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捜査13日目

捜査13日目~解放

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 オストハーフェンシュタット警察本部のブリュシキン長官は今日も自分の執務室で仕事を取りかかり、書類の処理をしたり、気になる事件の経過の報告をいくつか受けたりしていた。
 帝国と共和国の犯罪の傾向は少々違っていると感じていた。
 帝国の首都では貧困地域があり、そこの治安は良くない。強盗や殺人が多く、さらには反政府活動している者がいて、何かと不安定だ。しかしながら、首都の中心部は治安は良い。
 旧共和国では殺人は少ない代わりに窃盗や喧嘩のようなちょっとした傷害が多いと感じていた。ここは貧困地域がほとんど無く、住民は満遍なく豊かだ。少数ではあるが金持ちの旧貴族がいて、大抵、経済や政治を握っている。

 夕方ごろ、ブリュシキンが引き続き事務仕事をこなしていると、秘書が来客を告げるために執務室にやってきた。来客は誰かと聞くと軍の副司令官だという。ブリュシキンが驚いていると、執務室に入ってきたのは、オストハーフェンシュタット駐留軍の副司令官エリザベータ・スミルノワだった。彼女は茶色い髪を肩の長さにそろえ、細い目で緑色の瞳をした、冷徹な印象の人物だ。理由は知らないが彼女は “霧の魔女” と、あだ名が付けられていた。

 長官は彼女の突然の訪問に驚きつつも、立ち上がって挨拶をした。
「これは、副司令官殿。わざわざ起こしいただかなくても」。
「急ぎの要件だったので来ました。司令官のイワノフは他の予定で来られないので、代わりに私が」。
 彼女は執務室にある椅子に腰かけた。それを見てブリュシキンも腰かけて尋ねた。
「急ぎの要件とは?」
「ズーデハーフェンシュタットの傭兵部隊の隊長ユルゲン・クリーガーがこの街にいるはずですが、彼をズーデハーフェンシュタットに戻すように依頼が来ました」。
「どこからの依頼ですか?」
「ズーデハーフェンシュタットのルツコイ司令官からです」。
 ミューリコフは驚いて前のめりになった。
「待って下さい、クリーガーは殺人に関与しているかもしれないので、街から出すのは許可できません」。
「ルツコイ司令官はクリーガーが犯人ではないと文書で送ってきております」。
「その証拠は?」
「証拠はありませんが、ルツコイ司令官からの依頼にイワノフ司令官が応えると決めたのです。速やかに対応をお願いいたします」。
 ここで言い合っても無駄だろう。ブリュシキンはあきらめて、ノイマン警部を呼びつけ、クリーガーの監視を解き、彼をズーデハーフェンシュタットへ帰せと指示を出した。

 警察によってオストハーフェンシュタットに足止めされているクリーガーは、昨日調達した食料で簡単な朝食をとっていた。
 昨日、ここで謎の刺客の襲撃があって、その理由がわからない限り外を出歩くのは少々危険だと思った。今日はどこにも行かず部屋に閉じこもっていようと思った。
 しばらく部屋で過ごして、時間は正午前、扉をノックする音がした。クリーガーは用心深く外の人物に声をかけた。外から声はノイマン警部だった。
 クリーガーは鍵を開け、警部を部屋に招き入れた。
「クリーガー隊長、あなたを監視から外します。ズーデハーフェンシュタットへ戻っても結構です」。
 クリーガーは突然の話で驚いて尋ねた。
「どういうことですか?」
「ここの軍の副司令官に言われてズーデハーフェンシュタットへ戻すように直接命令があった」。
「ここの副司令官?」
「そうだ、ズーデハーフェンシュタットの司令官から君を街に戻すようにと文書が届いたらしいのです。私たちはその命令に従わざるを得ない」。
「わかりました」。
 クリーガーは立ち上がって、荷物をまとめ始めた。それを見て警部は言う。
「私たちとしては、クリスティアーネの件がはっきりするまで、居てほしいんですが」。
「私は犯人ではありません。先日、事件の詳細を話したように、犯人はズーデハーフェンシュタットにいるでしょう」。

 クリーガーは荷物をまとめ、さっさと部屋を後にした。宿屋の主人に金を払い、警部とは宿屋の前で別れの挨拶をし、駅馬車の乗り場に向かう。警部は始終不満そうな顔をしていた。
 昼の駅馬車に乗れば、夜には途中の宿場町に到着し、明後日の夕方にはズーデハーフェンシュタットに到着できるだろう。
 途中、刺客がいないとも限らない。道中は用心するとしよう。
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