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軍法会議

被告 ユルゲン・クリーガー

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 弁護士は私を証人席に座らせるように言う。
 私はゆっくりと前に進み、証人席に座った。裁判長はそれを確認すると話しかけて来た。
「姓名と所属を述べよ」。
 私は、はっきりと答える。
「ユルゲン・クリーガー、帝国軍、ズーデハーフェンシュタット駐留皇帝直属遊撃部隊隊長」。
「次にユルゲン・クリーガーの功績を」。
 部屋の横に座っている書記官が私の経歴を読み上げる。
「大陸歴1654年3月20日、帝国軍ズーデハーフェンシュタット駐留第五旅団所属の傭兵部隊隊長に就任。大陸歴1657年3月20日、第五旅団所属傭兵部隊から皇帝直属遊撃部隊に組織変更後は遊撃部隊隊長。賞罰、帝国栄誉特別勲章、武勇勲章」。
 経歴の読み上げが終わると、検事が立ち上がり私に近づいてきた。
 そして、単刀直入に尋ねた。
「あなたは反乱分子の仲間ですか?」
「いいえ」。
 私は共和国派であることを否定した。これは、弁護士ムラブイェフと打ち合わせした上での発言だ。この発言に廷内の多くが改めて驚いたようだ。

 検事も驚きを隠せないようで、しばらくの沈黙の後、質問を続けた。
「まずは、皇帝の命令はモルデンではなくベルグブリッグに行くようにとあったはずです。なぜ行先を変えたのですか?」
「私が率いる遊撃部隊の隊員は、ほとんどが共和国の出身者です。隊員たちが共和国派を攻撃することには躊躇がありました。はっきりと共和国派に付く、と宣言するものもおりましたので、このまま進軍しても命令を遂行できないと思いました。そこで、モルデンへ進路変更しました」。
「命令が遂行できないなら、首都に戻るか、陛下にお伺いを掛けるのが筋なのでは?」
「命令を言い渡された時、陛下にも私は共和国の出身者が共和国派を討つのは抵抗があると、お伝えしました。しかし、我々以外に人員を割けないので我々に任せるとのことでした。もう一度同じ話をしても、同じ答えしか頂けないと思いました。そこで、私の独断になりますが、モルデンに向かいモルデンでの軍と住民との衝突を阻止することが順当だと思い、それを実行しました。それに、陛下にお伺いを掛けなかったのは、遊撃部隊の“遊撃”とは臨機応変に対応する、という風にとらえていましたので、独自に判断して行動しました」。
「モルデンの衝突を未然に防ぐことが、なぜベルグブリッグの鎮圧につながると思ったのでしょうか?」
「共和国派がベルグブリッグを掌握した後は、次の目的は一番近いモルデンだと思いました。ベルグブリッグの共和国派がモルデンの仲間と合流したら、モルデンが陥落する可能性はかなり高かったでしょう。その際、行われるであろう戦闘での犠牲者は住民や共和国派の義勇兵も巻き込んで、かなりの数に上ったはずです」。
「では次に、命令書を偽造しましたね。なぜ、命令書を偽造しようと思ったのですか?」
「モルデン駐留の第四旅団の指揮権を掌握する為です」。
「それは何故ですか?」
「それも、軍と住民の衝突を未然に防ぐためです」。
「命令書を偽造するまでもなく、皇帝から正式な命令書をお願いすればよかったのではないですか?」
「それには時間がありませんでした。本来のモルデンの司令官イェプツシェンコ旅団長が向かっている途中でした。彼らより先回りして、指揮権を掌握する必要があったのです」。
「では、少なくともイェプツシェンコ旅団長に相談して決めるということは考えなかったのですか?」
「モルデンに向かっていたのは、第四旅団と第五旅団の二つで六千人。さらにモルデンに残っていた第四旅団が五千人。合わせて約一万一千人。もし、第四旅団と第五旅団がモルデンに到着すれば、圧倒的に数が多いのでイェプツシェンコ旅団長やルツコイ旅団長は武力による鎮圧に出るのはほぼ間違いないと考えました。しかし、私は血を流さず事を治めたかったのです」。
 検事は、私が全面的に否定するとは思っていなかったようで、質問の切れ味が今一つだ。
「ルツコイ旅団長に投降した時、あなたは、自分で“反乱分子の仲間である”と言ったそうですね。それは事実ですか?」
「事実ですが、これは、陛下に直接謁見するための嘘です」。
「なぜ嘘をつけば陛下に謁見できると思ったのですか?」
「私は“英雄”として、陛下に何かと優遇して頂いておりました。しかし、そうでありながら共和国派に付いた理由を、陛下は知りたいと思うと考えたからです。そして、実際、その通りになりました」。
 検事は少し時間をおいてから、最後の言葉を発した。
「ありがとうございます。私からの質問は以上です」。

 検事は席に下がり、続いて弁護人が私のそばに歩み出た。
「さて、クリーガー隊長。先ほどと同じ質問ですが、命令書を偽造した理由を、もう一度述べてください」。
「モルデン駐留軍の指揮権を掌握する為です」。
「指揮権を掌握してどうするつもりでしたか?」
「兵士達を城に戻し、住民を攻撃しないようにです」。
「もし、兵士達が住民を攻撃していたらどうだったでしょう?」
「モルデンには共和国派が数百人いました。さらに、“ブラウロット戦争”の際に街は帝国軍に攻め込まれて焼け野原となりました。帝国に痛めつけられた住民は帝国に対して強い反感を持っています。反乱となれば住民の大多数が義勇兵として加わり、数万から十数万になることは容易に想像できます。そこに帝国軍が攻め込めば、住民は死に物狂いの抵抗となって大規模な衝突になったでしょう」。
「衝突になった場合、死傷者の予想はどれぐらいと見積もりますか。」
「兵士、住民合わせて少なくとも数千人かと」。
 弁護人はニヤリと笑って見せた。
「ここで彼の本当の目的を廷内の皆さんに伝えたいと思います。おわかりの通り、ユルゲン・クリーガー隊長は帝国に忠誠心が無かったのではなく、そして、帝国に反乱を企てようとしたのでありません。偽の命令書を利用することにより、モルデン駐留の帝国の兵士やモルデン住民の死傷者を最小限にするというのが目的だったのです。彼はモルデンの兵士達を城に閉じ込めることにより、逆に彼らの安全を確保したのです。最終的に士官と兵士達が一人の負傷者、死傷者を出さず全員解放されたのは、先ほどブルガコフ副旅団長がお話しされたとおりです。もちろん住民にも死者は出ておりません」。

 弁護人は裁判長の近くに歩み寄って続ける。
 廷内が弁護士のペースに飲まれてしまったようだ。
「先日、このモルデンの一件の直前、帝国と公国の間で戦闘がありました。帝国、公国双方で二万人の死傷者がでました。この作戦はイワノフ顧問が立案したようですが、もしクリーガー隊長に作戦立案を任せれば、最小限の被害で目的を実行できたのは疑いありません」。
 イワノフがいる前で、よくイワノフを非難する演説ができるものだと私は思った。
 弁護人は続ける。
「そして、その戦いでも、クリーガー隊長は皇帝の命令に従い、数の上で十倍以上のソローキンの重装騎士団と果敢に戦い勝利しました。これが忠誠心のない者に出来ますでしょうか? さらには先ほど話が出ましたが、“チューリン事件”の時、彼は逃亡もせず忠実に命懸けの命令を遂行しました。その結果、帝国栄誉特別勲章を受章しました。帝国出身者以外でこれを受章したのは、クリーガー隊長が歴史上最初です。彼の働きは誰もが認めることです。そして、今では、“帝国の英雄”とも呼ばれています。偉大な英雄かつ戦略家である彼を、国家反逆罪などと誤った罪を被せ、死刑にしてしまうのは帝国にとっての大きな損失です。彼と反乱分子が繋がっていたという確たる証拠はありません。検事から出されるものは、ほとんど状況証拠だけです。私は、はっきりと宣言します、これは冤罪です」。
 弁護人は廷内をゆっくりと見回してから言った。
「質問は以上です」。
 弁護人は後ろに下がり席についた。
 私も席から立ち上がり、弁護人の隣の席に戻った。
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