レディバグの改変<L>

乱 江梨

文字の大きさ
上 下
82 / 100
第二章 仲間探求編

81、告白1

しおりを挟む
「おっし」


 兵士二人をあっという間に伸してしまった林は指を鳴らすと、満足気な声音で呟いた。


「……我の代わりにわざわざすまぬな。林」
「あ?これが一番手っ取り早いからそうしただけだ。勘違いすんな」


 アデルは当惑しつつも、起きた兵士たちを代わりに対処してくれた林に礼を言った。だが林は険しい表情で冷たい返答をし、アデルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 林自身、弟妹を監獄に入れたであろう兵士たちを一発ぶん殴って溜飲を下げたかったので、一石二鳥だったのだ。


「では我は亜人の国に戻るが、林は一人で大丈夫であるか?」
「はっ。馬鹿にすんな。アタシを誰だと思ってんだよ?」


 林一人で皇帝との交渉に赴くことを心配したアデルだが、彼女はそれを杞憂であると精悍に嘲笑ってみせた。

 そのままアデルと向き合うと、林は腕を組みながら仁王立ちしてみせる。思わず目を奪われたアデルは、呆けた様に首を傾げた。


「華位道国が最も恐れる暴れ馬――最強の孫林様だぞ?」
「ふふっ…………確かにそうであるな」


 不敵な笑みを浮かべて堂々と言い放った林を前に、アデルは頭が上がらない気分になってしまう。どんな恐れや困難を目の当たりにしたとしても、林であれば豪快に笑い飛ばして物ともしないのだろうと。そんな安心感があったのだ。


「林。今回の戦争が落ち着き、お主が弟妹たちを迎えに来たら、我から大事な話があるのだ」
「……大事な話?」
「うむ。聞いてくれるであるか?」
「お、おう……」


 唐突に言われてしまった林は当惑し、口籠った返事しか出来なかった。アデルが林に告げる大事な話というものに、一切の見当がつかなかったからだ。


「そうかっ!良かったのだ。ありがとうっ」
「っ……」


 アデルの屈託のない満面の笑みを向けられた林は、その破壊力にピシッと硬直してしまう。笑顔を向けられただけで、熱に浮かされた様に頬が熱くなってしまい、林は自身の身体がどうかしてしまったのではないかと一抹の不安を覚える。この症状の正体に未だ気づけていない林にとって、その胸の痛みは鬼胎以外の何者でもない。


「ん?林、どうかしたのか?顔が赤いであるぞ」
「いや……多分大丈夫な、はずだ……」
「林にしてははっきりしない答えであるな……本当に大丈夫であるか?」
「大丈夫だっつってんだろ。てめぇはてめぇの仲間の心配だけしてろ」
「……」


 林が冷たい声音で言うと、アデルは何か言いたげな相好で黙り込んでしまった。呆けているようなアデルを前に、思わず林は怪訝そうに首を傾げる。


「?なんか文句でもあんのか」
「いや……何でも無いのだ。――では、先に行って待っているのだ」
「おう」


 林の問いにアデルが答えることは無かった。林の中にモヤモヤとしたしこりが残り、疑わしそうにアデルを見つめてしまう。

 まるでその視線から逃れるように言ったアデルは、早速転移術を行使した。一瞬にして目の前からアデルが消え、その現実感の無さに林は遠い目をしてしまう。


「……ていうか、大事な話って何だよ」


 一人残された林は、ボソッと独り言を呟いた。大事な話の内容が気になるあまり、それからの林はアデルたちに再会するまでの間、終始頭の隅でそのことを考えてしまうのだった。

 ********

 亜人の国に戻ったアデルがまず最初に行ったのは、メイリーンを抱えて空を飛ぶことであった。理由はもちろん、華位道国の兵士たちを気絶させたように、亜人の国に残っている兵士たちにも〝フェイント〟をかける為である。

 林の弟妹たちを治療する為に歌を歌った際の効力が残っており、メイリーンは再び歌うこと無くフェイントを行使した。

 亜人の国に留まっていた兵士たちは一人残らず気絶し、戦争は一時中断されるのだった。

 ********

 華位道国の兵士全てが突然気絶したことで、亜人たちの困惑が冷め止まむ中、避難所の隅ではその雰囲気に似つかわしくない神妙な空気が流れていた。

 その空気を発しているのは集まったレディバグ一行。加えて、成り行きでついて来たギルドニスである。アマノも意識を取り戻しており、少しずつ身体が元の大きさに戻ろうとしていた。因みに林の弟妹たちには少し離れたところで談笑してもらっている。

 こちらはこちらで、別の大事な話がアデルの口から告げられようとしているのだ。


「で?コノハちんの大事な話ってなに?」
「……みな、驚かずに聞いて欲しいのだが……」


 沈黙を破ったのはリオだ。意を決したアデルは口を開くが、それでも完全に不安は拭いきれていない。この真実を彼らに告げて本当にいいのか。コノハにとって、彼らにとって。真実を包み隠さず伝えることが本当に最良なのか。その答えを出すことがアデルには出来ていない。

 それでもメイリーンには既に知られていることで、彼女だけにこの秘密を抱えてもらうというのは不誠実である。なのでやはり告白するしか無いのだが、最後の最後まで迷ってしまう自分がいるのもまた事実であった。

 一度決めたことをうじうじと悩む自身の女々しさに嫌気が差してしまうが、アデルは余計な思考を振り払うように深呼吸する。

 刹那、彼らがごくりと息を呑んだように空気が揺れる。


「コノハは所謂……悪魔と呼ばれている存在なのだ」
「「っ……!」」
「……」


 真実を告げたその時、全員が驚きで目を見開き、言葉を失った。何せ、この世にたった一人しか存在しない悪魔だ。世界中のどこを探しても、会いたくて会えるような存在ではない。そんな悪魔が身近にいたのだから、その驚きはとても言葉で表現できるものでは無いだろう。

 そして同時に、悪魔はアデルにとってエルの仇であることを彼らはよく知っている。アデルがその手で悪魔ルルラルカを殺したことも。だからこそ衝撃だったのだ。コノハの正体を知っていながら、アデルが彼の手を取ったという事実が。

 既にその真実をギルドニスから聞いていたメイリーンは、目を伏せながら唇を固く結んでいる。


「……コノハちんが悪魔ってことは分かった」
「っ……リオ?」


 彼らがどう反応すればいいのかと懊悩する中、アクションを起こしたのはリオだ。その事実を聞かされた折は驚いていたというのに、今は酷く冷静で淡々とした口調である。それが妙に不気味で、アデルは不安気に首を傾げた。


「アデルん。俺が知りたいのは一つだけよ。……どうしてそのこと、俺たちに黙ってたの?」
「……」
「俺たちって、そんなに信用ない?」
「それは違うのだっ……ただ……」
「大事な仲間のコノハちんが悪魔だって知ったぐらいで、俺らが掌返すようにコノハちんのこと忌避するって、そう思ってたの?」
「違う……」
「じゃあ何で?俺、割と怒ってるんだけど」
「っ……」


 リオの瞳を覗いたアデルは、ひゅっと息を呑んだ。その眼光が、見たことも無いほど冷え切っていたから。そしてその揺るがない瞳は、リオの怒りをこれ以上ない程表現していた。

 リオの冷静な怒りを、アデルは一切知らないわけでは無かった。だがそれは普段であれば、アデルの為にリオが他者に向けるものである。しかし今回は、その怒りが明確にアデルに向けられている。

 リオが初めて、アデル自身に憤りを感じた証明でもあった。


「……悪魔ルルラルカが我の師匠を殺したこと、リオたちは知っているであろう?」
「うん、知ってるよ」
「リオたちは優しい。我の仲間にするには勿体ないほど、強く、優しい……リオたちがコノハを、悪魔だからと忌み嫌うのではないかと心配したことは無いのだ…………だが、悪魔ルルラルカは我の仇であった。だから……リオたちが我の為に、コノハとの接し方に悩んでしまうのではないかと、そう思ったのだ」
「「……」」
「リオたちを信用していないわけでは無い……寧ろ、信用しているからこそ、不安だったのだ」


 コノハが悪魔だという理由で、彼らがコノハを忌避するなんてアデルは微塵も思っていなかった。アデルが危惧していたのはコノハが悪魔だからではなく、悪魔がアデルの仇だったからだ。

 リオたちは、アデルの大事な師を殺した悪魔ルルラルカに対して良い印象は持っていない。アデルを絶望のどん底へと突き落とした張本人なのだから、それは当然である。
 ルルラルカとコノハは別人とは言っても、やはり同じ悪魔である。それは揺るがぬ事実だ。だからこそ、アデルを思うあまり、リオたちが今まで通りの、何の綻びも無い純粋な好意をコノハに対して抱けなくなるのではないかと。

 アデルはそれだけを僅かに危惧していたのだ。


「……確かにコノハちんが、ワンコお師匠様を殺した悪魔と全くの同一人物だって言われたら、俺たちもどう思ったか正直分からないわよ」
「……」
「でも……違うんでしょ?」
「あぁ……コノハはコノハだ。ルルラルカではない」
「なら。何をそんなに心配することがあるのよ」
「っ!」


 バッサリとリオが言ってのけると、アデルは虚を突かれように目を奪われた。何よりも力強い言葉に、全員が息を呑む。そして、そんなリオを見つめるナギカはほんの少し嬉しそうに微笑んでいた。


「アデルんは馬鹿ね。大馬鹿よ。ほんっとうに馬鹿」
「……すまぬ」
「はぁ……ま、アデルんがお馬鹿なことなんて、最初から分かってたし……俺もちょっと怒りすぎたかな?」
「そんなことは無いのだ!我が……」
「アデルん」


 リオが自嘲し、思わずそれをアデルは大声で否定しようとした。だがその言葉は、よく通るリオの呼び声にかき消される。


「これからはちゃんと、大事なことは俺たちにも話してよね?一緒に悩むから」
「っ……あぁ。約束しよう」


 リオは小首を傾けながらふわりと破顔した。感極まったように言ったアデルは、同時に心の底から思った。リオ・カグラザカという人間が、自身の仲間で本当に良かったと。


「よっし。じゃあ指切りしよう!」
「「っ……」」


 途端、リオ以外の全員が粟立つのを感じ、顔を真っ青にする。仲直りの印として指切りを提案したリオだったが、彼らの妙な反応に首を傾げた。


「ん?どしたのみんな。そんなサイコパスを見る様な目で……」
「……やはり怒っているのだな……よし、了解したのだ。我の指の一本や二本、どうということはない。リオの気の済むまで斬り落とすといいのだ。幸い我の指はすぐに生えてくるのでな」
「…………なんか、物凄く狂気的かつ失礼な勘違いしてるわね」


 この世界に指切りという概念は無く、皆リオの発言を言葉そのままの意味として受け取ってしまったのだ。それを理解したリオは、その屈辱的とも言える勘違いに苦笑いを浮かべる。


「アデルん、小指出して」
「小指を切るのであるか?」
「違うっつってんだろうが」


 尚も誤解しているアデルに苛立ったのか、リオは林のような口調で否定してしまう。リオに睨まれたアデルは、恐る恐る自身の小指を立てて差し出した。そしてその小指に、リオは自身の小指を絡ませる。


「?」
「これは約束する時のおまじないみたいなもの。この指切りをしたら、約束を破っちゃいけないの。分かった?」
「……分かったのだ」


 絡ませた小指を数回上下させると、リオはあっさりとそれを解いた。

 「これのどこが指切りなのだ」という疑問の声が聞こえてきそうな程、アデルは呆けた様子で手元を眺めている。ただ、リオが前世で生きていた世界での文化なのだということは、アデルにも理解できていた。


「あの、アデル様」
「ん?」
「単純な疑問なのですが、何故コノハ様は記憶を失っているのでしょうか?」
「あぁ、それは……」
「記憶を失っているわけでは無く、ただ単に……生まれたばかりで保持している記憶が無かったからなのでは?」


 メイリーンの疑問に答えたのは、自分なりに推測したルークである。

 悪魔が死ぬとその瞬間、一切のタイムラグ無く新たな悪魔が生まれてくる。そうでなければ世界の八割を占める、悪魔による大量のジルが供給されない瞬間が出来てしまうからだ。つまりルルラルカが死んだその瞬間、コノハはこの世に生を享けたということである。

 アデルたちがコノハに出会ったのはユーニンミス国の森の中だったが、彼が生まれてからずっとその場所に留まっていたのであれば、真面な記憶が無いのにも説明がつくのだ。


「流石であるな、ルーク。我もその可能性が高いと思っている」
「ん?ちょっと待って。前の悪魔が死んだのっていつ?」
「丁度二年ほど前なのだ」
「…………つまりコノハちんって、さ……二才なの?」
「「………………あ」」
「?」


 恐る恐るリオが尋ねると、計ったように彼らの呆けた声が重なった。そんな中、コノハただ一人がキョトンと首を傾げており、事の重大さに気づけていないのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

白花の咲く頃に

夕立
ファンタジー
命を狙われ、七歳で国を出奔した《シレジア》の王子ゼフィール。通りすがりの商隊に拾われ、平民の子として育てられた彼だが、成長するにしたがって一つの願いに駆られるようになった。 《シレジア》に帰りたい、と。 一七になった彼は帰郷を決意し商隊に別れを告げた。そして、《シレジア》へ入国しようと関所を訪れたのだが、入国を断られてしまう。 これは、そんな彼の旅と成長の物語。 ※小説になろうでも公開しています(完結済)。

魔女の弾く鎮魂曲

結城芙由奈 
ファンタジー
【魔女フィーネが姿を消して300年…その名は今も語り継がれる】 かつて親族と愛する婚約者に裏切られ、恐ろしい魔女と化したフィーネ。彼女はこの上ないほどの残虐非道な方法で城中の人間を殺害し…城を燃やし、その痕跡は何も残されてはいない。しかし今尚、血に塗れたアドラー城跡地は呪われた場所として人々に恐れられ、300年を隔てた今も…語り継がれている―。 『闇に捕らわれたアドラーの魔女』の続編です ※他サイトでも投稿中 ※10話以内の短編です

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

処理中です...