色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ

谷島修一

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英雄は二度死ぬ

レテ・ダ・ズール公国・首都ソントルヴィレ

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 プリブレジヌイから国境を越えて、四日。途中、駅馬車を乗り継ぎ、小さな街をいくつも経由してテレ・ダ・ズール公国の首都ソントルヴィレに到着した。

 ここでは、新聞“ブラウグルン・ツワィトゥング”紙の記者のブリュンヒルデ・ヴィルトと待ち合わせている。
 今回、彼女がヴィット王国に住むユルゲン・クリーガーが所属していた傭兵部隊で元部下であったアグネッタ・ヴィクストレームとの会う約束を取り付けてくれたのだ。

 待ち合わせをしている宿屋“エマール”をめざす。それは、街のはずれ、街壁からそう遠くないところにある安宿だった。

 さっそく受付で部屋の空きを聞き、部屋を押さえた。
 受付をやっていた若い女性にヴィルトという人物が泊っているかと尋ねたところ、泊っているという。部屋の場所を教えてもらった。

 まず三人は自分たちの荷物を部屋に置きに行く。
 少し落ち着いたら、イリーナとクララはヴィルトの部屋を訪ねた。

 扉をノックすると「はい」と聞きなれた声で返事があった。
 中からブリュンヒルデが顔を覗かせた。彼女は二人を見て微笑んだ。
「来たわね。来てくれると思ったわ」。
「こんにちは」。
「今、着いたところ?」
「そうです」。
「よかったら、外へ食事にしに行かない?」
「いいですよ。じゃあ、召使いに出かけてくると言ってきます」。
 クララがそういうと、ブリュンヒルデは不思議そうに答えた。
「召使い?」
「家の召使いを連れて来たんです」。
「あなたの家、召使いがいるのね」。
 イリーナが口を挟んだ。
「彼女の家は金持ちなんです」。
「ええー、大したことないよ」。
「いや、あの屋敷は金持ちだ」。
「お爺様の遺産なんですよ」。
「お爺様? ユルゲンさんの?」
「そうです。お爺様の“回想録”や他の本が売れたお金が結構、残っているんです」。
「そうなのね。召使いの方も良かったら一緒に食事どうかしら?」
「じゃあ、呼んできますね」。

 イリーナ、クララ、ブリュンヒルデ、ナターシャの四人は連れ立って街に繰り出した。
 イリーナとクララは、オレガの証言、ムラブイェフの資料、ブユネケンの持っていた皇帝イリアの遺品についてブリュンヒルデに話をする。

 イリーナはびっしりと書き込まれたメモを広げて説明を始める。ブリュンヒルデは共和国の人物なので、興味があるのは共和国の事だろう。まずはその話からしようと思った。
「まずは、共和国が独立することになった経緯とお爺様が帝国に留まることになった理由についてわかりました。共和国が独立する時、エリアス・コフが指導してモルデンを掌握したということで歴史は伝わっていますが、それは違っていて、実はお爺様が策を講じてモルデンを掌握したのです」。
「やはり、そうなの?」ブリュンヒルデは前のめりになって声を上げた。「それで、その策とは?」
「偽の命令書を作って、それでモルデンの司令官をだましたと。それで、いとも簡単にモルデンを手中に収めたそうです」。
「本当?!」ブリュンヒルデは再び驚いて声を上げた。「ブラウグルン共和国では、そんな話は伝わっていないわ」。
「人民共和国でもこのことは伝わっていません」。イリーナは話を続ける。「お爺様は皇帝の命令書をいつも見ていたし、命令書の偽造は簡単だったそうです。それで、当時のモルデンの司令官をだまして、軍を指揮下に入れたと。そして、モルデンを掌握した後は、迫って来る帝国軍を何とかしなければならなくなって、彼はもう一つ策を講じました」。
「それは?」。
「お爺様は、皇帝を説得するために一人で投降したのです」。
「一人で?」
「はい。お爺様はそれしか方法が無いと思ったようです」。
「彼はモルデンの仲間と一緒に戦わなかったのはなぜかしら?」
「帝国軍と戦っても勝ち目がほとんどなかったことと、住民に犠牲者が出ることを防ぐためだったようです」。
「なるほどね。それで、皇帝の説得が成功したので、モルデンでは戦闘が起こらず、そして、共和国は無事解放されたということね」。
「はい。そういうことです。そもそも、皇帝や側近たちも共和国から撤退しようと検討していたようなので、それはすんなり受け入れられたようです」。
「お爺様がモルデンを掌握したという話はとても重要だわ。歴史が覆るわ」。
 ブリュンヒルデも話を聞きながらメモを取っていた。
「あとで、私もメモをお見せしますよ」
「ありがとう、助かるわ」。

「それで、その後の話です」。イリーナは話を続ける。「お爺様が投降して、皇帝を説得したあと、軍事裁判が開かれたのですが。その裁判が偽のもので、皇帝がお爺様を帝国に留まらせるための策略だったのです」。
「お爺様を帝国に留まらせることにしたのはなぜかしら?」
「お爺様の人徳を見込んだ皇帝が、傍に置いておきたかったようです」
 クララが嬉しそうに横から割り込んだ。
「なるほどね」。
「今までの話が、皇帝の遺品のメモからわかったことです」。

「ほかには、何かないかしら?」
「お爺様の弟子だったオレガ・ジベリゴワさんの話を聞いてきました。彼女の話では、新たに分かったことはあまりないのですが、革命の頃の話がたくさん聞けました。なかなかおもしろかったです。その話から新たに謎ができました。それはひょっとしたらアグネッタ・ヴィクストレームさんが知っているかもしれないので、お伺いしたいと思います」。
「その謎とは?」
「革命軍と帝国軍の戦闘がプリブレジヌイであったのですが、その戦いでオレガさんがお爺様を剣で斬ったのですが、数か月後に生きて現れたと」。
「斬ったってことは、殺したってこと?」
「そうです。オレガさんは、間違いなくお爺様は死んでいたと言っていました。でも、数か月後に生きて帰って来たそうです」。
「オレガさんの勘違いなのでは?」
「私たちもそう思うのですが…、ただ、ヴィット王国には人を生き返らせる魔術があるようなので、もし、この件でヴィクストレームさんに何か聞けるかもしれないと思っています」。
「あの戦いでヴィット王国が関与していたという話は聞いたことないわね。でも、私たちの調べだと、ヴィット王国の “ある組織” が、いろいろと歴史的に起こった事件に関与しているようなのよ。だからひょっとしたら、革命でも何らかの関与があったのかもしれないわ。その点でもヴィクストレームさんに聞きたいことがいくつもあるわ」。
「“ある組織”?」
「それは秘密警察みたいなものとみているわ」
「そうなんですね」。
「裏で色々暗躍していたみたい」。

「後は面白い話はなかった?」
「あの頃、お爺様の屋敷にいた召使いナジェーダ・メルジュノワは、革命軍の仲間だったということです。それで、革命の数か月前の皇帝暗殺未遂事件や、革命で皇帝がアリーグラードを脱出した時、プリブレジヌイに向かっているということをすぐにすることができたのは、彼女がその情報を革命軍に伝えていたからのようです」。
「こちらのオレガさんのお話のメモも、後でお見せしますよ」。
「ありがとう」。

 ブリュンヒルデは礼を言うと話題を変えた。
「ヴィット王国のアグネッタ・ヴィクストレームとは、国境の町ホッグプラッツで会うことになっています。あの町は標高が高いというから、少し寒いかもしれないわね」。
「コート、持ってきてないわ」。
 イリーナが不安げに言うと、ナターシャが明るく答えてくれた。
「街で調達するのはいかがでしょうか?」
「いいねえ」。
 クララはいつものように嬉しそうに同意した。

 四人はその後、食事をとって談笑して、宿屋に戻った。
 別れ際にブリュンヒルデは三人に言った。
「ヴィット王国へは明後日の朝に出発します。朝八時に宿のロビーで待ち合せましょう」。
「わかりました」。
「ヴィット王国までは駅馬車で三日かかるんだよね」。
「ひゃー。また長旅だね」。
 クララが天を仰いだ。
「ここまで来るのも二週間近く掛かったじゃない。あと少しよ」。
 イリーナが突っ込む。
「それではゆっくり休んで」。
 ブリュンヒルデは苦笑していった。
「おやすみなさい」。
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