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謎めいた指令
新たな指令2
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皇帝から届いた指令は驚きの内容であった。
テレ・ダ・ズール公国が帝国に侵攻して来ようとしているとは、まったくの想定外だった。逆に、以前は帝国の方が公国へ侵攻しようと検討していた。しかし、旧共和国領内の統治や、予想を超える兵士の退官のための人員不足などの理由で、公国への侵攻の準備が十分にできず、実行に移せない状況だった。
公国のこの動きは、攻められる前に先手を打とうということだろうか。
たしかに、最近、帝国内は混乱している。暴動が多くなっているということも公国に伝わっているのかもしれない。その混乱に乗じて侵攻しようと考えたのだろうか。
私は、命令どおり早速、元々所属していた百三十名のほとんどと、新たに加入した隊員で、筋の良い者を七十名の合わせた二百名を選定した。
この作戦に関して情報が少ないため、出発の前に、ズーデハーフェンシュタット駐留軍の司令官ルツコイに会って話をすることにした。テレ・ダ・ズール公国の侵攻理由について何か知っているかもしれない。ルツコイにはこれまでもいろんな相談相手になってもらっていて、頼りになる人物だ。
私は馬を駆って城まで出向き、彼の執務室を訪問した。
扉をノックし中へ入ると、ルツコイはいつも通り、執務机の奥の椅子に腰かけて、何やらぶつぶつ言っていた。
彼は背は低いが、がっしりとした体格。四角い顔つきと口髭が特徴的だ。用兵では戦術に長け、巧みに戦うタイプだ。帝国軍のソローキンやキーシンと言った主流派の指揮官は、圧倒的物量にものを言わせ力押しで攻めるが、ルツコイは多様な戦略で敵を翻弄するという。
一方で彼は気さくな性格で、我々のような元共和国の人間にも一定の敬意をもって接してくれる人物だ。まだ我々が傭兵部隊の頃、彼が統括をしていたので接点も多かった。指揮命令系統がルツコイから外れた今でも、私的な交流は続いている。
私は敬礼して、あいさつした。
「司令官、失礼します」。
「ああ、クリーガーか、どうした?」
ルツコイは返事したが、なにやら不機嫌そうだ。
「陛下から命令が来ました。部隊を連れて首都まで出向けと」。
「こちらにも来た」。
ルツコイは立ち上がって、彼の手元に届いた命令書を上に振り上げた。彼は大袈裟な身振り手振りが多い。彼は話を続けた。
「此処の統治のために兵士は残さないといけない。そうすると、出発できる兵はせいぜい三千人だ。しかし、残していく五千人で、暴動などの不測に事態に対応できるかどうかわからん」。
ルツコイは、さらに不満そうに言う。
「今、公国が侵略の準備をしているとはな」。
私は疑問をぶつけた。
「なぜ、今、公国が侵略して来ようとしていると思いますか?」
「わからんな」。
ルツコイはため息をついた。彼は命令書を見つめたまま、しばらく何も話さないのを見て、私は口を開いた。
「帝国の次の侵攻目標が公国でした。公国はそれを知って先手を打ってきたのでは?今、帝国は皇帝が崩御した後で間もないため、国内が混乱しています」。
私は自ら予想した理由を開陳してみた。
「そうかもしれんが、ちょっと釈然としないな。国内が混乱しているとは言え、兵力は帝国の方が上だ」。
ルツコイは、考え込むようにうつむいて続けた。
「国内で手引きしたものがいるのかもしれん。ここでは、あまり起こっていないが、他の都市では、最近、不満住民や反乱分子の暴動も多発しているからな」。
「それは、どうでしょうか」。
私は強く否定はしなかったが、旧共和国派が動いているとは思わない。というのも私は旧共和国派ともつながりがあるからだ。もちろん、私が旧共和国派とつながりがあることは、帝国軍や帝国の関係者には知られてない。
帝国と共和国の旧国境の近くに旧共和国軍の残党が潜伏しており、私は彼らの首領であるダニエル・ホルツと極秘に手紙をやり取りしている。手紙の引き渡しの場所はズーデハーフェンシュタットからそう遠くない岩場の海岸である。
この傍の砂浜で、私は時々、弟子たちと一緒に修練を行なったりしているのは、ルツコイや帝国関係者も知っているので、私がそこに出向くのはさほど怪しまれない。
潜伏している旧共和国派と出会ったのは旅の途中の偶然であった。ホルツが、来るべき蜂起の日に備えて、各都市に同志を作りたいという。そこで、私はズーデハーフェンシュタットでの指導者の役目を頼まれることになった。
手紙の内容は、どの都市でどういった人物がいて、指導者として決まったとか、そういう内容が多い。旧共和国領内の都市では、ほとんどの都市で指導者が決まっている。幸いなことにこれ等のことは帝国に知られることなく進んでいた。
これまでのホルツとの手紙の中で、彼らが公国とつながりがあるとは書いていたことはない。ひょっとして、私の知らないことがあるのだろうか。確認する必要があるだろう。
ルツコイとは、その後、いくつか軍の編成、ズーデハーフェンシュタットの治安状態などについての話をし、部屋を出ることにした。
「我々は二百名を連れて、この夕刻に出発します」。
私は扉を開けながら言った。
「そうか。我々は明日早朝に出発する」。と言った後、「健闘を」。と、ルツコイは付け加えて敬礼した。
「司令官も」。
そう私は答えて敬礼をし、彼の執務室を後にした。
テレ・ダ・ズール公国が帝国に侵攻して来ようとしているとは、まったくの想定外だった。逆に、以前は帝国の方が公国へ侵攻しようと検討していた。しかし、旧共和国領内の統治や、予想を超える兵士の退官のための人員不足などの理由で、公国への侵攻の準備が十分にできず、実行に移せない状況だった。
公国のこの動きは、攻められる前に先手を打とうということだろうか。
たしかに、最近、帝国内は混乱している。暴動が多くなっているということも公国に伝わっているのかもしれない。その混乱に乗じて侵攻しようと考えたのだろうか。
私は、命令どおり早速、元々所属していた百三十名のほとんどと、新たに加入した隊員で、筋の良い者を七十名の合わせた二百名を選定した。
この作戦に関して情報が少ないため、出発の前に、ズーデハーフェンシュタット駐留軍の司令官ルツコイに会って話をすることにした。テレ・ダ・ズール公国の侵攻理由について何か知っているかもしれない。ルツコイにはこれまでもいろんな相談相手になってもらっていて、頼りになる人物だ。
私は馬を駆って城まで出向き、彼の執務室を訪問した。
扉をノックし中へ入ると、ルツコイはいつも通り、執務机の奥の椅子に腰かけて、何やらぶつぶつ言っていた。
彼は背は低いが、がっしりとした体格。四角い顔つきと口髭が特徴的だ。用兵では戦術に長け、巧みに戦うタイプだ。帝国軍のソローキンやキーシンと言った主流派の指揮官は、圧倒的物量にものを言わせ力押しで攻めるが、ルツコイは多様な戦略で敵を翻弄するという。
一方で彼は気さくな性格で、我々のような元共和国の人間にも一定の敬意をもって接してくれる人物だ。まだ我々が傭兵部隊の頃、彼が統括をしていたので接点も多かった。指揮命令系統がルツコイから外れた今でも、私的な交流は続いている。
私は敬礼して、あいさつした。
「司令官、失礼します」。
「ああ、クリーガーか、どうした?」
ルツコイは返事したが、なにやら不機嫌そうだ。
「陛下から命令が来ました。部隊を連れて首都まで出向けと」。
「こちらにも来た」。
ルツコイは立ち上がって、彼の手元に届いた命令書を上に振り上げた。彼は大袈裟な身振り手振りが多い。彼は話を続けた。
「此処の統治のために兵士は残さないといけない。そうすると、出発できる兵はせいぜい三千人だ。しかし、残していく五千人で、暴動などの不測に事態に対応できるかどうかわからん」。
ルツコイは、さらに不満そうに言う。
「今、公国が侵略の準備をしているとはな」。
私は疑問をぶつけた。
「なぜ、今、公国が侵略して来ようとしていると思いますか?」
「わからんな」。
ルツコイはため息をついた。彼は命令書を見つめたまま、しばらく何も話さないのを見て、私は口を開いた。
「帝国の次の侵攻目標が公国でした。公国はそれを知って先手を打ってきたのでは?今、帝国は皇帝が崩御した後で間もないため、国内が混乱しています」。
私は自ら予想した理由を開陳してみた。
「そうかもしれんが、ちょっと釈然としないな。国内が混乱しているとは言え、兵力は帝国の方が上だ」。
ルツコイは、考え込むようにうつむいて続けた。
「国内で手引きしたものがいるのかもしれん。ここでは、あまり起こっていないが、他の都市では、最近、不満住民や反乱分子の暴動も多発しているからな」。
「それは、どうでしょうか」。
私は強く否定はしなかったが、旧共和国派が動いているとは思わない。というのも私は旧共和国派ともつながりがあるからだ。もちろん、私が旧共和国派とつながりがあることは、帝国軍や帝国の関係者には知られてない。
帝国と共和国の旧国境の近くに旧共和国軍の残党が潜伏しており、私は彼らの首領であるダニエル・ホルツと極秘に手紙をやり取りしている。手紙の引き渡しの場所はズーデハーフェンシュタットからそう遠くない岩場の海岸である。
この傍の砂浜で、私は時々、弟子たちと一緒に修練を行なったりしているのは、ルツコイや帝国関係者も知っているので、私がそこに出向くのはさほど怪しまれない。
潜伏している旧共和国派と出会ったのは旅の途中の偶然であった。ホルツが、来るべき蜂起の日に備えて、各都市に同志を作りたいという。そこで、私はズーデハーフェンシュタットでの指導者の役目を頼まれることになった。
手紙の内容は、どの都市でどういった人物がいて、指導者として決まったとか、そういう内容が多い。旧共和国領内の都市では、ほとんどの都市で指導者が決まっている。幸いなことにこれ等のことは帝国に知られることなく進んでいた。
これまでのホルツとの手紙の中で、彼らが公国とつながりがあるとは書いていたことはない。ひょっとして、私の知らないことがあるのだろうか。確認する必要があるだろう。
ルツコイとは、その後、いくつか軍の編成、ズーデハーフェンシュタットの治安状態などについての話をし、部屋を出ることにした。
「我々は二百名を連れて、この夕刻に出発します」。
私は扉を開けながら言った。
「そうか。我々は明日早朝に出発する」。と言った後、「健闘を」。と、ルツコイは付け加えて敬礼した。
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