上 下
9 / 24
序章 その男

第9話 準備

しおりを挟む
 ◆◆◆



「おっと……これは大変そうだな……」


 愚痴の一つもこぼしたくなる。

 護衛が三人、見張りが二人。
 普通に行って普通にやればいいものの、そこで俺のこっちの身分を師匠に見せれば詰み。
 あの男は俺がボスだと知っているから、変装してもバレたりしたら逆効果。

 さらに、無関係の客が二人。やりづらいな。


 ……まて。なぜ工夫する必要がある?

 今回のミッションは消すことであり、その定義については《シルビア》も示唆していた。

 ならば────いけるかもしれない。



 無意識に、頭を掻いた。



 よし。俺の完全勝利だ。

 思い立ったときから実行というのがモットーな俺は、すぐに後ろを振り向き、師匠にちょっとしたお願いを聞いてもらうことにした。


「………………はぁ……」

 整えていた呼吸をあえて崩し、聞こえるけど気にならないくらいの音量でため息をつく。

 師匠は気づいたようだが、何も言わない。ある意味これは、そういう試験でもあるからだ。


 だが試験なんてことは気にしない。《シルビア》が何者かは知らないし、俺には俺のやり方がある。


「師匠。なんていうか、その……これは個人的なお願いなんですが……」
「ん、いってごらん」

 少し躊躇いがちな姿勢になる。

「ここからは、全て俺一人でやらせてくれませんか……?」
「そっか。……けど、普通は認められないよ。これは仕事だからね」

 残念だが、といった目をしている。
 そうだとも。だから頼んでいるのだ。

「俺、幼い頃からあの人にはよくしてもらってたんです」
「でも、結局彼を消すのは一緒なんだよ?」


消しますから」


 師匠は少しの間驚いた表情をすると、朗らかな笑みで承諾してくれた。

「まさか、もうそんなことを言うとはね。……いいよ、好きにして。弟子くんのお手並み拝見といこうじゃないか」


「じゃあ、私はマスターさんに君のことを聞いてみようかな」

「あはは。マスターは俺のことなら大抵知ってるから、余計なこと言わないか心配ですけど」

「そこも楽しみにしておくよ。頑張ってね!」

「はい!」

 
 そうして師匠は早々にその場を立ち去った。




「さて、殺すか」


 組織に裏切った者がどうなるのかは、なんとなく想像できると思う。



 俺は師匠が出ていったのを再確認すると、一歩一歩、使い慣れた義肢でゆっくりと階段を降りた。

 革靴の品のある足音と、硬質な冷たい金属音が乾いた木製の階段の音と重なり、地下フロア内を木霊こだまする。


 全員の視線が、シンプルかつ奇抜な出で立ちの少年に注がれる。

 なかでも俺を見た瞬間、余裕のない様子でダンディなおじさんが駆け寄ってきた。


「ボス! ご無事でしたか!」

 少しブラウン気味な黒髪と白髪が入り混じり、手入れの行き届いた髭。
 ざっくり言うと、清潔感のある長身のイケオジ。

 そう、こいつだ。

「やあ、《ファリス》。今日はちょっとした話があってね」

「話、ですか……」

 こちらも話をしたい、という気持ちが伝わってくるが、およそ同じ案件のはずだ。

「ああ。今朝、あっちでお前と一緒に麻をさばいてたやつが屋敷内で暗殺されてね」

「クリフのことなら、はい、聞いておりますが」

 さすがに耳がはやい。

なんだが、あの商売はもう無理そうだ。諦めてくれ」

「そう、ですか……」


 まあ、

 本気で残念がるあたり、自分でも認めたくないが結果がわかっていたのだろう。

「そう落ち込むな」

「お前は優秀だが、自由な発想力に乏しいところがある。俺が部下に仕事を与えるのは、みな実行力と想像力が伴っていないからなんだ」

「はい、心得ております……」

 さらにしゅんとする《ファリス》。
 思い当たるフシがあるのだろう。


「そこで、早速俺の信頼する幹部、《ファリス》。お前に特別な仕事を与えよう」

 一瞬表情が明るくなったが、若干の遠回りな言い回しに疑問を抱いたらしい。この聡明さこそ、彼の幹部たる所以ゆえんである。

「特別な仕事、ですか?」
「ああ」


「詳しいことはあとで話すが、一度お前を消す」

「お前は、俺が時間稼ぎをする間――約二時間以内に指示する人物たちを調べ上げろ。結果は俺が店を出た時に聞く」

「なるほど、そういうことですか」

 互いの口角が釣り上がるのを感じる。
 頭がいいやつは好きだ。話が通じやすい。

「では、誰を?」
「三人探してもらう。最初に言う二人は関係ないんだが……」


「《シルビア》という人物」


 俺は彼女を組織に入れた覚えはない。


 だって、おかしいだろう。

 俺は構成員の素顔と仕事の顔、本名、そして《ネーム》を全て把握しているが、《シルビア》と会ったときはまるで覚えがなかった。


「そしてそいつを組織に入団させた者」

 それができるのは組織の幹部以上の階級をもつ者だ。

 小さな薔薇のタトゥー。彼女の腕にもあるのを見たが、あれはボスたる俺が直接、構成員の背中に魔力を注いで刻むものだ。

 きっと偽装魔法で見せられているものであり、本当は体のどこにも彫っていないのだろう。


 それだけではない。
 あのシンボルは…………。


「そして……ここからが問題の反逆者だ」


「麻の加工方法を商人に教え、麻薬を卸したと組織に密告してお前やクリフを抹殺対象にした者だ」



 さすがの《ファリス》も苦笑している。

「それはまた、随分と」

 嘆息気味だったが、《ファリス》は続けて言った。
「ですが、ご安心ください、ボス。前者に関しては既に知っております」

 役に立てると確信したのか、楽しそうに告げる《ファリス》。


 ……ああ、なるほどな。
 こいつならやりかねない。

「……うん。やっぱいいや」

「なぜですか!? これでも私、情報収集には自信アリですよ!?」

「いや、だってさ……《シルビア》拾ったのお前だろ。さっきも彼女が来たの、透明化してたけど多分見えてただろ」


 《シルビア》がこいつを普通に暗殺しようとしていたのも、きっと彼女には変装した顔しか見せていなかったのだ。

 でなければあの性格の彼女が、仮にも職場を紹介した人物を朝の散歩のように殺すわけがない。


「まあ、そういうわけだが……反逆者探しにあたって、一つだけ約束してほしい」

 探すことは簡単だ。
 だが……。


「確かなのは、反逆者の後ろに五日前の事件の首謀者────がいることだ」


 険しい雰囲気が二人を包み込む。

 そう。
 は俺たちにとって、報復すべき因縁の相手であり、ラスボスであり、なのだ。


「……分かりました。この件は慎重に進めましょう」
「それから、二時間、というのは《シルビア》に関する案件だ。もう必要ない」

 だが、やるべきことが残っている。


「ボス。クリフの仇、このアーノルドにとらせていただけませんか」


 アーノルド。

 入団以来、彼自身口にしなかった、彼の本名。


 《ファリス》は、いや、アーノルドは、それほどクリフのことが悔しいのだろう。


 そう。
 仇は討たねばならないものである。


 クリフが組織に属しているかといえば、そうではない。
 あいつは止むにやまれぬ事情から、組織に取り入って自分や家族の身を守ろうとしただけの一般人だ。

 社会的に見ればあまり良い人間ではなかったし、真の目的に気づかず彼や《ファリス》……アーノルドのことを密告した者にも、殺した《シルビア》にも思うところはない。


 だが、俺は組織の長である。

 毎日、構成員全員に温かいスープとパンを用意し、ベッドを整え、ネクタイを閉めさせて職場に来させる責任がある。

 クリフは他人から見れば保身と金が目当てのクズかもしれないが、人間は外側を見ても何も得られない。

 彼はその内実、義理堅く、人情に厚い男だった。
 ゆくゆくは俺や組織に恩返しがしたい、とまで言っていた。

 ならば。
 一人の社長として最大の敬意を示すべきである。


「……。俺は個人的に、クリフの仇をとりたい」

「協力してくれるか?」

 ぱあっとアーノルドの顔が晴れる。
 想定外の提案だ。俺がこういうことを言うのは滅多にないから、余計に嬉しいのだろう。

「ええ、もちろんでございます! 必ずや、クリフの無念を晴らしてみせましょう!」 
「ああ。これからもよろしく」

 さて、あとは師匠をごまかして反逆者を処すだけだ。

「ところでボス、クリフはうちの構成員が消したんですよね?」
「やったのは《シルビア》だ。ちょっとした事情があって、彼女が仕事に出るのを見た」

「そうですか、よかった……」

 アーノルドの安堵したようなため息に、俺は疑問を抱いた。

 ……よかった?

「どういうことだ?」
「いや、言い忘れておりました」

「私は契約魔法で、《シルビア》にの誓いを強いているのです。クリフはどこかで生きているはずですよ」



「…………まじかよ……」

 俺のやる気を返せ。

 ……ああ、だからあんなに殺人を否定していたのか。
 不殺の誓い、ねえ……。
 やつの頬に十字傷はまだあるのか?

 ああ、地球に戻りたくなってきた。

「店の表に出れば少女がいるはず。仕事の姿になって会いに行きましょう」






 ◆◆◆

 次回で組織入団編(いま名付けた)が終わります。
 今後の展開にちゅーもくっ!
しおりを挟む

処理中です...