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第33話

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 エレーヌたち三人は宿屋で待機し、夕方になるのを待った。
 数時間後、陽も落ちてきて辺りが薄暗くなってきたころ、三人は軍の駐屯地に向かって出発する。そして、再び駐屯地の近くまでやってきた。そろそろ、あたりは真っ暗になってきた。
 空を見上げると美しい星々が瞬いていた。月明りが、かすかにあたりを照らしている。
 わずかな月明りの中、三人は道から外れた茂みの中に身を屈めて、目を凝らして駐屯地の様子を眺める。
 先ほど訪れた入口のゲートには昼間と同様に衛兵が立っているのが、ゲートの横に設置されている松明の灯かりではっきりと分かった。
 さらに視線を駐屯地の奥へ向けて、敷地内の様子を探る。
 さほど高くない柵の内側には少し距離を置いていくつもの木造の建物、それと少し離れたところにレンガ造りの建物がいくつか見えた。木造の建物の窓々からは、ランプの灯かりが漏れ中で人が動く様子も確認できた。
 そして、レンガ造りの建物は倉庫の様だ。ボワイエがいるという武器庫は、おそらくその中にあると思われる。
 駐屯地を囲んでいる低い柵には、距離を置いて所々に小さな松明を点されているが、今の所、見張りなどがいるような様子はない。忍び込むのは難しい事ではないだろう。
 三人は茂みの中を静かに進み、衛兵のいるゲートからかなり離れたところまで移動した。
 そして、静かに柵を越えると、問題なく敷地内に忍び込むことが出来た。
 三人は素早く倉庫らしき建物のそばに向かった。
 レンガ造りの倉庫は、だいぶ年季の入っているものらしく、 取り付けられている木造の扉はかなり傷んでいて、所々隙間が出来ていた。しかし、それはエレーヌたちには幸いで、隙間から中の様子を除くことができ、倉庫内が無人かどうか簡単に知ることが出来た。
 いくつか倉庫が無人なのを確認し、最後の倉庫の扉の隙間から、灯りが漏れているのがわかった。どうやら中に人がいるらしい。
 ジョアンヌが古びた扉の隙間から中を覗き込んだ。
「誰かいるな」
 中には白髪の初老の男性が、作業机を前に椅子に座っている後ろ姿が見えた。
 眠っているのだろうか、動く気配がない。
 おそらくこの男性が、探していたボワイエかもしれない。
 ジョアンヌは意を決して扉の取っ手に手をかけると扉を引いた。
 扉には鍵がかかっておらず、ギィと音を立てて開いた。座っている男性はその音にも反応せず、動く様子が無い。
 三人が倉庫の中を見回すと、多くの剣が並んでラックに立てかけられている。さらにその奥には木箱が積み上げられていた。
 ここは武器庫のようだ。そして、そこで座っている男性は、ボワイエに違いない。
 ジョアンヌは男性に近づき顔を覗き込んだ。彼は、よく眠っていた。
 彼の目鼻立ちは整っているが、年齢のせいかしわも多い。
 ジョアンヌは男性を起こすため、肩をゆすった。
「おい、起きろ」
 男性は慌てて、立ち上がった。
「あっ、すみません!」
「居眠りはいけないな」
 ジョアンヌは少し笑いながら言った。
 男性は自分を起こしたの相手を見ると、目を見開いて驚いた。
「えっ!? おまえは確か…、ジョアンヌ・マルロー?」
「そうだ」
 そのやり取りを見て、トリベールが感心したように言う。
「ジョアンヌさんが、有名人で助かりますね。話が早い」
 ボワイエは小さくあくびをしてから言う。
「ふう…。ボネ司令官に起こされたと思ったよ」
「ところで、あんたがボワイエさんかい?」
「ああ、私がボワイエだが…。なぜ、あんたがここにいる? どうやって入ってきた? そっちの二人は何者だ?」
 ボワイエは、自分を起こしたのが上官でないとわかるとホッとした様子で再び椅子に座り込み、ジョアンヌに質問した。
 ジョアンヌは、ゆっくりと話を始める。
「ここに忍び込むのは簡単だったよ。柵は低いし、全然見張りがいなかったからな」
 ボワイエは、疲れているのか力なく答える。
「まあ、そうだな…。柵と建物は臨時に簡単に作られたし、戦争はもう無いということで、ここに兵士は二百人程度しか残っていない」
「この倉庫だけは随分古そうだが」
「ここの倉庫群は、私が商品などを置くために昔から使っていたものだ。戦争が始まってからは、軍が使わせてほしいと言ってきてね。戦争のおかげで商売も上がったりだったし、ちょうどよかったよ。今では、軍の依頼でここの管理役も引き受けている」
「そうなんだね」
 ジョアンヌは、彼女の後ろに立っている二人を紹介する。
「それで…、こっちの女性はエレーヌ・アレオン。こっちの男性はシャルル・トリベール」
 トリベールは軽く会釈をした。一方、エレーヌは無表情のまま直立不動だ。
 デュランはエレーヌを見つめて言う。
「アレオン? 貴族のアレオン家の?」
「そうだ」
「なんでまた、そこのお嬢さんが?」
「まあ、いろいろあってね…。それで、あんたのことを探していたんだ」
「なぜ俺を?」
「実は、ザーバーランドの土地に詳しいものを探していて、あんたが詳しいって、武器商人のデュランに聞いたんだ」
「デュラン? 懐かしいな。随分長い事、会ってないが…」
「それで、あんた、本当にザーバーランドに詳しいのかい?」
「ああ。戦争前は、あっちの首都にも何度も行ったことがあるし、知り合いも多い。なぜ、あっちの土地について知りたい?」
「実は、訳があってザーバーランドに行かないといけないんだ。よかったら、案内役をやってもらえないか?」
「何を言っている、今は、まだザーバーランドには入国できないだろ?」
「そうだ。だから、密入国になる」
「なんだって?! 無茶を言うなよ。捕まれば大ごとだぞ」
「だからこそ、向こうに詳しいあんたに案内役をお願いしたんだよ」
「断る。今の仕事もあるし、そんな危険な真似ができる歳でもない」
「そうか…」
 ジョアンヌは少し考える風に視線を落とした。
「では」
 エレーヌが口を開いた。
「ザーバーランドには私たちだけで行くから密入国する方法と、あちらでの“知り合い”を教えてほしい」
「無茶をいうお嬢さんだね」
 デュランは少々あきれた風に話を続ける。
「今、川が暫定的な国境にされている。それを渡ればいいが、渡には舟が必要だろう。もし、川を渡り切っても、あっちの国境警備に見つかるかもしれんぞ」
「その危険は承知の上だ」
 エレーヌは平然と答える。
「あとは」
 デュランは続ける。
「あっちの首都に貿易をやっていたころの知り合いの商人で、ベルマンというやつがいる。やつとも長らくあってないが、私の紹介と言えば、道案内ぐらいはやってくれるかもしれん」
「そのベルマンは、首都のどこにいる?」
「首都の西地区の外れにやつの会社があって、いつもはそこにいる。ベルマン商会は有名だから、あっちで聞けば誰でも知ってるだろう」
「わかった、ありがとう」
 デュランはエレーヌと話し終えると、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ、兵舎で休みたいんだがいいか? 今日は仕事はもう終わっていたんだ」
「いいだろう。私たちも立ち去るとしよう」
 ジョアンヌがそう答えたところで、外が騒がしくなってきたことに気がついた。
 どうやら、大勢の兵士が外にいるようだ。
「僕らが忍び込んだことが気づかれたんでしょうか?」
 トリベールが不安そうに言う。
 ジョアンヌは急いで扉の方に向かおうとする。その瞬間、扉が勢いよく開けられた。
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