紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

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第1章 はじまり

1-8 秘密2

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「……ワダツミ」
頭上から声がする。頭をもたげた。
暗い海底でもなお煌めく遊色を宿した鱗。
「『青海龍』……」
何度も追い返した幼馴染。
こんなときには最も会いたくない、こんな姿は最も見られたくない相手だ。
「アンタも懲りませんね……」
「用があるのは俺じゃねぇよ深海のチビ」
低い声と共に鰓の間からするりと滑り降りたのは赤い鰭を持つ友だった。帯状に伸びた、銀の身体。一瞬、安堵に抜けた力が震えを伴って脳天に駆け上がる。
「……姿見ねぇと思ってたらどこ行ってやがった」
『青海龍』の放つ燐光を反射して鈍く光る銀の色。
「……ごめんね若長……」
ひらひらと舞う気配。
チビ蟹の食べ過ぎで動けなくなっていたときよりも長く傍を空けていた。しかも場を移動しても見つけることはできず、広げた意識にも引っ掛からなかった。
「……っの……莫迦が」
ぶわり、と周囲の砂が舞い上がる。
「怒ってる……?でもね、若長……聞い」
「うるせぇ……っ!」
舞い上がる砂が勢いを増し水の流れが荒れ狂った。水底の岩が浮き上がり飛礫となって降り注ぐ。
「ワダツミ!」
「うるせぇよどいつもこいつも……っ……!」
飛んできた飛礫を尾で叩き落とす。飛礫は水の中だというのに衝撃で砕けて散った。
「……みんな消えちまえ……オレの前からっ消えちまえ……っ!!!」
叫んだ直後、水の塊が轟音を立ててぶつかってきた。砂にめり込むほど水底に押し付けられて一瞬目眩を覚える。
「いい加減にしやがれワダツミ」
低い、声。
「てめぇ一人の話なら構わんがな……てめぇの意地で民に迷惑かけんじゃねえ……何のための長だ?!」
「……アンタに何が解ンだよ……」
砂を払い落として顔を上げる。
「どうせオレは自分の役目も果たせねぇ、民も守れねぇ無能な長だよ!……あぁそうだよ、あンとき長どもに噛みついてりゃ良かったんだ自分とこは自分で守れってな!!」
尾を砂に叩きつける。鱗が逆立ち鬣が震えた。
「ヘタに意地張ったオレが全部悪ぃんだよ!解ってンだそんなこたぁよ……」
柔らかな砂が力を失った胴を受け止め包み込む。
目を、閉じる。
そうだ。何度も機会はあった。
このままでは『瘴気喰い』の処理能力が追いつかなくなると、ニンゲンを滅するべきだと、進言する機会はいくらでもあった筈なのに。
「……オレは『瘴気喰い』がみくびられるのが嫌だっただけなンだ……」
本来は世界の健全な運行を手助けするために造られた龍が、他種族を絶やさねば役割を果たせぬほどに無能であると認めることが許せなかった。諦めるフリをして守ったのは世界の運行ではなく己のちっぽけな矜持だ。
障害を取り除くことも大切な役目の一つだった筈なのに。
「……ごめん、アラナミの兄貴……オレちょっと頭冷やすわ」
「おぅ、しっかり冷やしてこい」
くるくると回る水の輪が眉間を直撃する。
「お前の相棒、さっきの騒ぎですっ飛んじまったぞ。探してやれ」
「マジか。軟弱者め」
尾鰭を返して水を切る。少しだけヒリヒリする眉間を髭で撫でた。
水流をくるくると纏めて輪にする遊びは、そういえばアラナミに習ったものだ。
「……名前」
小さく呟く。
「アイツの名前、『ミズノワ』とか良いかもな」
実際に水の輪を打ち返すのがとても上手だ。名を授けられた彼の顔を想像してひとりで笑った。
そう遠くへは行っていない筈だ。また見つけてやろう。チビ蟹食べ過ぎ事件のときと同じように。


せっかく見つけたのに。
銀の魚は泡を吐く。
胸鰭に引っかかったままの光の粒にちらりと目をやって。
喜んでもらえると思った。
元気を取り戻してもらえると思ったのに。
銀の魚は泡を吐く。
忍び寄る暗い影に気づかぬままに。


























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