コトコトコトの番外事

黒川

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食べたい2人の番外編

古川さんの誕生日。前

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本編終了後の2月の話です。
裕也、大学2年。


裕也視点


✂ーーーーーーーーーーーーー✂


2月。
イロトリでは毎年、期間限定かつ1日数量限定のデザートメニューが追加される。

「今年もテリーヌショコラの時期が来たんですね」

「そ。変わり映え無い限定メニューだけどね。ゆう君、味見してくれる?」

「もちろんです!」

俺は、ユネさんの作るテリーヌショコラが大好きだ。
チョコともケーキともムースとも言い難い、それでいて濃厚で柔らかく滑らかなチョコレートの中に、香ばしいクルミが入っていて、これもまた良いアクセントになっている。

お客さまに提供するには薄すぎる、でも味と食感はしっかりと分かる位の量を切り分けられ、小皿に乗せられ手渡された。
フォークを使って一口で食べる。

「んっっっふーーーーー!!!」

香りを楽しむべく鼻をヒクヒク鳴らし、口の中いっぱいにチョコを広げる。

「美味しぃ!美味しいです!ユネさん。今年も良いチョコです!」

「そ?なら良かった。ゆう君の反応を見て毎年テリーヌショコラの出来を確認してるのよ」

冗談とも本気とも取れない様なユネさんの言葉に、どう反応したら良いか分からず、コックリと頷くと、ニコニコとユネさんは笑ってた。

「素直なゆう君の反応を信用してるって事」

食べ終えた小皿を奪われた。
ユネさんが作るメニューは何でも美味しい。
食事もデザートも。
そう伝えれば、ユネさんは嬉しそうに笑ってくれるけど、

「それでもね、お店を経営するならいつだってベストなメニューを提供するべきだし、より美味しく出来るなら美味しくしたいでしょ?」

と、経営者目線で自身のメニューを厳しくチェックしている。
ユネさんは、イロトリは趣味みたいなもの、と言っている通り、利益を上げたいと言うより、自分の好きな空間と時間を作っている感が強い。
だから、メニューのクオリティは、コスパや回転率と言うより、自分の納得が行く水準にしたいって事なのだろう。

その、2月限定メニューのテリーヌショコラだが、凄く凄く人気のあるメニューなので、お店の予約がいつも以上に激化する。
俺も、ユネさんのテリーヌショコラは大好きなのだが、アルバイトとしての優遇は無く、賄いで食べられる事はまず無い。
食べたかったら、他のお客さまと同じように予約をするしかない。
ただ、毎年テリーヌショコラが始まると1番に味見をさせてくれるので、口にはしている。
けど、ここ数年カフェメニューとして口には出来ていない。

それだけ特別なメニューなんだ。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「おまたせしました。テリーヌショコラとコーヒーです」


とても……とても腑に落ちないけど仕事として割り切る。
目の前には、俺の恋人であるタットさんが目をキラキラに輝かせてテーブルに置かれたテリーヌショコラを見つめてる。
そう……タットさんはあの激化した予約を勝ち抜いたのだ……!
いいなぁ、いいなぁ……。
と、言う気持ちを飲み込んで仕事に集中する。
ユネさんをチラリと見やればニヤニヤと俺を見て笑っている。

「ユネさん、その表情は良くないと思います」

キッチンに入ってお客さまから顔が見えなくなった所で、俺は少し不機嫌な表情をユネさんに見せた。

「うんうん、キチンとお仕事してるゆう君偉い。表情管理も出来てる出来てる!」

ツンツンと俺の頬をつついてくる。

「じゃぁ、そんな真面目なアルバイトの為に今日の賄いでテリーヌショコラ食べて……」

「ソレとコレは別ぅー」

遮られた。
知ってたけど。

けど、俺は。と、言うよりユネさんファンたちはユネさんのテリーヌショコラのレシピを知っている。
何故なら、ユネさんがキャンステ時代に出したレシピ本に載っているからだ。

「そんなに食べたかったら自分で作ればいいじゃない」

コレがユネさんの口癖。
でも、イロトリに来てユネさんが作ったテリーヌショコラを食べるのが、ユネさんファン、イロトリファンとしての楽しみなんだ。

フロアを見れば、タットさんが1口食べる度に震えている。
ナニアレ、可愛いのかたまり?
ユネさんもタットさんの仕草を見ては、しみじみと「ホント……ギャップが凄いわよねぇ……」と呟いている。

タットさんは、身長180センチの高身長だ。それでいて、優しい雰囲気ではあるけど、別に女々しい感じは無く、割と男性らしい容姿をしてると思う。
だから、あぁいう可愛い仕草をされると、ユネさんとか女の人がギャップだなんだって言う。
……イロトリの常連さんは、俺の恋人がタットさんだって事は知ってるから、変なアプローチはして来ないけどね。
それでも惜しみ無く、あの可愛い仕草を披露してるのは心配。

なので、空いているテーブルを拭くフリをして、1人でキャッキャしてるタットさんに小声で注意する。

「ちょっと仕草が可愛過ぎます」

俺としては、注意のつもりだったのに、タットさんはニコっと笑うだけだった。
だから、それが可愛過ぎるって言うのに。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


その夜、俺はタットさんの家にお泊まりをした。
ちょっとジト目でタットさんを見つめるけど、本人はどこ吹く風とご機嫌だった。

「イロトリの期間限定デザートに有りつけたなんて、夢みたいだったよー」

未だに今日のイロトリの余韻に浸っている。

「タットさんが予約取れてたなんて、俺は知りませんでした」

「うん、内緒だったからね」

イタズラっぽく笑うタットさんが憎い。
でも、それがお門違いの憎さである事も知ってるので、俺の心はモヤモヤしたままだった。

「ホントはね、ゆん君がバイト無い時に2席取れたら良いなぁって狙ってたんだけど、ちょっとそっちは難しかったよ」

「タットさん……」

「ゆん君と一緒に食べたかったんだけどね、でもそれと同じ位、どうしてもあのデザートを食べてみたかったんだよ!」

と、力説していた。
その気持ちが分かってしまうから、仕方が無い。

「俺も、タットさんと食べられたらいいなって思いましたが……今年は難しそうですね」

まぁ、毎年難しいんだけど。
タットさんは、俺をギュッと抱き締めて、

「今年がダメなら来年、来年がダメならその次チャレンジすればいいよね」

と、慰めてくれた。
そして、俺はそれと同時にある決心をした。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「クルミ、ミルクチョコ、卵、バター、ココアパウダー、生クリーム……砂糖……」

計量器を使って正確に分量を計る。
お菓子作りは分量が命だって、姉ちゃんが言ってたしな。

そう、イロトリで一緒に食べられないなら俺が作ればいい。
そんなワケで、ユネさんが出したレシピ本『夢々ユネ飯店』と睨めっこ中だ。
キチンとレシピ本として機能する様にと、見開きしやすい作りになっていて、とても使いやすいレシピ本だ。
ただ、グラビア色も強く、例に漏れずテリーヌショコラのレシピページにも、ミニスカートのメイド服を着たユネさんがチョコを持ってこっちに流し目をしている。
胸の谷間も丸見えだ。

「ふぬぬ……」

ちょっと恥ずかしい気持ちも芽生えつつ、一つ一つ工程をこなしていく。
結局のところは混ぜて型に入れて焼くだけなんだけど、温めた生クリームの熱でチョコを溶かさないといけないし、バターも溶かさないといけないし、ココアパウダーは他の材料と混ぜればフワフワ舞って散らばるし、料理はするけど、お菓子作りはあまりしない俺には、なかなか難しい作業だった。

「……で、余熱した140度のオーブンで蒸し焼き1時間か……」

家のオーブンレンジは年代物だが、シンプルな構造のせいか、なかなか壊れない。
クルクルとツマミを合わせて時間をセットする。
焼き上がる前に使った食器類を洗おうとしたが、ココアパウダーの飛び散りと、テリーヌショコラ液?がべっチョリ付いたボウルと泡立て器を目の前にし、お菓子作りって面倒臭いんだなとしみじみと思った。
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