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1巻

1-2

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《今、触れている部分から熱を感じると思います。これが魔力です。魔力はサキ様の身体にも流れています。目を閉じて集中すれば、感じ取れるはずです》
「や、やってみる」

 ネルの指示通りに目をつむって、身体の中に意識を向ける。
 すると、今まで感じたことのないエネルギーを見つけた。

「ネル、これのこと?」

 目を開くと、本に文章の続きが浮かんだ。

《では、その魔力を手に集めて》

 さっきのあったかいエネルギーを手に移動させる……そうイメージしてみると、右手がだんだん熱くなってきた。不思議な感覚……私は目の高さにかざす。

《その熱を炎に変えるイメージで、【フレア】と唱えてください》
「……フレア!」

 右手の先に赤い魔法陣が浮かぶ。そこから拳くらいの炎がぽんっと飛び出して、すぐ消えた。

「で、できたー‼」

 一瞬だったけど、これが魔法だよね⁉ 本当に私にも使えるんだ、すごい!

《おめでとうございます。魔法スキル【第一シグルフレア】を習得しました》
「ス、スキル?」

 はしゃいでいたら、また知らない言葉が出てきた。

《スキルとは、経験から獲得する技能のことです。魔法スキルの他、武術スキル、常態スキルが存在します。常態スキルのみ、無意識かつ恒常的に発動することができます》

 うう、また文字がいっぱい……。

「魔法と魔法スキルって、なんか違うの?」
《魔法は魔力・媒体・イメージの三つが揃えば発動可能であり、スキル化は必須ではありません。ですが魔法スキルとして習得することで、通常より発動の速度が速くなり、消費魔力は半分以下になります。ただし、第一シグルフレアのようにナンバーズとしてスキル化するためには、発動の経験を重ね、常に一定の威力にコントロールする技量が必要になります》
「え?」

 思わず首を傾げる。スキル化って、思ったよりずっと大変なことみたい。

「でも、おかしくない? 私は一回やっただけでスキルになったよ?」
《それは、サキ様の常態スキルのおかげです》
「常態スキル……?」

 ますますわけがわからない。 

「ネル、スキルって経験を積んで覚えるんでしょ? 私、この世界に来て一時間も経ってないし、常態スキルなんて持ってないよ」
《生前のご経験により、サキ様には現時点で常態スキルが存在します。加えてナーティ様の恩恵により、サキ様のための特別なスキルも獲得されています。サキ様の常態スキルを表示しますか?》
「じゃあ、お願い」

 半信半疑で見せてもらうと、とんでもない内容が示されていた。

「何……これ?」

 自分では全然わからなかったのに、何個もある。しかも、すごそうな内容のものばっかりだ。

「【精神耐性たいせい】100%、【物理耐性】50%……⁉」
《耐性は精神・肉体にダメージを継続的に受けると獲得される常態スキルです。ダメージを受けた時間や量により、カット率が上昇します》

 それじゃあ、これは私が前世で受けた虐待やイジメ、あと、社畜生活の成果?
 こんなことでも役に立つのか、異世界って。痣や心の傷は前世では辛いだけだったけど、今度は私の役に立つ力に変わってくれたみたいだね。

「あとは、【習得しゅうとく心得こころえ】?」
習得しゅうとく心得こころえは、スキル化を強力に補助する常態スキルです。これがナーティ様の恩恵であり、先ほど第一シグルフレアを獲得できた理由です。通常、スキル化には膨大な経験が必要となります。ですがサキ様は、一度技の発動に成功する、もしくは他者から教えられて概念イメージを理解するだけで、スキルが獲得できます》

 要するに、私は人より簡単にスキルを手に入れられるってことだよね? 
 何それ、すごい! ナーティ様ありがとう!

「それに、【変質へんしつさい】?」
《変質の才は、習得したスキルに改良を加え、別のスキルを生み出す常態スキルです。こちらも、ナーティ様の恩恵です》

 ただでさえ簡単にスキルをゲットできるのに、さらに自分でもどんどんスキルを作れちゃうってこと? ナーティ様、私をひいきしすぎじゃないかな?

「すごすぎて、使いこなせるか自信なくなってきた……。で、でもとにかく、どんどんスキルを習得しなさいってことだよね? よーし、まずはナンバーズを覚えていくぞぉ!」

 こうしてネルの指導のもと、魔法の練習に取りかかった。
 私は一度集中しちゃうと、他のものに目が行かなくなる。
 全属性の第一シグルランクを習得したところで、日が暮れかけていることに気がついた。
 お腹の虫がぐぅと鳴く。

「うぅ……」

 そういえば、こっちの世界に来てから何も食べてない。
 スーパーなんてあるわけないし。食べ物……どうしよう。

「ネル、この近くに食べられるものってないかな……?」
《この洞窟から三分ほどの場所にアポルの木があります。サキ様の世界でいう、りんごのような果実を実らせます》
「よ、よかった……じゃあ採ってこようかな。ネル、猫に戻って案内してくれる?」

 私は子猫姿のネルを抱っこして、洞窟を出た。
 方向を間違えると、ネルが鳴いて教えてくれる。
 本当にネルがいてくれてよかった……。まだよくわからないこの世界だけど、おかげで心細くない。
 ネルの教えてくれた通り、三分ほどでつやつやした赤い実がたくさんなった木を見つけた。これがアポルだよね?

「美味しそう!」

 側に駆け寄って手を伸ばす。けど……五歳の身長では、一番低い枝にも手が届かない。

「ど、どうしよう……えいっ!」

 私は落ちている枝を拾って、精一杯背伸びしながら振り回す。だけど葉っぱをかすめるだけで、なんの役にも立たない。
 しばらく奮闘していると、ネルが「なぁ~ん」と鳴いた。

「はっ……」

 振り向くと、ちょこんと座ったネルが残念そうな顔でこっちを見ている。
 今は猫だけど、なんとなくわかる。
 この感じ、『サキ様……』と呆れながらツッコミを入れられている気がする。

「……そうよ! こういう時のための魔法!」

 実感がわいてなかったけど、私は今、魔法が使えるんだった! よし、練習の成果を試すぞ!
 アポルの木に手を向け、唱える。

第一シグルウィンド!」

 風の刃が木に飛んでいく。かまいたちのように枝を切断し、アポルの実を三つほど落とした。

「やったー‼ できたよ、ネル!」

 ネルも満足げ頷いて、「にゃあん」と鳴いてくれた。
 私はネルを頭に乗せ、収穫したアポルの実を抱えて洞窟に戻った。そのうち本格的に暗くなってきたので、その辺で小枝を拾い、洞窟の中で焚火たきびをした。おかげで夜になっても明るいし、結構あったかい。
 ぱちぱちと燃える焚火の前で、アポルをかじる。味もりんごそのもので、甘酸っぱくて美味しい。
 ネルも食べる? って聞いたけど、首を横に振られた。魔法の猫だから、ナーティ様から魔力の供給を受けていて、お腹は減らないんだって。
 満腹になったところで、今後のことを考えてみる。
 ネルでアニマルセラピーできたおかげか、魔法を使えた達成感のおかげか……どん底だった心が少し元気になった。
 でも、人に会うのはまだ怖い。コミュ障だし、人見知りだし……。
 ナーティ様にリクエストした通り、しばらくこのままのんびり森で暮らしたいな。
 今日はネルに色々なことを教えてもらっただけだったけど、ブックを使えばこの世界――シャルズの本なんかも読めるんだよね。
 朝からのんびり読書して、ネルと魔法の練習をして、夜はきれいな星を眺めながらゆっくり眠りにつく……。はぁ、考えただけでなんて素敵で悠々自適な生活なの……。
 そういえば、前の世界で子供だった頃は、楽しいことなんてなかったな。親におもちゃを買ってもらったこともないし、お小遣いもない。おかげで、友達から仲間外れにされていた。
 気晴らしといえば、学校の図書室で借りた本を読むことくらい……それさえも、お手伝いと称して家事をほとんど押しつけられ、読みきれないことも多かった。
 でも……私はもう自由なのだ。酒を飲み暴力を振るう親も、私をいじめる同級生も、嫌がらせしてくる同僚や部長もいない。
 好きな時に起きて、やりたいことができるのだ……なんて幸せなんだろう!
 私はシャルズにやって来た喜びをかみしめつつ、この森で生活していこうと決心した。


 ――こうして私が森で生活を始めて、早くも三ヶ月が過ぎようとしていた。
 転生したての時は、森でのサバイバル生活がちょっと心配だった。
 けど、ネルがなんでも教えてくれるおかげで、不自由なく暮らせている。
 グランド属性の魔法で家具が生み出せるとわかり、机や椅子やベッドを作った。洞窟をさらに拡張してリビングや寝室に部屋分けし、トイレやお風呂も設置してある。

「今日のごはんは何がいいかなー」

 鼻歌を歌いながらドアを開ける。ドアの向こうは日当たりのいい庭みたいな感じだ。
 洞窟の天井の一部に穴を開けたこのスペースでは、果物や野菜を育てている。
 これはウィード属性の魔法を覚えたおかげだ。茶葉を育てて、紅茶を作ることにも成功した。
 初めの一週間くらいは森の果物を食べていた。最近は狩りに挑戦していて、お肉を食べることもある。動物の解体ができるか心配だったけど、精神耐性100%のおかげか、比較的楽にこなすことができた。
 家も食べ物も充実して、森の生活はさらに理想的なものになっている。
 ちなみに今着ているお洋服は、ナーティ様特製だ。だから自動洗浄されて、伸縮自在なんだって。
 ネルのブックのおかげで、シャルズの文化や歴史の本も読めている。毎日の読書で、文字や社会のことを勉強した。世界を救った勇者と賢者の物語の本なんかも面白かったな。
 退屈もしないし、寂しくない。ずっと森で暮らしてもいいかもと思えてくる。

「にゃーん」
「あ、もうそんな時間? じゃあ出かけようか」

 ネルに促され、私はある場所へ向かう準備をする。
 ちなみに洞窟の入り口にはグランド属性魔法で扉を作ってあり、鍵をかけてから出発する。もう洞窟というより、立派なお家だね。
 しばらく森を進むと、開けた草地に二匹の熊の姿が見える。
 一匹は二メートルくらいある大人の熊、もう一匹はまだ子熊だ。

「クマノさん、クマタロウくん! お待たせ!」

 二匹は顔を上げ、私のところへ駆け寄ると、頬をめる。
 実は二ヶ月ほど前、この熊の親子が狼に襲われているところを助け、懐かれたのだ。
 それ以来、ずっと仲良くしている。
 すごく嬉しかった。異世界で、ううん……今までで、初めてできた友達だ。
 ネルはもちろん大切だけど、ナーティ様が私のために与えてくれた存在だ。
 自分から仲良くなれた友達は、クマノさんたちが初めてになる。
 ちなみに、大人の熊がクマノさん(私命名)、小熊がクマタロウくん(私命名)。

「クマノさん、元気だった? クマタロウくん、また大きくなった?」

 私がそう言うと、二匹は軽くのどを鳴らして首を傾げる。
 キラキラしたつぶらな瞳……ま、眩しいよお。
 可愛さに感激していると、クマタロウ君がすり寄ってきた。
 クマタロウくんはまだ幼く、大きめの子犬くらいのサイズだ。むくむくした姿にほっこりする。背中に一筋、白い模様があるのがトレードマークだ。
 私がクマタロウくんの頭を撫でると、気持ちよさそうに目をつむる。あぁ……癒されるよぉ……。
 ちなみに、ネルはクマノさんたちの言葉がわかるみたいで、通訳をしてくれている。

「それじゃあ、今日もお願いします」

 私はクマノさんにペコリとお辞儀をした。すると、クマノさんが後ろ脚で立ち上がる。
 私とクマノさんは――組み手を始めた。
 ネルいわく、一人前の魔法使いになるには、戦闘技術が必要らしい。
 まったり読書生活ができれば十分だと思っていたけど……ナーティ様が授けてくれた色々なスキルのおかげで、魔法を覚えるのは楽しい。
 魔法に武術が必要なら、それも頑張ってみたいと思った。
 こんな前向きな気持ちになるなんて、前世では考えられなかったな……。
 そんなわけでネルの提案により、定期的にクマノさんと組み手をしてもらうことになったのだ。
 これが中々大変で……手加減はしてくれているんだろうけど、やはり熊……怖いのだ。
 二時間ほど組み手をしたところで、ネルがにゃーんと鳴く。
 それを合図に、私たちは動きを止め、再びお辞儀をする。
 クマノさんたちと出会ってから二ヶ月。初回は一撃でやられていた私も、だいぶまともに相手をしてもらえるようになった。
 組み手の後は、クマタロウくんとじゃれて遊ぶ。
 私がクマタロウくんをわしわしと撫でていると、ゴロンとお腹を見せて寝転がる。
 ずんぐりむっくりでまん丸な姿はとても愛らしくて、頬がゆるむ。
 ころころしたお腹を撫でていると、クマタロウくんはご満悦な様子でなすがままになっている。
 ちょっと手を離すと、寂しそうな顔でこちらを見る。『もう撫でてくれないの?』と言わんばかりで、キュンキュンしてしまう。ついハイテンションになって、クマタロウくんをもふりまくる。

「ここ? ここが気持ちいい? あぁ~この毛並み、癖になっちゃうよぉ~」

 クマタロウくんとの触れ合いを満喫していると、普段は大人しく私たちのことを見守っているクマノさんが、突然立ち上がった。

「クマノさん? どうかした?」
「グルルルル……」

 クマノさんが牙をむき、唸り声をあげる。クマタロウくんもどこかおびえた様子だ。
 どうやらクマノさんは、茂みの向こうを威嚇いかくしているみたい。
 私はクマタロウくんをクマノさんの側に避難させて、様子をうかがってみることにした。



 2 初めての魔物


「ネル、ブック」

 こんなクマノさんを見るのは初めてだ。もしかして、未知の生物なのかも……。

「茂みに何か潜んでいるみたい。なにかわかる?」
《狼の群れとおぼしき生態反応があります。中でも、一体だけ異様に能力値の高い個体がいます。狼が魔物化してウィンド属性を得た【ウィンドウルフ】と推測します》
「魔物化⁉」
《魔物化とは、動物の心臓が魔石化して起きる現象です。そうなると通常の動物と違った特別な能力を手にし、戦闘能力が高くなり、魔法を行使します。また、もともと群れを作る動物なら、群れを統率して襲ってくることもあります》

 魔法だけじゃなく、魔物も存在するなんて……そんなの、私で勝てるの⁉
 狼二、三匹くらいなら相手にできるようになってきたけど、今回は群れだ。魔物なんて、初めて遭ったし……。
 茂みがガサガサと動く。はっと本から顔を上げると、狼たちが走ってきた。

「あーもう! 考える時間くらいちょうだいよ! 第二ダブルライト・バリア!」

 私はライト属性の魔法でドーム状のバリアを作り、自分とクマノさんたちを囲む。
 数匹の狼が飛びかかってきた。吠えたり唸ったりしながら、爪や牙を突き立てる。
 だけど、バリアを破ることはできない。
 少しだけほっとしていると、暴れる狼たちの後ろから、巨大な影が現れた。
 普通の狼たちより身体も爪も大きくて、口からは牙がはみ出している。緑色のたてがみが逆立っていて、見るからに狂暴そうだ。
 あれが――ウィンドウルフ。

「グルルルル……」

 ウィンドウルフが唸り、襲ってくる。爪が触れると、バリアが破れた。

「きゃあ⁉」

 狼たちの攻撃に耐えていたバリアが、風船を割るように簡単に弾けた。
 ウィンドウルフの爪が、私に振り下ろされ、思わずしゃがむ。

「――⁉ クマノさん!」

 衝撃が来ないので顔を上げる。クマノさんが、私とウィンドウルフの間に立ち塞がっていた。
 クマノさんは両腕でウィンドウルフを押さえつけている。その足元には、ポタポタと血が垂れていた。
 私をかばって怪我をしたんだ……。

「クマノさん! 私はいいからクマタロウくんを連れて逃げて!」

 いつもなら言うことを聞いてくれるクマノさんが、私の叫びを無視して戦う。
 ウィンドウルフの前脚をつかんで、投げ飛ばした。
 どうしよう……クマノさんはクマタロウくんと私を守りながら戦っているんだ。
 私の使える魔法は第二ダブルランクまで。でも、第二ダブルライト・バリアはあっさり壊された。
 これじゃ、打つ手がない。だけどこのままじゃ、クマノさんが……。
 不安と恐怖で、ぎゅっと目をつむる。

『――サキ様』
「え、誰⁉」

 頭の中に、声のようなものが聞こえた。

『ネルです。戦闘中につき、直接思念を飛ばしています。サポートが必要ですか?』

 直接――って、そんなことできたの⁉ でも、今気に留めてる余裕はない!

「ネル、ウィンドウルフを倒したい。クマノさんとクマタロウくんを守りたいの、できる⁉」
『可能です。【付与魔法エンチャントマジック】の行使を提案します』
「エンチャントマジック?」

 そういえば、初めに魔法を練習した時に聞いたような……。

付与魔法エンチャントマジックは、魔法にさらに魔法を重ね、様々な効果を……』
「説明はあとで聞くから! やり方を教えて!」
『個体名クマノ、個体名クマタロウを、第二ダブルライト・バリアで囲み、そのバリアにさらにフレアの魔力を込めます。以前にもお伝えしましたが、魔法発動に必要なのは、魔力・媒体・イメージです。今回の付与魔法エンチャントマジックではバリアの魔法陣を媒体として、さらに炎の魔力を付与します。イメージするものは、サキ様の世界でいう地雷です』
「じ、地雷⁉ そんなものイメージしろって言ったって……あぁもう! わかった!」

 地雷ってことは、つまり触れたら爆発するイメージをすればいいんでしょ⁉
 投げ飛ばされて倒れていたウィンドウルフが身体を起こした。こちらを血走った目でにらむと、すごい勢いで走ってくる。

『では、唱えてください。【二重付与ダブルエンチャント・フレアバリア】』

 精一杯集中して、口にする。

二重付与ダブルエンチャント・フレアバリア!」

 第二ダブルライトにより透明なバリアが発動する。それが赤色に変わり、クマノさんたちと私を囲んだ。
 今までと違う……これが、付与魔法エンチャントマジック
 飛びかかってきたウィンドウルフの爪がフレアバリアに触れる。
 バリアの外側で大きな爆発が起きた。
 同時にバリアが弾ける。もうもうと煙が立ち込め、ウィンドウルフが見えなくなる。
 それが晴れると、ウィンドウルフはふらふらになっていた。
 クマノさんがウィンドウルフを爪でなぎ払う。
 ウィンドウルフはすさまじい悲鳴をあげ、よろめきながら逃げ去ると、他の狼たちもあとに続いて森の中へ走っていった。
 クマノさんは安心したのか、その場でぐったりと横になった。

「クマノさん!」

 私とクマタロウくんは、慌ててクマノさんへ近づく。見ると、お腹に深い傷を負っている。

「早く治さないと!」

 私はクマノさんの傷口に手を向ける。第二ダブルで、間に合えばいいけど……。

第二ダブルヒール……」

 私の手から柔らかな光が放たれ、少しずつだけど、クマノさんの傷が治っていく。
 時間はかかったものの、そのうちに完全に傷が塞がった。起き上がったクマノさんが、クマタロウくんの顔を舐める。
 元気そうなクマノさんを見て、ほっとする。

「よ、よかったぁ……」
『お疲れ様でした。サキ様』

 頭の中にネルの声が響いた。振り向くと、本の姿のネルが、ふよふよと浮いている。
 そういえば、猫に戻すの忘れてた……。

「うん、ネルもね……。それにしても、話せるなら最初から言ってよ!」

 本のページがペラリとめくれ、文字が浮かぶ。

《サキ様が森での読書生活を希望しておられたので、本の姿で会話していました。この【思念伝達しねんでんたつ】のほうがよろしいですか?》

 そ、そんな理由で……⁉

「じゃあ、今度からその魔法で、直接話しかけてね……。あぁ……それにしても今日は疲れたわ。早く帰りましょう」

 私は念のためクマノさんたちを巣穴に送り届けた。それから、自分も洞窟に戻る。
 部屋に入ると、どっと疲れが襲ってきた。猫に戻ったネルを抱っこしたまま、ベッドに倒れ込む。
 頭の中は、今日の戦いのことでいっぱいだった。
 バリアに襲いかかってくるウィンドウルフの姿がまだ目に焼き付いている。
 あのウィンドウルフ、簡単に私のバリアを破った……。
 今回はクマノさんの助けを借りてなんとか追い返せたけど、クマノさんは重傷を負った。それに、私たちを恨んでまた襲ってくるかもしれない。
 ……このままじゃだめだ。


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