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序章
弁護士 パーベル・ムラブイェフ
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大陸歴1658年5月3日・帝国首都アリーグラード
今週は先週に比べ少々蒸し暑い日々が多い。
私は牢のベッドに横たわっていた。ここに捕らわれてから数日。囚人というのは、やることがない。
私は、ずっと、会えなくなった弟子たちオットー、ソフィア、オレガのことに考えを巡らせている。彼らは無事で居るだろうか。
出された朝食を取ったあと、しばらくベッドで横になっていると、扉をノックするのが聞こえた。
私は、昼食にはまだだいぶ早い時間だなと思いつつ、ゆっくりと立ち上がり扉の方に向かった。のぞき窓から外をのぞくと見慣れない人物が立っていた。
その人物は背が低く、白髪の目立つ六十歳ぐらいの初老の男性だった。
「クリーガーさんですね?」
その人物は尋ねた。
「そうです」。
衛兵が扉をあけ、その人物を中に入れた。彼は牢の中に入ると、一つ咳をしてから話し出した。
「こんにちは。私は弁護士のパーベル・ムラブイェフです。今回、あなたの弁護人を務めます」。
私は意外な人物の来訪に驚いた。
帝国の軍法会議でも弁護士が付くのか。軍法会議は共和国の時に証人として何度か立ち会ったことがあるが、帝国では初めてだし、もちろん被告としても初めてである。
帝国の司法制度は旧共和国に比べ遅れていると聞いていたが、思っていたほどの遅れではないのだろうか。
私は、とりあえず挨拶を返す。
「ユルゲン・クリーガーです。よろしくお願いします」。
「これから軍法会議が終わるまで、あなたとは暫く付きっ切りになるが、よろしく」。
ムラブイェフは軽く会釈した。
「しかし、あなたはついている」
「何が、でしょうか?」
「帝国の司法制度はここ数年で改革が進んでね。そのおかげで、軍法会議でも私のような弁護人が着くようになったのはつい最近のことなんですよ」。
「そうなんですか」。
私は帝国の司法制度の歴史にはあまり興味が無かったので知らなかったが、ムラブイェフが“ついている”というからには、当初、私が予想していたものより、ましな裁判が受けられると期待していいのだろうか。
「ここは埃っぽいね」。
ムラブイェフは牢の中を見回した。地下の牢屋だから少々埃っぽいのは仕方ない。
そして、彼はまた一つ咳払いをして、話を続けた。
「十年前だと、形式的に裁判をして、すぐに判決し、すぐに刑を執行していたよ。今の司法制度は、実はブラウグルン共和国のものを参考にしたんですよ。共和国は司法制度が大陸では一番進んでいたからね。まあ、前皇帝が、さほど司法制度に興味が無かったようだから、法務大臣がちょっと頑張ったら結構改革が進んだんです」。
おそらく、前皇帝でなく、前皇帝の体を乗っ取っていた魔術師アーランドソンが興味なかったんだろう。魔術師アーランドソンが皇帝の体を乗っ取り三年の間、帝国を支配していたことは、今でも極秘であり、ごく一部の者しか知らない。もちろん、このムラブイェフも知らないはずだ。
それより、私は軍法会議については不安しかないため、思わず尋ねた。
「それで、私に有利になるようなことがあるのでしょうか?」
「それは、わからない。何せ、司法制度が改革されてから国家反逆罪の裁判は今回が初めてだからね」。
ムラブイェフはもう一度咳払いをした。
「しかし、全力でやりますから、任せてください」。
少々、頼りない印象の人だが、今の私はこの人にすがるしかないようだ。
「よろしくお願いします」。
私は頭を下げた。
ムラブイェフは私の返事を聞くと、両手で私の両肩を叩き「よし」と言って、奥へ進みベッドに腰かけた。
「さあ、あなたも腰かけて」。
私もベットに歩み寄り、腰かけた。
それを見てムラブイェフは満足そうに微笑んだ。
「では、これまでの経緯をあなたの言葉で教えてください。時間はたっぷりありますから、なるべく詳しく」。
「わかりました」。
私は、約二か月前、ズーデハーフェンシュタットで皇帝からの命令書を受け取ったあたりから経緯を話すことにした。
今週は先週に比べ少々蒸し暑い日々が多い。
私は牢のベッドに横たわっていた。ここに捕らわれてから数日。囚人というのは、やることがない。
私は、ずっと、会えなくなった弟子たちオットー、ソフィア、オレガのことに考えを巡らせている。彼らは無事で居るだろうか。
出された朝食を取ったあと、しばらくベッドで横になっていると、扉をノックするのが聞こえた。
私は、昼食にはまだだいぶ早い時間だなと思いつつ、ゆっくりと立ち上がり扉の方に向かった。のぞき窓から外をのぞくと見慣れない人物が立っていた。
その人物は背が低く、白髪の目立つ六十歳ぐらいの初老の男性だった。
「クリーガーさんですね?」
その人物は尋ねた。
「そうです」。
衛兵が扉をあけ、その人物を中に入れた。彼は牢の中に入ると、一つ咳をしてから話し出した。
「こんにちは。私は弁護士のパーベル・ムラブイェフです。今回、あなたの弁護人を務めます」。
私は意外な人物の来訪に驚いた。
帝国の軍法会議でも弁護士が付くのか。軍法会議は共和国の時に証人として何度か立ち会ったことがあるが、帝国では初めてだし、もちろん被告としても初めてである。
帝国の司法制度は旧共和国に比べ遅れていると聞いていたが、思っていたほどの遅れではないのだろうか。
私は、とりあえず挨拶を返す。
「ユルゲン・クリーガーです。よろしくお願いします」。
「これから軍法会議が終わるまで、あなたとは暫く付きっ切りになるが、よろしく」。
ムラブイェフは軽く会釈した。
「しかし、あなたはついている」
「何が、でしょうか?」
「帝国の司法制度はここ数年で改革が進んでね。そのおかげで、軍法会議でも私のような弁護人が着くようになったのはつい最近のことなんですよ」。
「そうなんですか」。
私は帝国の司法制度の歴史にはあまり興味が無かったので知らなかったが、ムラブイェフが“ついている”というからには、当初、私が予想していたものより、ましな裁判が受けられると期待していいのだろうか。
「ここは埃っぽいね」。
ムラブイェフは牢の中を見回した。地下の牢屋だから少々埃っぽいのは仕方ない。
そして、彼はまた一つ咳払いをして、話を続けた。
「十年前だと、形式的に裁判をして、すぐに判決し、すぐに刑を執行していたよ。今の司法制度は、実はブラウグルン共和国のものを参考にしたんですよ。共和国は司法制度が大陸では一番進んでいたからね。まあ、前皇帝が、さほど司法制度に興味が無かったようだから、法務大臣がちょっと頑張ったら結構改革が進んだんです」。
おそらく、前皇帝でなく、前皇帝の体を乗っ取っていた魔術師アーランドソンが興味なかったんだろう。魔術師アーランドソンが皇帝の体を乗っ取り三年の間、帝国を支配していたことは、今でも極秘であり、ごく一部の者しか知らない。もちろん、このムラブイェフも知らないはずだ。
それより、私は軍法会議については不安しかないため、思わず尋ねた。
「それで、私に有利になるようなことがあるのでしょうか?」
「それは、わからない。何せ、司法制度が改革されてから国家反逆罪の裁判は今回が初めてだからね」。
ムラブイェフはもう一度咳払いをした。
「しかし、全力でやりますから、任せてください」。
少々、頼りない印象の人だが、今の私はこの人にすがるしかないようだ。
「よろしくお願いします」。
私は頭を下げた。
ムラブイェフは私の返事を聞くと、両手で私の両肩を叩き「よし」と言って、奥へ進みベッドに腰かけた。
「さあ、あなたも腰かけて」。
私もベットに歩み寄り、腰かけた。
それを見てムラブイェフは満足そうに微笑んだ。
「では、これまでの経緯をあなたの言葉で教えてください。時間はたっぷりありますから、なるべく詳しく」。
「わかりました」。
私は、約二か月前、ズーデハーフェンシュタットで皇帝からの命令書を受け取ったあたりから経緯を話すことにした。
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