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冬の日の帰省2023

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「……キちゃ……。サキちゃん」

「ん……」

声をかけられて目を覚ますと、うっすらと開いた目に白い光が飛び込んできた。
寝起きには厳しい眩しさに少し目が痛くなったけど、すぐに慣れてきて一面の雪景色がガラスの向こう側に広がっていた。

「おはよう、サキちゃん」

「おはようございます。おねえさま」

私の隣にいるママとアネットが私に笑顔で声をかける。

「……?」

すぐに私は違和感に気がついて、周囲を見渡す。
今乗っているものは見覚えがあるし、何度も乗ったこともある。
でも、それはでの話だ。

パパが運転するこのは私のいる世界、シャルズには存在しないものだ。
でも、シャルズの馬車にはないふかふかの座席、肩にかけられたシートベルト、馬では出せないスピードで流れる景色……やっぱり前の世界にあった車で間違いない。

「そんなにキョロキョロしてどうしたの?」

「えっと……ママ? ここどこ?」

「どこって……今からおばあちゃんの家に向かってるところじゃない」

「おばあちゃん?」

「おねえさまどうしましたの?」

「え、えっと……まず車に乗ってるのも不思議だし、雪景色なのも……え、えぇ?」

困惑する私を見て、ママとアネットが首を傾げる。

「何か変わった夢で見たのかな?」

「ははっ、夢を見て困惑なんてサキはかわいいね」

私の困る様子を聞いて、運転席のパパと助手席のフランが笑う。
よくよく見ると、みんないつものドレスではなく前の世界のようなニットやセーターなんかを着ている。
まるでみんなが前の世界に来たような感じだ。
私の服装も前の世界のようなセーターなんかを身につけていた。
そして腕を見たときにあることを思い出す。

「ネル……ネルは!?」

私が聞くとママは私を落ち着かせるように手を上げて教えてくれる。

「お、落ち着いてサキちゃん。ネルなら後ろのゲージに入れて連れてきてるじゃない」

そう言われて私が席の後ろを見ると確かにゲージが見える。
ネルが腕輪じゃなくて普通の猫のままでいる……。
どういうことだろう……何かの魔法……?
でも、アルベルト家全員を巻き込むようなそんな大規模な魔法なんて……。

「あ、そろそろお昼の時間だね。そこのサービスエリアにでも寄って何か食べようか」

パパはそう言って左にウィンカーを出してサービスエリアに入り、駐車場に車を止める。

「お昼ご飯ですわぁ!」

アネットが元気よく車を降りると、助手席から降りたフランに手を握られる。

「アネット、急いでいくと車が危ないよ。それと、そろそろそのお嬢様口調やめないかい?」

「何言ってますの! 冬休みが明けたらすぐに劇がありますのよ! 役作りは大切ですの!」

あ、だからアネットの口調はそのままなんだね。
アネットに振り回されるようにフランがサービスエリア向かったのを見ていると私の手がママに握られる。

「サキちゃんも行きましょう」

ママに手を引かれてサービスエリアの中に入ると、中はたくさんの人がいた。

「さすが年末は人が多いね。僕は先に席を取っておくよ。僕の分は適当で」

「それじゃあ、私たちは先にメニューを選びましょうか」

ママがそう言ったところで私のお腹がぐーと鳴り、さっきまで寒かった体がかぁっと熱くなった。

「ふふふ……お昼のサービスエリアはいい匂いよね。さ、行きましょう」

ママたちとメニューを眺めていて、何にするか悩んでしまう。
ラーメンにカレー、あー豚丼なんかもあるんだ。
うどんなんかもいいよね。

「フレルは……きっとカツカレーね。私はうどんにしようかしら。みんなはどうする?」

「僕もカレーかな」

「アネットはラーメンが食べたいですの」

「私は……」

まだ決まってない私は慌ててメニューを見回す。

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。券売機はまだ並んでるからね」

「おねえさま、唐揚げ定食なんていいんじゃないですの?」

「アネット、そう言ってサキから唐揚げもらいたいだけだろう?」

「うっ……そ、そんなことないですわ!」

図星をつかれたのかアネットはたじろいで反論するが、その様子が面白くてつい笑ってしまった。

「ふふっ、それじゃあ私は唐揚げ定食にしようかな」

ママは私たちの食券を券売機で買ってからパパがとっておいてくれた席に向かう。
パパを見つけると、パパも私たちに気がついたのか手を上げてくれた。

「フレル、席取りありがと」

「いや、偶然目の前にいた家族が退いてくれたからさ。運が良かったよ」

私たちは料理ができるのをフランのスマホに入っているゲームをしながら待っていると、呼び出し用の番号札が鳴ったのでアネットに留守番を頼んで料理を取りに行く。
唐揚げにご飯、お味噌汁にお漬物……はぁ、定食……万歳。
私は懐かしい和食を堪能できてとても満足だ。

唐揚げを食べているところでアネットがこちらを見ていることに気がついた。
あ、唐揚げ食べたいのかな……。

「アネット、一つ食べる?」

「いいんですの⁉︎」

「うん。はい、あーん」

「あーん」

私は唐揚げを一口で食べられるように半分に切って、アネットに一つあげるとアネットはもぐもぐと美味しそうに食べていた。
その様子がまるでリスみたいで……私の妹、かわいい……。

「おねえさまもラーメンどうぞ! あーん」

アネットはレンゲに小さくラーメンを作ってフーフーと冷ましてから私に向ける。
私もパクッとレンゲを咥えてラーメンを食べる。
さっぱりとした醤油味のスープにもちもちの麺とチャーシュー……美味しい!
お互いに美味しいものを食べてアネットと笑う。

お腹も膨れて私たちは再びパパの運転でおばあちゃんの家へと出発する。

車の中で色々と考えたが、今の状況がよくわからなかった。
私は魔法を使おうとしてみたけど使えず、出発前にネルに話しかけてみたけど『にゃー』としか返ってこなかった。
ついでに猫とお話ししようとしてる私をなんかほっこりとした目で見られた……。

よくわからないけど、今の状況に特に危機があるように見えないので一旦このまま流れに身を任せてみることにした。
何かあれば、その時はその時ということで。

どうやらここは私の前にいた世界の日本、みんなの姿は特に周りには気に留められていないようだ。
グローバル化? とか思いながらもそこらへんも気にせずにいくことにした。
私もなんやかんやで銀髪のサキ・アメミヤのままだし。

アネットやフランと話をしているうちに車は高速道路を降りて、石川県へと到着した。

「さ、もうすぐおばあちゃんの家に到着だよ」

パパがそう言って数分後におばあちゃんの家に到着したのか車が家の駐車場に停まる。
車の音を聞いてか、家の中から人が出てくる。

うん、やっぱりおばあちゃんもシャロン様だよね。

アネットが車を降りておばあちゃんに抱きつくとおばあちゃんもそれを優しく受け止めた。

「おばあさま! お久しぶりです!」

「あらあらアネット、次の劇はお嬢様かしら?」

「お母さん、久しぶり」

「義母さん、お久しぶりです」

「フレルにキャロル、元気そうでよかったわ。フランとサキちゃんも元気そうね。さ、外は寒いわ。中に入りましょう」

おばあちゃんに言われて私たちはおばあちゃんの家に入ると、暖房の効いた部屋が暖かく、外の空気で冷えた体が温まる。
そしてリビングの真ん中にあるこたつに子供三人で入りはぁーと声をあげる。
久しぶりのこたつ……あぁ、数々の人間がこの兵器によって横になるだけの人になったのが納得できるよ……。

そのままみんなでお話をしたり、ゲームをしたり、テレビを見て過ごした。

『デデーン、グレゴワルアウトー!』

『おい待て、おかしいだろうが痛ってぇ!』

『プフっ……』

『デデーン、ミシュリーヌアウトー!』

『はぁ⁉︎ ちょ、今のはセーフでしょ痛ーい!』

「あははは! ミシュリーヌがお茶飲んで誤魔化そうとしてるわ!」

今日は大晦日で、テレビでは毎年恒例の笑うと罰ゲームで叩かれる番組を見ていて、ママがすごくツボにハマったらしい。

「あ、気がついたらもうこんな時間ね。みんなそろそろご飯を食べましょうか」

おばあちゃんが事前に頼んでおいてくれた高そうなお寿司をみんなで食べて、テレビの続きを見て、そしていよいよ新年を迎えるまであと1時間となった。

「みんな、よく似合ってるわぁ!」

私たち子供三人はおばあちゃんが用意してくれた着物に着替えて、おばあちゃんとママがスマホで写真を撮りまくっていた。
この後、私たちは近所の神社に初詣に行くことになっている。
神社に着くと、たくさんの人が新年を迎えるのを楽しみに待っていた。

「おっみくじー、おっみくじ~♪」

参拝の順に並んでいる時も、アネットがおみくじを引くのを楽しみに待っているようだった。

「おみくじってそんなに楽しみなものかい?」

「私は楽しみだよ」

アネットほどではないが、生前初詣なんて行かなかった私は人生で初めてのおみくじに少しワクワクしている。

「あ、あと1分で新年よ」

ママが腕時計を見て教えてくれた後、残り10秒になったところで周りの人がカウントダウンを始めた。

「3……」

「2……」

「1!」

「「「あけましておめでとうございます!」」」

私たち三人で新年の挨拶を交わした。

「さ、みんなそろそろ順番が来るから、お金持って」

新年になって参拝の順が進み始めてからママは私たちに200円を渡した。

「100円はお賽銭、もう100円はおみくじよ」

「「「はーい」」」

そして私たちの順がきて、お賽銭を投げ入れ手からアネットとフランと一緒にカランカランと鈴の緒を振り鈴を鳴らした。
二礼二拍手一礼してから、私は目を閉じる。

この世界の神様もナーティ様なんだよね……?
ナーティ様、今私がどういう状況かはわかりませんが、私この人たちと家族でいられてとても幸せです。
向こうの世界でもこっちの世界でも、それは変わらないんだなってわかりました。
だから……私を転生させてくれてありがとうございます。

『そういっていただけて何よりです』

懐かしい声が聞こえて目を開けると、さっきまで神社にいたのに真っ白な空間に立っていた。
そして、目の前には私が一番感謝している人の姿がある。

「お久しぶりです。ナーティ様」

「はい、お久しぶりです。サキさん」

ナーティ様はそう言って昔と変わらない笑顔を見せてくれた。

「どうですか? さっきまでの世界は楽しんでいただけましたか?」

「さっきまでの世界はナーティ様の計らいだったんですか?」

「はい、サキさんの世界では新年に帰省というものをする家族が多いと聞いたものですから。だから、サキさんを元の世界に帰省してみてはと思いまして」

「そうだったんですか。それならそれで一言言ってくださいよ」

「ふふふ……すみません。驚くサキさんの顔が見たくてつい」

そう言ってナーティ様は悪戯っぽくクスクスと笑う。

「……ナーティ様、ありがとうございました」

「どうしたんですか。前の世界に来ていただいたのは私の気持ちですので、礼など必要ないですよ」

「だって今日は大晦日ですから、今年一年私のことを見守ってくれた神様にお礼を伝える日です」

「そういうものなのですね。ありがとうございます、大体の方は賽銭箱の前でお願い事を言われるので、てっきりそういうものなのかと思っていました」

確かに、お願い事をいう人が多いかも。
でも、私は……。

「私のお願いは、もう叶いましたよ」

「……そうですか」

私はもう、あっちの世界で十分幸せです。
だから……。

「そろそろ、戻りますか?」

「はい」

こっちの世界で、魔法もなく普通の生活を送っていたのはとても幸せだったけど、私は向こうの世界がいい。
そう思ったところで体が光に包まれた。

「とてもいいリフレッシュになりました。あ、でもおみくじを引けなかったのは少し残念だったかもしれません」

「それはタイミングが悪かったですね……申し訳ございません」

「いいえ、こんなことまでしていただいてありがとうございました」

「それではサキさん、あなたに幸福があらんことを」

光が強くなり、眩しくなって目を閉じた。


「……さま、おねえさま!」

「ん……」

肩を揺らされながら声をかけれて目を覚ますと、目の前にはいつもの格好をしたアネットとフランがいた。

「おねえさま、ソファで寝ると首が痛くなってしまいますよ」

「ん、そうだね……ありがとうアネット」

「最近研究室で頑張りすぎてるんだよ。新年早々眠っちゃうなんてよほど疲れてたんだね」

「……そうかもね」

「だからそろそろ諦めなさい!」

「まだまだ負けないよ!」

向こうでは例の如くママとパパが去年私が教えた羽子板で激しい戦いを繰り広げていた。
それを見て、フランがため息をつく。

「また長そうだね」

「ふふ……そうだね」

「おねえさま、その手に持っている紙はなんですの?」

「え?」

アネットに言われて右手を開くと、小さな紙が握られていた。
紙を広げて中を見て、私は微笑んだ。

「見たこともない文字ですの」

「僕もこんな文字見たことない。サキはこれが読めるのかい?」

「……うん。これは今年も幸せな年になるよって書いてあるんだよ」

そう言って私は『大吉』と書かれたおみくじを二人に見せたのだった。


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あけましておめでとうございます。
毎年恒例となりつつあるお正月特別版のお話でした。

昨年も『前世で辛い思いをしたので、神様が謝罪に来ました』を読んでいただき、またたくさんの感想をありがとうございました。
昨年は四巻五巻、それに漫画とみなさまのおかげで大変盛り上がった年ではないかと思っております。
本当に感謝の言葉もありません。

一二月になり、とうとう私も新型感染症陽性となりあまり話が進められず歯痒い思いをしました。
皆様もどうか体調、感染予防にはお気をつけください。

さて、新たな年になるということで今年は一ヶ月に10話は投稿するという目標をたて活動をしていきたいと考えています!(できればではありますが……)
ですので、ぜひ2023年も『前世で辛い思いをしたので、神様が謝罪に来ました』をよろしくお願いします!

それでは簡単にではありますが、新年の挨拶とさせていただきます。


初昔 茶ノ介
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