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2巻

2-1

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 神様の手違いで辛いことばかりの人生を送り、突然の死を迎えた私、雨宮咲あめみやさき。そんな不幸すぎる私に同情したナーティ様という別の神様の提案で、私は魔法の世界シャルズで五歳の美少女サキとして第二の人生を送ることになった。
 ナーティ様に与えられたお付きの猫のネルと、森の中で友達になった熊、クマノさんとクマタロウくんと協力し、魔法をきたえる日々。
 まあ、ナーティ様には全属性の魔法をかなり高いランクまで使えるようにしてもらったんだけど……。
 それから三年がち、彼らと楽しく生活し前世で失っていた自信を取り戻しつつあった頃、森に叫び声が響いた。
 けつけてみると、そこではグリーリア王国の公爵こうしゃく家子息、フレル・アルベルト・イヴェール様一行が魔物におそわれていた。
 私は鍛えた魔法で魔物を倒し、フレル様にその才能を認められる。
 さらに一緒に街へ行かないかとお誘いを受けるが、私はクマノさんとクマタロウくんを置いていくわけにはいかず断ろうと思っていた。
 そんな時、クマノさんがある人に薬を打たれて、魔物化を起こし、クマタロウくんをあやめてしまう。クマノさんがこれ以上犠牲者を出さないために、私は彼を倒した……。
 クマノさん、クマタロウくんとの別れをて、フレル様と共に王都エルトで新たな生活を始めることにした私。
 どうやらフレル様は、私をアルベルト家の養子にしようと考えているらしい。
 最初は私なんかが公爵家になんて、と思っていたけど、妻のキャロル様、息子のフラン、娘のアネットと交流するうちに、私もアルベルト家の一員として認められたように思う。まあ、まだ正式に養子にはなっていないんだけどね。
 その後、パパとママ――フレル様とキャロル様にそう呼ぶように言われてしまった――の提案で、私はフランやアネットと一緒に王都エルトの魔法学園の初等科に三年生として通うことに。
 学園では、クラス対抗戦というクラスごとに魔法で戦うイベントなどを通して、学年一の魔法の実力を持つ女の子アニエちゃん、三つ編みが可愛い女の子のミシャちゃん、元気だけどおっちょこちょいな男の子オージェと仲良くなった。
 この世界に来てから色々なことがあったけど、私は今日も幸せに生きています!



  1 ミシャちゃんのおうち


すきありっすー!」
「甘い、よ? ネル流武術スキル・【空ノ型そらのかた天燈翔打てんとうしょうだ】」

 ネル流とは、ネルの持つ膨大な知識を活かし、数ある武術の型の中から私に合うものだけを組み合わせて作り上げた戦い方だ。

「うぇ!?」

 私は向かってくるオージェの腕をつかみ、その勢いを使って真上に投げ飛ばした。そして、落ちてきたタイミングに合わせてオージェのお腹に掌打しょうだを打ち込む。

「ぐへぇ……」

 オージェがうめき声を上げ吹っ飛んでいった。

「サキちゃんの勝ちですね」

 ミシャちゃんがにっこり笑って言うと、入り口の方から声が聞こえてくる。

「あんたもりないわね。サキにあんな単純な動きで勝てるわけないじゃない。馬鹿なの?」
「あ、アニエちゃん、フラン、お仕事お疲れ様」

 私は、訓練場の入り口から歩いてきたアニエちゃんとフランに挨拶した。
 アニエちゃんはクラス長のお仕事をしてきたらしい。ちなみにフランはアニエちゃんの指名により副クラス長になったため、アニエちゃんのお手伝いをさせられている。
 ここにいるみんなは、先日行われたクラス対抗戦で同じチームだったので、放課後によく一緒に特訓をしていた。
 その特訓が今でも続いているのだ。

「うん、ありがとう、サキ。それにしても、さっきの技もすごかったわねぇ」

 アニエちゃんは私の頭をでながらめてくれる。

「えへへ……」

 魔法学園に通うようになったこの五ヶ月で、私のコミュ障もなくなってきた。
 まあ、この四人と家族が相手の時だけではあるけど……。

「なんで……なんで勝てないっすか! 何回負ければ俺はサキに追いつけるんすか!」

 オージェが悔しそうに叫ぶ。

「えっと……確かこれでゼロ勝二百九十九敗ですね」

 ミシャちゃんがそう口にして首を傾げると、フランが感心したように言う。

「へぇ、後一敗で三百敗じゃないか」
「ちゃんと数えなくていいんすよ! だいたい、みんなだってサキに勝ててないじゃないっすか!」

 オージェが反論すると、アニエちゃんがぴしゃりと言う。

「そりゃあまあ、そうだけど。でもみんな、あんたみたいにいつも瞬殺しゅんさつはされないわよ」

 確かに私は、周りの子たちに比べれば頭一つ抜けた実力を持っている。
 十一種ある魔法属性のうち、貴族でも五、六種類しか持っていないのが普通だが、私は全属性の魔法を使うことができる。
 さらに、魔法の強さの基準で第一シグルから第十デキャルまであるナンバーズも第九ノナルまで使えるし、魔法を強化する技術であるワーズも飛距離を伸ばす【ア】、速度を速くする【ベ】、効果時間を伸ばす【セ】、操作性を高める【デ】の全てを扱える。
 ……うん、周りの子供どころか大人と比べてもおかしいね。
 ちなみに魔法は、ナンバーズ、ワーズ、魔法名の順番で詠唱するが、ある程度の実力があれば省略して唱えることもできる。
 また、魔法にはエンチャントというものがある。
 この世界では基本的に、一つの魔法につき一属性が原則だ。だが、このエンチャントを使えば、様々な属性を組み合わせた魔法を発動できる。
 ナンバーズとワーズとエンチャントという三つの要素から成り立っているのが、この世界の魔法。
 これ以外にも繰り返し発動して経験を積むことで魔法をスキル化して発動方法を簡略化したり、オリジナルの魔法を使っている人もいたりする。

「いつも瞬殺なんてしてないもん」
「そうよねぇ、サキは優しいものね」
「えへへ……」

 また頭を撫でてくれるアニエちゃん。
 すると、オージェが急に大声を出す。

「くっそぉー!」
「うるっさいわよ!」
「ぐぇ!?」

 叫ぶオージェの脇腹わきばらにアニエちゃんの右足がヒットした。
 りが当たったオージェはそのまま床に転がり、ぼそりと呟く。

「脇腹はダメっす……」
「あらあら……あ、そうだ。皆さん、この後予定はありますか?」

 そんな光景を微笑ほほえましそうに見守っていたミシャちゃんが、唐突に話題を変えて皆にたずねた。

「サキと特訓した後なら特にないわ」
「僕もないよ」
「俺もっす」
「私もない……」

 アニエちゃん、フラン、オージェ、私の順に返答する。それを聞いて、にっこりと笑うミシャちゃん。

「それじゃあ、ちょっと私に付き合ってください」
「付き合うって……どこかに行くの?」
「はい、ちょっと行きたいお店がありまして」

 私が問うと、ミシャちゃんは楽しそうに答える。

「お店かあ……じゃあ学外に出るんだね。アネットと御者ぎょしゃに伝えてくるよ」

 フランは少し考えるそぶりを見せた後、そう言って訓練場を出ていった。
 アネットは最近、同じクラスの友達と一緒にお勉強や魔法の特訓をしているんだとか。
 ママの話では、フランの真似をしたいらしい。お兄ちゃんの真似をしたがるなんて、可愛い妹だ。
 そんなことを思いつつ、とりあえず私は時間までアニエちゃんと特訓を続けた。


 ややあってフランが帰ってきたところで、ちょうど特訓の模擬戦が終わった。それから準備を整えると、私たちは学園を出て街の商業区へ向かった。
 商業区は相変わらず出店や屋台なんかでにぎわっている。

「ミシャちゃん、今から行くお店ってどんなところ?」
「ふふふ……可愛い服がたくさんある場所ですよ」
「へぇ……」

 どんな服があるのか楽しみだな……そう思っていると――

「女子は服見るの好きっすよね~。俺は全然わかんねぇっす」

 突然オージェが首を横に振って言う。そこにアニエちゃんのするどい突っ込みが入る。

「そんなだから女の子にモテないのよ、あんたは」
「はぁ!? そんなことでモテなくなるっすか!?」

 オージェは驚いているが、ミシャちゃんもアニエちゃんの言葉にうなずいている。

「そうですね……男性には一緒に服を見たり、選んだりしてほしいものです」
「いやいや、男子がそんな……」

 オージェが反論しようとすると、今度はフランが追い打ちをかける。

「僕は好きだよ? 服を見るのも選ぶのもね」
「えぇ!?」
「ほら見なさい。だからフランはモテるのよ。まあ、私にはこいつの何がいいのかわからないけどね」
「それはひどいなぁ。ちょっとへこんじゃうよ」

 アニエちゃんの辛辣しんらつな言葉に、表情を暗くするフラン。
 でも――

「へこんでいるようには見えないよ?」

 私がフランに言うと、彼はぱっと笑顔になった。

「あれ? バレちゃった?」
「そういうところよ!」

 アニエちゃんがすかさず突っ込む。
 フランはちょっと腹黒いところがあるからなあ……。
 私たちがそんな他愛たあいもない話をしながら歩いていると、急にミシャちゃんが立ち止まった。

「あ、皆さん。ここです!」

 ミシャちゃんが指差したお店の看板には、フュネス服飾店と書かれていた。
 ミシャちゃんの本名はミシャ・フュネス。ここは彼女の実家なのだった。


「さぁさぁサキちゃん! 水着と服を選びましょう! なんなら私が選びますよ!?」

 お店に入ってからのミシャちゃんは、なぜかテンションが爆上げだった。
 ミシャちゃんの家であるここには、前々から私に着せたい服がたくさんあったらしい。なんならって言っているけど、最初から選ぶ気満々だ。

「初めは水着からですよ!」

 最初に、ミシャちゃんが持ってきたものを試着させられることになった。
 首の後ろで紐を縛る紺色のホルターネックビキニ。でも、これは胸のある人にしか似合わないのでは……?
 いや、私の胸が小さいわけじゃなくて、今は成長途中なだけ。そう、成長中なだけ……。

「うーん……可愛いですけど、これじゃない感がありますね」

 あごに手を当ててつぶやくミシャちゃん。

「こっちの方がいいんじゃない?」

 次はアニエちゃんが持ってきたものを試着する。
 花柄で上がフレア状になっていて、下がスカートのような形だ。これは脚の長いすらっとした人が身につけるものじゃないかな? いや、もちろん身長だってまだまだ伸びる予定なんだけど!

「下が少し違うわね。上は可愛いけど……」
「じゃあ、これなんてどうかな?」

 アニエちゃんの次はフランだ。って、なんでフランは女子にまぎれて持ってきてるの!?

「フラン、あんたいいセンスしてるわね」
「確かに……これはサキちゃんに似合いそうです。むむむ……ちょっと悔しいですね」

 えぇ!? アニエちゃんとミシャちゃんは、男子が女性水着を持ってくることに対してノーコメントなの!? いや、まあ、いいんだけど……うん……。
 フランが持ってきたのは白地に青い花柄の、ぱっと見はパジャマのような水着だ。
 ビキニの上にシャツと短パンを着ているようなイメージの見た目。
 私はフランに渡されたその水着を試着する。

「サキ、可愛いわ!」
「可愛いです!」

 アニエちゃんとミシャちゃんが手を叩いて褒めてくれた。フランも満足げだ。

「うん、似合ってるよ。ね? オージェ」
「お、おう……似合ってんじゃねっすか?」

 フランに話を振られ、私の水着姿を見たオージェが照れてる。まあ、小学校低学年くらいの男の子なら、そんなものだよね。
 逆にフランが七歳にして女性に慣れすぎているのだ。将来何人の女の子をとりこにしてしまうのか、恐ろしいよ……。
 私は皆に褒められたこの水着を買うことにした。

「じゃあ、これにする……」
「むー……フランくんが選んだものというのがなんだか釈然しゃくぜんとしませんが……まあ、いいです。それじゃあ、次はサキちゃんのお洋服を見ましょう!」

 ミシャちゃんが元気に言う。
 え? まだ私の服を選ぶの? いや、確かに服のことはよくわからないから、選んでもらえるのはうれしいんだけど……。
 みんなは見なくてもいいのかな?

「フランくん、次は負けませんよ!」
「ふふふ……受けて立つよ」
「わ、私だって負けないわ」

 なんかミシャちゃん、フラン、アニエちゃんで勝負みたいになってるし。
 それから私は、服を着せられ続けた。
 ちなみにオージェは、荷物持ちとしていっぱい服を持たされている。大変そう……。
 最終的に私は、水着一着と服を三着購入することになった。
 三人のうち誰か一人に偏ると、喧嘩けんかになりそうな気がしたから、水着以外はみんなが選んだものを一着ずつ買うことにしたのだ。
 お返しに、私がみんなを着せ替え人形にしてあげようと思ったんだけど、気付けばアニエちゃんたちは普通に水着を買っていた。ちょっとずるい。
 お店を出た時、私とオージェは二人で大きくため息をついた。

「サキ……苦労するっすね……」
「オージェもね……」

 買い物をした日から一週間後――授業の終わりに先生から紙を渡された。

「えーそれでは皆さん、いよいよ来週は課外授業ですね。今お配りした紙を保護者に渡して、皆さんも一緒に準備をしてください。では、今日のホームルームはおしまいです。皆さん、さようなら」

 課外授業のための宿泊許可の書類のようだ。
 先生に挨拶をして教室を出た私は、いつものように特訓をするため訓練場に来た。

「来週はもう課外授業かあ……サキ、ちゃんと準備できてる?」

 アニエちゃんが心配そうに尋ねてきた。

「今日帰ってからする……」
「ちゃんと足りないものは買い足さなきゃダメですよ?」

 ミシャちゃんも心配して言ってきたので、私は頷いて応える。

「うん、大丈夫」

 この学園の課外授業とは、宿泊学習みたいなものらしい。一泊二日で水の街、アクアブルムに行くのだ。
 アクアブルムは観光地として有名で、水資源が豊富な場所とのこと。
 それに加えて魚が美味おいしかったり、温かい水がき出るところがあったり……私はアニエちゃんからその話を聞いた時から、もしかしてアクアブルムには温泉があるのでは、と期待していた。

「サキ、足りないものはクレールさんに言えばそろえてくれるから」

 フランがにこやかに声をかけてくれる。
 クレールさんは、アルベルト公爵家のメイドさんで、茶髪のショートへアが特徴の女性だ。

「わかった……」
「えーそんなのダメよ。サキ、足りないものがあったら一緒に買いに行きましょう?」

 なぜか不満げなアニエちゃん。どうやら私と買い物をしたいらしい。
 そうそう、クラス対抗戦が終わった後から、アニエちゃんはアルベルト家に居候いそうろうしているのだ。
 もともと彼女は貴族区を治める公爵家、ブルーム家の養子だった。しかし、前回のクラス対抗戦で、ブルーム家の長男アンドレ・ブルーム・ベルニエが使用した魔物化の薬が問題となり、ベルニエ家は伯爵位まで降格。ただ同じブルーム家とはいえ、養子だったアニエちゃんは責任を問われず、新たにブルーム領を治める貴族に籍を移すことになったのだ。
 それで、新しい家が決まるまでの間、貴族区の管理をうのがアルベルト公爵家になったため、アニエちゃんは私やフランと一緒に暮らす運びとなったというわけである。
 私含め、なんかアルベルト家の負担でかくない? と思ったものの、ママとアネットは大喜び。
 パパもこの件に関わった以上は責任を持つと言っていた。
 アニエちゃんは「アンドレといる時よりは何倍も居心地いいけど、違う意味で気を使うわ」って言っていたけどね。
 その後、私はみんなと魔法の特訓をこなした。
 課外授業は前の世界でもあったけど、いい思い出なんてなかったから、みんなで一緒にお泊まりに行くと考えただけでわくわくしてしまう。
 私は出発の日を楽しみに、それからの一週間を過ごすのだった。



  2 課外授業の日


「皆さーん、出発しますけど、隣のお友達はちゃんといますかー? いなかったら手を挙げて、教えてくださいねー」

 先生がそう言って確認してから、御者へ出発するように伝える。
 今私たちは、すごく大きい馬車に乗っている。これは課外授業用の馬車らしい。スクールバスならぬ、スクール馬車というわけだ。
 アクアブルムは、私たちの住む王都エルトからこの馬車で四時間ほどかかる。
 街の外に行くのは久しぶり……というか、ママのお母様であるシャロン様が住んでいる風の街、ドルテオに行った他は、一度も王都から出たことがない。

「前から気になってたんだけど、サキっていつもそのブレスレットしてるよね。何か思い出があったりするのかい?」

 フランは私が手首にはめているブレスレットを指差して尋ねてきた。
 これはナーティ様がくれたお付きの猫、ネルが変身した姿だ。学園に猫を連れていくわけにはいかないと思ったので、【チェンジ】という魔法で姿を変えてもらっている。

「これ……? ううん、思い出というより大切な家族なの」
「えっと、ブレスレットが家族……ですか?」

 今度はミシャちゃんが不思議そうに聞いてくる。

「あ、そっか……」

 そういえば、みんなとは出会って何ヶ月も経っているのに、ネルを変身させるところをちゃんと見せたことはなかったかも。みんな、ネルにはクラス対抗戦で会っているんだけどね。
 この際だから紹介しておこうかな。

「ネル……猫になって」
『かしこまりました』

 私がネルにお願いすると、ネルは頭の中に直接話しかける魔法【思念伝達しねんでんたつ】で返事をした。
 すると、あっという間にブレスレットが猫の姿になる。
 オージェが驚いて声を上げる。

「ね、猫になったっす!?」
「私の家族、ネルだよ」

 私が紹介してあげると、ネルはにゃーと鳴いてみせる。

「可愛い猫さんですね!」
「この猫って……対抗戦の時に助けてくれた猫?」
「僕は屋敷で見てたけど、こんなことができるなんて初めて知ったよ」

 ミシャちゃん、アニエちゃん、フランがそれぞれの反応を見せた。
 まあ、フランの言う通り屋敷の中だといつも猫だったもんね。
 ネルの【チェンジ】はとても便利だ。例えばネルが本になれば、元の世界の雑誌などを読むことができるし、その本の中に書いてあるものに変身することもできる。
 この間も人をダメにするクッションになってくれて気持ちよかったな……。
 ネルの紹介が済んだところで、私たちはアクアブルムに着くまでの時間、トランプをすることにした。
 ちなみにこの世界にはなぜか、トランプのように前の世界にあったものがそのまま存在していることがけっこうある。
 私たちがやるゲームは、ババ抜きだ。
 友達と馬車でトランプ……私、なんて幸せな時間を過ごしているのだろう。

「さぁ、オージェ、引きなさい……」
「う……ぐぐぐ……」

 ババ抜きは最後、オージェとアニエちゃんの戦いになった。何度勝負しても、毎回なぜかこの二人が残ってしまう。

「ここっす!」
「あぁっ!?」

 オージェが勝ち誇った表情を浮かべる。

「や、やったっすー!」
「うー! 悔しい~! オージェなんかに負けるなんてぇ!」

 まあ二人が楽しそうで何よりだ。ミシャちゃんとフランも二人を微笑ましそうに見ていた。

「はぁ……それにしても、ずっと草原ね」

 アニエちゃんが馬車の窓から外を見て言う。
 確かにさっきから同じ景色が続いている。

「トランプにもきてきたっす」

 え? 私は久しぶりにトランプができて楽しいんだけど。でも、オージェだけでなく、他のみんなも飽きてきた感じだ。
 むむむ、きっとみんな普段から楽しいことをたくさんしているんだね……。


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