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謎めいた指令
雨
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大陸歴1658年3月16日・帝国首都アリーグラード郊外
今日も小雨が降る、肌寒い日であった。
夕刻、私服の上に外套を着こんで、万全の防寒対策をして出かける準備をする。
私は部屋を出て馬小屋に向かう。今日はここでヴァーシャと待ち合わせをしている。
昨夜、我々が食事を共にしたとき、首都郊外に展開している陣地を見に行こうという話になった。皇帝親衛隊は“ブラウロット戦争”中も城の外に出動することがなかったので、実際の戦場を見ることがなかった。それで、軍が展開している陣地を一度見てみたいという。
私と彼女は、馬を首都から一時間ほど走らせたところにある小高い丘まで進んだ。ヴァーシャは、今日は非番だ、私は引き続き休暇をもらっていたので、時間はあった。
我々の居る小高い丘からは、各地から集結してきた帝国軍の大軍を見下ろすことができる。
既に陣を張っているのは、モルデンから来たイェブツシェンコ率いる第四旅団、三千五百。現在、陣地を作っているのが、ズーデハーフェンシュタットから来たルツコイ率いる第五旅団、三千。二つの陣に近づいてくる一団が、オストハーフェンシュタットから来たスミルノワ率いる第一旅団、三千。併せて九千五百の陣となる。これに、城内に居る私の率いる遊撃部隊二百人が加わることとなる。
「こんな風に野営地が作られるのを見るのは初めて」。
ヴァーシャは、眼下に展開する陣地を見て言った。
「“ブラウロット戦争”の時は、首都の近くでは戦闘はなかったから」。
「私は、あの戦争で共和国軍の一万八千の布陣をかなり遠くからですが、見たことがあります」。
私は、そう言って、脳裏に首都の城から見た光景を思い出した。
その後、帝国軍と共和国軍は衝突し、共和国軍は壊滅した。そして、戦後に命令された遺体の埋葬作業のことを思い出した。嫌な思い出だ。
私が黙り込んだのを見て、ヴァーシャは、当時、私が共和国軍に所属していたことを思い出したようだ。私のことを気遣ってか“ブラウロット戦争”のことを話すのはそれきりになった。
我々がヴァーシャ、しばらく軍の動きを見ていると、雨が激しくなってきた。さすがに三月の雨は冷たい。
ヴァーシャが、近くで狩猟の時に使う小屋があるというので、そちらで雨宿りをすることになり。馬を走らせた。いつしか我々は草原から林の中に入っていった。しばらく行くと小さな古びた小屋があった。小屋には馬屋があったので、そこに馬をつないだ。ヴァーシャが鍵を取り出し、錠前を開け小屋の中に入った。
部屋の中には弓と矢が何本も立てかけてあるが、何の装飾もない殺風景な部屋だった。
今は狩猟シーズンでないため誰も使わないだろうということだ。聞けば、前皇帝のスタニスラフ四世が狩り好きで、よくこの小屋を休憩所として使っていたという。四年前のアーランドソンによる前皇帝殺害後から、ほとんど使われることがないという。おかげで、部屋の中は埃っぽく、机や椅子は埃を払わないといけなかった。私達は椅子に腰かけて、しばし休憩することにした。
私は狩猟には興味が無かったが、ヴァーシャは数年前、まだ親衛隊の隊長ではなく一隊員だった頃に、前皇帝の付き添いで何度か狩りをやったことがあるという。
ということは弓の腕前も良いということか。それをヴァーシャに確認したが、本人は、弓は剣ほど上手くないという。それにもう何年もやってないとのことだ。
我々は雨に濡れた外套を脱いで、壁のフックにかけて、乾かすことにした。
時刻も夜に近づくにつれて、気温も下がってきているようだ。少し隙間風も入ってきている。室内でも少々寒くなってきた。部屋の中には暖炉と薪があったので、私が魔術で火を起こした。こういう時にも魔術は役立つのね、とヴァーシャは笑ってみせた。
窓の外は雨がさらに激しくなってきた。窓にたたきつける雨粒が激しい音を立てている。
私は外の様子を見ようと、立ち上がり窓のそばに歩み寄った。外はすでに暗くなり、林の様子はまるで見えない。
「だいぶ強く降ってきた。雨宿りのつもりが、これでは城に帰ろうにも、ずぶ濡れになるな」。
私は、外の様子を見ながら言った。
不意に背中に温かさを感じた。ヴァーシャが私の肩に手をあて背中に体をぴったり寄せている。
彼女は静かに言った。
「別に無理に城に戻らなくても」。
遊撃部隊は全員休みにしたので私は大丈夫だが、ヴァーシャは親衛隊はいいのだろうか?私は気になったが、あえてそれについて聞くことはしなかった。
ヴァーシャは続けて言う。
「ここに来たのは偶然じゃないのよ」。
私は少し微笑んで言った。
「雨も降らせたのかい?」
「雨は偶然。雨がなかったら他の理由を考えたわ」。
ヴァーシャは剣の使い方と同じに積極的だ。私は振り返って、彼女に向き直り、その体を抱き寄せた。彼女の体の温もりと、心音が伝わってくる。
彼女が私に好意を持っているのはわかっていた。そして、私も彼女に好意を寄せていた。遅かれ早かれ、こういう関係になるだろうと思ってはいたが、今日は彼女の少々強引なところに感謝しよう。
私達は見つめ合った後、キスをした。
今日も小雨が降る、肌寒い日であった。
夕刻、私服の上に外套を着こんで、万全の防寒対策をして出かける準備をする。
私は部屋を出て馬小屋に向かう。今日はここでヴァーシャと待ち合わせをしている。
昨夜、我々が食事を共にしたとき、首都郊外に展開している陣地を見に行こうという話になった。皇帝親衛隊は“ブラウロット戦争”中も城の外に出動することがなかったので、実際の戦場を見ることがなかった。それで、軍が展開している陣地を一度見てみたいという。
私と彼女は、馬を首都から一時間ほど走らせたところにある小高い丘まで進んだ。ヴァーシャは、今日は非番だ、私は引き続き休暇をもらっていたので、時間はあった。
我々の居る小高い丘からは、各地から集結してきた帝国軍の大軍を見下ろすことができる。
既に陣を張っているのは、モルデンから来たイェブツシェンコ率いる第四旅団、三千五百。現在、陣地を作っているのが、ズーデハーフェンシュタットから来たルツコイ率いる第五旅団、三千。二つの陣に近づいてくる一団が、オストハーフェンシュタットから来たスミルノワ率いる第一旅団、三千。併せて九千五百の陣となる。これに、城内に居る私の率いる遊撃部隊二百人が加わることとなる。
「こんな風に野営地が作られるのを見るのは初めて」。
ヴァーシャは、眼下に展開する陣地を見て言った。
「“ブラウロット戦争”の時は、首都の近くでは戦闘はなかったから」。
「私は、あの戦争で共和国軍の一万八千の布陣をかなり遠くからですが、見たことがあります」。
私は、そう言って、脳裏に首都の城から見た光景を思い出した。
その後、帝国軍と共和国軍は衝突し、共和国軍は壊滅した。そして、戦後に命令された遺体の埋葬作業のことを思い出した。嫌な思い出だ。
私が黙り込んだのを見て、ヴァーシャは、当時、私が共和国軍に所属していたことを思い出したようだ。私のことを気遣ってか“ブラウロット戦争”のことを話すのはそれきりになった。
我々がヴァーシャ、しばらく軍の動きを見ていると、雨が激しくなってきた。さすがに三月の雨は冷たい。
ヴァーシャが、近くで狩猟の時に使う小屋があるというので、そちらで雨宿りをすることになり。馬を走らせた。いつしか我々は草原から林の中に入っていった。しばらく行くと小さな古びた小屋があった。小屋には馬屋があったので、そこに馬をつないだ。ヴァーシャが鍵を取り出し、錠前を開け小屋の中に入った。
部屋の中には弓と矢が何本も立てかけてあるが、何の装飾もない殺風景な部屋だった。
今は狩猟シーズンでないため誰も使わないだろうということだ。聞けば、前皇帝のスタニスラフ四世が狩り好きで、よくこの小屋を休憩所として使っていたという。四年前のアーランドソンによる前皇帝殺害後から、ほとんど使われることがないという。おかげで、部屋の中は埃っぽく、机や椅子は埃を払わないといけなかった。私達は椅子に腰かけて、しばし休憩することにした。
私は狩猟には興味が無かったが、ヴァーシャは数年前、まだ親衛隊の隊長ではなく一隊員だった頃に、前皇帝の付き添いで何度か狩りをやったことがあるという。
ということは弓の腕前も良いということか。それをヴァーシャに確認したが、本人は、弓は剣ほど上手くないという。それにもう何年もやってないとのことだ。
我々は雨に濡れた外套を脱いで、壁のフックにかけて、乾かすことにした。
時刻も夜に近づくにつれて、気温も下がってきているようだ。少し隙間風も入ってきている。室内でも少々寒くなってきた。部屋の中には暖炉と薪があったので、私が魔術で火を起こした。こういう時にも魔術は役立つのね、とヴァーシャは笑ってみせた。
窓の外は雨がさらに激しくなってきた。窓にたたきつける雨粒が激しい音を立てている。
私は外の様子を見ようと、立ち上がり窓のそばに歩み寄った。外はすでに暗くなり、林の様子はまるで見えない。
「だいぶ強く降ってきた。雨宿りのつもりが、これでは城に帰ろうにも、ずぶ濡れになるな」。
私は、外の様子を見ながら言った。
不意に背中に温かさを感じた。ヴァーシャが私の肩に手をあて背中に体をぴったり寄せている。
彼女は静かに言った。
「別に無理に城に戻らなくても」。
遊撃部隊は全員休みにしたので私は大丈夫だが、ヴァーシャは親衛隊はいいのだろうか?私は気になったが、あえてそれについて聞くことはしなかった。
ヴァーシャは続けて言う。
「ここに来たのは偶然じゃないのよ」。
私は少し微笑んで言った。
「雨も降らせたのかい?」
「雨は偶然。雨がなかったら他の理由を考えたわ」。
ヴァーシャは剣の使い方と同じに積極的だ。私は振り返って、彼女に向き直り、その体を抱き寄せた。彼女の体の温もりと、心音が伝わってくる。
彼女が私に好意を持っているのはわかっていた。そして、私も彼女に好意を寄せていた。遅かれ早かれ、こういう関係になるだろうと思ってはいたが、今日は彼女の少々強引なところに感謝しよう。
私達は見つめ合った後、キスをした。
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