色彩の大陸2~隠された策謀

谷島修一

文字の大きさ
上 下
34 / 75
ソローキン反乱

ソントルヴィレの戦い1

しおりを挟む
 大陸歴1658年3月31日・公国首都ソントルヴィレ

 早朝、公国の空気は北方にあるため、帝国のそれよりも冷たい。吐く息が白くなるほどの冷たさだった。

 帝国軍全軍は整列し、攻撃の準備が整っていた。
 今日は全面的な戦闘になる。このような本格的な戦闘は“イグナユグ戦争”以来、三年ぶりだ。ソローキンは、久しぶりの戦いに血が騒いでいた。ほかの士官、兵士達もおそらくそうだろう。

 ソローキンは、馬上から全軍を見渡した。重装騎士団、騎兵団、歩兵すべてが整然と並んでいる。士気は決して低くない。さらに、我々は猛勇でその名をとどろかせている帝国軍だ、公国軍など取るに足らない。“イグナユグ戦争”でのモルデン攻城戦や、グロースアーテッヒ川の戦いなど、大きな戦闘でも勝利を獲得した。ソローキンが総司令官に就いてからは、これまで無敗だ。
 しかし、食料不足に陥っている帝国軍にとって、公国軍を攻めるために残された時間は実質的に今日一日。一気に勝負を決める。
 ソローキンは、もう一度そう自分に言い聞かせた。

 ソローキンは剣を抜いて、叫んだ。
「全軍、突撃!」
 上級士官によって号令が復唱されると、兵士達は鬨の声を上げて、前進を始めた。
 重装騎士団と騎兵団が先頭を切って突き進む。
 ソローキンの旅団は目標は敵の陣の西側の端、キーシンの旅団の目標は東側の端を目指して進撃する。その後、両旅団は中央に移動しながら攻撃を続ける作戦だ。
 今のところ、公国軍に動きはない。

 馬の蹄鉄の音があたりに響き渡る。湿った土を巻き上げながら重装騎士団は前進を続ける。
 街壁の向こう側から巨大な岩が放たれるのが見えた。街壁の中にカタパルトが配置されているようだ。
 次々と岩が落下し、大きな音と振動が伝わってくる。その都度、数騎が下敷きとなっていく。しかし、構わず帝国軍は進軍を続ける。

 ソローキンは、敵の陣地の柵までもう少しと言うところで、突然、馬が倒れ、地面に体を叩き付けられた。ほかの重装騎士団の馬も前のめりに倒れ、体が放り投げられる。
 ソローキンは、痛みをこらえて地面を振り返って見ると、そこに落とし穴が仕掛けられていた。穴に木の枝を支えに草や土が掛けられ、遠目にはそこが落とし穴だとは気が付かない。
 穴は、さほど深くはないが、馬の脚を止めるのには十分だ。後に続く部隊もしばらくの間、落とし穴に躓き、どんどん騎兵が倒れていく。
 さらに後ろの騎兵は、その場に停止した。それに続いて歩兵も後方に待機している。帝国全軍が停止した。

 ソローキンは自分の体を確認した。痛みはあったが、大したけがをしていないようだ。立ち上がり、公国の陣を見た、その瞬間、陣地から大量の矢が放たれた。
 帝国軍の兵士達は盾を構え矢を遮る。
 幸い、カタパルトの攻撃はこの場所では近すぎて攻撃できないようだ。
 しかし、このままでは、矢による被害が拡大してく。ソローキンは一旦撤退の命令を出した。
 陣地の反対側で攻撃を仕掛けようとしていたキーシンの旅団も、落とし穴の罠にかかり同様に撤退を開始していた。

 ソローキンは何とか馬にまたがり、元居た丘の方へ撤退を始めた。
 それを見た公国軍は、陣の柵の門を開き、追撃を開始した。
 陣の中央部、門の前に落とし穴が設置されていないところがあるらしい。そこを通過して公国軍は帝国軍を追う。
 相撃ちを防ぐため公国軍の矢の攻撃が止んだ。
 撤退するソローキンの背後から公国軍の騎兵部隊が襲い掛かる。ソローキンの部隊の兵士次々と討ち取っていく。追撃される帝国軍は、一方的に不利だ。

 一方、キーシンの旅団も公国軍に追われていた。重装騎士団が落とし穴に落ち、矢とカタパルトの攻撃が始まった時、素早く撤退を命じたため、ソローキンの部隊よりは早く移動を開始していた。
 キーシンは、後ろを振り返った。斜め後方から公国軍の騎兵団が突進してくるのが見えた。このままでは公国軍の餌食になってしまうだろう。少しでも抵抗しようとしてキーシンは公国軍の前に立ちはだかろうとした。後退する自らの重装騎士団に号令を掛け、反転させた。
 突撃してくる公国軍の騎兵団とキーシンの重装騎士団が衝突した。

 キーシンは何度も敵の剣を盾で躱し、剣を振り、敵を倒していく。
 重装騎士団は八百、敵の騎兵は三千も居るだろうか。重装騎士団は善戦していたが、少しずつ押されていた。
 キーシンの旅団の騎兵と歩兵も体勢を立て直し反転して、重装騎士団に加勢を始めた。そうなると、形勢は逆転となり、公国軍が押され始めてきた。

 公国軍はその形勢を見ると、無理をせず撤退に転じた。
 今度は帝国軍が、公国軍を追う。
 公国軍が柵の内側に入り、帝国軍が陣の近くまで来ると、再び矢とカタパルトの攻撃が開始された。
 キーシンは、盾を上にかざした。そして、全軍に急いで矢とカタパルトの攻撃が届かない距離に下がるように指示した。
 キーシンはソローキンの旅団の方を見た。公国軍の別の部隊がソローキンの旅団を攻撃している。

 キーシンは援護に入るため全軍に号令を掛け、ソローキンの旅団の方向に向かうように指示した。キーシンの旅団が突撃を開始した。
 キーシンの重装騎士団と騎兵が公国軍と衝突した。重装騎士団が次々と公国軍を討ち取っていく。
 それを見たソローキンの旅団は反転し、体勢を整えた後、反撃を開始した。
 今度は公国軍が挟み撃ちとなり、こちらでも形勢は逆転した。

 公国軍が劣勢になってしばらくすると、突然あたりを霧が覆ってきた。
 辺りが白くなり視界が遮られる。
 ソローキンとキーシンは狼狽した。この時間に霧が発生するような気象条件なのか。
 敵味方がほとんど分からなくなり、戦闘が小康状態になった。
 しばらくすると霧は晴れた。辺りに公国軍の姿が見えなくなっていた。この霧に紛れて公国軍は撤退したようだ。

 ソローキンは馬を進め、キーシンの姿を探した。
 旅団の先頭にいるキーシンを見つけた。
「キーシン、良く敵を足止めした。しかし、今の霧は一体何だ」。
 ソローキンはそういうと馬をキーシンの隣に着けた。
「わかりません。あのような広範囲の霧は、水操魔術ではなく、ひょっとしたら、大気魔術かもしれません」。
「敵には、大気魔術を使える者がいるのか?」
「そうかもしれません。気を付けてかからないと」。
「なるほど、わかった」。
 キーシンは公国軍の中央部にある門の方を指で差して言った。
「敵陣の前に落とし穴がないところがあります。敵兵が出撃してきた門の付近、陣の中央の近くです。そこを攻撃するのがよいでしょう」。
「よし、攻撃を再開しよう」。
 そういうと、旅団を整列させた。食料が乏しい我々には、時間がない。間髪を入れずに攻撃を再開する必要がある。

 しばらくして、ソローキンは整列した部隊に再び号令を掛けた。
「突撃!」
 上級士官が号令を復唱して、全軍が動き出す。
 ソローキンが先頭を切って敵陣に向かう。

 先ほど敵が出撃してきた、落とし穴のない部分は、狭いわずかな部分だ。一度に攻撃するのは難しい。
 陣地からは再び矢による攻撃が開始された。
 そして、街壁の内側からは、カタパルトによる岩の攻撃も始まった。

 帝国軍の兵が次々に撃たれていく。
 ソローキンの馬が矢に当たり倒れ込んだ。ソローキンは地面に倒れ込んだ。
 それに気付いた周りの兵が、盾を構えソローキンを囲み護衛する。
「このまま柵に進んで、縄を掛ける!」
 ソローキンは大声で、命令を出す。ソローキンの周りに二十名が盾を隙間なく合わせ、少しずつ前進する。盾が矢を弾く金属音が響く。

 柵のすぐ近くまで到達した、何人かの兵が鈎付きの縄を取り出した。これらを投げつけるために盾から頭を出した瞬間、矢で射抜かれたものが数名倒れた。残りの数名の縄が柵に掛かった。これを一気に引き、柵を倒した。
 ソローキン達、先頭にいた重装兵が十名ほどが盾を構えたまま、柵の中に突入した。公国軍の兵士達も剣を抜き応戦を始めた。
 剣と剣、剣と盾、剣と鎧のぶつかり合う音が、あちこちで響き渡る。
 ソローキンは敵の兵士を次々に倒していく。重装騎士団は帝国の精鋭だ、鎧が厚いだけではない、剣や斧の腕は確かだ。
 ソローキン達に続いて、他の重装騎士団が突入してきた。一気に公国軍の兵士を蹴散らし始めた。
 このままいけば、公国軍をせん滅することができるだろう。と、ソローキンが思った瞬間だった。空から何筋のも稲妻が帝国軍に降りかかった。
 腹に響くような大きな音が上空からする。そして、周りではバチバチと何かが弾ける音。
 辺りにいた帝国軍兵士が稲妻に弾き飛ばされ、次々と倒れていく。
 この稲妻は自然の物ではない。一体どうしたことだと、ソローキンは上空を見上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

処理中です...