色彩の大陸3~英雄は二度死ぬ

谷島修一

文字の大きさ
上 下
2 / 66
序章

英雄の遺品

しおりを挟む
 イリーナは、ハンカチで汗をぬぐいながら、屋敷の入り口の門を開け、自転車を脇に置いてから庭を進み玄関の扉の前に来た。扉をノックすると中から現れたのは、赤髪を肩の長さで揃え、少々背の高い痩せた感じの女性が現れた。来ているメイド服から彼女が召使いだろう。

「いらっしゃいませ」。
 召使いは礼儀正しく頭を下げて挨拶した。
 イリーナはこんなに丁寧に挨拶されることがあまりないので、ちょっと戸惑ってから、同じように頭を下げた。
「どうも…、こんにちは」
「私は、こちらで召使いをやっている、ナターシャ・ストルヴァと申します。お嬢様は部屋でお待ちです。ご案内いたします」。
「よろしくお願いしまず…。あっ、自転車をそこに置いてあるんですが、大丈夫ですか?」
「はい。あとで、屋敷の中に入れておきますので」。
 召使いはそういうと、イリーナを扉の中に招き入れた。

 イリーナは中を見て驚いた。屋敷の中は綺麗に掃除されているようで、どこもピカピカだ。この召使いが掃除をしているのだろう。この建物は結構古いものだと聞いていたが、よく手入れされているようだ。さほど古さを感じない。
 イリーナは物珍しさから図らずも中をキョロキョロしてしまった。天井には大きなシャンデリア、壁には数は少ないがいくつか絵がかけられていた。その中で、大きな肖像画が一つ掛けられていた。三十歳半ばぐらいの軍服を着た男性。これが “英雄” の絵だろうか? 後で確認してみよう。

 召使いに連れられて広い玄関正面から、ふかふかのカーペットが引かれている階段を上り、二階の廊下を進み目的の部屋に案内された。
 召使いが扉をノックし、中から明るい声で返事がした。扉を開けると中にいたのは、編み込んだ金髪を肩ぐらいまで伸ばし、青い瞳でやや長身の女性。
 彼女の名前は、クララ・クリーガー。
 イリーナとカレッジで一緒に歴史を学ぶ学生だ。

 イリーナは、自転車で駆けて来たので、まだ少し息が乱れていた。
「ごめんなさい。遅くなったわ」。
 大きく深呼吸をして、その息を整えてから謝罪した。イリーナの額には薄っすらと汗が滲んでいるのが見えた。イリーナは今日持ってくる資料をまとめるのに時間がかかってしまい、約束の時間に十五分程遅刻してしまった。
「待ってたよー」。
 そういうと、クララはイリーナに抱き着いてきた。
 クララは、イリーナが毎日、夜遅くまで資料集めとその読み解きをしているのを知っているので、十五分ぐらいの遅刻については大目に見る。クララはのんびりした性格で、そもそもあまり怒ったりしないのだ。
「ごめん、資料が多くて」。
 イリーナはもう一度謝罪した。

 イリーナはクララの部屋に入る。広いが、ここも綺麗に整理整頓された部屋だ。イリーナの家の自分の部屋とは大違い、さすがはお嬢様だと思った。
 召使いは一旦部屋を去り、しばらくしてから飲み物を持って部屋にやって来た。テーブルにコップを二つ置くと、会釈をして出て行った。
 コップに入って来たのは、最近、良く出回っているセフィード王国産のオレンジジュースだ。
 イリーナは喉が渇いていたので、それを半分程度飲み干して、大きく息を吐いた。
「おいしい」。
「いい飲みっぷりだねえ」。
「自転車で急いできたからね」。
 イリーナはもう一口ジュースを飲んでから話を続けた。
「それにしても、ここ、すごい豪邸だね」。
「そう? この辺りじゃあ、小さめの屋敷なんだよ」。
 そうなのか。ただの庶民であるイリーナにとっては、いずれにせよ豪邸だ。

 イリーナは先ほど気になった事を訪ねた。
「ところで、玄関に飾ってある肖像画だけど、あれがお爺さま?」
「そうだよ」。
「あんまり、あなたに似てないわね」。
「そうかな? 目元が似てるって言われるけど」。

 イリーナとクララは少し雑談をしてから、本題に入る。
「じゃあ、お互いに集めて来た資料を出し合いましょう」。
 クララは言った。イリーナはカバンから同じように多くの資料を取り出した。それに応えるように、クララは机の上に置いてあった資料を、バサバサと持ち出した。二人は床に直接座って、資料を並べる。
「お爺さまの遺品からは、あまり良さそうなものは見つからなかったわ」。クララは自分の取り出した資料の山を見つめて残念そうに言った。「お爺さまは普段、日記を付けたり、自分のことについて書いたりする習慣がなかったみたい」。
 そして、ため息をついて付け加えた。
「日記があれば一番よかったのに」。
「それは仕方ないわよ。資料を分析してから、あなたのお爺さまの自伝 “ユルゲン・クリーガー回想録” をもう一度、違った視点から深く読み解きましょう」。

 イリーナはクララの前に並べてある資料を一瞥する。
 クララは資料の説明を始める。まずは、右側に並んでいる資料を指さす。
「こっちが軍のいたころ資料。アカデミーで使っていた資料、帝国軍や人民共和国軍からの賞状、帝国軍司令部からの命令書、皇帝イリアからの手紙。それと、傭兵部隊にいた頃、お婆様との手紙が十通ほど」。
 次に左側に並んでいる資料を指さして話す。
「退役してからの資料は、孤児院からの寄付の礼状、カレッジの授業で使った資料、出版社とやり取りした手紙。それに回想録を書くための下書きやメモの類」。

 結構な量の資料が目の前に広げられている。それにしても、良くこれだけの資料が残っていたものだ。
 アカデミーやカレッジの資料が特に多い、これらは授業の時に使ったものだろう。次に多いのは回想録の下書きとメモ。
 二人が調べているのは、プラミア帝国による隣国プラウグルン共和国の占領から、五十年前の帝国が崩壊した “人民革命”までの歴史だ。だから、軍にいたころの資料と回想録のメモが特に重要になりそうだ。

 元々、歴史に興味があったイリーナは、カレッジでも近代史を専攻していたが、特に革命の時期のことについて知りたいと思ったのはつい最近のことだ。きっかけは、ガレッジで同じ専攻科で知り合った同級生クララ・クリーガーが、ブラウグルン共和国軍の “深蒼《しんそう》の騎士” であり、また、ブラミア帝国で “帝国の英雄” と呼ばれていた、ユルゲン・クリーガーの孫と知った時だ。
 それで、好奇心から、その時代について調べてみると、いくつもの矛盾やおかしなところが幾つもあり、それらについて疑問を感じる様になったのだ。
 あの革命やその前後の歴史では、解明されていない謎が多い。イリーナは、まだなどとなっている事実を解明したいと思っていた。その事をクララに話したら彼女もイリーナと一緒に謎を解明したいと話に乗って来た。

 史実として伝わっている歴史で、帝国の崩壊は、“チューリン事件”、 “ソローキン反乱”、“人民革命”の三つの出来事を中心に大きく動いていた。
 図書館にある歴史書はもちろん、流通している書籍も幾つも読んだが、やはり納得がいかないことがいくつかあった。
 今ある資料には書かれていない史実があると感じたイリーナは、まずは資料集めに奔走した。ユルゲンが生前、関係のあった人々について書かれている資料を探すためさらにいくつかの図書館などを回った。
 一方のクララは、家の物置に仕舞われていたユルゲンの遺品を引っ張り出し、すべてに目を通していた。



クララ・クリーガー
(絵:BASASHIdon 様)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...