私とツノ付きお兄ちゃん

緋宮閑流

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私とツノ付きお兄ちゃん

#03ってことで暑気あたりしちゃいました

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「ねー、お兄ちゃーん、そんな格好で暑くないの?」
太陽輝き夏草生い茂る裏庭で兄が本を読んでいる。木陰とはいえ真夏の真昼間にぞろりとした黒いローブの一揃えが見た目に暑い。
私には無い黒いツノと矢印型の尻尾。見た目通り異種族である義理の兄は、必要なものが入っている鞄みたいなものだからと普段から厚ぼったいローブをあまり脱がないのだ。
正直、傍目には罰ゲームか何かで一人我慢大会を開催しているようにしか見えない。しかし一人我慢大会主催者にして唯一の参加者である兄は「暑くない」と宣った。
「お前こそなかなか、こう、なんというか……うん、ハレンチな格好だなぁ」
「うわ、気を遣ったっぽい割には全然薬紙に包んでない」
一方私はといえば些か袖と丈の短過ぎるワンピース。二の腕半分と膝から下が丸見えだ。
まぁ、私だってくるぶし丈のスカートと二の腕を隠す衣服が主流であるご時世にこんなワンピースを着て街中へ出ようとは思わないけれど。
「これ水着だよ。そこの川で涼もうと思って。お兄ちゃんもどう?」
「んー……遠慮しとく。木陰は持っていけないからな、頭が煮える」
そういう兄は全身が煮えそうなのだが。
私も頭を茹でないようにボンネットを被り、家の裏を流れる小川に駆け寄って脚を浸した。
これは涼しい。
暑い日にぴったりな冷たいおやつを確保すべく、目の荒い籠に入れた甘瓜を浅く水の当たる場所に置いた。
今日も父と母は出かけているから、この甘瓜は兄と山分けだ。うんとよく冷えるといいなと思って掌で掬った水を掛けておいた。
少し動かないと川に掛かる影は無いけれど、川を渡る風も冷気を含んで木陰が無くとも十分涼しい。

──と思っていたのだが。

「うー……気持ち悪い……」
しばらく後、私は兄の膝に頭を乗せていた。
「……おひさまってヤツは空に有る大火球だって自分で言ってたよな?」
「……言ったー」
「あんな格好でずっとデカい火の玉に炙られてたら、そりゃ上せるだろ……」
言い返せずに唸る。
兄はあの分厚いローブの下に冷気の魔法を纏わせていたという。暑くないはずだ。前を開けた兄のローブから冷気のお零れをもらいながら、ずるい、と小さく呟いた。
兄に聞こえたかどうかはわからない。
「そろそろ、中に入るか」
見上げた顔が心なしか不機嫌に見えたのは気のせいだろうか。

カーテンの靡く部屋、ベッドに寝転がって休んでいたら少し気分が良くなってきた。
そういえば、甘瓜を川に浸けっ放しだ。見てきて貰おうにも、兄は良いものを持ってくるから待っていろと言ったまま、まだ帰ってこない。
暑気あたりしておいてナンだが、ちょっと兄と川遊びしたかったな、などと考えていたらガチャリと音を立ててドアが開いた。
「少しは良くなったか?」
ほれ、と渡されたグラスには小さな泡をたくさん含んだ水にやはり小さな白いボールがいくつか、そして柑橘の香り。
「……かわいい。これ何?」
「お前が冷やしてた瓜と父さんが仕込んでた果実炭酸水。包丁苦手だからスプーンでくり抜いた……笑うなよ」
「笑わないよ」
グラスに突っ込まれていたスプーンで白いボールを掬う。グラスの曲面には歪んで映っていたのか、水から出してみればボールというには少し歪に過ぎたそれを口に含んだ。ぴちぴちと優しくはぜる泡の刺激。さっくりと柔らかな果肉を噛み潰せば瓜の香りとほのかで爽やかな甘さがひんやりと、口の中に籠った熱を洗い流し、潤してゆく。
「んんー、冷たい!雪玉食べてるみたい」
「そりゃ良かった」
自分の分を口に運ぶ兄のグラスを見れば、溶け残った砂糖がグラスの底にキラキラと、それこそ雪のように積もっているのが見えた。甘党の兄、どれだけ甘みを足そうとしたのやら。
瓜の雪玉を掬って口に放り込む。
冬になって雪が降ったら雪遊びに誘おう。夏の水遊びよりは付き合ってくれそうだ。

付き合ってくれなさそうだったら雪玉を投げてやればいい。きっと乗ってくれるはず。
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