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第4章 水底
4-6 青海龍2
しおりを挟むニンゲン以外の生物にとって、ニンゲンの生息地は死の臭気に満ちている。
青海龍の特徴である青い鰭や尾を隠したヒトガタでニンゲンに擬態することは造作も無いが、死に溢れたニンゲンの群れへと入り込むのには未だ抵抗があった。
編んだ枯れ草の上に魚の死骸や大地から切り離された植物が並び、抉り出され打ち潰された金属と交換されている。瀕死の虫は食されることも弄ばれることも無く物陰に放り出され、首を落とされた鳥類が滋養たっぷりの血をわざわざ抜かれて流されている。
かろうじて理解できるのは果実にかぶりつく者と毛皮や編まれた植物で身体を包む者だが、後者については不便な進化をしたもので気の毒だとは思う。
ニンゲンたちが頻繁に行き来するのであろう、踏み固められた土の地面に沿って歩を進めてみる。しかしワダツミの気配はおろか、生きた海の者が訪れた様子も……と考えかけて首を振った。ここは陸だ。
兄さん、ヤスイよ、と声をかけられるが無視して足を運んだ。手に入れるのが容易であるという語感は伝わってくるが、群れの作法がわからないので素通りを選ぶ。
生き物の群れにはそれぞれ作法が有るのだ。角を突き合わせての挨拶や縄張り争いの決まりごと、求婚の方法から食事の順番……間違えば大抵良いことにはならないから、作法がわからないなら関わらないのが正しい。
程なく群れの端に辿り着こうというとき、ふとニンゲン同士の会話が耳に入った。
「回り道がこれまた遠くてさ……参っちまうよ」
「前に言ってたアレか、一晩でできたっちゅうノコギリ山か」
「山ってより突ンがった壁だなぁ、ありゃ。地図にすると山にしちゃ随分と薄っぺらいのよ。今はお役人が隧道掘れねぇかってお調べなんだとさ。掘るなら早くしてくれねぇかな……こちとら関所がふたつも増えちまって──
一晩でできたという、先の尖った薄い山脈。
そんなものを作る存在はただひとつ。
「……地底龍が出てきた……か」
通常は大地の遥か下、灼熱が蟠るという場所で眠り続けているはずの龍。龍族のなかでは最も長命であり、幼体であった姿を知る者は日光龍くらいだろう。しかしそれだけ長く存命でありながらその姿を見た者は殆ど居ない。ただとてつもない暴れ龍だという話だけが伝えられ、唯一地底龍を知る日光龍はその話を否定も肯定もしなかった。
「……口煩ぇ大地龍のじいさんが動けなかった理由はコレかよ……なかなか厄介なことになったもんだ」
盛大な溜息をついて天を仰ぐ。日輪の放つ光はあまりにも強く、日輪と同化してそれを守る日光龍は影も形も見出すことができなかった。
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