レディバグの改変<L>

乱 江梨

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第二章 仲間探求編

85、宴1

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「?どうかなされましたか?お二方」


 一人キョトンと首を傾げているのはナギカだが、話の流れについていけていないのはリオとアマノの方である。


「え……だってナギ助……いいの?」
「?質問の意図が分かりません」


 リオが何を危惧しているのか分からず、ナギカはほんの少し眉間に皺を寄せる。その皺には、ナギカが仲間になることをリオが渋っているように感じたことによる、不満が込められている。

 元々リオたちは、ナギカを亜人の国に送る届けるためだけに、行動を共にしていた関係だ。確かにその過程で彼女の人となりを知り、死線を共に潜り抜けたことで信頼関係を築くことは出来た。リオたちも将来的にはナギカと正式な仲間になりたいと思ってはいたのだが、如何せん彼女の行動が早すぎた。

 リオの想定では、あらゆることが落ち着いてから一つの選択肢として提示するつもりだったので、仕事の早いナギカを前に困惑しているのだ。


「いや、だってほら。ナギ助やっと実家に帰れたのに、こんなに早く俺たちと旅に出ても大丈夫なの?家族ともしばらくまた会えなくなるんだよ?そもそもそんなのナギ助のパパママ了承してくれたの?」
「私とこの国の恩人なら任せても安心と言っていましたが」
「放任主義なのね」


 一人娘が奴隷として隷属され、想像するのも憚れるような狼藉を働かれたと知った親であれば、心配するあまり外にも出したくないと思うのが自然な思考回路なので、リオはどこか遠い目をしてしまう。


「それに。私言いましたよね?リオ様たちに恩を返したいと」
「……まぁ。ナギ助がそれでいいならいいんだけどさ。……仲間になるんなら、あんま気遣い過ぎちゃ駄目よ?」
「……分かりました」


 リオたちに救ってもらった恩を返そうとするあまり、ナギカが尽くす方に一辺倒になることを彼は危惧しているのだ。

 主従としてではなく、対等な仲間としてナギカを向かい入れたいというリオの思いを知り、彼女は胸をじんわりと熱くさせる。


「それで結局。何のお話をされていたのですか?」
「俺さ、お酒初めて飲んだんだけど……全然酔っぱらう気配が無いんだよね」
「……酔いたいのですか?」
「そりゃあ、生きてる内に一回ぐらいは、記憶吹っ飛ぶぐらい酔ってみたいじゃない?」


 この世界の飲酒に関する決め事は国によって異なるが、飲酒の是非はどの国籍の者かではなく、その際どの国に滞在しているかで決まる。亜人の国は飲酒に関する明確な法が無いので、極論を言ってしまえば赤子でも飲んでもいいのだ。もちろん幼子の飲酒を推奨しているわけでは無いが、やったところで罰する法が無いというだけである。

 なので現在一六歳のリオもこの国にいる限り、酒を飲んでも問題は無いのだ。

 前世の日本で若くして死んでしまったリオは酒を飲んだことも、ましてや酒に酔ったこともなので、一度でいいから経験してみたいと思ったらしい。


「一応聞くがお前、何杯飲んだんだ?」
「三十杯」
「もう諦めろ」
「えぇ~……やだやだ!俺自分が上戸なんて絶対認めたくない!」


 そもそも、リオが酔う程の量を摂取していないのであれば本末転倒なので、念の為アマノは尋ねたのだが、その心配が馬鹿馬鹿しくなる程の絶対数だったので、彼は即断言してやった。無駄な望みを与えないという、アマノのちょっとした優しさである。

 それでも自分が酒に酔えない体質であることを認めたくないリオは、子供のように地団駄を踏んだ。


「だからさっきから言っているだろう?お前は年がら年中酔ってるようなものなんだから、酒に酔う必要無いだろうが」
「……そっ、か……それもそうね!クソガキにしては良いこと言うじゃない!」
「コイツの評価基準壊れてないか?」


 突然満足気な声を上げ、機嫌を直した理由が分からず、アマノたちは首を傾げてしまう。そもそもリオ・カグラザカという人間の全てを理解することなど出来るわけも無いので、試みること自体が間違いなのかもしれないと、アマノたちは認識を新たにするのだった。

 ********

 リオたちが楽しく談笑している頃。一人避難所をグルグルと歩き回っていたアデルは、ちょっとした窮地に陥っていた。

 宴というものに慣れていないあまり、行く当てもなくふらついていたのが運の尽きだったのかもしれない。

 アデルは宴の最中、エルが殺した愛し子の母親――モルカと鉢合わせてしまったのだ。


「……」
「……」


 互いの目がバッチリ合い、互いの存在をはっきりと認識し、互いに驚きと困惑で目を泳がせ、互いに黙りこくってしまう。

 アデルは純粋に何と声をかければよいのか分からず、そもそも馴れ馴れしく接しても良いのだろうかと頭を悩ませている。一方のモルカは、戦争前日にアデルに様々な暴言を吐いてしまったので、今更彼と何てことない世間話など出来るはずも無く、かと言って見て見ぬ振りすることも出来ずにいた。


「……今回の戦で、怪我はしなかったか?」
「っ……えぇ」


 アデルの第一声に、モルカは動揺を隠すことが出来ない。あれだけエルを罵ったというのに、最初に出た言葉が恨み言でも不満でもなく、モルカを心配する気づかいだったことが、彼女には信じられなかったのだ。アデルの誠実さを犇々と感じるのと同時に、自分が情けなく思えて仕方なく、思うような言葉が出てこない。


「……この避難所の結界、あなたが張ったんですってね。ここで身を潜めていた亜人はみんな、かすり傷さえ負ってないわ。あなたの結界が強固だったから……」
「ご婦人……」
「この戦争がこんなに早く終わったのも、あなたたちのおかげだって、みんな言っているわ……」


 この国と、多くの亜人を救ってくれたことを遠回しに感謝され、アデルは当惑気味に目を見開く。一方、思い出すように語るモルカは、どこか自嘲しているようでもあった。
 亜人の皆がレディバグ一行を称賛する度に、自分が間違っているのだと責められているように感じてしまい、素直に感謝することが出来ないのだ。


「……初対面で、あんな風に取り乱してしまってごめんなさい。……それと、あなたの師を罵ったことも謝罪するわ」
「それは……」
「でも」


 アデルの声は、モルカのはっきりとした逆接によって遮られた。


「でも……やっぱりどうしても私は……あの子がサクマを殺したことだけは許せない」
「……」
「本当は分かってるのよ?あの子が正しかったことなんて……でも…………それでもっ。サクマが死んで良かったなんて……サクマが殺されたことを納得するなんてっ……私にはどうしても出来ないのっ!!」


 叫び声にも似た、その慟哭のような言葉には、彼女のどうしようもない剥き出しの感情が込められていた。それだけ彼女は我が子を愛していて、残酷な運命によってサクマを殺されたことを許せなかった。他人が干渉できるはずも無いその感情にとって、正しいかどうかは全くの無関係である。正しさで全てが赦され、心からの叫びも否定されるのなら、そんなものは感情でも何でも無いから。


「それでいいのだ」
「えっ……?」
「師匠は、貴女に殺されても構わないという覚悟で、それを実行したのだと我は思う。師匠だって、貴女に許されようだなんて微塵も思っていないのだ。許されるようなことでは無いと、分かった上でそうしたのだ。師匠は、何の覚悟も無く決断するような人では無いのでな。
 だからご婦人は、師匠を許そうとせずとも良いのだ。死んでしまったサクマを一番に思えるのは、この世で貴女しかいないのだからな」
「っ……ふっ……うっぅ……」


 嗚咽をもらすと、モルカはその場に膝から崩れ落ちる。共鳴する様な、アデルの温かい声を聞いてしまえば、感情を抑え込むことなど無理な話であった。

 両手で口を押え、泣き声を抑えても、ポロポロと零れ落ちる涙を誤魔化すことなど出来ず、周りの視線が否が応でも集まってしまう。

 アデルは羽織っていたフード付きの外套を脱ぐと、それをモルカにそっと被せてやる。フードのおかげで顔が隠され、モルカへ集まっていた視線は徐々に減っていった。
 アデルが悪魔の愛し子であることはほとんどの亜人が既に知っているが、彼は妙な混乱が生まれないよう、念の為フードを被っていたのだ。だが、一切躊躇うことなくフードを取ったアデルを目の当たりにし、モルカは増々泣きたくなってしまう。


「っ……こんなこと言うのは、あなたを困らせるだけだって分かってるんだけど……」
「ん?何でも言うといいのだ」
「っ、あなたはっ……長生きしてね」
「……」


 モルカの言った通り、アデルは困ってしまった。厳密に言えばそれは、アデルに向けた望みでは無かったから。自分自身に向けられていない願望に、アデルが完全に応えることは出来ない。

 モルカはサクマと、同じ愛し子であるアデルを重ねている。サクマにもっともっと生きて欲しかったという、どうあっても叶えられない願望を、アデルを通して伝えているのだ。

 現段階で、死者を生き返らせる方法は無い。そもそもアデルはサクマではない。どんなに叶えてやりたくてもアデルにはその術がなく、モルカに何と返せばいいのか分からなくなってしまった。


「……努力しよう」


 結局。アデルはそんな曖昧で、不明瞭で、不確実で、精神論のような言葉しか返すことが出来なかった。

 それでもこの夜。両者の胸の内で渦巻いていた蟠りが解け、一歩前に進むことが出来たのだった。

 ********

 華位道国から避難した林の弟妹たちは、メイリーンたちと宴を楽しんでおり、亜人たち以上に満喫してしまっていた。華位道国出身なので、彼らが宴に参加することに難色を示す亜人もいたのだが、事情を知ったグレイルを始めとする、古株の亜人たちが穏便に説得してくれたのだ。

 久しぶりの真面な食事を前にした彼らの勢いは凄まじく、獲物を目の前にした災害級野獣のようであった。

 一方、初めて見る亜人の国の郷土料理や酒を前に、コノハは若干目を回していた。


「……」


 そもそもコノハは、今自分が手にしているグラスの中身が酒であることにも気づけていないので、今にも飲んでしまいそうな勢いである。だが……。


「コノハにはまだ早いのだ」
「……とと」


 背後からグラスをひょいっと取り上げたアデルによって、二歳児飲酒は未然に防がれた。思わずコノハは、目を白黒とさせながら振り返る。


「そういえば、アデル様はお酒飲めるのですか?」
「分からぬな。飲んだことが無い。そういうメイリーンはどうなのだ?」
「私も飲んだことは無いですね」
「まぁ、ものは試しである。飲んで見るのだ」
「「…………」」


 そう言ってコノハから預かったグラスの中身をグイっと一口飲むアデルを、二人は不安そうに眺めている。


「……」
「あ、アデル様……?」


 一口飲んだ直後、無表情+無言のまま何の反応も示さないアデル。思わずメイリーンは不安気に尋ねた。刹那――。


「……」


 バタンっ!

 顔という顔全て、首から頭のてっぺんまでを一気に真っ赤に染め上げると、アデルは呆気なく背中から倒れてしまった。


「アデル様っ!?」
「ととっ!?」


 思わず二人は顔を真っ青にし、そのまま倒れたアデルの元へ駆け寄る。頭から湯気でも出ているのでは無いかと思える程、茹でダコのように顔を熱くしているアデルは完全に目を回しており、異常とも呼べる程の酒の弱さが露見した。

 だが数秒後、顔中の赤みが一気に引いたかと思うと、アデルはパチッと目を覚まして二人の度肝を抜いてしまう。


「っ!?」
「………………ふむ。我は酒が得意ではないようだ。一口で倒れるとは流石に想定外である。……愛し子としての身体が、アルコールを毒と判断して抜いてくれたのだろうな」
「あ……なるほど……」


 しばらく考え込むように顎を摘まんだアデルは一つの結論に辿り着いた。ふらりと立ち上がるアデルを、呆然と見上げたメイリーンは納得したような声を上げる。

 元々の体質的にはアルコールに弱い身体なので、飲んだ直後は倒れるほど酔ってしまうのだが、悪魔の愛し子としての回復能力で、無意識の内にアルコールを分解したようだ。


「とと、大丈夫?」
「あぁ。大丈夫であるぞ」
「全然大丈夫じゃない倒れ方してたけどな」
「「っ!」」


 皮肉交じりのツッコみを入れた人物に、彼らは驚きで目を見開く。そこにいたのは、皇帝との交渉の為、一人華位道国に残った林の姿だったからだ。

 先刻まで食事に夢中になっていた林の弟妹たちも、突然姉が現れたことに当惑し、その手を止めて呆けてしまうのだった。


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