた時も五つ頼まれていたから、必要だろうなと思ってね。
「こ、これがあれば常に他の貴族家とスムーズに仕事の書類のやり取りができる……」
パパはブツブツと呟いている。
でも、まだ終わりじゃないんだから!
「それとね。こっちのプリンターにこうやって紙を挟んでこっちのボタンを押すと……」
私はプリンターのトレイカバーを開けて紙を挟み、ボタンを押す。
すると元の紙と同じ内容が書かれた紙がもう一枚出てきた。
「これはさっきの印刷? と何が違うのかしら?」
「さっきの印刷はこっちの魔道具で打ち込んだものを紙に印字してるんだけど、これは挟んだ紙と同じものを印字してるの。だから自分で書き込んだ手書きの紙だってたくさん作れるんだ! 会議では同じ資料があった方が、みんな理解しやすいでしょ?」
パパが会議のあとに、『あの貴族の話はわかりにくい。皆に資料を配ってくれればいいんだけど……』ってママに愚痴っているのを、部屋の前で聞いたことがある。
会議の資料は基本的に作ってきた本人と、王様などの位がかなり上の人間にしか配られない。
その理由は長い文章が書かれた紙を何枚も作り出すのは、とても手間がかかるから。
『貴族なのだから使用人に一緒の内容のものを書いてもらえばいいのでは?』と思ったがネルに『位が上がれば上がるだけ、使用人にも見せられない情報を扱うことになるのでは?』と言われてしまった。
「サキ……僕は、僕は感動している!」
パパはそう言うと、私を抱っこしてくるくる回り出す。
「本当に素晴らしいよ! まさに僕に必要なものが、全て詰まっている!」
「ちょっとフレル、はしゃぎすぎよ」
あまりにパパのテンションが上がりすぎていたから、ママが宥める。
私はもう少し、喜ぶパパに抱っこされててもよかったんだけど……。
下ろされちゃったらもう一回強請るのは気恥ずかしいし、別のことをお願いしようっと!
「そ、それでね。これの費用と、あと私とアリスにご褒美が欲しいなって……」
「もちろんさ! サキ、それにアリスもなんでも言ってごらん。僕にできることならなんでもするよ」
パパならそう言ってくれると思ってたよ!
実はご褒美の内容はもう考えてある。
その内容は――。
「ふんっふふーん♪」
私はハミングしながら車に付与する魔法陣の仕上げをしていた。
「またすごく細かい魔法陣だねぇ」
後ろを向くと、ティルナさんが私の手元を覗き込んでいた。
「はい! 九人も乗るので、うんと広くしないと!」
私はそう答えて、馬車に向き直る。
昨日、パパに贈り物をしたご褒美としてみんなとリベリカへ旅行に行くお許しをもらったので、私は今、その旅行で使う車を作っているのだ。
さらに今回はいつものみんなだけでなく、アネットとレオンさんも一緒に行くことになった。
ティルナさんとアリス、キールにはお店のお留守番をお願いしている。ちなみにアリスには先日のご褒美として大衆小説のシリーズを全巻買ってもらえるよう、パパに頼んだ。
「それにしても、許可が出てよかったです」
「アリスちゃんから半分脅しだったって聞いたよ?」
「そ、そんなことないですよ」
パパが『護衛もつけずに、アネットまで一緒に旅行に行くのは危険だ』と渋ったので、『許してくれないなら魔道具を魔法で吹き飛ばしちゃうよ?』って言ったんだけど……確かに脅しではあったね。反省、反省。
でも結局『ならせめてお世話役と護衛を一人ずつ付けなきゃ許さない』ってことになって、私のお付きのメイドであるクレールさんと、その旦那さんで騎士のクリフさんを指名させてもらった。
「まぁ、サキちゃんとレオンくんがいるなら普通の護衛や冒険者を連れて歩くより安全な気がするけどねぇ」
「人数も多くなりますから、念には念をですよ。それに、クレールさんとクリフさんは一緒に旅行する機会なんてそうないでしょうから、むしろ結果オーライだったかも」
「あぁ、それもそっかぁ」
二人には新婚旅行をさせてあげたいなって思っている。
なんでもこの世界の人たちにハネムーンの習慣はないらしく、結婚の日だけお休みをもらって、その次の日からはいつも通りの生活に戻るらしい。
でも、クレールさんにはうんと幸せになってほしいもの!
「よし、できた」
最後の仕上げが終わったので、道具を収納空間へしまってからティルナさんの方を向く。
「そんなことより、ティルナさんはどうなんですか?」
「え?」
今日、街でティルナさんが冒険者の男の人と二人で歩いていたって情報を入手してるんだよね。
おそらく、前に一緒のパーティだったテッタルさんかロイヤーさんのどっちかだとは思ってるんだけど……。いや、ティルナさんのスペックなら恋人なんていくらでも作れそうだ……寄ってくる男はいっぱいいそう。
「私にそんな相手いないよぉ。こんな田舎娘を相手にする人なんて滅多にいないって」
そう言って笑うティルナさん。
これは……自覚なしだ。
こんなスタイルが良くて性格も可愛い人が、そうそういるわけないのに。
それはさておき、ティルナさんがここにわざわざ来たってことは何か用事があるんだよね?
「そういえば、私に何か用でしたか?」
「あ、そうなの! さっき街に買い物に行った時にね、テッタルさんに偶然会って、美味しいって評判のお店のシュークリームをもらったの。一緒に食べたいなって」
ニコニコで話すティルナさん。街で一緒に歩いていたのは、テッタルさんだったみたい。
私はちょっとティルナさんのことが心配になってしまい、ぎゅっと抱きしめた。
「ティルナさん、お菓子を渡されても、知らない人についていっちゃダメですよ?」
「私もう二十代だよ!?」
ティルナさんに変な人が近づかないように、ちゃんと気を付けなきゃ、と改めて思う私だった。
サキが王様とプレシア様とともに運転席の方へと向かうのを見送ってから、僕――レオンは後ろの席の扉を開けて、王妃様たちに乗るように促す。
「レオン、これは……どうなってるの?」
自動車の中を見て、王妃様は驚いたようにこちらを振り返った。
王妃様はサキの作った空間拡張型馬車を見たことなかったか。
そう、後部座席はサキの開発した空間魔法によってびっくりするほど広くなっているのだ。
「サキの開発した魔法で空間が広がっているんです。広さはサキ曰く『十二ジョウのワンエルディーケー』だとかなんとか……」
正直その単位が何を示すのかは正確にはわからないが、とにかく広いのは一目瞭然だ。
そして、設備だって充実している。
まず、部屋の中央に設えられた長方形のテーブルを挟んで二人掛けソファが向かい合わせに置かれている。そして、キッチンに当たる区画には簡易な食器棚と調理器具の入った引き出し、食材の入った冷蔵庫と棚、部屋の奥にはベッドが二つもあるのだ。
今から旅に出ても快適に過ごすことができることだろう。
「これは馬車というよりも、家を一つ運んでいるようなものじゃないですか」
王妃様の言葉に、僕は微笑みながら頷く。
「まぁ、そうとも言えますね。あ、お茶を飲まれますか? 淹れてきますよ」
僕は王妃様とフレル様、キャロル様に「ソファに座っていてください」と伝えてキッチンへ向かう。
魔力ポットに水を入れて沸かしつつ、食器とお茶菓子をトレーに載せて、と。
すると、すぐ後ろから声がする。
「レオン、これは?」
「これは『水を入れてあっという間にすぐにお湯ポット』です」
王妃様、気になって待っていられなかったんだな。
僕は説明しつつも棚の中の缶から人数分のティーバッグを取り出して、カップに一つずつ入れる。
「これは?」
「これもサキが作った『ティーバッグ』というものです。これにお湯を注ぐだけで、紅茶を淹れられます」
そう言いつつお湯をカップに注ぐと、お湯は瞬く間に綺麗な赤茶色に染まる。
僕はトレーをフレル様とキャロル様の待つテーブルへと持っていく。
王妃様が席に着いたのを見て、僕もソファに腰を下ろす。
「こちらのティーバッグは、一分ほど待って取り出してください。あと、お茶菓子もどうぞ」
お茶菓子として選んだのは、クッキーだ。
そのクッキーを王妃様は不思議そうに見つめてから、質問してくる。
「この黒い粒々はなんですか? 焦げているわけではなさそうだけれど」
「それは、『チョコレート』というお菓子らしいです」
「初めて聞くわね。それもサキが?」
「はい」
僕の返事を聞いて、王妃様はクッキーを一つ手に取り、齧りつく。
「な、なんですかこれは! ねっとりとしていて甘く深みのある味……サクサクとした食感のクッキーとよく合います!」
あぁ、そういえば王妃様は無類の甘党だったなぁ。
甘いもの好きからすれば、このチョコクッキーは確かに魅力的かも。
それなら……。
「王妃様、もしよろしければ紅茶に手を加えてもよろしいですか?」
「え? えぇ」
僕は、王妃様のティーカップを持ってキッチンに向かう。
確かここに飲み物用のミルクと砂糖が……あったあった。
この前サキがキールの妹のアリスに作ってあげて、好評だったんだよね。
僕は紅茶にミルクと砂糖を入れ、再びテーブルに戻る。
「どうぞ、ミルクティーです」
「ミルクティー? これも初めて聞いたわ」
「飲んでみてください。とても美味しいですから」
王妃様がミルクティーを一口飲むと……彼女の顔が優しく綻ぶ。
「なんてまろやかなんでしょう。キャロルも飲んでみたらいいわ。すごく美味しいから」
「私は飲んだことがございますよ、王妃様。サキは新しいものができると、すぐに私かフレルのところに持ってきますので」
「あら、そうだったの? こんな美味しいものがあるなら、私にも早く教えてくださいな!」
そう言いながら王妃様がミルクティーをもう一口飲もうとした瞬間――部屋が大きく揺れる。
それにより、ミルクティーが少し零れてクッキーにかかった。
王妃様、ちょっと残念そうな顔をしている?
「なんの揺れだい?」
フレル様がそう聞いてくるけど……。
「……この空間はかなり揺れを軽減する作りになっているんですが……」
どうやら車は今、止まっているみたい。
何があったか確認するために、僕たちは運転席の方へ向かった。
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「おー……あっぶねぇ」
「うー……頭がくらくらします……」
「もぉ……だからもっとスピード落としてって言ったじゃないですか!」
私――サキがプレシアに回復魔法をかけつつ怒ると、王様は「わりーわりー」と軽く謝る。
王様はどこかの広野にテレポートしてから、ずっと暴走運転をしていたのだ。
大きな岩にぶつかりそうになったところで急ブレーキを踏んでどうにか止まったのが、今。
それにしても、王様はなんで運転が初めてなはずなのに、ドリフトなんてできるの……。
シートベルトをしていたから飛ばされはしなかったものの、私もプレシアも体が小さいからあっちこっち振り回されて、気持ち悪くなってしまった。
回復魔法でどうにかできるけど……そういう問題じゃない!
そもそも今のも岩にぶつかりそうになったのをブレーキサポートが作動して止まれただけで、そうでなかったらぶつかっていた可能性だってあるのだ。
だというのに、王様は懲りもせずに腕をまくる。
「よぉっし! 今ので大体コツは掴んだぜ! 次はもっと上手く曲がってやる!」
「いやいや! ただ曲がるだけでいいんです! ドリフトなんかしなくていいんですって!」
「何言ってんだ。ドリフトってのはよくわからんが、お前の言う通りに曲がってもスピードが落ちるだけじゃねーか!」
「だからそもそも曲がる時はゆっくりなのが普通なんですってば!」
「何をしているのですか……?」
私と王様とプレシアは、背後からかけられた声に、ビクッと体を強ばらせる。
そして、三人揃ってゆっくりと後ろを向く。
そこには明らかに怒り心頭の王妃様の姿があった。
「サキ、なぜ王様が運転席に? あと、先ほどまで王城の庭にいたはずですが?」
「え、えっとぉ……」
ど、どうしよう……王妃様に怒られたくはないけど、本当のことを言ったら王様があとで大変な目に遭いそうだし……。
私がなんて言おうか迷っていると、プレシアがそっと耳打ちしてくる。
「先生、ここは正直に言った方がいいかと」
「え、でも……」
「お父様なら大丈夫です。いつものことですから。それに……先生はちゃんとお父様に注意していましたし、悪くありません」
娘にこんなこと言われる王様って……。
よし、ひとまずさっきあったことを思い返して判断しよう。
『王様! もうちょっとスピード落としてください!』
『いいっていいって! 誰もいねーんだからよ!』
『そういうことじゃなくてぇ!』
とか……。
『だから、曲がる時はブレーキ踏んで!』
『ブレーキ? おぉ、これか?』
『なんでドリフトしてるんですかぁ!』
『確かにこれはさっきより気持ちいいな!』
『曲がるのに気持ちよさなんていらないんですってぇ!』
……うん、私はやるべきことをちゃんとやってるね。
「どうしたんですか?」
王妃様に再び問いかけられたので、私は淡々と王妃様に答える。
「王様が『スピードが出せないから』って自動車をここにテレポートさせ、私と席をチェンジして、それからずっと暴走運転をしてました」
「ちょっ、サキ……テメェ!」
焦ったように詰めよろうとする王様に、王妃様が怒鳴る。
「やっぱりあなたが原因ですかぁ!」
「お、おい……フィリス、落ち着けって」
「これが落ち着いていられますか! あなたのせいで私の優雅なひと時が台無しです!」
「それじゃあ王妃様は後ろの席で王様にお説教するということで。次は僕たちが前に乗らせてもらいましょう」
「お、おい! フレル!」
「行きますよ!」
「誰か助けっ――」
そのまま王様は、後部座席へと王妃様に引きずられていった。
その後は私が運転席に座ってパパとママに車の説明をしながら運転したり、自動運転を見せたりしたんだけど……楽しかったぁ。
レオンさんに運転しているのを見られるのはちょっと緊張したけど。
しばらくして、王妃様の説教が終わったので私たちは王城にテレポートで戻ってきた。
日はすでに落ちかけているので、私は王城前でレオンさんと別れ、パパとママと一緒に馬車で帰ることにした。ちなみにアルベルト家の馬車はすでに私が開発した空間拡張型馬車になっているので、かなり快適だ。
ママは紅茶を一口飲み、微笑んで言う。
「それにしても、サキちゃんの開発は、とどまるところを知らないわねぇ。ティーバッグもチョコレートも、王妃様にすごく好評だったし」
「まだまだいっぱい作りたいものがあるよ」
「ふふ……期待してるわね」
「でも、おかげで王都で暮らす人たちの生活も豊かになっていってるよ」
パパの言葉に対して、ママは嬉しそうに言う。
「そうね。それに、最近は女性が働いている姿もちらほら目にするようになった気がするわ」
「そうなの?」
私が聞き返すと、パパが力強く頷く。
「うん、サキが作ってくれた、自動で動く家具のおかげで家事に割く時間が減って、働きに出られるようになったんだってさ」
そうなんだ。よかった、私の作ったものがいろんな人の役に立ってくれて……。
アメミヤ工房の収益も安定してきているし、受け入れてもらえているんだって感じる。
これでキールとアリス、ティルナさんを養っていけるよ。
ティルナさんは冒険者パーティを追い出されたところを強引にお店に勧誘したような感じだったし、これで給料が払えなくなったら申し訳なさすぎるもん。
そう思っていると、パパが愚痴を零す。
「あーあ、もう少し僕の仕事も楽になってくれたらなぁ」
「こーら、仕事の愚痴を子供の前で言わないの」
「ごめんごめん」
ママに軽く怒られて、パパは笑いながら謝った。
仕事のことを子供たちの前で話すと、ママがいつも注意するんだ。
なんでも、かっこいい親であるためとかなんとか。
でも、聞いちゃったからには私もパパの役に立ちたい……。
「たとえば、どうすれば楽になる?」
「ほら、サキちゃんが興味持っちゃったじゃない」
ママが「もう!」と頬を膨らませる。
そんなママに苦笑いしながら、パパは答えた。
「そうだなぁ……。文字が速く書ける道具とか、遠くにいる人に紙を送れる道具とか……同じ書類を複数作り出す道具とかがあると便利だな、とは思うよ。どうしても書類仕事が多くてね」
そう言ってパパは、利き手の手首をほぐすように回している。
なるほど……やっぱりデスクワークはどの世界でも大変なのか。
「ワープロとプリンターがあれば……」
私がぼそっと呟くと、パパの目が輝いた。
「まさか、仕事のための魔道具を作れるのかい!?」
「わからない……でも、それができたらパパは嬉しい?」
「もちろんさ! 時間があればいろいろ家のこともできるしね」
私はちょっと考える。
時間ができる→パパが家族に時間を使うようになる→パパと遊ぶ時間が増える!
「わかった! 私、頑張る!」
「あぁ! 期待してるよ、サキ!」
「……大丈夫かしら」
ママはそう言ってため息を吐いたけど……やってやるんだから!
車を王様たちに見せた次の日、私は研究室で頭を抱えながら机に広げられた紙と睨めっこしていた。そこにはワープロとプリンターに使う魔法陣が描いてある。
「あああぁぁぁ……なんで上手くいかないのぉ……」
昨日パパに言われた道具……ワープロとプリンターの製作に着手したはいいものの、試作品が上手く動かなかったのだ。
モニターとプリンターは問題なかった。光魔法を使えばガラス面に情報を表示させるなんて余裕だし、文書を刷り出すのだって、炎魔法で紙を燃えない程度の火力で焦がせばいいんだから。
問題は、キーボードだ。
この世界の文字は日本語と英語を足して割ったような感じ。
五十の文字に濁点や半濁点、小文字なども使って単語を作り、それらを並べて文章にするのだ。
とはいえ前世のキーボードを応用して作るだけなんだけど……モニターと接続して文字を打ち込むと、モニターが落ちてしまうのだ。
原因がいまいち掴めず、こうして頭を悩ませている。
「魔力が足りない……? それとも魔法陣のどこかが欠けているとか?」
ぶつぶつ呟いていると、食器の音がした。
横を見ると、アリスが邪魔にならないところへティーカップを置いたところだった。
彼女は私と目が合うと、ニッコリと笑う。
「ミルクティーを淹れてきたよ、サキお姉ちゃん」
「ありがとう、アリス」
私は一旦考えるのをやめ、カップを手に取る。
ミルクティーを一口飲むと、ほんのりとハチミツの香りと甘味が口に広がって、ホッとする。
「アリス、紅茶を淹れるの上手くなったね」
「えへへ……お兄ちゃんに教えてもらいながら、たくさん練習したんだよ」
アリスは照れくさそうに笑い、視線を魔法陣に移した。
「新しい道具?」
「そうなの。なかなか上手くいかなくて……」
アリスが「見てもいい?」と聞いてきたので頷くと、彼女は魔法陣をじっと見つめる。
キールもアリスもすっかり文字を覚えて、今やアメミヤ工房の主力。
アリスは最近、プレシアから本を借りて読んでは感想を言い合うなんてこともしているらしい。
うん、教え子同士で仲がいいのは、いいことだ。
そんな風に考えていると、顔を上げたアリスが言う。
「これ、魔力の消費すごそうだね」
「うん。やっぱり魔石じゃ再現できないのかなぁ……」
魔石工学を使えばなんでもできるように思えてしまうけど、実はそうではない。
魔石内に込めた魔力量を消費量が超えると、術式が機能しないのだ。
だから、商品として売り出している道具にしたって、術式をなるたけシンプルにしつつ魔力の消費量を減らして長持ちするようにしている。
アリスも魔石工学の勉強をしてるだけあって、ちゃんとそのあたりがわかっているのだ。
「やっぱり大きめの魔石を使うしか……でもそれだとコストがなぁ」
私がそう零すと、アリスは術式を指差して言う。
「このもにたー? っていう方の回路には魔力的な余裕があるから、そっちの負担を増やしたらどう? きーぼーど? の方は文字を打ち込むだけにして」
なるほど……確かにこれまでキーボード内で文字を形作り、モニターの方へと送るようにしていた。でも、モニターが文字を吸い上げるようなイメージで術式を組めば、キーボードの方の魔力消費が抑えられるかもしれない。
「うん、いけるかも」
「ほ、ほんとに?」
「やってみないとわからないけどね。アリスも手伝ってくれる?」
「うん!」
アリスと魔道具開発を始めて三日後。
私とアリスは、アルベルト家のお屋敷の私の部屋にいた。
パパとママにも事前に声をかけて、集まってもらっている。
「パパ、前に言ってた道具ができたよ」
「文字を早く書けるようになる道具かい?」
「うん! 私とアリスの力作なの」
そう言って、私はアリスにニコッと笑顔を向ける。
アリスは少し緊張してるのか、顔を伏せてしまった。
ママが聞いてくる。
「それで、これはどうやって使うのかしら?」
「それじゃあやってみるね」
私は机に置いてあるノートPCに似せた魔道具の前に座り、キーボードをカタカタと打ち始める。
「この文字のボタンを押すと、画面に文字が出てくる。こっちのスペースキーっていうボタンで文字と文字の間に隙間を入れられるから、単語ごとに区切れるの。それで……」
私はあらかた使い方を説明し終えたところで、並行して作っていたマウスで印刷ボタンをクリック。すると、横に置いてあったプリンターから今打ち込んだ文が印字された紙が出てきた。
私は出てきた紙を確認してから、パパに渡す。
「印刷っていうの。文字の大きさとか、あとは一行に何文字まで入れられるかとかも決められるんだ。どうかな?」
パパは紙を見てから、私を抱きしめてくれた。
「素晴らしいよ……これがあれば今の何倍も速く作業ができる……」
パパの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
そ、そんなに嬉しいんだ……。
「サキちゃん、こっちはなんの道具?」
そう言ってママは私が近くに置いておいた箱二つを指差した。
私はそのうちの一つに、さっき刷り出した紙を入れる。
「これは私が作った転送機だよ。この紙をこの箱に入れて、ボタンを押すと……ママ、そっちの箱開けてみて」
ママが箱を開けるのに合わせて、私も手元の箱を開ける。
すると、私の持っている箱の中には紙が入っておらず、ママの方の箱に紙が入っていた。
「こうやって紙を箱の中で行ったり来たりさせられるの。ちゃんとパパのために五つ作ってあるよ」
私は収納空間から追加で箱を取り出す。
前に携帯電話的な魔道具――イタフォンを作ってあげた時も五つ頼まれていたから、必要だろうなと思ってね。
「こ、これがあれば常に他の貴族家とスムーズに仕事の書類のやり取りができる……」
パパはブツブツと呟いている。
でも、まだ終わりじゃないんだから!
「それとね。こっちのプリンターにこうやって紙を挟んでこっちのボタンを押すと……」
私はプリンターのトレイカバーを開けて紙を挟み、ボタンを押す。
すると元の紙と同じ内容が書かれた紙がもう一枚出てきた。
「これはさっきの印刷? と何が違うのかしら?」
「さっきの印刷はこっちの魔道具で打ち込んだものを紙に印字してるんだけど、これは挟んだ紙と同じものを印字してるの。だから自分で書き込んだ手書きの紙だってたくさん作れるんだ! 会議では同じ資料があった方が、みんな理解しやすいでしょ?」
パパが会議のあとに、『あの貴族の話はわかりにくい。皆に資料を配ってくれればいいんだけど……』ってママに愚痴っているのを、部屋の前で聞いたことがある。
会議の資料は基本的に作ってきた本人と、王様などの位がかなり上の人間にしか配られない。
その理由は長い文章が書かれた紙を何枚も作り出すのは、とても手間がかかるから。
『貴族なのだから使用人に一緒の内容のものを書いてもらえばいいのでは?』と思ったがネルに『位が上がれば上がるだけ、使用人にも見せられない情報を扱うことになるのでは?』と言われてしまった。
「サキ……僕は、僕は感動している!」
パパはそう言うと、私を抱っこしてくるくる回り出す。
「本当に素晴らしいよ! まさに僕に必要なものが、全て詰まっている!」
「ちょっとフレル、はしゃぎすぎよ」
あまりにパパのテンションが上がりすぎていたから、ママが宥める。
私はもう少し、喜ぶパパに抱っこされててもよかったんだけど……。
下ろされちゃったらもう一回強請るのは気恥ずかしいし、別のことをお願いしようっと!
「そ、それでね。これの費用と、あと私とアリスにご褒美が欲しいなって……」
「もちろんさ! サキ、それにアリスもなんでも言ってごらん。僕にできることならなんでもするよ」
パパならそう言ってくれると思ってたよ!
実はご褒美の内容はもう考えてある。
その内容は――。
「ふんっふふーん♪」
私はハミングしながら車に付与する魔法陣の仕上げをしていた。
「またすごく細かい魔法陣だねぇ」
後ろを向くと、ティルナさんが私の手元を覗き込んでいた。
「はい! 九人も乗るので、うんと広くしないと!」
私はそう答えて、馬車に向き直る。
昨日、パパに贈り物をしたご褒美としてみんなとリベリカへ旅行に行くお許しをもらったので、私は今、その旅行で使う車を作っているのだ。
さらに今回はいつものみんなだけでなく、アネットとレオンさんも一緒に行くことになった。
ティルナさんとアリス、キールにはお店のお留守番をお願いしている。ちなみにアリスには先日のご褒美として大衆小説のシリーズを全巻買ってもらえるよう、パパに頼んだ。
「それにしても、許可が出てよかったです」
「アリスちゃんから半分脅しだったって聞いたよ?」
「そ、そんなことないですよ」
パパが『護衛もつけずに、アネットまで一緒に旅行に行くのは危険だ』と渋ったので、『許してくれないなら魔道具を魔法で吹き飛ばしちゃうよ?』って言ったんだけど……確かに脅しではあったね。反省、反省。
でも結局『ならせめてお世話役と護衛を一人ずつ付けなきゃ許さない』ってことになって、私のお付きのメイドであるクレールさんと、その旦那さんで騎士のクリフさんを指名させてもらった。
「まぁ、サキちゃんとレオンくんがいるなら普通の護衛や冒険者を連れて歩くより安全な気がするけどねぇ」
「人数も多くなりますから、念には念をですよ。それに、クレールさんとクリフさんは一緒に旅行する機会なんてそうないでしょうから、むしろ結果オーライだったかも」
「あぁ、それもそっかぁ」
二人には新婚旅行をさせてあげたいなって思っている。
なんでもこの世界の人たちにハネムーンの習慣はないらしく、結婚の日だけお休みをもらって、その次の日からはいつも通りの生活に戻るらしい。
でも、クレールさんにはうんと幸せになってほしいもの!
「よし、できた」
最後の仕上げが終わったので、道具を収納空間へしまってからティルナさんの方を向く。
「そんなことより、ティルナさんはどうなんですか?」
「え?」
今日、街でティルナさんが冒険者の男の人と二人で歩いていたって情報を入手してるんだよね。
おそらく、前に一緒のパーティだったテッタルさんかロイヤーさんのどっちかだとは思ってるんだけど……。いや、ティルナさんのスペックなら恋人なんていくらでも作れそうだ……寄ってくる男はいっぱいいそう。
「私にそんな相手いないよぉ。こんな田舎娘を相手にする人なんて滅多にいないって」
そう言って笑うティルナさん。
これは……自覚なしだ。
こんなスタイルが良くて性格も可愛い人が、そうそういるわけないのに。
それはさておき、ティルナさんがここにわざわざ来たってことは何か用事があるんだよね?
「そういえば、私に何か用でしたか?」
「あ、そうなの! さっき街に買い物に行った時にね、テッタルさんに偶然会って、美味しいって評判のお店のシュークリームをもらったの。一緒に食べたいなって」
ニコニコで話すティルナさん。街で一緒に歩いていたのは、テッタルさんだったみたい。
私はちょっとティルナさんのことが心配になってしまい、ぎゅっと抱きしめた。
「ティルナさん、お菓子を渡されても、知らない人についていっちゃダメですよ?」
「私もう二十代だよ!?」
ティルナさんに変な人が近づかないように、ちゃんと気を付けなきゃ、と改めて思う私だった。
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