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序章 その男
第7話 本物の天才③
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「というわけで、俺は仕事に出かけます」
とはいったものの。
「……いつ頃行ったほうがいいですかね?」
「なんか、意外と心配性なんだね」
対象の居場所はもう分かっている。
何時に、どこで、誰と、何をするかまで分かっている。
問題はこちらにある。
今回の案件、ただ密売人を処すだけではいけないようだ。《シルビア》に見つかっても問題のないやり方でなければならない。
きっと師匠は俺をつけるよう指示を受けているはずだ。なら、仕事に取り掛かるまえに撒いておくべきだろう。
大前提として、俺はこの手の仕事が一番得意だ。
しかし、今は《シルビア》の部下の身。彼女の指示通りに動かなければ。
まずそもそも武器がない。
では、どうするか。
簡単なことだ、先日の事件を参考にしよう。
俺は人間ではなく、魔族と呼ばれる種族に転生した。
事件以降まだ見つかっていないが、父の話によると、魔族は意のままに姿を変えることができるという。
魔族のもつ固有スキル「魔神化」。
だが、それは並大抵のことではないらしい。
一度経験すればほぼ制限なく変身できるそうだが、その初めての経験がなかなかやってくるものではないのだという。
「死の間際まで、諦めずに戦おうとすれば、オレたちのご先祖さまがちょっぴり力を貸してくれんだ」
「ま、そんな能力に頼らないほうが一番平和だけどな。……安心しろ。お前が子供のうちは、父ちゃんが意地でも守ってやる」
とても良い、父親だった。
――俺を守ると言った彼は、
もう、いない。
…………感傷に浸っている場合ではない。
つまり、理論上俺は自由にそのスキルを使えるというわけだ。
先日の事件でも俺は武装していなかった。
気が付くとそれまでも恰好と違っていて……身体が黒い鎧が身体のように変化していて、全身が紅色に染まっていた。
カナもいたから、まさに防衛本能が働いたのだろうか。少なくとも騎士たちはあれで殺せたようだから、使えれば問題ない。そう、そこが重要だ。
とにかく、あれを使えるか試さなければならない。
「師匠、ここからだと俺のいた町まで、どのくらいかかりますか?」
「そんなに遠くには移動してないし、家の外の森は私の幻覚魔法だからね。歩いて一時間もかからないと思うよ」
「わかりました」
ついでに武器も作っておこう。
地下の実験部屋にいけば、何かしら作れるはずだ。
「じゃあさ、手、出して」
すると《シルビア》が俺に何かを差し出した。
巾着のような袋だ。それもずっしりとした質量を帯びている。
「なんですか、これ」
「お金。少額だけど、食器類は買えると思うから」
渡されたのが少額でないことだけは確かだ。絶対に余る。
「余ったお金、着服したらどうするんですか?」
「そのために渡したんだよ。わかってるのに言わせないの、いい?」
「善処しまーす」
この人も悪い人間でないことは明らかだ。
だが、これは《シルビア》にとっても俺にとっても、あくまで業務内容の範疇である。
そうであると、信じたい。
「そのまま仕事に直行するので、晩ご飯は少し遅くなってもいいですか?」
「うん」
身支度を整え、自分の部屋に鍵を閉める。
内側から閉め、さらに施錠の魔法をかける。
窓から外に飛び出て、鍵の確認を済ませる。
俺も知らない方法で身元が割れると困る。今後も厳重に警戒しておこう。
「一言だけ言っておくよ」
玄関で靴を履いているとき、後ろから声がした。
振り返ると、《シルビア》は上司として警告してくれた。
「仮にも命をやりとりする仕事だ、自分の身を第一にね」
「……気を付けます」
振り向かずにそう返した俺に、彼女はもう一つ助言をしてくれた。
「それから」
「――殺すだけが暗殺じゃない。これだけは、絶対に忘れてはいけないよ」
俺があの事件を思い出したとき、彼女は自分を責めるな、とも言った。
人を殺すことの本質を、心で理解しているのだろう。
「いい報告ができるよう、頑張ります」
「ああ。頑張ってね」
「いってらっしゃい、《ヒットマン》!」
弟子を鼓舞しようと見送ってくれる師匠に対し、大きな声でこう言った。
「はい! 行ってきます!」
◆◆◆
俺は今、実家の地下室にいる。
武器を作るためだ。ここは俺が昔、勝手に地面を掘り起こして作った実験部屋。
異世界の物理や力学、化学についての研究を行っていた。
土魔法の応用で鉄を生成し、そのまま変形して弾薬を作る。
拳銃はすでに何度も作ったから、設計図を見なくてもパーツを生み出して組み上げることができる。
火薬はない。この世界に材料がないのではなく、単に在庫切れだ。
代わりに爆裂魔法を使う。
魔力の緻密な制御が必要とされるが、この手法もすでにテスト済みである。
一時間ほどで完成した。
試し撃ちでも動作に問題はなかった。やはり無駄な知識でも貯めておいて正解だった。
念のため、銃以外にもいくつか小道具を作っておいた。
そして、スキル「魔神化」の発動にも成功した。
あのときの心境を思い出すだけでスキルが発動できた。発動に慣れればこの姿だけでなく、レパートリーも増えると思う。
鏡を見てみると、確かに自分の身体ではなかった。
まず、頭部もあれば顔の形に似た部分もあるが、動物の顔という気がしなかった。というか肉体と呼べる代物ではなかった。
身体の作りがすべて重く硬いナニカでできたようだ。全体的に元の俺より大きくて、あと目のような形のが赤かった。
まるで中身のない鎧のような気がして「ああ、これが俺なんだな」と素直に受け入れられた。
自由なタイミングでスキルも解除できた。
魔力などの消耗もあまり感じない。確かにこれは便利だ、愛用しよう。
◆◆◆
実家は外から見れば半壊状態にあるが、中は思ったよりもきれいな状態だった。
自分の物を《シルビア》の家に持ち帰るため、家の中を見て回った。
思い出が鮮明に蘇る。
ここで父と母、そして弟と妹とともに暮らしていた。
俺が大学から帰ってきたとき、父と母はいたが二人はいなかった。
なんでも、俺の影響を受けて二人で俺の通うスキル大学の入試を受けに行ったのだと言う。
元々その話は聞いていた。俺の寮の部屋を貸すよう先に頼んでおいたので、今頃向こうで試験勉強中だろう。
二人にも話さなければならない。
両親の死を。
思い出すのは、塩と砂糖を間違える、ちょっとドジで優しい母。
俺の耳元で「すり替えてやったぜ」と小声で教えてくる、やんちゃで愉快な父。
そして、「あー!」と言って母に密告する弟たち。
俺が何かに悩んでいると、すぐに隣へやってきて、何時間も一緒に考えてくれる母。
俺が人として間違った判断をすると、「それは違うぞ」と言って真剣に向き合ってくれる父。
自分が暇になったとたん遊んでくれと走ってきて、やたらチャンバラを薦めてくる弟。
俺がひけらかすマニアックな知識を、待ってましたとばかりに楽しそうに聞いてくれる妹。
顔などないはずなのに、中身さえもないはずなのに――
――大粒の涙が、溢れ続けた。
そして。
涙は、もう、出し切った。
収納の魔法で思い出の品を片っ端からつめる。
「魔神化」で前世の俺の姿――といっても、年齢が違うだけで体は前世のものと同じだが――に変身する。
父のお気に入りの白いジャケットとズボン、青いシャツに身を包み、母がくれた白の中折れハットをかぶる。
なぜこれしかないんだ……などという不満は言えるはずもない。
父がたまに吸っていた喫煙パイプに、俺が父に送ったマッチとタバコを袋に入れてポケットに忍ばせる。
マイケル・ジャクソンの衣装のような姿になってしまったが、まあ、悪くないだろう。俺は彼の曲が好きだ。
それに、これがそういう試験である可能性も0ではない。白い格好でいるべきだ。
もちろん、師匠に今の弟子の技術を見てもらいたい、という気持ちもあるが。
◆◆◆
一度外に出て、食器を買った。
収納の魔法を使って荷物を持たずにここにきた。
まさかコップ一つのために、街中……壊れていた街も恐るべきスピードで復興していたが、その臨時の出店を駆け回ることになるとは思わなかった。
別の目的もあったので、まあ仕方がなかった。
結果として七件もの店を回ったが、先日の戦いの余波で割れてしまったのだという。
要するに俺のせいである。ごめんなさい。
忘れ物をしたので、再び実家に戻ってきた。
まさかアレを忘れるとは。
忘れ物は無事見つかった。
きっと師匠も、俺が何を忘れたのかは見えないだろうが安心しているはずだ。
地下室のものも全て収納したし、この家はからっぽである。もうここに用はない。
というわけで。
俺は窓から飛び降りるやいなや、街のいたるところに仕掛けてきた発煙筒を一斉に起動させた。
これで師匠は確実に撒ける。あとは対象の暗殺だけだ。
「行くぞ《ヒットマン》。仕事の時間だ」
とはいったものの。
「……いつ頃行ったほうがいいですかね?」
「なんか、意外と心配性なんだね」
対象の居場所はもう分かっている。
何時に、どこで、誰と、何をするかまで分かっている。
問題はこちらにある。
今回の案件、ただ密売人を処すだけではいけないようだ。《シルビア》に見つかっても問題のないやり方でなければならない。
きっと師匠は俺をつけるよう指示を受けているはずだ。なら、仕事に取り掛かるまえに撒いておくべきだろう。
大前提として、俺はこの手の仕事が一番得意だ。
しかし、今は《シルビア》の部下の身。彼女の指示通りに動かなければ。
まずそもそも武器がない。
では、どうするか。
簡単なことだ、先日の事件を参考にしよう。
俺は人間ではなく、魔族と呼ばれる種族に転生した。
事件以降まだ見つかっていないが、父の話によると、魔族は意のままに姿を変えることができるという。
魔族のもつ固有スキル「魔神化」。
だが、それは並大抵のことではないらしい。
一度経験すればほぼ制限なく変身できるそうだが、その初めての経験がなかなかやってくるものではないのだという。
「死の間際まで、諦めずに戦おうとすれば、オレたちのご先祖さまがちょっぴり力を貸してくれんだ」
「ま、そんな能力に頼らないほうが一番平和だけどな。……安心しろ。お前が子供のうちは、父ちゃんが意地でも守ってやる」
とても良い、父親だった。
――俺を守ると言った彼は、
もう、いない。
…………感傷に浸っている場合ではない。
つまり、理論上俺は自由にそのスキルを使えるというわけだ。
先日の事件でも俺は武装していなかった。
気が付くとそれまでも恰好と違っていて……身体が黒い鎧が身体のように変化していて、全身が紅色に染まっていた。
カナもいたから、まさに防衛本能が働いたのだろうか。少なくとも騎士たちはあれで殺せたようだから、使えれば問題ない。そう、そこが重要だ。
とにかく、あれを使えるか試さなければならない。
「師匠、ここからだと俺のいた町まで、どのくらいかかりますか?」
「そんなに遠くには移動してないし、家の外の森は私の幻覚魔法だからね。歩いて一時間もかからないと思うよ」
「わかりました」
ついでに武器も作っておこう。
地下の実験部屋にいけば、何かしら作れるはずだ。
「じゃあさ、手、出して」
すると《シルビア》が俺に何かを差し出した。
巾着のような袋だ。それもずっしりとした質量を帯びている。
「なんですか、これ」
「お金。少額だけど、食器類は買えると思うから」
渡されたのが少額でないことだけは確かだ。絶対に余る。
「余ったお金、着服したらどうするんですか?」
「そのために渡したんだよ。わかってるのに言わせないの、いい?」
「善処しまーす」
この人も悪い人間でないことは明らかだ。
だが、これは《シルビア》にとっても俺にとっても、あくまで業務内容の範疇である。
そうであると、信じたい。
「そのまま仕事に直行するので、晩ご飯は少し遅くなってもいいですか?」
「うん」
身支度を整え、自分の部屋に鍵を閉める。
内側から閉め、さらに施錠の魔法をかける。
窓から外に飛び出て、鍵の確認を済ませる。
俺も知らない方法で身元が割れると困る。今後も厳重に警戒しておこう。
「一言だけ言っておくよ」
玄関で靴を履いているとき、後ろから声がした。
振り返ると、《シルビア》は上司として警告してくれた。
「仮にも命をやりとりする仕事だ、自分の身を第一にね」
「……気を付けます」
振り向かずにそう返した俺に、彼女はもう一つ助言をしてくれた。
「それから」
「――殺すだけが暗殺じゃない。これだけは、絶対に忘れてはいけないよ」
俺があの事件を思い出したとき、彼女は自分を責めるな、とも言った。
人を殺すことの本質を、心で理解しているのだろう。
「いい報告ができるよう、頑張ります」
「ああ。頑張ってね」
「いってらっしゃい、《ヒットマン》!」
弟子を鼓舞しようと見送ってくれる師匠に対し、大きな声でこう言った。
「はい! 行ってきます!」
◆◆◆
俺は今、実家の地下室にいる。
武器を作るためだ。ここは俺が昔、勝手に地面を掘り起こして作った実験部屋。
異世界の物理や力学、化学についての研究を行っていた。
土魔法の応用で鉄を生成し、そのまま変形して弾薬を作る。
拳銃はすでに何度も作ったから、設計図を見なくてもパーツを生み出して組み上げることができる。
火薬はない。この世界に材料がないのではなく、単に在庫切れだ。
代わりに爆裂魔法を使う。
魔力の緻密な制御が必要とされるが、この手法もすでにテスト済みである。
一時間ほどで完成した。
試し撃ちでも動作に問題はなかった。やはり無駄な知識でも貯めておいて正解だった。
念のため、銃以外にもいくつか小道具を作っておいた。
そして、スキル「魔神化」の発動にも成功した。
あのときの心境を思い出すだけでスキルが発動できた。発動に慣れればこの姿だけでなく、レパートリーも増えると思う。
鏡を見てみると、確かに自分の身体ではなかった。
まず、頭部もあれば顔の形に似た部分もあるが、動物の顔という気がしなかった。というか肉体と呼べる代物ではなかった。
身体の作りがすべて重く硬いナニカでできたようだ。全体的に元の俺より大きくて、あと目のような形のが赤かった。
まるで中身のない鎧のような気がして「ああ、これが俺なんだな」と素直に受け入れられた。
自由なタイミングでスキルも解除できた。
魔力などの消耗もあまり感じない。確かにこれは便利だ、愛用しよう。
◆◆◆
実家は外から見れば半壊状態にあるが、中は思ったよりもきれいな状態だった。
自分の物を《シルビア》の家に持ち帰るため、家の中を見て回った。
思い出が鮮明に蘇る。
ここで父と母、そして弟と妹とともに暮らしていた。
俺が大学から帰ってきたとき、父と母はいたが二人はいなかった。
なんでも、俺の影響を受けて二人で俺の通うスキル大学の入試を受けに行ったのだと言う。
元々その話は聞いていた。俺の寮の部屋を貸すよう先に頼んでおいたので、今頃向こうで試験勉強中だろう。
二人にも話さなければならない。
両親の死を。
思い出すのは、塩と砂糖を間違える、ちょっとドジで優しい母。
俺の耳元で「すり替えてやったぜ」と小声で教えてくる、やんちゃで愉快な父。
そして、「あー!」と言って母に密告する弟たち。
俺が何かに悩んでいると、すぐに隣へやってきて、何時間も一緒に考えてくれる母。
俺が人として間違った判断をすると、「それは違うぞ」と言って真剣に向き合ってくれる父。
自分が暇になったとたん遊んでくれと走ってきて、やたらチャンバラを薦めてくる弟。
俺がひけらかすマニアックな知識を、待ってましたとばかりに楽しそうに聞いてくれる妹。
顔などないはずなのに、中身さえもないはずなのに――
――大粒の涙が、溢れ続けた。
そして。
涙は、もう、出し切った。
収納の魔法で思い出の品を片っ端からつめる。
「魔神化」で前世の俺の姿――といっても、年齢が違うだけで体は前世のものと同じだが――に変身する。
父のお気に入りの白いジャケットとズボン、青いシャツに身を包み、母がくれた白の中折れハットをかぶる。
なぜこれしかないんだ……などという不満は言えるはずもない。
父がたまに吸っていた喫煙パイプに、俺が父に送ったマッチとタバコを袋に入れてポケットに忍ばせる。
マイケル・ジャクソンの衣装のような姿になってしまったが、まあ、悪くないだろう。俺は彼の曲が好きだ。
それに、これがそういう試験である可能性も0ではない。白い格好でいるべきだ。
もちろん、師匠に今の弟子の技術を見てもらいたい、という気持ちもあるが。
◆◆◆
一度外に出て、食器を買った。
収納の魔法を使って荷物を持たずにここにきた。
まさかコップ一つのために、街中……壊れていた街も恐るべきスピードで復興していたが、その臨時の出店を駆け回ることになるとは思わなかった。
別の目的もあったので、まあ仕方がなかった。
結果として七件もの店を回ったが、先日の戦いの余波で割れてしまったのだという。
要するに俺のせいである。ごめんなさい。
忘れ物をしたので、再び実家に戻ってきた。
まさかアレを忘れるとは。
忘れ物は無事見つかった。
きっと師匠も、俺が何を忘れたのかは見えないだろうが安心しているはずだ。
地下室のものも全て収納したし、この家はからっぽである。もうここに用はない。
というわけで。
俺は窓から飛び降りるやいなや、街のいたるところに仕掛けてきた発煙筒を一斉に起動させた。
これで師匠は確実に撒ける。あとは対象の暗殺だけだ。
「行くぞ《ヒットマン》。仕事の時間だ」
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