色彩の大陸2~隠された策謀

谷島修一

文字の大きさ
上 下
10 / 75
謎めいた指令

リヒターへの依頼

しおりを挟む
 大陸歴1658年3月10日・モルデン~フルッスシュタットの中間地点

 早朝、我々は、フルッスシュタット近郊での野営地をたたみ、出発した。次の目的地はフルッスシュタットとモルデンの中間地点あたりの草原に野営する予定だ。

 今回、馬での移動は、私と副長のオットーとプロブストの三人のみだ。ほかの隊員は徒歩で移動している。以前は馬で弟子との三人の旅でズーデハーフェンシュタットからアリーグラードまで四日間の旅だったが、ほとんど全員が歩兵の部隊のため、馬に比べると進みが遅く約六日かかって到着の予定だ。
 普段、行軍の訓練もしているが、今回は訓練より距離が長い。
 オレガが少し心配だが、大丈夫だろうか。彼女は部隊の中でも最も若い。今回の遠征はソフィアにオレガの様子を見てくれるようにお願いしてある。

 部隊は無事に進軍し、夜のとばりが降りたころ、予定の地点の草原に到着し、その場に野営地を設置した。
 私は、指令室として利用しているテントで、ある人物を待っていた。
 しばらくして、部隊の歩哨に連れられてやって来たのは、金髪を肩のあたりで切りそろえ、少々痩せてすらりとした女性。年のころは三十歳ぐらい。今日は腰から剣を下げていた。
 その女性の名は、マリア・リヒター。彼女は元共和国軍の兵士であった。私と同じ首都防衛隊であったが、当時は面識がなかった。彼女は戦後、フルッスシュタットの酒場でウエイトレスをやっていたのを、昨年、そこの酒場のマスターの紹介で知り合った。彼女の夫も共和国軍に所属していたが、“ブラウロット戦争”の“グロースアーテッヒ川の戦い”で戦死していた。

 私とマリアとは、知り合って以降、定期的に手紙をやり取りしている。彼女には、来るべき反乱の際、フルッスシュタットでの指導的な役割をすることを依頼している。彼女の積極的な活動によりフルッスシュタットは小さな街だが百名ばかりの共和国派がいるという。

 元共和国軍の残党の中心人物で、ダニエル・ホルツという男がいる。彼は来るべき共和国の復興のため、各地の反乱のための指導者と連絡を取り合っている。
 私も時が来たらズーデハーフェンシュタットでの反乱の指導者として立つことになっている。
 ホルツとは定期的に連絡を取り合っているが、今回の急な出撃のため、ホルツはこのことを知らない。そこで、マリアには、今回の件で、ホルツとの連絡係を依頼するつもりで、昨日のうちに伝令を使ってここに来るように指示していた。これは遊撃部隊の誰にも知られないように、極秘任務であるということにしている。帝国軍での私の現在の立場上、なにか極秘任務を扱っていても誰も妙だとは思わないだろう。

「クリーガーさん、お久しぶりです」。
 マリアは、そういってテントに入ってきて、敬礼をした。
「リヒターさん、わざわざご苦労様」。
 私は軽く敬礼し、話を始めた。
「お元気そうです何よりです」。
「クリーガーさんも」。
「マスターも元気ですか?」
「はい。あの人は元気だけが取り柄ですから」。
 マリアは笑って見せる。

 私は椅子代わりにしている木箱を指して、座るように促した。彼女が座ったのを確認すると本題に入った。
「早速だが、今回、来ていただいたのは…」。
 私は声を少々小さくした。声が外に漏れて聞かれるのは良くない。
「私は、今、この部隊から離れて行動することができない。なので、ホルツに伝言をお願いしたいのだ」。

 私は今回の依頼内容を簡単に伝えた。
「急な出撃命令で、ズーデハーフェンシュタットで会う予定だった彼の伝令とは会うことができなくなった。その旨を伝えてほしい。また、我が遊撃部隊の行き先が首都で、私のズーデハーフェンシュタットへの帰還の時期は今のところ不明あることも伝えて来てほしい。後は、ホルツがテレ・ダ・ズール公国と繋がりがあるのかどうかの確認だ。今回の公国の動きは、おかしいと言わざるを得ない。兵力の劣る公国が、わざわざ帝国に侵攻しようとするか。誰か手引きしている者がいるのではないかと疑っている者も居る。もし、そうなのであれば、その手引きしている者がホルツかどうか確認したい」。
「なるほど、わかりました。ホルツさんの居場所は?」。
「地図を描くよ。旧国境の近くだ」。
 私は言って、簡単に地図を描いて説明した。
「街道の近くに国境警備隊の兵舎の焼け跡がある。そこでしばらく待っていると、先方から姿を現してくれるはずだ。私の名前を出して、私の代わりにホルツに会いに来たと言えばいいだろう。そして、この手紙を渡してほしい。内容はさっき話したことが書いてある」。
「わかりました」。
 マリアは地図と手紙を受け取って敬礼した。
「では、明日、早朝に出発します」。
「よろしく頼む、今夜は野営地にテントを用意させるから使ってくれ」。
 私はテントを出て近くの歩哨に、新たに一つテントを張ってマリアに使わせるように命令した。
 マリアもテントを出て、薄暗い松明の光の中、足元に注意しながら歩哨について行く。
 もう一人兵士が加わって、二人でテントを立ててくれる。
 しばらく待ち、茶色いテントが立つと、マリアは二人に礼を言った。

 テントに入る前、マリアは、空を見上げた。夜空には無数の星が輝いていた。
 三年前、“ブラウロット戦争”での敗戦後、共和国軍は解体された。その時、士官たちは処刑や収監されたが、一般兵士の多くは武装解除された後、解放された。マリアも一般兵だったので、そのまま解放された。その後は故郷のフルッスシュタットで生活し、酒場でウエイトレスの仕事をしていた。マリアはそれを少々退屈に感じていた。

 昨年、クリーガーから共和国復興の話を聞いた時は胸が躍った。ぜひ参加させてくれと言い、積極的に仲間集めに奔走した。
 そして、今回のクリーガーの任務の依頼をもらったのは嬉しいことだった。共和国軍の残党で、共和国派のリーダーであるダニエル・ホルツにも会ってみたかった。
 マリアは、この任務が共和国復興への第一歩になると感じていた。そして、共和国復興を遂げることが、夫への本当の弔いになるだろう。
 そして、剣を持つなんて久しぶりのことだ。マリアはその重さを確かめるように剣を抜いて見つめた。
 マリアは、共和国再興という自らの意志を再度強く念じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

パーティーの役立たずとして追放された魔力タンク、世界でただ一人の自動人形『ドール』使いになる

日之影ソラ
ファンタジー
「ラスト、今日でお前はクビだ」 冒険者パーティで魔力タンク兼雑用係をしていたラストは、ある日突然リーダーから追放を宣告されてしまった。追放の理由は戦闘で役に立たないから。戦闘中に『コネクト』スキルで仲間と繋がり、仲間たちに自信の魔力を分け与えていたのだが……。それしかやっていないことを責められ、戦える人間のほうがマシだと仲間たちから言い放たれてしまう。 一人になり途方にくれるラストだったが、そこへ行方不明だった冒険者の祖父から送り物が届いた。贈り物と一緒に入れられた手紙には一言。 「ラストよ。彼女たちはお前の力になってくれる。ドール使いとなり、使い熟してみせよ」 そう記され、大きな木箱の中に入っていたのは綺麗な少女だった。 これは無能と言われた一人の冒険者が、自動人形(ドール)と共に成り上がる物語。 7/25男性向けHOTランキング1位

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...