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5巻

5-3

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 結局私はクレールさんのためを思い、その場を去った。
 二人から見えないところまで歩いて様子をうかがうけど……やっぱり声は聞こえない。

「やぁ、サキ。なんだか面白そうな場面だね」
「ひぃ!」

 急に後ろから声をかけられたから、驚いて声を出してしまった。

「しー」

 後ろを向くとフランが人差し指を立てて静かにするようジェスチャーしていた。
 私はそれを見て口を押さえる。

「それより、もう少し近くじゃないと声が聞こえないんじゃないかい?」
「そうなんだけど、さっき人払いされたばっかりで……」
「なるほど……」
「そうだ! フランの姿眩ましクリアブラインドで近づけば」
「いや、たぶんバレるだろうね」
「どうして?」
「前に騎士の訓練に参加させてもらったことがあるんだけど、クリフはなんて言ったらいいのかな……気配を察知するのがものすごくうまいんだ。前の訓練で、姿眩ましクリアブラインドを使って近づいたのにあっさりバレたんだよ」
「それは……すごいね」

 クリフさん……侍か何かなの?

「ってことは、門番してるところに姿を消して近づこうものなら……」
「真っ二つにされるだろうね……」
「ひぃ!」

 それから私とフランはどうにか話を盗み聞きできないか考える。
 そして数秒して、フランが膝を打った。

「そうだ、新しい魔法を試してみよう。召還サモン・ウィム」

 フランはウィムを召還して肩に乗せる。

「前に開発を手伝ってもらった視覚共有の魔法があっただろう? あれの応用で聴覚を共有すれば、話を聞けるかもしれない。サキも思念伝達を使えば僕が聞いたことを聞けるだろう?」
「確かに、それならいけるかも!」
「よし、やってみよう。ウィム! あの二人の近くまで飛んでいくんだ!」

 ウィムはフランの指示を聞いて、クリフさんとクレールさんの近くに生えている木まで飛んでいった。

「聴覚共有」
「思念伝達」

 フランと私は魔法を発動した。


 ◆


 サキ様がこの場を離れてしばらく経ったが、クレールは無言だ。
 俺――クリフは沈黙に耐えかねて口を開く。

「この前は右手、治してくれてありがとな」
「べ、別に。あんなに血が出てたら気になるに決まってるでしょう⁉」

 クレールがぷいっと頬を膨らませてそっぽを向くのを見て、つい顔が緩んでしまう。
 その時――

「――っ!」

 一瞬何者かの気配を感じて腰の剣を握るが、振り返ると木の上に鳥が止まっているだけだった。

「どうしたの?」

 クレールが不思議そうな顔で聞いてくるので、俺は苦笑いを浮かべながら言う。

「いや……ただの鳥だった」
「なにそれ、職業病?」

 クスクスと笑うクレール。
 コロコロと表情が変わるのは見ていて飽きないし、本当に可愛くて愛おしい。

「クレール、悪かったな」
「な、なによ急に……」
「いや、あやふやな約束のせいでお前を困らせているみたいだから」
「やめてよ。謝らないで。私はあの約束にも、約束してくれたクリフにもすごく感謝してるの。あの約束があったから今の私がいるんだよ。まぁ、今でもシルクメイド長に怒られてるんだけどね」

 クレールは照れながら笑う。
 あの時、泣いているクレールの励みにでもなればと思いつきで言った約束を、彼女がこんなにも大切にしてくれているのを知って嬉しい反面、申し訳なさもこみ上げる。

「クレールはもう一人前なんだな」

 俺が言うと、クレールは面食らったような表情を浮かべた後、優しく微笑む。

「そ、そんなことないよ。クリフだってもう十分立派な騎士になってると思うよ。私が隠れているのにも気が付いてたし」
「あぁ、それなら草むらからスカートがはみ出して揺れているのが見えたからわかっただけだよ」
「えっ⁉」
「相変わらず、そういうところはドジなんだな」

 俺は驚くクレールの顔が面白くてつい笑ってしまった。
 クレールも俺につられて笑い出す。

「クレールごめん。俺はまだ一人前になれたって自分で思えなくて……」

 俺はクレールの前まで行き、立膝をつき左手を取った。
 そして、草魔法を使ってゼラニウムを指輪のようにするとクレールの薬指にめる。

「今はこんなものしかあげられないけど、いつかこれを本物にしてみせるから。だから、もう少し待っていてくれるか?」

 俺はクレールの顔を真っ直ぐ見つめて言った。


 ◆


 私――クレールは今、クリフに信じられないことを言われた。
 そしてさらに信じられないことに、私の左手の薬指には花の指輪が嵌められている。
 まるでお姫様になったような気分だ。
 私はクリフのためならいくらだって待っていてあげたいと思うし、子供の時の約束をこうして気にしてくれているクリフはやっぱりいい男性ひとなんだなって思う。
 それでももう一人の自分がささやくのだ。
 これまで八年間もクリフへの想いを秘め続けて、話したい気持ちをグッと抑えて、それでこれからもこのまま私はまたずっと待つの……?
 そこでまたハッとする。私はクリフに甘え続けているんじゃないかって、気付いたのだ。
 八年前に約束をしてくれたのも、今こうして想いを伝えてくれたのもクリフだ。
 私は、クリフに一体何をしてあげたのだろうか。私が一人前のメイドになろうと努力しているのは、アルベルト家のため。そして私自身のためだ。
 でも、もしかしたら自意識過剰なのかもしれないけど、クリフは私のために頑張ってくれているんだとしたら……私が今クリフにしてあげられることって、本当に待ってあげることだけ……?
 私をまっすぐ見つめるクリフを見て、胸がちくりと痛んだ。
 今まで私は自分のことに必死で、クリフと本当の意味で向き合っていなかったのかもしれない。
 クリフはこんなにも私のことを考えていてくれたのに……。

「……クリフ、ごめんなさい。私はあなたのことを待ってあげられない」

 私の返事を聞いて、クリフは悲しそうな顔をする。
 そんなクリフの頬に、私は唇を押し当てる。
 クリフはほんのりとあかく染まった顔で、私を見た。
 私は無理やり笑顔を作る。

「私はもう待ってあげない。だって……私はあなたのことをもう一人前だと思ってるから!」

 うまく笑えているだろうか。緊張で声が震えそうだ。涙が出そうなくらい顔と目頭が熱い。
 でも伝えないと……私の想いを! サキ様、不埒ふらちな私をお許しください。そして、私とクリフが幸せになれるための一歩を踏み出す勇気をください……。

「ずっとずっと、あなたのことを想っていました。私はもう待ちきれません。あなたと一緒に……いたいです」

 言えた……私の気持ち……。
 私の言葉を聞いて、クリフは顔を少し伏せてから私の薬指から花の指輪を外した。
 それだけで私の心臓は大きく跳ねてしまう。
 さっきまでの行動、言動、それら一つ一つがクリフに対して誠実だったか、ちゃんと正しい選択ができていたのか――ぐるぐると頭の中で答え合わせを繰り返している。
 外した指輪を握り、クリフは腰のポーチから小さな箱を取り出して、開ける。
 そこには綺麗な宝石で花をあしらった本物の指輪が入っていた。
 クリフはそれを左手で優しく箱から出すと、箱をしまってからもう片方の手で私の左手をすくいあげる。

「想い人に認めてもらってるのに、待ってくれとは言えないな」

 クリフは花の指輪が外されて空いている私の薬指に、取り出した指輪を嵌める。

「俺も、ずっと君のことを想っていた。俺と一緒にいてほしい」

 クリフの顔が近づいてくる。
 私はクリフが私にしようとしてることを察して目を閉じた。
 数瞬の後、世界で一番温かい感触を唇に感じた。



 2 好きの気持ち


 はぁ~!! ク、ククククレールさんがキ、キッスを……キッスをしてるぅ!!

「フ、フラン! クレールさんが! クレールさんが!」

 壁から顔だけ出して二人の様子を見ていた私――サキは、同じく壁から顔を出しているフランの肩をバシバシと叩く。


「あぁ、これはミシャにいい土産みやげばなしができそうだよ」
「あら、あなたたち。何をしてるのかしら?」

 私とフランの後ろから急に声がしたので振り向くと、ママが笑顔で立っていた。
 そしてママも私たちと一緒に壁に身を隠して、クレールさんたちの様子を見始める。

「あらあら? まぁまぁ!」

 ママもテンションが上がっている様子。
 あ、でもメイドさんが隠れて恋愛しているなんて、主人からしたら印象が良くないんじゃ⁉

「マ、ママ。これはその……」

 私が釈明するより早く、ママはフランに言う。

「ちょっとちょっとフラン。どういう状況なの?」
「僕も詳しくはわからないけど、クリフがクレールに何かしらアプローチしていたみたいだよ。それをクレールがようやく受け入れたって感じかな」
「あらあらぁ! ようやくあの二人、一緒になる決心がついたのねぇ! これはみんなに報告だわぁ! ほら、二人とも行くわよ! クリフに感づかれちゃ台無しだわ!」
「え、ちょっと……」
「もう少し……」

 フランと私が言うと、ママは怖い顔をする。

「だめよ」

 ママに引っ張られて私たちはその場を離れた。


 その後、自室に戻ってからしばらくすると、クレールさんが戻ってきた。

「サキ様、私事にお時間をいただき、ありがとうございました」
「え? ううん、全然大丈夫だよ。それより、ど、どうだった?」

 ほんとは全部見てたけど、一応それとなく聞いてみる。
 すると、クレールさんは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ふふふ……全部見ていたんじゃないんですか?」

 ば、バレてる⁉
 私が驚いてるのを見てクレールさんは少し顔を赤くする。

「サキ様のおかげです……サキ様のおかげで私は一歩踏み出すことができました」
「え? 私、何もしてないよ?」
「そんなことはないですよ」

 私、クレールさんに何かしたっけ?
 でも、クリフさんとクレールさんがうまくいったんならよかった。
 これでクレールさんは好きな人と一緒に……それにしても『好きな人』、かぁ。

「クレールさん」
「はい、なんでしょうか」
「人を好きになるって……どんな感じ?」
「え?」

 私の突然の質問に、クレールさんは少し戸惑っているようだ。

「私ね……好きな人ができたことがないんだ」

 前の世界でも、本当に好きな人なんてできなかったし……唯一告白されてほんの少し付き合った男性には『罰ゲームだったんだ』と言われて振られてしまったし。
 この世界に来て男の人とたくさん話すようになったから、男性に対する恐怖心はなくなったけど、それでも恋愛がなんなのかは未だわからない。

「うーん……サキ様はまだお若いですから、そういう感覚がなくてもしょうがないのでは?」
「そうなのかな……でも、今日のクレールさんとクリフさんを見てたらなんだかドキドキしたの。それに……ちょっと羨ましいって思った」
「サキ様……まさかサキ様もクリフのことを⁉」
「違うよ⁉」

 何その斬新な昼ドラ⁉
 もう……クレールさんはちょっと幸せボケしちゃっているみたいだね。
 とはいえ、クリフさんは置いておいて、他の身近な男の人に対して自分がどう思っているかを考えるのは大事かもしれない。
 パパは優しいし、じぃじも優しいから大好き。
 フランは優しいけどたまに意地悪……でも大好き。
 でも、この好きは恋愛感情とは違う気がする。恐らく家族愛ってやつだと思う。
 オージェは騒がしいしちょっとヘタレなところがあるけどいざという時には頼りになるし、友達想いなところは素敵だと思う。
 でも、きっとこれは友達として好きってやつだ。
 後はレオン先輩か。
 レオン先輩は頼りになるし、見た目もいいし、私のこと守ってくれるし、強いから憧れている。
 あれ? もしかしてレオン先輩に私は意外と良い印象しか持っていない?
 でも、レオン先輩に感じてる気持ちは果たして恋愛感情なんだろうか……。
 そんな風に考え込む私を微笑ましげに見ていたクレールさんが、思い出したかのように手をパンと叩く。

「あ、そうでした。今日はこの後衣装合わせをなさいませんと!」

 クレールさんは服が入っているクローゼットを開いた。
 私はその背中にたずねる。

「衣装合わせ? 何かあったっけ?」
「お忘れですか? フレル様が明後日は『縁談の日』だとおっしゃられていたではございませんか!」
「あ……」

 忘れてたぁ‼
 クレールさんの話を聞いて感じていたドキドキが、焦りのドキドキに一瞬で変わってしまった。


 それから慌てて衣装合わせをしてお話の練習とかいろいろなことをして――あっという間にその日はやってきた。
 応接室で少し話をするだけでいいって言われているけど……私にとってそれが一番つらいよぉ……。

「本日はお招きいただき、光栄の極みです。サキ様」

 私の目の前でお辞儀しているのは、お世辞にも引き締まっているとは言い難い体型のタンブレア伯爵はくしゃく様。隣には御子息だと思われる男の子が立っている。体型は父親譲りだ。

「よ、ようこそお越しくださいました。タンブレア伯爵様。私などに様は付けなくてもよろしいですよ」

 私がなんとか笑顔を取りつくろいながら言うと、タンブレア伯爵はかえって恐縮した様子を見せる。

「いえいえ、アクアブルムや王都を救った英雄殿に失礼な態度は取れません! ほら、お前も挨拶あいさつをしろ!」
「お初にお目にかかります、サキ嬢。六学年のパウル・タンブレアと申します」

 大きなお腹をなんとか折り曲げてお辞儀をするパウル先輩を見ながら、私は心の中で嘆息たんそくした。
 これまではパパがあまりにも多すぎる私への縁談の申し出を断り続けていたらしいんだけど、挨拶だけでもと本当にしつこく食い下がられてしまって、私と会わせないわけにはいかなくなってしまったということらしい。
 パパがとても申し訳なさそうに頼んできたものだから、断れなかったんだよね。
 それに、縁談に関しては「全部断ってしまいなさい」って言ってくれたし。
 それにしても、なんで私なんかに縁談なんて来るのかなぁ。
 うぅ……感謝なんてしたくないけどロンズデールとの戦いを経て、初対面の人相手でも普通に話せるようになっていたのがせめてもの救いだ。
 でも、笑顔を作るのもそろそろ限界かも。
 さっきからタンブレア伯爵の話になんとか相槌あいづちを打って誤魔化ごまかしてるけど……自慢話みたいなのばっかりで、苦痛だ。

「――そこで私はグリメルト男爵にこう言ったのです!」
「そ、それはすごいですねぇ~……」

 私、一方的に自分の言いたいことだけ話す人、苦手なんだよね。

「サキ様、そろそろ……」

 私の後ろからクレールさんが声をかけてくる。
 よかった……やっと終わりだ……。

「タンブレア伯爵様、貴重なお話をありがとうございました。後がつかえておりまして、大変申し訳ないのですが今日はこの辺で……」
「お、おぉ……そうでした。いやぁ、サキ様と話をしていると時間を忘れてしまいますなぁ! では私どもはこの辺で……サキ様、今後とも学園ではこのパウルと仲良くしていただけますと幸いです!」
「は、はい。ではパウル様、また学園で」

 タンブレア親子はそのまま応接室を後にした。
 パウル先輩の縁談のはずなのに、結局ずっとタンブレア伯爵の自慢話を聞くだけだったな。
 クレールさんが扉を閉めた瞬間、私は大きく息を吐いて椅子にぐでっと倒れ込む。

「サキ様、ドレスに変なしわがついてしまいますよ」

 クレールさんはそう言いながら、倒れ込んでいる私をまるで猫を運ぶ時のように両手を脇の下に差し込んで持ち上げて起こす。

「うぅ……クレールさんが今日は厳しいよぉ……」

 椅子に座り直らされて、私はさらにため息をついた。

「あと挨拶に来るのは何組くらい……? 二、三組とか?」

 私の質問にクレールさんは困ったような表情を浮かべる。

「えっと、非常に申し上げにくいのですが……あと十二組ほど……」
「じゅう……」

 私は数を聞いてもう一度ぐでっと倒れ込む。
 そんな私をクレールさんが再び座らせる。
 そして地獄の時間が再開されたのだった。


「サキ様、お時間です」
「……! そ、それではグロスマン侯爵こうしゃく様。まだ後にお待ちの方がおりますので、今日はこの辺で」
「そ、そうですか。では今日はこれで……」

 十二組目であるグロスマン侯爵の親子が部屋を出て行ったのを見送り、私は椅子に倒れ込んでしまう。そしてものすごい勢いで帰り支度じたくを――しようとしたところをクレールさんにしっかり体をホールドして止められてしまう。

「サキ様! あとお一組! あと一回だけですから!」
「いやぁ! もう無理! もう帰るぅ!」
「お、落ち着いてください! ここはサキ様が住んでるアルベルト家のお屋敷ですからぁ! 帰る場所はここです!」

 結局クレールさんになだめられて、私は大人しく椅子に座り紅茶を飲むことにした。

「うぅ、もう辛い……心が辛い……」
「サキ様……後もう少しの辛抱しんぼうでございます」

 クレールさんになぐさめられていると、扉がノックされる。
 はぁ……来ちゃったよ。
 こんな長い時間、よく待ってるよね。そんな暇があるなら魔法の勉強でもしてたらいいのに。
 なんて嫌味っぽいこと考えてしまうほど弱った私の前に現れたのは、意外な人物だった。
 十二組との挨拶を終え、時間はすでにもう夕方。
 外から夕日が差して、部屋がうっすら橙色だいだいいろに染まっている中をゆっくりと歩いてくるその人は、正装に身を包んでいることもあって、まるで絵本の中の王子様のようだった。

「やぁ、サキ。ご機嫌はいかがかな?」

 私をからかうような、だけど優しいいつもの笑みを浮かべてレオン先輩は右手を胸に当てて私に一礼した。

「レオン先輩……なんで……」

 私が呆然としながら聞くと、レオン先輩は飄々と言う。

「サキと話す時間をいただけると聞いてね。面白そうだったから僕も希望してみたんだよ」
「レオン先輩なら言ってくれれば時間くらい……」

 私の言葉を遮るように、レオン先輩は「ふっ」と吹き出した。

「最近君は研究に没頭していただろう? 何かに夢中な君を止めるのは、魔物を倒すより難しいからね」

 夕日が差し込む部屋でそう笑うレオン先輩はあまりにも絵になっていて――私は恥ずかしさでレオン先輩を直視できない。なんだか、気恥ずかしいのだ。

「と、とにかくどうぞ。座ってください」
「うん。それじゃあ失礼するよ」

 そう言ってレオン先輩は向かいの椅子ではなく、私の隣に座る。
 先輩の腕が私の肩に触れて、そこを中心に体温がじわじわと上がっていくのがわかる。
 レオン先輩が私との縁談のために来たという現実を、どうしても意識してしまう。
 しかし、レオン先輩はこれまでの人たちと違い、自慢話をすることもなくかばんから紙を数枚とペンを取り出し、机に広げた。
 そして、縁談の挨拶だというのに、レオン先輩は目の前に自分で書いてきたという魔石工学の魔法陣について聞いてくる。
 先輩は私がプレシアの一件で手に入れた空の魔石でいろいろと実験しているのに興味を持って、私から魔石工学を習い始めた。
 この間、水の魔石と風の魔石を使い小さな水のうずを作る魔法陣を書いてくる宿題を出していたのだけれど、まさかこんなところでそんないつでも話せる話題を出してくるとは思わなくて、私はびっくりする。
 しかし、レオン先輩の表情は真剣だ。

「これ、描いてみたんだけど、どう思う?」
「あ、この線とこの線が要らないかもしれません」
「それじゃあここはどうしたらいいんだい?」
「だから、ここはさっきこっちに引いた線と繋がって……」
「あぁ、なるほど。うん、なんとなくわかった。家でもう一度試してみるよ」
「はい、できたらまた見せてくださいね。待ってますから」

 先輩は広げた資料と紙を片付けて、紅茶を一口飲んだ。
 改めてレオン先輩を見ると、紅茶を飲む姿勢やその他の行動一つ一つから貴族のお手本のような気品を感じる。


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