24 / 26
第5章
#01
しおりを挟むプロミネンスウィンディアの歴史は古い。しかし最初から現在のような大国家ではなかった。むしろ辺境の街だった時期のほうが圧倒的に長い。
彼らが信仰していた神は太陽神や月神、大地の神といった当時代表的な神々ではなく、漁村を中心に各地で細々と祀られていた星の神。後に悠星教と呼ばれ広く大陸に鳴り響くその教えは、しかし当時は港町の隅に在る教会で密やかに囁かれるほどのものでしかなかった。
信仰者の大半が船乗りであるという性質により港町から港町へと波及したものの、各地土着の伝え語りが都合良く融合したりもしてその信仰内容は各地で違う曖昧なものと成り果てていた。故に同じ神を信仰しながら仲間意識や使命感は薄く、同教者同士の争いすら起こっていたという。
そんな星の神への信仰を取り纏めたのが当時辺境の一都市であったプロミネンスウィンディアだった。
周辺地域における統治者のお膝元ではあるものの名前ばかり御大層で特に目立った産業も無く、港町らしい雑多な土産物と海に接する山の中腹に並ぶささやかな湯治宿が目玉といえば目玉であった地味な街。そんな街がどうして急激に東方地域と星神の教えを纏めるに至ったのかは神学者も首を捻るばかりだが、悠星教の教典によればこの街に神の遣いが降りたことがきっかけなのだと記されている。
大地に降りた御使は人の子と共に歩むため人として過ごした。正しい教えを説いて回り、奇跡を起こし、ときに戦の前線にすら立った。神の名と信者たちを護り闘うその姿はまさに天の者と呼ぶに相応しい、優美で、苛烈で、尚且つ慈悲深いものであったという。
しかし人の子として生きる以上、御使にも限界は有った。とある戦のさなかに負傷者の集まる教会を護るため御使はその力を使い果たし、御使による悠星教統一期の幕は閉じた。
御使は紅く燃え立つ炎の髪を持った少年の姿をしていたという。
───────────────────
「……美味いか?」
茹でてアクを抜いた木の実を、潰し、練って、焼いた、ただそれだけの平パンと果実を煮詰めただけのジャム。
最初のうちこそ温かい食事に警戒していた少年も、甘いジャムに絆されたのか調理された食事を少しずつ口にするようになっていた。
火の問題はかまどを岩壁の窪みに組んでやることで一応の解決となった。火が剥き出しにならないことと、上着でバサバサ扇いでもそう簡単には燃え広がらないこと、大きな火でなければ水で消えることを実践してみせたのが功を奏したといえばそうなのかもしれない。
少年はものを知らないだけで馬鹿ではないのだ。
「まだ有るぞ」
手にしてみせたパンに首を振り、少年がカップを差し出す。どうやら花を煮出した茶が気に入ったらしい。
カップに茶を追加してやる。先日見つけた紅い花は、蜜をふんだんに含んでその香りと同じく味も甘酸っぱい。
ここに住まうならと数日間かけてこの場所を巡ってみたが、神々に愛された楽園というものがあるならここがそうなのだろう、という感想しか出なかった。茶に使った紅い花をはじめ生活に有用だと思われる植物ばかりが育ち、危険に思える場所も無い。
湧き水の流れ落ちる滝、膝までの水量も無い緩やかな流れの小川。地面は柔らかな草に覆われ、食用の実をつける樹や灌木がそこかしこに生えている。
──あまりにも豊かだ。どこか人工的なものを感じるほどに。
木の葉を巻いたカップを大切そうに抱えて中身を吹く少年をチラリと見遣る。穏やかな秘密の園に住まう主はカップの中に広がる紅い水面を無邪気な眼差しで見つめていた。
視線の先に揺れる水面と同じ色の髪を背負って。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
【完結】天下無双の英雄は糞を漏らして名を隠す
カレーハンバーグ
ファンタジー
魔王討伐の際に糞を漏らし、俺は社会的に死んだ。
重すぎる十字架を背負わされた俺は、それまで築いた地位と名誉を捨て、名を変えて新たな人生をやり直す。
だがある日、街が巨大なオークに襲われて――。
俺の正体が明らかになる時、新たな英雄譚が幕を開ける。
異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。
古嶺こいし
ファンタジー
異世界に神隠しに遭い、そのまま10年以上過ごした主人公、北城辰也はある日突然パーティーメンバーから『盾しか能がないおっさんは使えない』という理由で突然解雇されてしまう。勝手に冒険者資格も剥奪され、しかも家まで壊されて居場所を完全に失ってしまった。
頼りもない孤独な主人公はこれからどうしようと海辺で黄昏ていると、海に女の子が浮かんでいるのを発見する。
「うおおおおお!!??」
慌てて救助したことによって、北城辰也の物語が幕を開けたのだった。
基本出来上がり投稿となります!
【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
ポリゴンスキルは超絶チートでした~発現したスキルをクズと言われて、路地裏に捨てられた俺は、ポリゴンスキルでざまぁする事にした~
喰寝丸太
ファンタジー
ポリゴンスキルに目覚めた貴族庶子6歳のディザは使い方が分からずに、役に立たないと捨てられた。
路地裏で暮らしていて、靴底を食っている時に前世の記憶が蘇る。
俺はパチンコの大当たりアニメーションをプログラムしていたはずだ。
くそう、浮浪児スタートとはナイトメアハードも良い所だ。
だがしかし、俺にはスキルがあった。
ポリゴンスキルか勝手知ったる能力だな。
まずは石の板だ。
こんなの簡単に作れる。
よし、売ってしまえ。
俺のスキルはレベルアップして、アニメーション、ショップ、作成依頼と次々に開放されて行く。
俺はこれを駆使して成り上がってやるぞ。
路地裏から成りあがった俺は冒険者になり、商人になり、貴族になる。
そして王に。
超絶チートになるのは13話辺りからです。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる