18 / 66
証言者たち
弁護士の遺品
しおりを挟む
大陸歴1710年6月21日・パルラメンスカヤ人民共和国・首都アリーグラード
イワン・ムラブイェフの屋敷は、クララ・クリーガーの屋敷から、さほど遠くない場所にあった。イリーナとクララは一旦クララの屋敷に集まってから、改めてムラブイェフの屋敷に向かう。
今日、イリーナとクララがムラブイェフの屋敷を訪問した理由は、“英雄”ユルゲン・クリーガーの軍法会議の資料を探すことだ。
目的のムラブイェフの屋敷に到着する。そこは、クララの屋敷ほどではないが、やはり大きかった。庶民のイリーナは大きな屋敷に思わずため息をつく。
イリーナとクララは敷地に入り屋敷の扉をノックする。
「こんにちは」。
扉を開けたのは、背の低い男性だった。
「私がイワン・ムラブイェフです」。
「私が手紙を出した、クララ・クリーガーです。こちらはユルゲン・クリーガーについて、一緒に調べているイリーナ・ガラバルスコワです」。
「今日は、ありがとうございます」。
イリーナは頭を下げた。
「どうぞ、中へ」。
イワンは二人を屋敷の中へ招き入れた。
中に入ると応接室に通された二人はソファに座った。
女性が飲み物を持って部屋に入って来た。イワンは彼女を紹介する。
「彼女は妻のマリアです」。
「いらっしゃい」。
イリーナとクララは飲み物をいただきながら、イワンとしばらく雑談をする。
しばらくして落ち着いたのを見ると、イワンは本題に入った。
「君たちがご所望の遺品は地下室に置いてあるから、案内するよ」。
イワンは二人を連れて屋敷の奥へ進み地下室へ続く扉を開けた。
地下室へ降りるとイワンは天井から吊るされているランプに火をつける。そして、部屋の片隅に積んである箱を指さした。
「あの箱の中に遺品があるよ。爺さんが生前、弁護をしたときの資料が残っている。君たちが捜している物もあるかもしれないね。爺さんは有名人だったし、これらが歴史的資料になるかなと思って、いつか博物館かどこかに寄付でもしようかなと思っていたところなんだよ」。
イリーナは箱に被った埃を払い、ふたを開けた。
その中に資料が大量に保管されていた。
そんな中でも、イリーナとクララが捜しているのは、ユルゲンが裁かれた軍法会議の物、一つだけだ。
資料を探し始めた二人を見ながら、イワンは言った。
「自分も若いころ、法律の勉強をしていたころに一度全部に目を通したことがあったよ。でもユルゲン・クリーガーさんの記録はなかったように思うんだ。まあ、見落としかもしれないから、捜してみて」。
「イワンさんも弁護士なんですか?」
「検事をやっているよ。法律家としては、爺さんほど優秀じゃあないけどね」
そういってイワンは笑って見せた。
イリーナとクララは、一つずつ箱を開ける。
きちんと年ごとに分けられているので、目的の物が入っているであろう箱の目途はすぐについた。その箱の資料を取り出して読んでいく。
セルゲイ・キーシンの軍法会議の弁護資料も出て来た。
彼が裁かれたのは“ソローキン事件”で、ソローキンと一緒に公国へ侵攻した命令違反の罪だ。
“ソローキン事件 ”の時の裁判だから、ユルゲンが軍法会議に掛けられた時期と近いはず。しかし、その前後の資料を探すも、ユルゲンが裁かれた軍法会議の資料が見つかることはなった。
「なんでだろう。ほかの資料は几帳面なほどにそろっているのに、お爺さんの物だけ無いなんて」。
「軍法会議に掛けられたというのは、事実と違うんじゃないかな?」
「そうなのかなぁ」
二人はため息をついた。
二人は念のため、他の箱も開けてすべて調べたが、結局、ユルゲン・クリーガーについて書かれている資料は見つからなかった。
二人はうなだれて、地下室から出た。その様子を見たイワンは声を掛けた。
「目当ての資料は見つからなかったのかい?」
「はい」。
「そうか、それは残念だったね」。
イワンは腕組みをして少し考えてから、口を開いた。
「ひょっとしたら、別の弁護士が弁護したのかもしれないね。そうだとしたら、ここを調べても何も出てこない。ほんとうに爺さんが弁護したんだろうか?」
「私たちが聞いたのは、弁護したのは、やはりパーベル・ムラブイェフさんだと」。
「じゃあ、資料はあると思うけどな」。
イリーナは自分が調べたことについてイワンに話す。
「お爺様が恩赦になったと聞いて、当時の恩赦の対象者リストを捜して調べてみたんですが、彼の名前が無かったんです」。
「ユルゲン・クリーガーが恩赦? そういう話は聞いたことが無いなあ。軍法会議や恩赦の話は、誰から聞いたの?」。
「お爺様の弟子だったソフィア・タウゼントシュタインさんです」。
「そうか…。でも、そういう事実はないからね。さっきも言ったけど、ユルゲンが軍法会議に掛けられたこと自体、聞いたことが無い。“英雄” が軍法会議に掛けられたとしたら大事件だよ。何かの間違いなのでは?」
その言葉に二人は沈黙をしてしまった。そうなのだろうか。
イリーナは諦めたように、顔を上げて礼を言った。
「でも、貴重な資料をありがとうございました」。
「何か、他にお役に立てそうなことがあれば、いつでもどうぞ」。
「ありがとうございました」。
二人は改めて礼を言ってムラブイェフの屋敷を後にした。
軍法会議の事は、ソフィア・タウゼントシュタインの記憶違いなのであろうか?何せ五十年以上も前の話だ、記憶違いがあってもおかしくはない。
釈然としないまま、イリーナとクララは帰路についた。
イワン・ムラブイェフの屋敷は、クララ・クリーガーの屋敷から、さほど遠くない場所にあった。イリーナとクララは一旦クララの屋敷に集まってから、改めてムラブイェフの屋敷に向かう。
今日、イリーナとクララがムラブイェフの屋敷を訪問した理由は、“英雄”ユルゲン・クリーガーの軍法会議の資料を探すことだ。
目的のムラブイェフの屋敷に到着する。そこは、クララの屋敷ほどではないが、やはり大きかった。庶民のイリーナは大きな屋敷に思わずため息をつく。
イリーナとクララは敷地に入り屋敷の扉をノックする。
「こんにちは」。
扉を開けたのは、背の低い男性だった。
「私がイワン・ムラブイェフです」。
「私が手紙を出した、クララ・クリーガーです。こちらはユルゲン・クリーガーについて、一緒に調べているイリーナ・ガラバルスコワです」。
「今日は、ありがとうございます」。
イリーナは頭を下げた。
「どうぞ、中へ」。
イワンは二人を屋敷の中へ招き入れた。
中に入ると応接室に通された二人はソファに座った。
女性が飲み物を持って部屋に入って来た。イワンは彼女を紹介する。
「彼女は妻のマリアです」。
「いらっしゃい」。
イリーナとクララは飲み物をいただきながら、イワンとしばらく雑談をする。
しばらくして落ち着いたのを見ると、イワンは本題に入った。
「君たちがご所望の遺品は地下室に置いてあるから、案内するよ」。
イワンは二人を連れて屋敷の奥へ進み地下室へ続く扉を開けた。
地下室へ降りるとイワンは天井から吊るされているランプに火をつける。そして、部屋の片隅に積んである箱を指さした。
「あの箱の中に遺品があるよ。爺さんが生前、弁護をしたときの資料が残っている。君たちが捜している物もあるかもしれないね。爺さんは有名人だったし、これらが歴史的資料になるかなと思って、いつか博物館かどこかに寄付でもしようかなと思っていたところなんだよ」。
イリーナは箱に被った埃を払い、ふたを開けた。
その中に資料が大量に保管されていた。
そんな中でも、イリーナとクララが捜しているのは、ユルゲンが裁かれた軍法会議の物、一つだけだ。
資料を探し始めた二人を見ながら、イワンは言った。
「自分も若いころ、法律の勉強をしていたころに一度全部に目を通したことがあったよ。でもユルゲン・クリーガーさんの記録はなかったように思うんだ。まあ、見落としかもしれないから、捜してみて」。
「イワンさんも弁護士なんですか?」
「検事をやっているよ。法律家としては、爺さんほど優秀じゃあないけどね」
そういってイワンは笑って見せた。
イリーナとクララは、一つずつ箱を開ける。
きちんと年ごとに分けられているので、目的の物が入っているであろう箱の目途はすぐについた。その箱の資料を取り出して読んでいく。
セルゲイ・キーシンの軍法会議の弁護資料も出て来た。
彼が裁かれたのは“ソローキン事件”で、ソローキンと一緒に公国へ侵攻した命令違反の罪だ。
“ソローキン事件 ”の時の裁判だから、ユルゲンが軍法会議に掛けられた時期と近いはず。しかし、その前後の資料を探すも、ユルゲンが裁かれた軍法会議の資料が見つかることはなった。
「なんでだろう。ほかの資料は几帳面なほどにそろっているのに、お爺さんの物だけ無いなんて」。
「軍法会議に掛けられたというのは、事実と違うんじゃないかな?」
「そうなのかなぁ」
二人はため息をついた。
二人は念のため、他の箱も開けてすべて調べたが、結局、ユルゲン・クリーガーについて書かれている資料は見つからなかった。
二人はうなだれて、地下室から出た。その様子を見たイワンは声を掛けた。
「目当ての資料は見つからなかったのかい?」
「はい」。
「そうか、それは残念だったね」。
イワンは腕組みをして少し考えてから、口を開いた。
「ひょっとしたら、別の弁護士が弁護したのかもしれないね。そうだとしたら、ここを調べても何も出てこない。ほんとうに爺さんが弁護したんだろうか?」
「私たちが聞いたのは、弁護したのは、やはりパーベル・ムラブイェフさんだと」。
「じゃあ、資料はあると思うけどな」。
イリーナは自分が調べたことについてイワンに話す。
「お爺様が恩赦になったと聞いて、当時の恩赦の対象者リストを捜して調べてみたんですが、彼の名前が無かったんです」。
「ユルゲン・クリーガーが恩赦? そういう話は聞いたことが無いなあ。軍法会議や恩赦の話は、誰から聞いたの?」。
「お爺様の弟子だったソフィア・タウゼントシュタインさんです」。
「そうか…。でも、そういう事実はないからね。さっきも言ったけど、ユルゲンが軍法会議に掛けられたこと自体、聞いたことが無い。“英雄” が軍法会議に掛けられたとしたら大事件だよ。何かの間違いなのでは?」
その言葉に二人は沈黙をしてしまった。そうなのだろうか。
イリーナは諦めたように、顔を上げて礼を言った。
「でも、貴重な資料をありがとうございました」。
「何か、他にお役に立てそうなことがあれば、いつでもどうぞ」。
「ありがとうございました」。
二人は改めて礼を言ってムラブイェフの屋敷を後にした。
軍法会議の事は、ソフィア・タウゼントシュタインの記憶違いなのであろうか?何せ五十年以上も前の話だ、記憶違いがあってもおかしくはない。
釈然としないまま、イリーナとクララは帰路についた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる