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第三章 神界編
89、創造主1
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神アポロン――メイリーンにその力を貸し与えた張本人。メイリーンの美声から放たれる極上の歌を気に入り、彼女が歌を歌う報酬として、神としての力を行使する権利を与えた存在。
一方で、メイリーンがその声をサリドから奪われた時でさえも、何の音沙汰もなく、その真意がイマイチ把握できない存在でもある。
「いるけど……アイツ今謹慎中だから会えないよ」
「謹慎……?な、何か悪いことをなされたのですか?」
「うん。ミコトの許可なく人間の娘に自分の力を分け与えたんだ……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あそこまで馬鹿だとは想定外…………って、そういえば何でアポロンのこと知って…………あ」
「「…………」」
「あ」という、静由の呟きが放たれた刹那、全員が理解した。
メイリーンがその人間の娘であることに、静由が気づいてしまったことを。
アデルたちは思わず固唾を飲み、静由はパチクリと目を瞬きさせ、気まずい沈黙が流れる。
神の力を人間に貸し与えることと、神アポロンが謹慎していることにどんな因果関係があるのかアデルたちには分からないが、静由の話を聞く限り、それはこの天界において許されざる行為だったのだろう。
であれば、その罪の果てに力を借り受けたメイリーンが、神々にとってどういう立場にあるのか不明なので、アデルたちは最悪の可能性を考慮した。
その最悪とは、静由がメイリーンの存在を看過することが出来ず、それ相応の処罰を与えることである。
いざとなれば全力でメイリーンを庇ってみせると全員が心に決め、静由の反応に注目が集まる中、彼の口が徐に開かれる。
「もしかしてアンタ、メイリーン・ランゼルフとかいう名前だったりする?」
「………………は、はい……」
悩んだ末、メイリーンは正直に肯定した。嘘をついたところで、神である静由の目を誤魔化せるとは思えなかったので、メイリーンは嘘を咎められることの方を危惧したのだ。
「あぁ……なんかごめんね」
「「えっ?」」
「うちの馬鹿が勝手に力とか分け与えちゃって。迷惑だったでしょ?」
責められるとばかり思っていたので、逆に陳謝されてしまい、メイリーンたちは茫然自失としてしまう。
「あ、あの……特に迷惑という訳では……」
「あ。そう。ならいいけど」
「「……」」
「え、それだけ?」という、全員一致の心の声が聞こえてきそうな表情で、彼らは静由をガン見してしまう。神であるアポロンは謹慎しているというのに、メイリーンに関しては何のお咎めも無いのだろうかという疑問が湧いて仕方が無いのだ。
確かに、神の力を行使する権利を与えられたことに関して、メイリーンは完全なる受け身である。能動的に行動した神アポロンが罰を受け、拒否権の無かったメイリーンに非は無いということなら、静由の反応にも納得がいく。
確信を得るため、アデルが静由に尋ねようとしたその時。静由は再び足を止めた。
「しず……」
「着いたよ」
「「……」」
静由に促され、アデルたちは目の前の奇妙な光景を視界に映す。
到着したその場所は静由の言っていた客間だと思われたが、その扉の先が窺えないので、部屋の中がどうなっているのかは分からない。ただその扉は、アデルたちの慣れ親しんだような物ではなく、所謂襖であった。
この中で最も襖を見慣れているのはリオなので、彼は驚きと懐かしさで目を見開いている。
「じゃあ俺、もう戻るから……この部屋で待ってて。……ミコトには伝えておく、から……天界に帰ってきたら、すぐ来ると思う……」
「あぁ。ここまでの案内感謝するのだ。ありがとう」
「ん」
アデルが礼を言うと、静由は少し眠そうな顔でコクリと頷いた。そのまま踵を返した静由の背中を、アデルたちは呆然と見つめることしか出来ない。
しばらく立ち竦んでいたアデルたちだが、いつまでもそうしていても埒が明かないので、静由の助言通り客間で待つことにした。
「……入ろっか」
「あぁ……」
そう提案したリオは、襖の引手に手をかけて、スッと開く。すると、期待を裏切らない様な見事な和室が現れ、アデルたちは思わず目を奪われた。
二十畳ほどの広さのその和室には、掛け軸や生け花といった装飾品と、小さなちゃぶ台しかなく、当に客間という感じである。
「懐かしいわね……こういうの」
「リオ?」
「……座って待ってよ」
「あぁ……」
その和室に足を踏み入れた瞬間、前世の記憶がリオの中で駆け巡った。リオが過ごしていた日本を彷彿とさせるその部屋は、彼にとってとても懐かしいものだったから。
リオに促され、どこか温かみのある畳の上にしゃがみ込んだアデルたちは、しばらくの間沈黙する。
皆、各々空を見つめていて、魂が入っていないような表情で呆けている。
「……みんな…………生きてる?」
「「……」」
その沈黙を唐突に破ったリオに、全員の視線が徐に集まる。リオが何故そんなことを尋ねて来るのか、何となくだが彼らには分かっていた。
「いや、生きてるのは分かってるんだけど……何か、展開について行けなくて……てかさ!俺そろそろ色々ツッコんでもいいかしら!?」
「今回ばかりはお願いしたいです。リオ様」
情緒不安定なのか、リオは突然大声を上げると、誰に向ければよいのかも分からない疑問をぶちまけ始めた。
そんなリオのおかげか、少しずつ正気を取り戻していったアデルたちは、それでも彼のように冷静さを欠いてはいなかった。自分よりも慌てている人物を目の当たりにすると、客観的に見ている側は平静を保てるものである。
「アデルんが一人でダンジョン攻略しちゃった時点で色々言いたかったのに、いきなりジャージと白衣姿の変な神様現れるし!あの神様たまに何言ってんのか訳分からんし!ミコトって人は謎だらけだし!ここが天界っていう実感も無いし!なんか滅茶苦茶日本みたいな部屋に通されるし!急にまったりすることになっちゃうし!もうわっけわからんっ!!」
「「……」」
溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように言い放ったリオは、「はぁっ、はぁっ」と荒い呼吸を繰り返す。そんなリオの発言に対して激しく同意の意を示すように、アデルたちは頻りに頷いた。
「……なんか、一気にしゃべったら眠くなってきたわ。……アデルん、俺少し寝るから、例のミコトって人が来たら起こして、ね……」
「あぁ」
リオは何とか声を振り絞って告げると、胡坐をかいているアデルの脚に倒れ込んだ。結果的に、リオに膝枕を提供することになったアデルは、労わる様に彼の頭を撫でる。
ふわふわと、彼の赤毛に指を絡ませるように撫でたアデルは、穏やかなリオの寝顔を見下ろす。
「リオは意外と、苦労性なのかもしれぬな」
「へぇ……その転生者くん苦労性なの?」
「「……………………」」
一瞬、その場の時間が停止したかのような間が発生する。
アデルの何気ない呟きに返事をしたのは、レディバグの仲間では無かった。見ず知らずの、どこか異彩を放っている存在。その存在は唐突に姿を現した。
エルと同じぐらいの背丈に、細い身体。女か男か判別できない、十代前半から後半に見える、奇妙な子供である。全体的に真っ黒な髪をしているが、左側の一房だけ白髪の部分があり、存在感を放っている。襟足はうなじの部分で切り揃えていて、髪はショートカット。
右目は黒、左目は薄い茶色で、分かりにくいがオッドアイである。能力者であるナツメと同じオッドアイに、彼らは一瞬にして目を奪われた。
真っ白なシャツに、黒のショートパンツ、黒の紐ブーツ。シンプルな格好に、首には藍色の勾玉のネックレスをかけている。
この客間に現れた時点で、その人物が件のミコトなのだろうと彼らは予想を立てたが、どこか違和感があり、それを確信することが出来ずにいる。
何故なら、現れたその人物からは、身震いする様なオーラを感じられなかったから。
その一方でアデルたちは、その子供がミコトであることを信じざるを得ない状況に身を置いていた。何故ならその人物は、何も無かった空中に突如うつ伏せの状態で現れ、アデルの目線に合う高さを保ちながら、空に浮いているから。
「あれ?静由からはアンレズナのダンジョン攻略者って聞いたんだけど……君、悪魔の愛し子くんだよね?」
「そう、であるが……」
「悪魔の愛し子の癖に仲間がいるんだね!命びっくりだよっ、あハハッ!」
「「っ……」」
無邪気な声で紡がれたその言葉に、アデル以外の全員が敵愾心を向けた。
まるで。悪魔の愛し子が人と通じ合うことが間違っているかのように。可笑しいことかのように。滑稽であるかのように。嘲笑された様に感じたから。
棘のある言葉なのに、一欠片の悪意も感じられない嬉々とした声音と、心底楽し気なその笑顔が、余計に不気味さを醸し出していた。
「あれ、怒った?ごめんごめんっ。だってアンレズナって世間一般的に、悪魔の愛し子を徹底的に迫害する傾向にあるじゃん?それが当たり前になっている世界でそんな関係を築けるなんて、少し感心しちゃってさぁ。本当にすごいよ、君たち。世界に抗っているんだから」
「「……」」
陳謝されたことで彼らは鋭い視線を柔和にするが、今度は素直に称賛されたことに当惑してしまう。そんな中、アデルだけは別の視点から目を見開いていた。
中性的な容姿、棘があるのに悪意は一切無い言葉、飄々とした雰囲気。その全てが、どこかエルに似ていたから。
「……貴殿が、ミコト……なのであるか?」
「そうだよ。命の名前は命。先に言っておくと、命男の子だから勘違いしないでね。良く女の子に間違えられるんだよね。何度お嬢ちゃんと呼ばれ間違われたことか」
「……静由殿から、命殿は創造主だと聞かされたのだが、創造主とは一体何なのだ?」
「急な質問攻めだね。まぁ仕方ないか。それよりさ……そこの転生者くん起こさなくていいの?」
「「あ……」」
命に指摘されて漸く、この状況で寝息を立てているリオの存在を彼らは思い出した。
(何故、リオが前世の記憶を持ったまま転生したことを知っているのだ?それに、リオから起こすように頼まれていたことも知っているようであるし……)
リオを〝転生者くん〟と呼んだということは、彼が前世の記憶を持っている事実を知っているということだ。加えて、命が訪れる前に交わした会話の内容まで知っているときた。命には知り得ないはずの情報を把握しているという事実に、アデルは妙な違和感と恐怖を覚えた。
「リオ……起きるのだ。命殿が来たのだ」
得体の知れない者に対する恐怖を拭うことよりも、リオを一刻も早く起こすことをアデルは優先した。リオの肩を優しく揺すると、彼はそーっと瞼を開く。
「ん?んん…………っ……え、なに……何でこの美少女浮いてるの?」
「命は男だよ。転生者くん」
「……」
眠い目を擦っていたリオだが、空に浮いている命を目の当たりにした途端、驚きと困惑でバッチリと目を覚ました。
アデルと同じ理由で、リオは初対面の命に警戒心を抱くが、情報過多のせいで頭が上手く回っていない。
命はうつ伏せの状態から起き上がると、ふわりとちゃぶ台の上に正座をする。ちょこんという効果音が聞こえてきそうなその愛らしさよりも、重力を感じられる命の様に、アデルたちは少し安堵してしまう。
「えっと、何だっけ?あ、創造主が何かって話か」
「あぁ」
「創造主っていうのはね、簡単に言えば森羅万象において最も尊い存在……かな」
「それは、神とは何か違うのであるか?」
「全然違うよ。そもそも神様を生み出しているのが命だし」
「「っ!?」」
その瞬間、アデルたちは自身の大いなる勘違いに気づかされ、ハッと驚きで目を見開く。アデルは以前、神とは天界に住まう種族の様なものだと、エルから教えられていた。その為アデルは、てっきり神と神が交わることで、その血を受け継いでいるのだと思っていたのだ。
だがそれは違った。神とは、創造主が造り上げる存在なのだと、アデルたちは否が応でも理解してしまう。
「神様だけじゃないよ?君たちの住まう世界アンレズナも、君たちの知らないその他の世界も、この天界も……全て命が造ったんだ。要するに、全ての始まり、森羅万象の母ってところかな……あ、命男だからお父さんか」
「「……」」
どうでも良いことを気にしている命を余所に、アデルたちはスケールが桁違いすぎる話についていけていない。
そして同時に、静由の不可解な言動の理由を彼らは悟った。ダンジョンで静由を命と勘違いした際、彼が機嫌を悪くしたのは、彼が命のことをそれだけ崇拝しているから。
静由にとって命は、神と比べるのも烏滸がましいほど尊い存在。だからこそ静由は怒りを露わにした。命と自分では、天と地ほどの差があると思っているから。
「……それだけ偉大な存在だという割に、あまりオーラが感じられぬのは何故であるか?」
「そりゃそうだよ。だって命、自分のオーラ隠してるもん」
「それは……何故?」
「だって命のオーラ真面に浴びたりしたら、普通の人間死ぬもん」
「っ!?」
命から告げられた衝撃の真実に、アデルたちは言葉を失ってしまう。
神である静由のオーラは全身が粟立つ程度で、身体に害をなすことは一切無かった。それが命のオーラになると、死んでしまう程の威力があるというのだから、彼らは増々、神と創造主の違いを思い知らされてしまう。
一方で、メイリーンがその声をサリドから奪われた時でさえも、何の音沙汰もなく、その真意がイマイチ把握できない存在でもある。
「いるけど……アイツ今謹慎中だから会えないよ」
「謹慎……?な、何か悪いことをなされたのですか?」
「うん。ミコトの許可なく人間の娘に自分の力を分け与えたんだ……馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あそこまで馬鹿だとは想定外…………って、そういえば何でアポロンのこと知って…………あ」
「「…………」」
「あ」という、静由の呟きが放たれた刹那、全員が理解した。
メイリーンがその人間の娘であることに、静由が気づいてしまったことを。
アデルたちは思わず固唾を飲み、静由はパチクリと目を瞬きさせ、気まずい沈黙が流れる。
神の力を人間に貸し与えることと、神アポロンが謹慎していることにどんな因果関係があるのかアデルたちには分からないが、静由の話を聞く限り、それはこの天界において許されざる行為だったのだろう。
であれば、その罪の果てに力を借り受けたメイリーンが、神々にとってどういう立場にあるのか不明なので、アデルたちは最悪の可能性を考慮した。
その最悪とは、静由がメイリーンの存在を看過することが出来ず、それ相応の処罰を与えることである。
いざとなれば全力でメイリーンを庇ってみせると全員が心に決め、静由の反応に注目が集まる中、彼の口が徐に開かれる。
「もしかしてアンタ、メイリーン・ランゼルフとかいう名前だったりする?」
「………………は、はい……」
悩んだ末、メイリーンは正直に肯定した。嘘をついたところで、神である静由の目を誤魔化せるとは思えなかったので、メイリーンは嘘を咎められることの方を危惧したのだ。
「あぁ……なんかごめんね」
「「えっ?」」
「うちの馬鹿が勝手に力とか分け与えちゃって。迷惑だったでしょ?」
責められるとばかり思っていたので、逆に陳謝されてしまい、メイリーンたちは茫然自失としてしまう。
「あ、あの……特に迷惑という訳では……」
「あ。そう。ならいいけど」
「「……」」
「え、それだけ?」という、全員一致の心の声が聞こえてきそうな表情で、彼らは静由をガン見してしまう。神であるアポロンは謹慎しているというのに、メイリーンに関しては何のお咎めも無いのだろうかという疑問が湧いて仕方が無いのだ。
確かに、神の力を行使する権利を与えられたことに関して、メイリーンは完全なる受け身である。能動的に行動した神アポロンが罰を受け、拒否権の無かったメイリーンに非は無いということなら、静由の反応にも納得がいく。
確信を得るため、アデルが静由に尋ねようとしたその時。静由は再び足を止めた。
「しず……」
「着いたよ」
「「……」」
静由に促され、アデルたちは目の前の奇妙な光景を視界に映す。
到着したその場所は静由の言っていた客間だと思われたが、その扉の先が窺えないので、部屋の中がどうなっているのかは分からない。ただその扉は、アデルたちの慣れ親しんだような物ではなく、所謂襖であった。
この中で最も襖を見慣れているのはリオなので、彼は驚きと懐かしさで目を見開いている。
「じゃあ俺、もう戻るから……この部屋で待ってて。……ミコトには伝えておく、から……天界に帰ってきたら、すぐ来ると思う……」
「あぁ。ここまでの案内感謝するのだ。ありがとう」
「ん」
アデルが礼を言うと、静由は少し眠そうな顔でコクリと頷いた。そのまま踵を返した静由の背中を、アデルたちは呆然と見つめることしか出来ない。
しばらく立ち竦んでいたアデルたちだが、いつまでもそうしていても埒が明かないので、静由の助言通り客間で待つことにした。
「……入ろっか」
「あぁ……」
そう提案したリオは、襖の引手に手をかけて、スッと開く。すると、期待を裏切らない様な見事な和室が現れ、アデルたちは思わず目を奪われた。
二十畳ほどの広さのその和室には、掛け軸や生け花といった装飾品と、小さなちゃぶ台しかなく、当に客間という感じである。
「懐かしいわね……こういうの」
「リオ?」
「……座って待ってよ」
「あぁ……」
その和室に足を踏み入れた瞬間、前世の記憶がリオの中で駆け巡った。リオが過ごしていた日本を彷彿とさせるその部屋は、彼にとってとても懐かしいものだったから。
リオに促され、どこか温かみのある畳の上にしゃがみ込んだアデルたちは、しばらくの間沈黙する。
皆、各々空を見つめていて、魂が入っていないような表情で呆けている。
「……みんな…………生きてる?」
「「……」」
その沈黙を唐突に破ったリオに、全員の視線が徐に集まる。リオが何故そんなことを尋ねて来るのか、何となくだが彼らには分かっていた。
「いや、生きてるのは分かってるんだけど……何か、展開について行けなくて……てかさ!俺そろそろ色々ツッコんでもいいかしら!?」
「今回ばかりはお願いしたいです。リオ様」
情緒不安定なのか、リオは突然大声を上げると、誰に向ければよいのかも分からない疑問をぶちまけ始めた。
そんなリオのおかげか、少しずつ正気を取り戻していったアデルたちは、それでも彼のように冷静さを欠いてはいなかった。自分よりも慌てている人物を目の当たりにすると、客観的に見ている側は平静を保てるものである。
「アデルんが一人でダンジョン攻略しちゃった時点で色々言いたかったのに、いきなりジャージと白衣姿の変な神様現れるし!あの神様たまに何言ってんのか訳分からんし!ミコトって人は謎だらけだし!ここが天界っていう実感も無いし!なんか滅茶苦茶日本みたいな部屋に通されるし!急にまったりすることになっちゃうし!もうわっけわからんっ!!」
「「……」」
溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように言い放ったリオは、「はぁっ、はぁっ」と荒い呼吸を繰り返す。そんなリオの発言に対して激しく同意の意を示すように、アデルたちは頻りに頷いた。
「……なんか、一気にしゃべったら眠くなってきたわ。……アデルん、俺少し寝るから、例のミコトって人が来たら起こして、ね……」
「あぁ」
リオは何とか声を振り絞って告げると、胡坐をかいているアデルの脚に倒れ込んだ。結果的に、リオに膝枕を提供することになったアデルは、労わる様に彼の頭を撫でる。
ふわふわと、彼の赤毛に指を絡ませるように撫でたアデルは、穏やかなリオの寝顔を見下ろす。
「リオは意外と、苦労性なのかもしれぬな」
「へぇ……その転生者くん苦労性なの?」
「「……………………」」
一瞬、その場の時間が停止したかのような間が発生する。
アデルの何気ない呟きに返事をしたのは、レディバグの仲間では無かった。見ず知らずの、どこか異彩を放っている存在。その存在は唐突に姿を現した。
エルと同じぐらいの背丈に、細い身体。女か男か判別できない、十代前半から後半に見える、奇妙な子供である。全体的に真っ黒な髪をしているが、左側の一房だけ白髪の部分があり、存在感を放っている。襟足はうなじの部分で切り揃えていて、髪はショートカット。
右目は黒、左目は薄い茶色で、分かりにくいがオッドアイである。能力者であるナツメと同じオッドアイに、彼らは一瞬にして目を奪われた。
真っ白なシャツに、黒のショートパンツ、黒の紐ブーツ。シンプルな格好に、首には藍色の勾玉のネックレスをかけている。
この客間に現れた時点で、その人物が件のミコトなのだろうと彼らは予想を立てたが、どこか違和感があり、それを確信することが出来ずにいる。
何故なら、現れたその人物からは、身震いする様なオーラを感じられなかったから。
その一方でアデルたちは、その子供がミコトであることを信じざるを得ない状況に身を置いていた。何故ならその人物は、何も無かった空中に突如うつ伏せの状態で現れ、アデルの目線に合う高さを保ちながら、空に浮いているから。
「あれ?静由からはアンレズナのダンジョン攻略者って聞いたんだけど……君、悪魔の愛し子くんだよね?」
「そう、であるが……」
「悪魔の愛し子の癖に仲間がいるんだね!命びっくりだよっ、あハハッ!」
「「っ……」」
無邪気な声で紡がれたその言葉に、アデル以外の全員が敵愾心を向けた。
まるで。悪魔の愛し子が人と通じ合うことが間違っているかのように。可笑しいことかのように。滑稽であるかのように。嘲笑された様に感じたから。
棘のある言葉なのに、一欠片の悪意も感じられない嬉々とした声音と、心底楽し気なその笑顔が、余計に不気味さを醸し出していた。
「あれ、怒った?ごめんごめんっ。だってアンレズナって世間一般的に、悪魔の愛し子を徹底的に迫害する傾向にあるじゃん?それが当たり前になっている世界でそんな関係を築けるなんて、少し感心しちゃってさぁ。本当にすごいよ、君たち。世界に抗っているんだから」
「「……」」
陳謝されたことで彼らは鋭い視線を柔和にするが、今度は素直に称賛されたことに当惑してしまう。そんな中、アデルだけは別の視点から目を見開いていた。
中性的な容姿、棘があるのに悪意は一切無い言葉、飄々とした雰囲気。その全てが、どこかエルに似ていたから。
「……貴殿が、ミコト……なのであるか?」
「そうだよ。命の名前は命。先に言っておくと、命男の子だから勘違いしないでね。良く女の子に間違えられるんだよね。何度お嬢ちゃんと呼ばれ間違われたことか」
「……静由殿から、命殿は創造主だと聞かされたのだが、創造主とは一体何なのだ?」
「急な質問攻めだね。まぁ仕方ないか。それよりさ……そこの転生者くん起こさなくていいの?」
「「あ……」」
命に指摘されて漸く、この状況で寝息を立てているリオの存在を彼らは思い出した。
(何故、リオが前世の記憶を持ったまま転生したことを知っているのだ?それに、リオから起こすように頼まれていたことも知っているようであるし……)
リオを〝転生者くん〟と呼んだということは、彼が前世の記憶を持っている事実を知っているということだ。加えて、命が訪れる前に交わした会話の内容まで知っているときた。命には知り得ないはずの情報を把握しているという事実に、アデルは妙な違和感と恐怖を覚えた。
「リオ……起きるのだ。命殿が来たのだ」
得体の知れない者に対する恐怖を拭うことよりも、リオを一刻も早く起こすことをアデルは優先した。リオの肩を優しく揺すると、彼はそーっと瞼を開く。
「ん?んん…………っ……え、なに……何でこの美少女浮いてるの?」
「命は男だよ。転生者くん」
「……」
眠い目を擦っていたリオだが、空に浮いている命を目の当たりにした途端、驚きと困惑でバッチリと目を覚ました。
アデルと同じ理由で、リオは初対面の命に警戒心を抱くが、情報過多のせいで頭が上手く回っていない。
命はうつ伏せの状態から起き上がると、ふわりとちゃぶ台の上に正座をする。ちょこんという効果音が聞こえてきそうなその愛らしさよりも、重力を感じられる命の様に、アデルたちは少し安堵してしまう。
「えっと、何だっけ?あ、創造主が何かって話か」
「あぁ」
「創造主っていうのはね、簡単に言えば森羅万象において最も尊い存在……かな」
「それは、神とは何か違うのであるか?」
「全然違うよ。そもそも神様を生み出しているのが命だし」
「「っ!?」」
その瞬間、アデルたちは自身の大いなる勘違いに気づかされ、ハッと驚きで目を見開く。アデルは以前、神とは天界に住まう種族の様なものだと、エルから教えられていた。その為アデルは、てっきり神と神が交わることで、その血を受け継いでいるのだと思っていたのだ。
だがそれは違った。神とは、創造主が造り上げる存在なのだと、アデルたちは否が応でも理解してしまう。
「神様だけじゃないよ?君たちの住まう世界アンレズナも、君たちの知らないその他の世界も、この天界も……全て命が造ったんだ。要するに、全ての始まり、森羅万象の母ってところかな……あ、命男だからお父さんか」
「「……」」
どうでも良いことを気にしている命を余所に、アデルたちはスケールが桁違いすぎる話についていけていない。
そして同時に、静由の不可解な言動の理由を彼らは悟った。ダンジョンで静由を命と勘違いした際、彼が機嫌を悪くしたのは、彼が命のことをそれだけ崇拝しているから。
静由にとって命は、神と比べるのも烏滸がましいほど尊い存在。だからこそ静由は怒りを露わにした。命と自分では、天と地ほどの差があると思っているから。
「……それだけ偉大な存在だという割に、あまりオーラが感じられぬのは何故であるか?」
「そりゃそうだよ。だって命、自分のオーラ隠してるもん」
「それは……何故?」
「だって命のオーラ真面に浴びたりしたら、普通の人間死ぬもん」
「っ!?」
命から告げられた衝撃の真実に、アデルたちは言葉を失ってしまう。
神である静由のオーラは全身が粟立つ程度で、身体に害をなすことは一切無かった。それが命のオーラになると、死んでしまう程の威力があるというのだから、彼らは増々、神と創造主の違いを思い知らされてしまう。
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