色彩の大陸2~隠された策謀

谷島修一

文字の大きさ
上 下
2 / 75
序章

弁護士 パーベル・ムラブイェフ

しおりを挟む
 大陸歴1658年5月3日・帝国首都アリーグラード

 今週は先週に比べ少々蒸し暑い日々が多い。
 私は牢のベッドに横たわっていた。ここに捕らわれてから数日。囚人というのは、やることがない。
 私は、ずっと、会えなくなった弟子たちオットー、ソフィア、オレガのことに考えを巡らせている。彼らは無事で居るだろうか。
 出された朝食を取ったあと、しばらくベッドで横になっていると、扉をノックするのが聞こえた。
 私は、昼食にはまだだいぶ早い時間だなと思いつつ、ゆっくりと立ち上がり扉の方に向かった。のぞき窓から外をのぞくと見慣れない人物が立っていた。

 その人物は背が低く、白髪の目立つ六十歳ぐらいの初老の男性だった。
「クリーガーさんですね?」
 その人物は尋ねた。
「そうです」。
 衛兵が扉をあけ、その人物を中に入れた。彼は牢の中に入ると、一つ咳をしてから話し出した。
「こんにちは。私は弁護士のパーベル・ムラブイェフです。今回、あなたの弁護人を務めます」。
 私は意外な人物の来訪に驚いた。
 帝国の軍法会議でも弁護士が付くのか。軍法会議は共和国の時に証人として何度か立ち会ったことがあるが、帝国では初めてだし、もちろん被告としても初めてである。
 帝国の司法制度は旧共和国に比べ遅れていると聞いていたが、思っていたほどの遅れではないのだろうか。

 私は、とりあえず挨拶を返す。
「ユルゲン・クリーガーです。よろしくお願いします」。
「これから軍法会議が終わるまで、あなたとは暫く付きっ切りになるが、よろしく」。
 ムラブイェフは軽く会釈した。
「しかし、あなたはついている」
「何が、でしょうか?」
「帝国の司法制度はここ数年で改革が進んでね。そのおかげで、軍法会議でも私のような弁護人が着くようになったのはつい最近のことなんですよ」。
「そうなんですか」。
 私は帝国の司法制度の歴史にはあまり興味が無かったので知らなかったが、ムラブイェフが“ついている”というからには、当初、私が予想していたものより、ましな裁判が受けられると期待していいのだろうか。

「ここは埃っぽいね」。
 ムラブイェフは牢の中を見回した。地下の牢屋だから少々埃っぽいのは仕方ない。
 そして、彼はまた一つ咳払いをして、話を続けた。
「十年前だと、形式的に裁判をして、すぐに判決し、すぐに刑を執行していたよ。今の司法制度は、実はブラウグルン共和国のものを参考にしたんですよ。共和国は司法制度が大陸では一番進んでいたからね。まあ、前皇帝が、さほど司法制度に興味が無かったようだから、法務大臣がちょっと頑張ったら結構改革が進んだんです」。
 おそらく、前皇帝でなく、前皇帝の体を乗っ取っていた魔術師アーランドソンが興味なかったんだろう。魔術師アーランドソンが皇帝の体を乗っ取り三年の間、帝国を支配していたことは、今でも極秘であり、ごく一部の者しか知らない。もちろん、このムラブイェフも知らないはずだ。

 それより、私は軍法会議については不安しかないため、思わず尋ねた。
「それで、私に有利になるようなことがあるのでしょうか?」
「それは、わからない。何せ、司法制度が改革されてから国家反逆罪の裁判は今回が初めてだからね」。
 ムラブイェフはもう一度咳払いをした。
「しかし、全力でやりますから、任せてください」。
 少々、頼りない印象の人だが、今の私はこの人にすがるしかないようだ。
「よろしくお願いします」。
 私は頭を下げた。
 ムラブイェフは私の返事を聞くと、両手で私の両肩を叩き「よし」と言って、奥へ進みベッドに腰かけた。
「さあ、あなたも腰かけて」。
 私もベットに歩み寄り、腰かけた。
 それを見てムラブイェフは満足そうに微笑んだ。
「では、これまでの経緯をあなたの言葉で教えてください。時間はたっぷりありますから、なるべく詳しく」。
「わかりました」。 

 私は、約二か月前、ズーデハーフェンシュタットで皇帝からの命令書を受け取ったあたりから経緯を話すことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

やさぐれ女は救世の勇者様に愛されすぎている

つこさん。
ファンタジー
 幼い頃から傭兵として生きてきたセルマは、ひとつの契約を終えた。  それは世界中に蔓延する、命に関わる『瘴気』の大元を断つという仕事だった。  チームメイトであった美青年・ターヴィは、『瘴気』の『源泉』へ飛び込み、みごとその大役を果たし『救世の勇者』として讃えられている。  セルマはその姿を眺めてから次の土地へと流れて行く……はずだった。 ※全12話、完結済み、毎日3回更新 ※他サイトにも投稿しています

異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。

桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。 だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。 そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

僕が皇子?!~孤児だと思ったら行方不明の皇子で皇帝(兄)が度を超えるブラコンです~

びあ。
ファンタジー
身寄りのない孤児として近境地の領主の家で働いていたロイは、ある日王宮から迎えが来る。 そこへ待っていたのは、自分が兄だと言う皇帝。 なんと自分は7年前行方不明になった皇子だとか…。 だんだんと記憶を思い出すロイと、7年間の思いが積もり極度のブラコン化する兄弟の物語り。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...