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第3話
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修道僧たちによってエレーヌと馭者ジャカールの遺体は、大聖堂の奥の部屋に安置された。
フンツェルマンは少し落ち着いた今、台の上に横たわっているエレーヌの姿を改めて見つめた。彼女の服のほどんどが血で赤く染まっていた。そして、美しく長い金髪にも赤黒い血が絡みついていた。彼は、彼女が生まれた時にはすでに執事として屋敷におり、彼女の教育係やメイドたちと共に身の回りの世話をしていた。その記憶がいくつも蘇ってきた。思わず涙が流れる。
フンツェルマンは、数分そこにとどまっていたが、悲しんでばかりはいられない。残された妹のニコルはまだ十六歳で、今後も彼がサレイユ家を取り仕切りらなければならない。彼は意を決するように涙をハンカチで拭いて、安置室から出た。そして、大司教サレイユに礼を言い大聖堂を後にする。
馬車の中では、ニコルがずっと泣いていた。初め安置されたエレーヌの遺体にそばに居ると言っていたが、フンツェルマンが何とか説得して屋敷に戻ることになった。
馬車は大聖堂前を出発し、通りをゆっくりと進む。そして、一時間とちょっとで屋敷に到着した。
屋敷の前では多くの警官が、通りの地面をはいつくばって何か手掛かりがないか捜索をしていた。さらに、通りのそばの茂みも探しているようだった。
フンツェルマンは、馬車から泣き続けるニコルの肩を抱える様にして下ろした。そして、ゆっくりと歩いて励ましの言葉を掛けながら屋敷の中に入る。フンツェルマンは大声でメイドのジータとルイーズの名前を呼んだ。二人ともエレーヌが刺されたことで泣いていたようで、目を赤くして玄関に現れた。
「ニコル様を部屋までお連れして」
そう言うと、フンツェルマンは自分に代わりニコルの身体をジータとルイーズに預ける。二人はニコルの両脇を抱える様に屋敷の階段を上がり、ニコルの部屋までゆっくりと連れて行く。フンツェルマンはその後に続く。
二人はニコルを彼女の部屋まで連れて行きベッドに寝かせた。ニコルはそのままうずくまるように小声で泣いている。
フンツェルマンはそれを確認すると、メイドの二人に言う。
「エレーヌ様はお亡くなりになり、私は葬儀の準備に取り掛かる。二人には必要に応じて私の方からやることを使えるが、それまではいつも通り仕事しておいてくれ」
「わかりました」
二人は消え入るような声で答え、自分の仕事をするためにそれぞれ屋敷の奥へ向かった。
フンツェルマンは次に、エレーヌの婚約者であるジャン=ポール・プレボワ宛に手紙を書くことにした。
プレボワ家一族も貴族で、代々政府の要人で外交を務めていた。そして、ジャン=ポールはプレボワ家の長男で、現在、政府の任務で隣国ザーバーランド王国に行っている。
フンツェルマンたちの住むレスクリム王国とザーバーランド王国は長く戦争状態が続いていたが、昨年ようやく終戦となり、ジャン=ポールは、国境線の決定など難しい交渉を行う外交団の一人としての国境付近の街にしばらく滞在することになっている。
そして、ジャン=ポールはエレーヌの両親が決めた婚約者で、本来は昨年に結婚式を執り行うことで話が進められていたところだったが、二年前のエレーヌたちの両親の事故死と、昨年の終戦による交渉団の難しい仕事をジャン=ポールがしなければならなくなったという理由で、結婚式が伸び伸びとなっていた。そんな中での突然のエレーヌの訃報を、彼はとても悲しむであろう。
フンツェルマンは自分の部屋の机に向かい、紙とペンを取り、ジャン=ポールに向けての文章を綴っていった。手紙を書き終えると封筒に入れ封をする。フンツェルマンは手紙をメイドに依頼して郵便局まで行かせようと思ったが、それは思いとどまった。
もう夕暮れも近く、戻る頃には暗くなっているだろう。それに、先ほど屋敷の前で襲撃があったばかりだ、この時間に女性を一人で行かせるのは危険だと判断したからだ。
フンツェルマンは仕方なく自分で郵便局へ向かうことにした。メイドたちに郵便局へ行くと伝え、馬屋から馬を引いて屋敷の敷地から出た。屋敷の前の通りではまだ大勢の警官たちが証拠を探して地面を注意深く探索している。
フンツェルマンはラバール警部の姿を見つけると馬上から声を掛けた。
「ラバール警部。何か手掛かりは見つかりましたか?」
「あー、フンツェルマンさん。実は先ほどあちらの茂みの中で、凶器に使われたと思われるナイフが見つかりました。血もついているので、間違いないでしょう」
それを聞いて、フンツェルマンは犯人を捕まえられるという期待感から声を上げた。
「そうですか! それで犯人が捕まるといいのですが」
「ナイフについては署で詳しく調査をします。我々は引き続き、日が暮れるまでのもう少しの時間、この付近を捜索します。あと、念のため警察官を数名、屋敷の周りを昼夜警備させます。また、何者かに襲撃されるとも限りませんから」
「それは、とても助かります。ありがとうございます」
「あー。ところで、どちらかにお出掛けですか?」
ラバール警部はフンツェルマンが手に持っている封筒を見て尋ねた。
「ええ、エレーヌ様の婚約者ジャン=ポール・プレボワ様に今回の不幸を伝えなければならいと思い、急いで手紙を」
「彼は確か、ザーバーランド王国との交渉でこの街に不在では?」
「ですので、交渉団の居る街へ送ります。それで、ジャン=ポール様に届くことでしょう」
「なるほど。では、道中お気をつけて」
「ありがとうございます。では」
フンツェルマンはそう言うと手綱を打って馬を急がせた。
フンツェルマンは少し落ち着いた今、台の上に横たわっているエレーヌの姿を改めて見つめた。彼女の服のほどんどが血で赤く染まっていた。そして、美しく長い金髪にも赤黒い血が絡みついていた。彼は、彼女が生まれた時にはすでに執事として屋敷におり、彼女の教育係やメイドたちと共に身の回りの世話をしていた。その記憶がいくつも蘇ってきた。思わず涙が流れる。
フンツェルマンは、数分そこにとどまっていたが、悲しんでばかりはいられない。残された妹のニコルはまだ十六歳で、今後も彼がサレイユ家を取り仕切りらなければならない。彼は意を決するように涙をハンカチで拭いて、安置室から出た。そして、大司教サレイユに礼を言い大聖堂を後にする。
馬車の中では、ニコルがずっと泣いていた。初め安置されたエレーヌの遺体にそばに居ると言っていたが、フンツェルマンが何とか説得して屋敷に戻ることになった。
馬車は大聖堂前を出発し、通りをゆっくりと進む。そして、一時間とちょっとで屋敷に到着した。
屋敷の前では多くの警官が、通りの地面をはいつくばって何か手掛かりがないか捜索をしていた。さらに、通りのそばの茂みも探しているようだった。
フンツェルマンは、馬車から泣き続けるニコルの肩を抱える様にして下ろした。そして、ゆっくりと歩いて励ましの言葉を掛けながら屋敷の中に入る。フンツェルマンは大声でメイドのジータとルイーズの名前を呼んだ。二人ともエレーヌが刺されたことで泣いていたようで、目を赤くして玄関に現れた。
「ニコル様を部屋までお連れして」
そう言うと、フンツェルマンは自分に代わりニコルの身体をジータとルイーズに預ける。二人はニコルの両脇を抱える様に屋敷の階段を上がり、ニコルの部屋までゆっくりと連れて行く。フンツェルマンはその後に続く。
二人はニコルを彼女の部屋まで連れて行きベッドに寝かせた。ニコルはそのままうずくまるように小声で泣いている。
フンツェルマンはそれを確認すると、メイドの二人に言う。
「エレーヌ様はお亡くなりになり、私は葬儀の準備に取り掛かる。二人には必要に応じて私の方からやることを使えるが、それまではいつも通り仕事しておいてくれ」
「わかりました」
二人は消え入るような声で答え、自分の仕事をするためにそれぞれ屋敷の奥へ向かった。
フンツェルマンは次に、エレーヌの婚約者であるジャン=ポール・プレボワ宛に手紙を書くことにした。
プレボワ家一族も貴族で、代々政府の要人で外交を務めていた。そして、ジャン=ポールはプレボワ家の長男で、現在、政府の任務で隣国ザーバーランド王国に行っている。
フンツェルマンたちの住むレスクリム王国とザーバーランド王国は長く戦争状態が続いていたが、昨年ようやく終戦となり、ジャン=ポールは、国境線の決定など難しい交渉を行う外交団の一人としての国境付近の街にしばらく滞在することになっている。
そして、ジャン=ポールはエレーヌの両親が決めた婚約者で、本来は昨年に結婚式を執り行うことで話が進められていたところだったが、二年前のエレーヌたちの両親の事故死と、昨年の終戦による交渉団の難しい仕事をジャン=ポールがしなければならなくなったという理由で、結婚式が伸び伸びとなっていた。そんな中での突然のエレーヌの訃報を、彼はとても悲しむであろう。
フンツェルマンは自分の部屋の机に向かい、紙とペンを取り、ジャン=ポールに向けての文章を綴っていった。手紙を書き終えると封筒に入れ封をする。フンツェルマンは手紙をメイドに依頼して郵便局まで行かせようと思ったが、それは思いとどまった。
もう夕暮れも近く、戻る頃には暗くなっているだろう。それに、先ほど屋敷の前で襲撃があったばかりだ、この時間に女性を一人で行かせるのは危険だと判断したからだ。
フンツェルマンは仕方なく自分で郵便局へ向かうことにした。メイドたちに郵便局へ行くと伝え、馬屋から馬を引いて屋敷の敷地から出た。屋敷の前の通りではまだ大勢の警官たちが証拠を探して地面を注意深く探索している。
フンツェルマンはラバール警部の姿を見つけると馬上から声を掛けた。
「ラバール警部。何か手掛かりは見つかりましたか?」
「あー、フンツェルマンさん。実は先ほどあちらの茂みの中で、凶器に使われたと思われるナイフが見つかりました。血もついているので、間違いないでしょう」
それを聞いて、フンツェルマンは犯人を捕まえられるという期待感から声を上げた。
「そうですか! それで犯人が捕まるといいのですが」
「ナイフについては署で詳しく調査をします。我々は引き続き、日が暮れるまでのもう少しの時間、この付近を捜索します。あと、念のため警察官を数名、屋敷の周りを昼夜警備させます。また、何者かに襲撃されるとも限りませんから」
「それは、とても助かります。ありがとうございます」
「あー。ところで、どちらかにお出掛けですか?」
ラバール警部はフンツェルマンが手に持っている封筒を見て尋ねた。
「ええ、エレーヌ様の婚約者ジャン=ポール・プレボワ様に今回の不幸を伝えなければならいと思い、急いで手紙を」
「彼は確か、ザーバーランド王国との交渉でこの街に不在では?」
「ですので、交渉団の居る街へ送ります。それで、ジャン=ポール様に届くことでしょう」
「なるほど。では、道中お気をつけて」
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