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Episode#02:精霊術師と死霊術
Episode#02:精霊魔術師と死霊術 3
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「なぜ呼ばれたか、解るかな?」
時はあの実習から一日経った放課後。場所は購買部裏の自室ではなく、学院長室。ダスクの隣では召喚魔術科の担当教師であるマティア教師も控えている。
ダスクはこちらの問いに目を伏せ、小さな声で「はい」と答えた。
諦めたように目を伏せたままのダスク。マティア教師は覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見据えている。
正直、こういう場はツラい。
威圧感を与えないよう、けれど相手から目を離さぬよう極力柔らかな表情を心掛ける。
「……ダスク君、私ね、昨日マティア先生とお話したの。先生はご存知だったそうよ」
ダスクがおずおずと顔を上げる。マティア教師はダスクに微笑んで頷いた。
ダスクが『聖気盾』を買いに来たあの日、教師やクラスメイトに知られたくないと言っていたけれどマティア教師はダスクの事情を察していたのだ。知っていて、黙っていた。
「説明、できるかな?」
ダスクは少し躊躇ったようだった。それはそうだろう、例え相手が知っていたとしても隠しごとを告白するのは勇気が要るものだ。
深呼吸ひとつを間に挟み、口を開く。
「……はい。わたしの契約相手は精霊ではなく死霊です」
静かだけれど、潔い声だった。
細かく震えている彼の手は見なかったことにして、頷く。
ダスクは続けた。
「……わたしの契約相手は、入学前に亡くなった、わたしの姉です」
──ダスクの話はこうだった。
ダスクには歳の離れた姉がいた。
彼女は召喚術の才に長けていた……というよりは、精霊に愛された娘だった。召喚術式など使わずとも、彼女は精霊と共にあった。
暖炉に寄れば炎は色を変え、窓を開ければ風霊の乙女が周囲の者にも見えてくる。光の粒は夜もなお髪に残り、部屋に飾られた花は早く開いて長く保った。
もしも彼女が召喚魔術師を目指せていたなら稀代の大魔術師が生まれていたかもしれない。けれど、そうはならなかった。
彼女は一般的な日常生活を送るのが困難なほどに身体が弱かったのだ。
寒い日暑い日が続いても、なんなら少しはしゃぎ過ぎただけでも熱を出す。本人もご両親も体力獲得のため尽力したらしいけれど、なかなか思うようにはいかなかった。
当然ながらダスクのように学校に通うこともできない彼女は、類稀なる才能を持ちながらも魔術師にはなれなかったのだ。
そして彼女はこの世を去った。
毎年、冬支度に疲れた人がちょっと罹る程度の流行り病、大抵の人が暖かくして三日も寝ていれば治ってしまうそれに、彼女は勝てなかった。
ダスクはといえば、当時ようやく自分でスプーンが持てた歳だったから姉のことはあまり覚えておらず、ただ優しく撫でてくれた手の感触だけが朧げに残っているという──
「姉がわたしの召喚魔法に応えたのは、基礎魔法の習得中でした……教本の魔法陣を写し間違えたんです。多分」
最初は姉と気づかず精霊が来てくれたのだと喜んでいたのだそうだ。闇精霊は確かに悪意無き死霊との見分けがつきにくい。召喚に応じてくれることも少ないから本当に会ったことがある人も少ないとは思うのだけど。
「契約した精霊がお姉様だといつ知ったの?」
「中級クラスのときの競技会です……あの、わたしの精霊はここ1番というとき頭を撫でてくれるのですが……他の精霊がそういうことしてるの、見たこと無いなって……そうしたら他の人と発現の魔法陣がちょっと違う、って気付いて……」
確かに、精霊にも感情や好奇心が有るし友情を結んだりもするから全く無いとは言い切れないけれど、契約者の頭を撫でる精霊というのは……まぁ聞かない。召喚獣はともかく精霊には単純にスキンシップという概念が殆ど無いからね。むしろ禁忌に近い。
ピンとこない人は考えてみて欲しい、炎の精霊に触れてしまったらどうなるかを。力の種類によって違いはあれど、触れれば他種族の身体、精神、環境等、どこかしらに影響を与えてしまう精霊は多いのだ。
時はあの実習から一日経った放課後。場所は購買部裏の自室ではなく、学院長室。ダスクの隣では召喚魔術科の担当教師であるマティア教師も控えている。
ダスクはこちらの問いに目を伏せ、小さな声で「はい」と答えた。
諦めたように目を伏せたままのダスク。マティア教師は覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見据えている。
正直、こういう場はツラい。
威圧感を与えないよう、けれど相手から目を離さぬよう極力柔らかな表情を心掛ける。
「……ダスク君、私ね、昨日マティア先生とお話したの。先生はご存知だったそうよ」
ダスクがおずおずと顔を上げる。マティア教師はダスクに微笑んで頷いた。
ダスクが『聖気盾』を買いに来たあの日、教師やクラスメイトに知られたくないと言っていたけれどマティア教師はダスクの事情を察していたのだ。知っていて、黙っていた。
「説明、できるかな?」
ダスクは少し躊躇ったようだった。それはそうだろう、例え相手が知っていたとしても隠しごとを告白するのは勇気が要るものだ。
深呼吸ひとつを間に挟み、口を開く。
「……はい。わたしの契約相手は精霊ではなく死霊です」
静かだけれど、潔い声だった。
細かく震えている彼の手は見なかったことにして、頷く。
ダスクは続けた。
「……わたしの契約相手は、入学前に亡くなった、わたしの姉です」
──ダスクの話はこうだった。
ダスクには歳の離れた姉がいた。
彼女は召喚術の才に長けていた……というよりは、精霊に愛された娘だった。召喚術式など使わずとも、彼女は精霊と共にあった。
暖炉に寄れば炎は色を変え、窓を開ければ風霊の乙女が周囲の者にも見えてくる。光の粒は夜もなお髪に残り、部屋に飾られた花は早く開いて長く保った。
もしも彼女が召喚魔術師を目指せていたなら稀代の大魔術師が生まれていたかもしれない。けれど、そうはならなかった。
彼女は一般的な日常生活を送るのが困難なほどに身体が弱かったのだ。
寒い日暑い日が続いても、なんなら少しはしゃぎ過ぎただけでも熱を出す。本人もご両親も体力獲得のため尽力したらしいけれど、なかなか思うようにはいかなかった。
当然ながらダスクのように学校に通うこともできない彼女は、類稀なる才能を持ちながらも魔術師にはなれなかったのだ。
そして彼女はこの世を去った。
毎年、冬支度に疲れた人がちょっと罹る程度の流行り病、大抵の人が暖かくして三日も寝ていれば治ってしまうそれに、彼女は勝てなかった。
ダスクはといえば、当時ようやく自分でスプーンが持てた歳だったから姉のことはあまり覚えておらず、ただ優しく撫でてくれた手の感触だけが朧げに残っているという──
「姉がわたしの召喚魔法に応えたのは、基礎魔法の習得中でした……教本の魔法陣を写し間違えたんです。多分」
最初は姉と気づかず精霊が来てくれたのだと喜んでいたのだそうだ。闇精霊は確かに悪意無き死霊との見分けがつきにくい。召喚に応じてくれることも少ないから本当に会ったことがある人も少ないとは思うのだけど。
「契約した精霊がお姉様だといつ知ったの?」
「中級クラスのときの競技会です……あの、わたしの精霊はここ1番というとき頭を撫でてくれるのですが……他の精霊がそういうことしてるの、見たこと無いなって……そうしたら他の人と発現の魔法陣がちょっと違う、って気付いて……」
確かに、精霊にも感情や好奇心が有るし友情を結んだりもするから全く無いとは言い切れないけれど、契約者の頭を撫でる精霊というのは……まぁ聞かない。召喚獣はともかく精霊には単純にスキンシップという概念が殆ど無いからね。むしろ禁忌に近い。
ピンとこない人は考えてみて欲しい、炎の精霊に触れてしまったらどうなるかを。力の種類によって違いはあれど、触れれば他種族の身体、精神、環境等、どこかしらに影響を与えてしまう精霊は多いのだ。
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