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序章
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旧ブラウグルン共和国の首都であった港町ズーデハーフェンシュタット。
残暑の厳しい日々が続いていた。
一年半ほど前、ブラウグルン共和国の北で国境を接していた軍事国家ブラミア帝国は突然、共和国に侵攻した。約一年の戦いの後、ブラウグルン共和国は無条件降伏をし、事実上崩壊した。
そして、この街がブラミア帝国の支配下に入って約半年が経った。
街の経済活動は一部の例外を除いて以前の通り許されることになったので、占領される前の活気を取り戻していた。占領直後は貿易船の出入りは禁じられていたがすぐに入港が許され、今では港での貿易船の出入りも活発だ。桟橋に行くことがあれば、多くの船が停泊し、積み荷の揚げ降ろしを見ることが出来た。
表面的に見えるところで変わったところと言えば、主だった通りには監視のための帝国軍の兵士が数名ずつ立っているところだ。そして、貿易・船舶関係者以外は他の都市へ移動することは禁止されたままだ。さらに、一般市民の武器の所有禁止令が施行されている。
帝国の占領後すぐに設立された傭兵部隊。その隊長を務める元共和国軍の騎士ユルゲン・クリーガーは、汗ばむ額をぬぐいながら城の中を進む。
今日は、この街を統治している帝国軍の司令官であるボリス・ルツコイに呼び出され、彼の執務室を尋ねることになっている。どうやら、また新しい任務が発せられるようだ。
今度はどんな任務であろうか。
傭兵部隊は帝国軍と一緒に、共和国の復興を訴える旧共和国派やテログループの取り締まりの任務が主としている。
共和国が降伏直後、旧共和国軍による大規模な反乱があったが、それ以降発生するのは極めて少人数によるテロだ。半年が経ち、占領を続ける帝国軍による締め付けの効果もあって、そう言った過激派の活動も最近は下火になった。とはいえ、まだまだ彼らアジトの摘発の任務が我々傭兵部隊へ舞い込んでくる。そして、街の郊外の盗賊退治もまれにあった。
クリーガーは執務室に到着すると扉をノックして入室する。そして、扉を開けて中に入ると敬礼をした。部屋で待ち構えていた司令官ルツコイも立ち上がって敬礼を返した。
「ご苦労。まあ、座りたまえ」
「失礼いたします」
そう言ってクリーガーが椅子に座るのを確認すると、ルツコイは話を始めた。
「新しい任務だ。ダーガリンダ王国で大規模な落盤事故があったらしい。閉じ込められた坑夫達を王国軍兵士たちが救出活動を行っているが、兵の数が少なくて追いついていないらしい。そこで、帝国に支援の依頼が来た」
ルツコイは、その依頼文が書かれているであろう書類を、やや大げさに上に掲げて見せた。彼は身振り手振りが大袈裟だ。
ダーガリンダ王国。
ブラミア帝国の東、旧ブラウグルン共和国からは北東に位置する小さな国だ。帝国との国境となるボールック山脈が迫り、海とボールック山脈に挟まれたような南北に細長い国土となっている。
小さい国ではあるが、王国内の “鉱山地方” と呼ばれる土地から産出される “魔石” の量が非常に多く、それらは大陸で使用される大半を占めていた。
通常、魔術を使うには魔石の力を利用する。魔石がないと誰も魔術を使うことができない。魔石の“品質”によって、魔力の威力に違いが出て来るので、魔術師は常に良い魔石を探す傾向がある。
王国では魔石をはじめ宝石や銀、鉄、銅といった鉱物も採掘できるため、これらを諸国と取引し主な国家財源としていた。
ダーガリンダ王国での魔石の産出は多いのではあるが、王国自体では現在は魔術の使用は全面的に禁止されていた。それは二十数年前に王国で、“天才”と呼ばれた魔術師が国家の転覆を目論み、様々な魔術を使い軍と戦った。王国だけでなく近隣諸国にも被害が出たため、その教訓から王国は全面的に魔術の使用を禁止したのだ。
魔術を規制している国は、他に大陸の北の端にあるヴィット王国があるが、ヴィット王国では一部の魔術のみを規制しているだけで、全面的禁止ではない。
また、魔術を使う他の国々でも、過去の戦争の経験上、大規模な破壊や殺戮を伴う魔術は使用しないという不文律がある。
ユルゲンはルツコイの話を聞き、思い出した。
ブラウグルン共和国がブラミア帝国に占領される前、数年に一度程度の頻度でダーガリンダ王国の落盤事故などの救難の依頼があった。しかし、ユルゲン自身はそれに参加したことがない。
ルツコイは前のめりになって話を続ける。
「聞いたところによると、昔、ブラウグルン共和国はダーガリンダ王国からの救難活動を手伝うことがあったと。それで、王国はできれば、救難に慣れている旧共和国出身の者を派遣してほしいと言っている。そこで、君たちの出番だ」
「なるほど」
「早速、明日早朝、傭兵部隊の二百人全員でダーガリンダ王国へ向かってほしい」
「了解しました」
「海軍に船を三隻用意させた、それを使ってくれ。海軍司令官のベススメルトヌイフには、既に話を通してある」
「装備は通常でよろしいでしょうか?」
「構わないが、王国では崩れた土などを掘り起こす作業が多いだろう。シャベルなどの道具は、あちらで準備していると聞いている」
「わかりました」
「よろしく頼む」
今回の任務も斬り合いなどないので、さほど危険度は高くないだろう。ルツコイの話を聞いて、少々、気が楽になった。
クリーガーは立ち上がり、敬礼して執務室を後にした。
残暑の厳しい日々が続いていた。
一年半ほど前、ブラウグルン共和国の北で国境を接していた軍事国家ブラミア帝国は突然、共和国に侵攻した。約一年の戦いの後、ブラウグルン共和国は無条件降伏をし、事実上崩壊した。
そして、この街がブラミア帝国の支配下に入って約半年が経った。
街の経済活動は一部の例外を除いて以前の通り許されることになったので、占領される前の活気を取り戻していた。占領直後は貿易船の出入りは禁じられていたがすぐに入港が許され、今では港での貿易船の出入りも活発だ。桟橋に行くことがあれば、多くの船が停泊し、積み荷の揚げ降ろしを見ることが出来た。
表面的に見えるところで変わったところと言えば、主だった通りには監視のための帝国軍の兵士が数名ずつ立っているところだ。そして、貿易・船舶関係者以外は他の都市へ移動することは禁止されたままだ。さらに、一般市民の武器の所有禁止令が施行されている。
帝国の占領後すぐに設立された傭兵部隊。その隊長を務める元共和国軍の騎士ユルゲン・クリーガーは、汗ばむ額をぬぐいながら城の中を進む。
今日は、この街を統治している帝国軍の司令官であるボリス・ルツコイに呼び出され、彼の執務室を尋ねることになっている。どうやら、また新しい任務が発せられるようだ。
今度はどんな任務であろうか。
傭兵部隊は帝国軍と一緒に、共和国の復興を訴える旧共和国派やテログループの取り締まりの任務が主としている。
共和国が降伏直後、旧共和国軍による大規模な反乱があったが、それ以降発生するのは極めて少人数によるテロだ。半年が経ち、占領を続ける帝国軍による締め付けの効果もあって、そう言った過激派の活動も最近は下火になった。とはいえ、まだまだ彼らアジトの摘発の任務が我々傭兵部隊へ舞い込んでくる。そして、街の郊外の盗賊退治もまれにあった。
クリーガーは執務室に到着すると扉をノックして入室する。そして、扉を開けて中に入ると敬礼をした。部屋で待ち構えていた司令官ルツコイも立ち上がって敬礼を返した。
「ご苦労。まあ、座りたまえ」
「失礼いたします」
そう言ってクリーガーが椅子に座るのを確認すると、ルツコイは話を始めた。
「新しい任務だ。ダーガリンダ王国で大規模な落盤事故があったらしい。閉じ込められた坑夫達を王国軍兵士たちが救出活動を行っているが、兵の数が少なくて追いついていないらしい。そこで、帝国に支援の依頼が来た」
ルツコイは、その依頼文が書かれているであろう書類を、やや大げさに上に掲げて見せた。彼は身振り手振りが大袈裟だ。
ダーガリンダ王国。
ブラミア帝国の東、旧ブラウグルン共和国からは北東に位置する小さな国だ。帝国との国境となるボールック山脈が迫り、海とボールック山脈に挟まれたような南北に細長い国土となっている。
小さい国ではあるが、王国内の “鉱山地方” と呼ばれる土地から産出される “魔石” の量が非常に多く、それらは大陸で使用される大半を占めていた。
通常、魔術を使うには魔石の力を利用する。魔石がないと誰も魔術を使うことができない。魔石の“品質”によって、魔力の威力に違いが出て来るので、魔術師は常に良い魔石を探す傾向がある。
王国では魔石をはじめ宝石や銀、鉄、銅といった鉱物も採掘できるため、これらを諸国と取引し主な国家財源としていた。
ダーガリンダ王国での魔石の産出は多いのではあるが、王国自体では現在は魔術の使用は全面的に禁止されていた。それは二十数年前に王国で、“天才”と呼ばれた魔術師が国家の転覆を目論み、様々な魔術を使い軍と戦った。王国だけでなく近隣諸国にも被害が出たため、その教訓から王国は全面的に魔術の使用を禁止したのだ。
魔術を規制している国は、他に大陸の北の端にあるヴィット王国があるが、ヴィット王国では一部の魔術のみを規制しているだけで、全面的禁止ではない。
また、魔術を使う他の国々でも、過去の戦争の経験上、大規模な破壊や殺戮を伴う魔術は使用しないという不文律がある。
ユルゲンはルツコイの話を聞き、思い出した。
ブラウグルン共和国がブラミア帝国に占領される前、数年に一度程度の頻度でダーガリンダ王国の落盤事故などの救難の依頼があった。しかし、ユルゲン自身はそれに参加したことがない。
ルツコイは前のめりになって話を続ける。
「聞いたところによると、昔、ブラウグルン共和国はダーガリンダ王国からの救難活動を手伝うことがあったと。それで、王国はできれば、救難に慣れている旧共和国出身の者を派遣してほしいと言っている。そこで、君たちの出番だ」
「なるほど」
「早速、明日早朝、傭兵部隊の二百人全員でダーガリンダ王国へ向かってほしい」
「了解しました」
「海軍に船を三隻用意させた、それを使ってくれ。海軍司令官のベススメルトヌイフには、既に話を通してある」
「装備は通常でよろしいでしょうか?」
「構わないが、王国では崩れた土などを掘り起こす作業が多いだろう。シャベルなどの道具は、あちらで準備していると聞いている」
「わかりました」
「よろしく頼む」
今回の任務も斬り合いなどないので、さほど危険度は高くないだろう。ルツコイの話を聞いて、少々、気が楽になった。
クリーガーは立ち上がり、敬礼して執務室を後にした。
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