マジックショップと狂詩曲

緋宮閑流

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Episode#02:精霊術師と死霊術

Episode#02:精霊魔術師と死霊術2

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 ──結局、『聖気盾』は売ってあげた。
 普通に買える品物であるにもかかわらず人目を忍んで買いに来た理由なんかもちょっと引っかかりはするけれど、『聖気盾』の魔術を掛けられた霊体の使役者にはそれが判るから悪用しづらい品ではあるし……
「……コレにも引っかからなかったしね」
 客用椅子の背を撫でる。
 一見可愛らしい花模様の細工なのだけれどその線一本一本には細かな魔法文字が刻まれており、ここで話した内容に嘘偽りや悪意が有れば自分には判るはずだった。特注品なのである。
 しかし少年の言葉には嘘も悪意も感じられなかった。少なくとも本人には悪意を持って『聖気盾』を使う意図は無いのだ。

 少年が見つからずに寮に戻れるかちょっとだけ心配しつつ、宙に呼び出した学習要項を捲る。学期分とはいえ、各科の教員たちがまちまちに纏めているものを集めて綴じているだけだからなかなかに見辛い。
 各科目の教員以外が目を通すことは滅多に無いから各々好きなように纏めてもらっているけれど、これはフォーマット化したほうが良いのではなかろうか……っと。

「召喚魔術科……召喚魔術科……これか」
 ……うぁ、この学科、実技の小テスト多いな。学生たちは大変だろう。
 細かなリストを指でなぞる。当然ながら死霊術に関する記述は無いようだ。
 そして特に弱い霊体やアイテムを使う実験もいまのところ無い。逆に小魔族の召喚なんかも無いが、そんな授業のときには教員のほうが光の檻を買いに来るだろう。

 あとは……

「……これ……いや、うーん……どうだろ?」
 危ないことには使わない、他人に迷惑はかけない、そう言い切ったダスクの言葉に嘘は無い。けれど。
 一瞬、担当教員に忠告すべきかとも頭をよぎったけれど、その考えは溜息に変えて吐き出した。
 少なくとも今はまだ生徒を裏切る段階ではない。自分はみんなのお姉さん、生徒の味方、購買部のシスターなのだから……うん、「お姉さん」にツッこまないで頂けたら嬉しい。

 それなりに悩んだ末に、少し気になった授業を『覗き見』することにした。
 最初からそのつもりだっただろうって?
 そんなことないでーす。多分。



──────────────────



 ──はたして、その授業は二日後だった。

 『隠れる豆』を楽曲魔法で魅了して召喚魔術科に潜入してもらうことにした。『隠れる豆』は『走る豆』の近縁種。ぺたんと薄くて走ることはないが、豆が気に入った暗がりに自ら移動し、隠れてしまうという性質を持つ。
 ちゃんと管理すれば使い勝手の良い豆なのだけれど色も暗いしどこにでも吸い付いてしまうから、『走る豆』と同じく脱走させてしまうと見つからなくて厄介なんだよねぇ。

 実習内容はざっと確認した。
 学生数人でグループを作り、近くの山道で死霊を処理するという定例の実習だ。

 街道も整備されていて季節が良ければ山の恵みも期待できる山なのだけど、何故かちょくちょく霊体系の不死者が集団発生する。原因については色々言われているけれど、噂以上のものが無いのでここでは割愛させて頂きたい。
 通行人が襲われたという話も聞かず基本的に無害な彼らではあるが、流石に数が多過ぎ……放っておけば負の生命力によって山が霊場化してしまう。そうなったら更なる大物を呼ぶ可能性も高い。シャレでは済まなくなってしまうからね。
 故に、集団発生期には我が校が実習と称して各科持ち回りで掃討することになっているのだった。

 さて、ここで思い出して頂きたいのだが、『聖気盾』は主として不死者に使うものだ。
 死者を還す実習と『聖気盾』。結びつけるならここじゃないかな。

 というわけで、『隠れる豆』さんにはダスクの実習カバンにくっついて貰った。多少揺れるが付与した通信魔法の感度は良好。現場の音声と映像が、鮮明とはいかないまでもそれなりに伝わってくる……うん、定例ながらよくこれだけの死霊が集まったな。
 授業では班に分かれて掃討作戦が始まったようだ。
 死霊たちは、もともとは生者だ。除霊は敬意を持ってあたるよう指導してはいるが……学生と精霊たちの丁寧な除霊を見て改めて安堵する。精神性もしっかり健全に育っているようで何より何より。

 ダスクも例に漏れず綺麗な魔法陣を……って、うん?……あれ?

 違和感を覚えた魔法陣に注目する。
 映像が不鮮明、おまけに全部が映っているわけではないけれど、あれって多分、精霊力の発現で描かれている魔法陣じゃない……よね?

 本人が持つカバンの端からではダスク自身の様子は見えない。視界の範囲は広くないけれど、なんとか動かしてダスクが契約している精霊を探し──彼の契約精霊を見た途端、喉元につっかえていた違和感がストンと胃の腑に落ちたのだった──
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