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3巻

3-3

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「ママ、クレールさん。落ち着いて……?」

 私が声をかけると、二人はスッといつも通りを装う。

「あら、みんなおそろいで。どうしたのかしら?」
「サキがまだ着替えていなかったので、ドレスはどうなったのかなってクレールさんを捜していたんですけど……」

 アニエちゃんが説明すると、クレールさんとママは手に持っていたドレスを私たちに突き出す。

「サキ様にはこちらのドレスを!」
「いいえ、こっちのドレスよ!」

 もしかしてこの二人……朝からずっとドレス選びでもめていたわけ⁉
 二人はバチバチとにらみ合っていたけど、やがてママが息を吐いた。

「こうなったら多数決よ。みんなはどっちのドレスがいいかしら?」

 ママの言葉に、私たちはうーん……と悩む。
 ややあって、アニエちゃんが口を開く。

「私は緑かしら? 普段白い服をよく着ているから、たまには色味のある服を着たサキも見てみたいわ」

 その意見に、フランも同調する。

「僕も普段とは違うサキを見てみたいから、緑の方がいいかな」
「ですよね! そうですよね! フラン様! アニエ様!」

 嬉しそうにするクレールさんを見て、ママはむむむ……と顔をしかめた。

「アネットは白の方がいいですわ! お姉さまといえば純白! このドレスはお姉さまにぴったりだと思いますの!」

 ア、アネットの褒め方が恥ずかしい……でも……。

「私も白がいい……かな?」
「そうよねそうよね! さすがは私の娘たち!」
「ま、まだ三対三です!」

 クレールさんが声を上げた。
 確かに三対三だけど……私が着るんだから白でよくないかな?
 そんな私の考えを他所よそに再び睨み合う二人。
 どうしようかなあ。

「ネルはどっちがいい……?」

 私はしゃがんで、後ろにいたネルに聞いてみた。
 ネルは一度首を傾げてから、ママとクレールさんの方へと歩き出す。
 そのネルをまるで結果発表を見る受験生のように見つめる大人二人。
 ネルは二着を交互に見てから白いドレスの前で立ち止まると、床をたしたし叩いた。

「や、やったわぁ! やっぱりこっちのドレスよね!」
「そ、そんなぁ……」

 猫の前でくるくる回るママと、両手をついてへこむクレールさん。たかが服選びで大人が一喜一憂しているさまはなんともシュールだ。
 こうして、私のドレスは白を基調とした黒リボンの可愛いドレスに決まった。


「お姉さま可愛いですわぁ!」
「ふふふ……やっぱり私の目に狂いはなかったわね」

 王城に向かう馬車の中で私は両サイドからアネットとママに抱きつかれていた。
 アニエちゃんは苦笑いを浮かべて言う。

「サキも大変ね……」

 そんな様子をいつも見ているフランはやれやれといった様子で首をすくめる。

「まぁ、母様もアネットもいつもこんな感じだよ」
「気持ちはわからなくもないけど」

 そう言ってアニエちゃんは外に目を向けた。

「キャロル様、アネットちゃん、もう着きますよ」

 アニエちゃんがそう言った瞬間、ママとアネットはキリッと姿勢を正した。
 毎度毎度びっくりする……。
 ママとアネットは家から出るとりんとした貴族夫人と令嬢なのだ。
 広場に到着して、馬車を降りるママとアネットの後ろをついていく。彼女たちの歩き方や立ち居振る舞いは本当に優雅で美しい。
 すれ違う貴族の方々へ「ご機嫌よう」とか「お元気そうで、何よりでございます」など挨拶するママも、「しっかりしていらして、ご立派ね」と褒められて「そのように言っていただき、光栄でございます」「私などまだまだでございます」と返すアネットも、いつもの姿からは想像もつかないほど様になっているのだ。
 まぁ、いつも通り冷静に挨拶をしているフランも、それはそれですごいとは思うけど。
 そんな三人とは違い、貴族としての立ち居振る舞いにまったく自信のない私は、アニエちゃんと後ろの方を歩いていた。
 すると、突然後ろから声をかけられる。

「ご機嫌よう」

 振り向くと見覚えのない男の人が立っていた。
 服装を見るに、たぶん貴族だとは思うけど……。

「ご、ご機嫌よう……ございます」

 いや、自分で言っておいてなんだけど、ご機嫌ようございますって何⁉
 やばいやばい、男の人ニコニコしてたのに、今きょとんとしちゃってるもん! 
 一瞬私の挨拶で空気が固まったが、男性は再び笑顔に戻って口を開く。

「お初にお目にかかる。失礼ながらサキ・アメミヤじょうで間違いありませんか?」
「は、はい」
「そうですか! そなたがあのアクアブルムの英雄サキでしたか! いやぁ! 噂は聞いていたが、想像以上の美貌びぼう! それにまとっている空気が違う!」

 男の人が口にした『アクアブルムの英雄』という言葉で、周囲の視線が私に集まり、手が震えてしまう。
 周りからは「あれがあのリベリオンとの交戦で勝利した……」とか色々聞こえてくる。
 目の前の男の人が何か話しているけど、内容が入ってこない。
 足がすくむ……膝に力が入らない。気のせいかもしれないけど寒気までしてきた。全身に鳥肌が立つ……怖い……助けて。

「ディエネンド侯爵様、うちのサキに何か御用ごようでも?」

 体が震え、呼吸が荒くなり始めたところで、後ろからママの声が聞こえた。
 ディエネンド侯爵と呼ばれた男性は頭を下げながら、ママに答える。

「これはアルベルト公爵夫人。いえね、ちまたで有名なアクアブルムの英雄に挨拶へ来ただけですとも」
「すみません、うちのサキは目立つのがあまり好きではないんです。これで、失礼してもよろしいかしら?」
「そうでしたか。失礼ながらキャロル夫人。今し方、『うちの』とおっしゃっていましたが、サキ・アメミヤ嬢はアルベルト家とどういったご関係で?」
「サキは我がアルベルト家で、子供たちに魔法を教えてくれているんですの。おかげでフランもアネットも魔法の技術に磨きがかかっていて、親として嬉しい限りです」

 笑いながら話すママは私を隠すように前に立ち、アニエちゃんの方へ軽く押した。
 私はふらふらと歩いて、アニエちゃんに受け止められた。
 アニエちゃんは私を安心させるように背中をさすりながら尋ねてくる。

「サキ、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……う、うん」

 アニエちゃんに触れられた背中に温もりを感じて、少し落ち着いてきた。
 改めてママの方を見ると、ディエネンド侯爵様とにこやかに話をしていた。
 でも、あのママの笑顔はちょっと怒ってる……?


 ◆


「なるほど。ではキャロル夫人、サキ嬢は貴族ではないと?」

 しつこく食い下がるディエネンド侯爵に私――キャロルはため息をつきたい気持ちだった。

「そうですわね。まだ、ですけどね」

 ディエネンド侯爵は今の侯爵の中で最も公爵家への執着が強いわ。きっとサキちゃんを養子にするために近づいたんでしょうけど、そうはいかないわ。
 あの子を政治の道具になんてさせない。そもそも公爵になるために子供を利用しようとする者が公爵にふさわしいわけがないんだから。

「ほう? それはどういう意味ですか? まるでこれから貴族になるような物言いですな」

 サキちゃんが養子になるにはフレルが公爵家当主となってから、正式に国へ手続きしなければいけない。つまり、現段階でサキちゃんはまだ私の娘ではない。
 書類手続きは式が終わり次第行う予定だったけど、その前にサキちゃんがディエネンド侯爵に養子の話を持ちかけられて同意をしてしまうとまずいわ。
 でも公爵家の次期当主が、英雄と話題の女の子を養子にするために家に囲っていた、なんて噂が流れるとちょっと厄介なのよね……だから、まだサキちゃんがアルベルト家の養子になると言うことはできない。
 それに、このディエネンド侯爵には怪しい噂が絶えないのよね。ディエネンド侯爵が商談や交渉の場に現れると、なぜか必ずディエネンド家に有利になるようにことが進むとか。
 私はディエネンド侯爵に答える。

「あら、ご存じないかしら? 主人からいくつかの侯爵家の方からサキをぜひ養子にしたいと話が来ていると聞いておりますが。サキはアルベルト家の屋敷に住み込みで家庭教師をしていますから、そうした話はすぐ耳に入りますの」

 ここはうやむやにして、逃げ切るしかないわ。
 このディエネンド侯爵が怪しい魔法でも使っているのなら、サキちゃんに接触されるのはまずいもの。
 侯爵は頷いて言う。

「なるほどなるほど、それではぜひとも我がディエネンド家も候補に入れてほしいものですな」
「ディエネンド侯爵様のところには優秀なご長男がおられるではないですか」
「それは他の侯爵家とて同じでしょう?」

 それは確かにそうだけど……意地の悪い返し方だ。
 絶対こんなやつのところにサキちゃんを渡さないんだから!

「しかし、サキは先ほど申しました通り目立つことが嫌いですので、このような場での挨拶は好ましくないと思いますわ」
「そうでしたな、それは失礼いたしました。では、後ほど改めて目立たない形でサキ様にご挨拶させていただいてもよろしいですかな?」

 もう! めんどくさいわね! こっちは早くフレルのところに行きたいっていうのに!
 でも、遠回しにでも断っておかないと、サキちゃんに迷惑がかかるわ……。
 うぅ~……ここはやっぱり……。

「申し訳ございませんが、私では正確な回答ができかねます。ですから、私ではなく、主人の方へお願いいたします」

 こういう時はフレルに丸投げよ、丸投げ! こういう腹芸でフレルの右に出る者はいないんだから!
 その言葉に、ディエネンド侯爵のまゆがピクッと動いた。
 フレルは貴族家の間でも噂になるほど交渉や話し合いのたぐいが得意だから、ディエネンド侯爵にとっては厄介な相手に違いないものね。
 だからこそ、フレルがいない今のタイミングを狙ってきたのかもしれない。

「いえ、公爵当主のお手をわずらわせるわけには……私が直接、サキ嬢に話をさせていただければいいだけの話ですので……」
「サキは私どものことを本当に信頼してくれていまして、他の貴族との窓口になってほしいと言われていますの。ですから、どちらにせよ主人に話が行きますわ。二度手間は避けた方がよろしいと思いまして」

 私がニコニコしながら言うと、侯爵は先ほどまでの余裕の表情を崩す。

「わかりました……機会があればフレル公爵に話を伺うことといたしましょう」
「えぇ、そうしていただけると助かりますわ」

 ディエネンド侯爵は頭を一度下げ、悔しそうな表情をして人込みの方へ歩いていった。
 ひとまずトラブルの芽はめたかしらね……。
 胸を撫で下ろしてみんなの方へ戻ると、サキちゃんは少し落ち着いたみたい。

「サキちゃん、大丈夫?」

 周りに聞こえない程度の声量で尋ねると、サキちゃんはこくりと頷いた。

「もう大丈夫だよ。ありがとう、ママ。かっこよかった」

 か、可愛い……今すぐ抱きしめたい……!
 た、耐えるのよ、キャロル……ここは公共の場。こんなところで「サキちゃーん!」なんて言って抱きついてみなさい。後でどうなるか考えるだけで恐ろしいわ……。

「それじゃあ、フレルのところに向かいましょうか」

 みんなにそう告げて、私は王城へ向かって歩き出した。


 ◆


 色々あったが、私――サキはなんとかパパのいる王城前へたどり着いた。
 王城の前に立ってみて、改めてその大きさにびっくりする。
 いつもは学園から先端がちらちら見えるくらいだし、王城前はいつも人がたくさんいるから近づくこともなかった。
 私が王城を見上げていると、フランが尋ねてくる。

「サキ、どうかした?」
「ううん、ただ、お城がおっきいなぁって」
「国のシンボルだからね。中もすごく豪華だよ」

 フランはそう言うけど、アルベルト家のお屋敷も十分豪華だよ……。
 上には上があるんだね。

「さ、フレルが待っているわ。行きましょう」

 ママに言われて私たちは城の中へ入る。
 入り口にいる警備の騎士さんは、ママの顔を見て会釈えしゃくをした。
 さすが公爵家……王城にも顔パスで入れるんだ。
 王城の中に入ると、目の前に広がるのは映画でしか見たことないような光景だった。
 広く長い廊下に、赤い絨毯じゅうたんが敷かれており、天井にはきらびやかなシャンデリアまである。
 そんな豪奢ごうしゃなお城にもママは慣れっこなのだろう。特に驚くこともなく歩いていく。
 その後ろをついていきながら、私はキョロキョロと廊下を眺めた。
 高そうな絵やつぼや宝石なんかも飾ってあり、興味をそそられてついついフラフラと見に行ってしまう。
 そしてふと、右手にあるガラス張りのケースの中に飾られているものに気付く。近づいてみると、そこにあったのは立派な剣だった。

「きれい……」

 剣は鮮やかな朱色のさやに収められ、銀色のには青、赤、黄、緑の宝石がついている。
 でも、これじゃあ重くて振れないんじゃないかな?

「ねぇ、アニエちゃん……ん?」

 横を向くと、さっきまでそこにいたみんながいなかった。
 もしかして……置いていかれた⁉
 確かに一番後ろにいたし、勝手に剣を眺めていたんだけどさ⁉
 どうしよう……どうしよう……。

「おい、そこで何をしている」
「ぴぃっ!」

 急に声をかけられて、声にならない声が出てしまった。
 声の方を向くと、男の人が立っていた。
 年齢はパパより少し上かな……。
 でも、パパとはタイプが違うというか……男らしい感じのワイルドな顔立ちをしている。

「あ、あ、あの……ひ、人とはぐれて」

 城への侵入者だと思われるかも……ここは正直に答えないと。

「人とはぐれた? どこの家のやつだ?」
「アルベルト家……です」
「アルベルト……名前は?」
「サキ……」

 私の名前を聞いて男の人はニヤッと笑った。

「そうか、お前がサキか」
「あ、あの……」
「ん? あぁ、事情はだいたいわかった。でも、アルベルト家ならキャロルが一緒にいたんじゃないか? なんではぐれた?」

 困惑する私に、男の人が尋ねてきた。

「この剣を見ていて……気が付いたら誰もいなくて……」
「なるほどな。この剣が気になるのか?」
「他のものに比べてケースが頑丈そうだから……重要なものかなって。きれいだったし」

 男の人は頷いて説明する。

「この剣はな、この国を作った初代王が持っていたとされる剣だ。特殊な魔法がかけられているらしい。びないし、刃こぼれも起こさない」
「そんなにすごい剣なんですね……」

 私は改めて剣を見る。そんなに由緒ゆいしょ正しき武器だったとは。

「この剣を見て、何を思った?」
「装飾が多いから……重くて振りにくそう」

 私が最初に見た時の感想を言うと、男の人は下を向いてぷるぷると震えた。
 そして急に笑い出して、私の頭をポンポンと優しく叩く。

「ぷっ……あっはっはっは! そうかそうか! そうだよな! 戦うための道具をなんでこんなに飾ってんだって思うわな! お前面白いな! 気に入った! よし、俺がお前の連れのところに案内してやる。ついてこい」

 そう言って男の人が歩き出したので、私は慌ててついていく。

「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「名前は?」
「名前? あぁ、そうだな……よし、俺のことはヴァンって呼べ」
「ヴァンさん?」
「そうだ、今度ははぐれずについてこい。城の中で気になるものがあれば教えてやる」
「は、はい……!」

 私は返事をして、ヴァンさんについていった。

「ヴァンさん、これは?」

 私は飾ってある壺を指差して聞いた。

「これは水不足で悩む村を助けるために、賢者がその村の村長へおくった壺だ。水魔法が使えなくても魔力で水が出せるらしい。まぁ、本当かどうかわからんがな」
「どうしてわからないの?」
「魔力を注いでも水が出ないんだよ」
「あぁ……」

 ヴァンさんは、飾ってあるものについて聞くとすぐに説明をしてくれる。
 何者なんだろう? お城にいるから関係者だとは思うけど……。
 まぁ、楽しいからいいか。

「どうだ? おもしれぇもんがたくさんあるだろ?」
「うん! お宝がいっぱいで楽しい」

 そう言うと、ヴァンさんはしばらく黙ってから、私の目をまっすぐ見つめて聞いてきた。

「宝か……なぁ、サキ。この国で一番の宝ってなんだと思う?」 
「え? うーん……」

 今見てきた中だとやっぱりあの剣かな? 振りにくいとは思うけど、特殊な魔法がかかっているみたいだし、何より初代王様の持っていたものだということが一番の付加価値ではないだろうか。

「あの剣?」
「確かにこの城にあるものの中じゃ一番金額が高いもんではあるけどな。お前、いいセンスしてるぜ」

 そう言ってヴァンさんははっはっはっと笑った。
 それから得意げな顔になり、人差し指をぴっと立てて言う。

「俺が思う一番の宝はな……国民だ」
「え?」
「いいか、サキ。城で見た剣も壺も、作ってるのは全部国民だ。魔法をかけたのは賢者かもしれないが、賢者は剣も壺も作れない。作っているのは鍛冶屋かじや陶工とうこうだろ?」

 言われてみれば確かにそうだ。私が納得して頷くとヴァンさんは続ける。

「だが、そういう腕を持っているやつらだけが宝だってわけでもない。その鍛冶屋や陶工が生きていく上で重要な衣食住を支えているのは誰だ? 農畜産業をしている者や、商人、大工に……料理はそいつらの伴侶はんりょがしていたかもしれないな。その剣や壺を作るための金属や土は誰が取ってきたんだ? 鉱山なんかで働くやつらだ。何かの仕事の前後には、必ず別の人間の仕事が存在するし、直接じゃなくても多くの国民が関わっている。その時代の国民たちが必死に生きていたあかしが、剣や壺って形になって残っているだけなんだ。だから俺は、残ってるものよりその歴史を刻む働きをした国民を宝と呼ぶべきだと思っている」

 ヴァンさんはまっすぐ私を見て語った。
 すごく素敵な言葉だと思った。
 前の世界でもそうだった。会社ではどの仕事にも多くの人が携わっていた。
 料理は私が自分でしていたけど、材料のお肉や野菜やお魚は農業や漁業を生業なりわいとする人たちが、あつかう包丁や家電製品なんかは工場の人たちが作ってくれたものだ。
 そう考えてみると、ヴァンさんの言っていることは正しいし、さっきまで見てきたお宝たちの重みが、私の中で増した気がする。

「なんとなくわかります」

 私がそう言うと、ヴァンさんは私の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「そうか! お前は賢いな」

 私たちは言葉を交わしながらしばらく歩いていき、ある部屋の前に来たところでヴァンさんは立ち止まった。

「たぶんこの中にフレルとキャロルがいるはずだ」

 そう言ってヴァンさんが私の背中を軽く押す。

「ありがとうございます」

 お礼を言いながら振り向くと、もうヴァンさんの姿はなかった。
 え? どうやって消えたの?
 少し考えたがわからなかったので、私はひとまず部屋に入ることにした。
 中にはヴァンさんの言った通りみんながいて、ママとアネットにこれでもかと抱きつかれた。
 フランによると、私がディエネンド侯爵に拉致らちられたと勘違いしたママがなぐり込みに行きかけていたらしい……。
 ちょうど私が部屋に着いてすぐに継承の儀の準備が整ったと報告があり、じぃじとパパが部屋から出ていく。
 私たちも一緒に部屋を出ることにしたんだけど……あれ? なんでアネットは私の手をにぎっているのかな?

「んっと、アネット? なんで手を繋いでいるの?」

 私が尋ねると、アネットがにっこり笑って答える。

「またはぐれてしまったら大変ですから」
「えぇ……」

 アネット、私のことほんとにお姉ちゃんって思ってる?
 でもまぁ一度迷子になった前科がある以上は、文句は言えない……。
 そうして仲良く手を繋いで歩いていくと、私たちは王城前広場に到着した。
 じぃじとパパは広場に設置されたステージへ、ママとアネットとフランはステージ横の家族席のような場所へ案内された。
 まだ養子として手続きしていない私と、ブルーム家のアニエちゃんは一般貴族に用意された場所へと向かう。
 ちなみに、アニエちゃんはアネットに頼まれて私の手を握っている。
 なぜか私の手を握ってから機嫌のいいアニエちゃんに連れられていくと、周りの人たちの服装が高級そうなものに変わっていった。
 意外なことに一般貴族は立ち見らしい。
 なんでも、今の王様が「自分にとっては皆同じ国民だから、貴族が偉そうに座っていて他の国民が立っているのはおかしい」とかなんとか言って、貴族もこうやって立って見ることになったんだそうだ。変わった王様なのかもしれないけど、優しい理由だと思う。
 でも、そのせいで周りには人がいっぱいだ。


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