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第一章

第11話 相棒

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 朝。
 特筆すべきことなんて何もない、ただの朝の5時である。

 あれから一晩が経過した。
 あの青年たち──地下フロアのはどうなったかというと、謝罪も兼ねて家まで送り届けた。殺してはいない。

 犠牲は少ないほうがいい。無駄なことをして、後々失敗に繋がるような要素を追加したくないからな。


 さて。

 昨日の散乱した衣類から察するに、《シルビア》は仕事のない日はゆっくり起きているのだろう。
 ことあるごとに師匠っぽく振る舞ったりお姉さんポジを守ろうとしているが、実際はだらしない性格だと思わざるを得ない。

 10時半くらいにあのきれいな銀髪をぼさぼさにして部屋から出てくるに違いない。

 今はまだ5時。時間はたっぷりある。


 今日から何をするべきか。


 ……ダメだ、何も思いつかない。

 に関する情報は、《ファリス》を通して組織の幹部ら総出で探している。
 まず情報がないことには始まらない。よって今やるべきことではない。

 幸い、今は組織としての仕事はない。下っ端の構成員たちには、それぞれの住む地域の治安維持に貢献しろ、とだけ言っておいた。

 金ならもう持ってこさせたから、生活にも困っていない。
 カナが目を覚ませば、本格的に動き出せるのだが……そんなことを言っても仕方がない。


 こういうときは外出するのが一番だ。
 頭をクリアにして、やるべきことを考えよう。


 ◆◆◆



 俺は、先日の事件で気を失った人々が眠る病院に来た。

 中でも、未だに目を覚さない患者だけには個室が与えられているようだ。

 一応ノックし、病室に入ると、そこは思っていたよりも綺麗な部屋だった。


「おはよう。って、こんな時間じゃ起きないよな……」
「……」

 視界に映るのは、同じ13歳にしては少し背の高い、ボーイッシュな藍色の髪の少女。

 坂入カナタ──カナの様子を見にきたのだ。


 カナはまだ眠っている。あれから六日が経過し、気絶した約半数以上が目を覚ましたというのに。



「……はあ」

 いつも持ち歩いている手鏡を見ると、力なくうなだれる自分がいた。


「カナの前では、弱いところは見せないって決めてたんだけどな……」

「なあ。起きてくれよ……」

 当然、声は届かない。

「いつもみたいにクスっと笑って、『かわいい』ってからかってくれ……」

 思い出がまぶたの裏を駆け巡る。
 だが、それも……。



「なら、俺が代わりに言ってやろうか?」



 後ろから急に声がした。
 それはよく聞き慣れた声で、でもここにいるはずのない声で。

「罵倒だけ、だけどな」


 とっさに振り返る。
 すると、そこには──


「よっ! 久しぶり。まだ生きるようでよかったぜ」


「お前……なんで、ここに……」

 数秒間、思考が停止した。


「将馬……」



 ――ケアン・フォン・セルシオ卿、もとい、前世からの相棒・嘉田かだ将馬しょうまがいた。

 なぜ、お前がここにいる……手紙を読まなかったのか?


「なんでここにいると思う?」
「……わからない。なんでここに来たんだ……」


 お前がここにいては、何もかもが破綻するじゃないか。
 あの飛脚が荷物を運ぶ際、手紙を落としたのだろうか。


「……はあ。……本気で分かってねえみたいだな…………ふざけてんじゃねえぞ、

「今の俺は《ヒットマン》だ」


 真名ではないとはいえ、三番目の名前をあまり呼ばないでもらいたい。

「んなことはどうでもいい」


「俺がここにいる理由? 決まってんだろ……っ!」


 鋭いパンチが俺の顔面に炸裂。そのまま後ろに飛ばされそうになる。

 体勢を崩して倒れこむ俺の胸ぐらをつかむ将馬は、なぜか起こっているように見えた。


「てめえの惚れた女を他人任せにするクソ野郎を、ぶん殴りに来たんだよ!!」


 初めて受けた親友の拳は、とても痛かった。

 そして、その言葉の中にあるを正すのは、ずっと後になりそうだなと思った。


 ◆◆◆



「ここは病室だ。騒ぐな」
「そうだな……悪い、つい熱くなっちまった」

 その言葉には同意したのか、彼は椅子を二人分出して座った。
 隣に座る。


「俺はお前に言いたいことがある。が、それはあとでいい。……ケアン、いや、将馬。お前、俺に聞きたいことがあるんだろ?」

 俺の言いたいこととは、将馬の発言に対するただの訂正にすぎない。

「ああ、そうだ」


「お前はなんで、を俺に送ったんだ?」

 将馬は収納魔法で、大量のそれらのうちから一つだけ取り出した。


と、だ」

「それは見ればわかる。俺はお前のスキルの正体を片方は知ってるからな。……そんなことを聞いてるんじゃねえ」


「なんでお前は、って聞いてんだ」

 出てきたのは、
 それらは全て

 なぜか?
 簡単なことだろう。


「死んだところで、痛いくらいしかがなくなったからだ」

 話を続ける。

「俺は生物として、絶対不可侵の障壁たる死を克服した。早い話、死んだほうが効率が上がるんだよ」


「どういうことだ?」

 納得いかない、という顔をしている。
 少し確認しておこう。


「いいか。俺の『コピー』は、その時の自分のベストな状態とまったく同じ状態の肉体を用意できるスキルだ。そして、肉体生成に必要な代償はない」

 将馬は黙って聞いている。

「つまり、俺はいくら殺されても、死ねないんだ。コピーの時間を止めておけば、本体が老いて死んでも若い肉体でまた復活する。ここまでは知ってるよな?」

「ああ。そこまでは、な」


「そして、ここからが重要だ。……転生するときに女神にも言われたが、人間の魂は必ず一つだ。それを複製コピーすることはできない」

 問題は、次のフレーズ。

「だが、といえば話が変わる」

 そう、今の俺とまったく同じ状態。
 これが、このスキル最大のメリットだ。

「生物は肉体を動かすことができる。当たり前だ。俺達には脳があり、からだ」
「まあ、そうだな」

 なんの確認か、将馬は自分の腕を持ち上げてそれを確かめた。


「意志があるものをコピーした。なぜと決めつける?」


「……まさか…………」


 ようやく分かったようだな。
 まあ、こいつもバカではない。単純に発想力の問題だ。


「俺の『コピー』は、を作るスキルだ。コピーには魂自体は宿らないが、明確な意志は確実に存在する」


 《シルビア》はもう、その事実になんとなくだが勘付いている。
 昨晩の会話はだ。


「…………伊吹。お前はどへだ?」


「安心しろ。俺は原本だ」


 他のコピーは違うが、

 こいつは俺のスキルについて、不可解な部分をすべて理解したようだ。
 それでも、あと一歩足りないけどな。

「現在、お前に送った17人を除いて、俺が何人いると思う?」


 考え込む将馬。
 
「普段からあの量を作っているとは思えないな、5人くらいか?」


 だいぶ少なく見積もったな。

「不正解だ」
「だろうな」

「この星にいる俺の数は、すでに四百を超えている」


「…………」

 口をぽかんと開ける将馬。

「ええと、なんでそんなにいるんだ?」
「ここから先は、俺も大学に入ってから知ったんだが……」


「俺のコピーが得る情報は、


 俺はこのスキルの詳細を打ち明けた。

 コピーが得た知識や経験・思い出は、本体である俺にも全く同じ知識や経験、思い出として、全く同じタイミングで蓄積されるのだ。複製物が何か特殊な能力を体得すれば、俺は何もしていなくともその能力を体得できる。

 俺は、俺という命は、俺一人で完結する。

 また、基本的にはコピー→本体に情報が行くが、本体もその意志に応じてコピーに情報を同期させることができる。


 例えば、本体とコピーの二人で、スーパーへ食事の買い出しに行ったとする。

 ……異世界の世界観は守れないが、あくまで例だからな。こっちの世界はそこまで品揃えが良くないのだ。


 コピーが牛乳をカゴに入れるとしよう。
 本体は「コピーが牛乳を取ってくれた。自分は牛乳を買う必要はない」と瞬時に脳に刷り込まれるわけだ。

 また、コピーが気づかないだけで、その牛乳の消費期限が明日だったとする。

 それに気づいた本体が「その牛乳は消費期限が迫っている。もう少し長いやつにしろ」というメッセージをコピーに送る。
 もちろん、消費期限に余裕があればこの情報を送る必要はない。ここは意志だ。

 するとコピーは、メッセージの送信と同時にその情報を受信することができるのだ。


 こうしてコピーは明々後日の牛乳をかごに入れ、本体は同時に別の買い物に専念できる、というわけだ。



「わかったか?」

「……まあ、理解はしたけどよ……」


 これを《シルビア》が聞けば、きっと疑問は解決するのだろう。


 俺は自分のコピーに組織のボスを任せているのだ。
 だからマスターは《ファリス》とまったく同じタイミングで俺の姿を見ることができたし、《ファリス》は本体の俺を、普段のボスというコピーとは違う雰囲気だと感じた。

 雰囲気が違うのは、単に経験している情報量が違うからだ。

 今こうしているときにも、俺のコピーは畑を耕し、魔法の研究を進め、人を殺している。
 ただ非合法組織のボスをやっているコピーより、コピーたち全ての経験を同時に得ている俺のほうが性格が豊かに決まっている。

 ……本体のほうが性格が悪い、とは思いたくない。断じて。


「でもよ、400人分の情報量をどうして捌けるんだ? 確かにお前は要領がいいけど、無理があるだろ」

 と、将馬が疑問を呈す。
 確かにその通りだ。たった一人の人間にそんな膨大な情報を与えれば、脳にとんでもない負荷が掛かり、きっと頭がパァになってしまうことだろう。

 生物には限界がある。だが、俺にはそれができている。
 ではなぜか。

「前に言っただろ?」


「俺にはスキルが二つある。……まあ、そっちのほうは言えないけどな」
「企業秘密かよ」

 将馬はため息をついた。

 そもそも、四百人全員を同時に動かせるわけがないだろう。二つ目のスキルだって、そこまで有能ではない。
 重要な役割以外のコピーは作っては消しを繰り返したり時間を止めて、なるべく負担の軽いようにしているのだ。

「まったく……まあ俺はお前のことをよく知ってる」

「合理主義で、自分のやりたいことよりもやるべきことを優先する。お前はそういうヤツだ」
「だから今回も、そんなことだろうとは思ってたけどよ」


 彼は俺の目をまっすぐ見て言った。

「それでも」

「伊吹。簡単に『死ねばいい』なんて言うんじゃねえ。絶対に、だ」

 その言葉は彼ーーーー嘉田将馬が経験した、人生の全てが質量に変換されていた。

「お前は人間だ、機械じゃない。痛いものは痛いと感じるし、つらいものはつらいと感じるはずだ。お前は、感情を持った人間だ」

 俺には感情がある、と、初めて言ったのもこいつだった。
 彼には俺がどう映っているんだろう。何かを求める欲望も、権利もないこの俺が。

「『やりたいことだけやればいい。やりたくないことなんかサボっちまえ』……お前が俺に言ってくれた言葉だ」

 違うぞ、将馬。
 その言葉は……。

「だから、えーと……何が言いたいのかって言うと……」


「死ぬのが辛いなら、無理に死ななくていい。効率よくしたいなら、まず自分が一番辛くない方法を選べ。寄り道したっていいじゃねえか。人間、近道したヤツより遠回りしたヤツのほうが、色々と豊かなんだぜ」


「全部一人で抱え込むな。他人ひとを信じろ、俺を頼れ」



「カナタちゃんのことなら、お前が守ればいいじゃねえか。一緒にいたいんだろ?」


 一緒にいたい、というその言葉に俺はわずかな違和感を覚えながら、でも確かに一緒にいたいのかもしれない、と結論づけた。

 そして俺は、素直な気持ちを将馬に伝えた。

「……ありがとな、将馬」
「俺はお前と、昔みたいにバカやっていたいだけだ。カナタちゃん起きたらさっさとこの件終わらせて、みんな仲良く留年しようぜ」


 ああ。
 こいつはやはり、いい奴だ。















 やはり。



 俺とは違う。
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