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第二章 仲間探求編
81、告白1
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「おっし」
兵士二人をあっという間に伸してしまった林は指を鳴らすと、満足気な声音で呟いた。
「……我の代わりにわざわざすまぬな。林」
「あ?これが一番手っ取り早いからそうしただけだ。勘違いすんな」
アデルは当惑しつつも、起きた兵士たちを代わりに対処してくれた林に礼を言った。だが林は険しい表情で冷たい返答をし、アデルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
林自身、弟妹を監獄に入れたであろう兵士たちを一発ぶん殴って溜飲を下げたかったので、一石二鳥だったのだ。
「では我は亜人の国に戻るが、林は一人で大丈夫であるか?」
「はっ。馬鹿にすんな。アタシを誰だと思ってんだよ?」
林一人で皇帝との交渉に赴くことを心配したアデルだが、彼女はそれを杞憂であると精悍に嘲笑ってみせた。
そのままアデルと向き合うと、林は腕を組みながら仁王立ちしてみせる。思わず目を奪われたアデルは、呆けた様に首を傾げた。
「華位道国が最も恐れる暴れ馬――最強の孫林様だぞ?」
「ふふっ…………確かにそうであるな」
不敵な笑みを浮かべて堂々と言い放った林を前に、アデルは頭が上がらない気分になってしまう。どんな恐れや困難を目の当たりにしたとしても、林であれば豪快に笑い飛ばして物ともしないのだろうと。そんな安心感があったのだ。
「林。今回の戦争が落ち着き、お主が弟妹たちを迎えに来たら、我から大事な話があるのだ」
「……大事な話?」
「うむ。聞いてくれるであるか?」
「お、おう……」
唐突に言われてしまった林は当惑し、口籠った返事しか出来なかった。アデルが林に告げる大事な話というものに、一切の見当がつかなかったからだ。
「そうかっ!良かったのだ。ありがとうっ」
「っ……」
アデルの屈託のない満面の笑みを向けられた林は、その破壊力にピシッと硬直してしまう。笑顔を向けられただけで、熱に浮かされた様に頬が熱くなってしまい、林は自身の身体がどうかしてしまったのではないかと一抹の不安を覚える。この症状の正体に未だ気づけていない林にとって、その胸の痛みは鬼胎以外の何者でもない。
「ん?林、どうかしたのか?顔が赤いであるぞ」
「いや……多分大丈夫な、はずだ……」
「林にしてははっきりしない答えであるな……本当に大丈夫であるか?」
「大丈夫だっつってんだろ。てめぇはてめぇの仲間の心配だけしてろ」
「……」
林が冷たい声音で言うと、アデルは何か言いたげな相好で黙り込んでしまった。呆けているようなアデルを前に、思わず林は怪訝そうに首を傾げる。
「?なんか文句でもあんのか」
「いや……何でも無いのだ。――では、先に行って待っているのだ」
「おう」
林の問いにアデルが答えることは無かった。林の中にモヤモヤとしたしこりが残り、疑わしそうにアデルを見つめてしまう。
まるでその視線から逃れるように言ったアデルは、早速転移術を行使した。一瞬にして目の前からアデルが消え、その現実感の無さに林は遠い目をしてしまう。
「……ていうか、大事な話って何だよ」
一人残された林は、ボソッと独り言を呟いた。大事な話の内容が気になるあまり、それからの林はアデルたちに再会するまでの間、終始頭の隅でそのことを考えてしまうのだった。
********
亜人の国に戻ったアデルがまず最初に行ったのは、メイリーンを抱えて空を飛ぶことであった。理由はもちろん、華位道国の兵士たちを気絶させたように、亜人の国に残っている兵士たちにも〝フェイント〟をかける為である。
林の弟妹たちを治療する為に歌を歌った際の効力が残っており、メイリーンは再び歌うこと無くフェイントを行使した。
亜人の国に留まっていた兵士たちは一人残らず気絶し、戦争は一時中断されるのだった。
********
華位道国の兵士全てが突然気絶したことで、亜人たちの困惑が冷め止まむ中、避難所の隅ではその雰囲気に似つかわしくない神妙な空気が流れていた。
その空気を発しているのは集まったレディバグ一行。加えて、成り行きでついて来たギルドニスである。アマノも意識を取り戻しており、少しずつ身体が元の大きさに戻ろうとしていた。因みに林の弟妹たちには少し離れたところで談笑してもらっている。
こちらはこちらで、別の大事な話がアデルの口から告げられようとしているのだ。
「で?コノハちんの大事な話ってなに?」
「……みな、驚かずに聞いて欲しいのだが……」
沈黙を破ったのはリオだ。意を決したアデルは口を開くが、それでも完全に不安は拭いきれていない。この真実を彼らに告げて本当にいいのか。コノハにとって、彼らにとって。真実を包み隠さず伝えることが本当に最良なのか。その答えを出すことがアデルには出来ていない。
それでもメイリーンには既に知られていることで、彼女だけにこの秘密を抱えてもらうというのは不誠実である。なのでやはり告白するしか無いのだが、最後の最後まで迷ってしまう自分がいるのもまた事実であった。
一度決めたことをうじうじと悩む自身の女々しさに嫌気が差してしまうが、アデルは余計な思考を振り払うように深呼吸する。
刹那、彼らがごくりと息を呑んだように空気が揺れる。
「コノハは所謂……悪魔と呼ばれている存在なのだ」
「「っ……!」」
「……」
真実を告げたその時、全員が驚きで目を見開き、言葉を失った。何せ、この世にたった一人しか存在しない悪魔だ。世界中のどこを探しても、会いたくて会えるような存在ではない。そんな悪魔が身近にいたのだから、その驚きはとても言葉で表現できるものでは無いだろう。
そして同時に、悪魔はアデルにとってエルの仇であることを彼らはよく知っている。アデルがその手で悪魔ルルラルカを殺したことも。だからこそ衝撃だったのだ。コノハの正体を知っていながら、アデルが彼の手を取ったという事実が。
既にその真実をギルドニスから聞いていたメイリーンは、目を伏せながら唇を固く結んでいる。
「……コノハちんが悪魔ってことは分かった」
「っ……リオ?」
彼らがどう反応すればいいのかと懊悩する中、アクションを起こしたのはリオだ。その事実を聞かされた折は驚いていたというのに、今は酷く冷静で淡々とした口調である。それが妙に不気味で、アデルは不安気に首を傾げた。
「アデルん。俺が知りたいのは一つだけよ。……どうしてそのこと、俺たちに黙ってたの?」
「……」
「俺たちって、そんなに信用ない?」
「それは違うのだっ……ただ……」
「大事な仲間のコノハちんが悪魔だって知ったぐらいで、俺らが掌返すようにコノハちんのこと忌避するって、そう思ってたの?」
「違う……」
「じゃあ何で?俺、割と怒ってるんだけど」
「っ……」
リオの瞳を覗いたアデルは、ひゅっと息を呑んだ。その眼光が、見たことも無いほど冷え切っていたから。そしてその揺るがない瞳は、リオの怒りをこれ以上ない程表現していた。
リオの冷静な怒りを、アデルは一切知らないわけでは無かった。だがそれは普段であれば、アデルの為にリオが他者に向けるものである。しかし今回は、その怒りが明確にアデルに向けられている。
リオが初めて、アデル自身に憤りを感じた証明でもあった。
「……悪魔ルルラルカが我の師匠を殺したこと、リオたちは知っているであろう?」
「うん、知ってるよ」
「リオたちは優しい。我の仲間にするには勿体ないほど、強く、優しい……リオたちがコノハを、悪魔だからと忌み嫌うのではないかと心配したことは無いのだ…………だが、悪魔ルルラルカは我の仇であった。だから……リオたちが我の為に、コノハとの接し方に悩んでしまうのではないかと、そう思ったのだ」
「「……」」
「リオたちを信用していないわけでは無い……寧ろ、信用しているからこそ、不安だったのだ」
コノハが悪魔だという理由で、彼らがコノハを忌避するなんてアデルは微塵も思っていなかった。アデルが危惧していたのはコノハが悪魔だからではなく、悪魔がアデルの仇だったからだ。
リオたちは、アデルの大事な師を殺した悪魔ルルラルカに対して良い印象は持っていない。アデルを絶望のどん底へと突き落とした張本人なのだから、それは当然である。
ルルラルカとコノハは別人とは言っても、やはり同じ悪魔である。それは揺るがぬ事実だ。だからこそ、アデルを思うあまり、リオたちが今まで通りの、何の綻びも無い純粋な好意をコノハに対して抱けなくなるのではないかと。
アデルはそれだけを僅かに危惧していたのだ。
「……確かにコノハちんが、ワンコお師匠様を殺した悪魔と全くの同一人物だって言われたら、俺たちもどう思ったか正直分からないわよ」
「……」
「でも……違うんでしょ?」
「あぁ……コノハはコノハだ。ルルラルカではない」
「なら。何をそんなに心配することがあるのよ」
「っ!」
バッサリとリオが言ってのけると、アデルは虚を突かれように目を奪われた。何よりも力強い言葉に、全員が息を呑む。そして、そんなリオを見つめるナギカはほんの少し嬉しそうに微笑んでいた。
「アデルんは馬鹿ね。大馬鹿よ。ほんっとうに馬鹿」
「……すまぬ」
「はぁ……ま、アデルんがお馬鹿なことなんて、最初から分かってたし……俺もちょっと怒りすぎたかな?」
「そんなことは無いのだ!我が……」
「アデルん」
リオが自嘲し、思わずそれをアデルは大声で否定しようとした。だがその言葉は、よく通るリオの呼び声にかき消される。
「これからはちゃんと、大事なことは俺たちにも話してよね?一緒に悩むから」
「っ……あぁ。約束しよう」
リオは小首を傾けながらふわりと破顔した。感極まったように言ったアデルは、同時に心の底から思った。リオ・カグラザカという人間が、自身の仲間で本当に良かったと。
「よっし。じゃあ指切りしよう!」
「「っ……」」
途端、リオ以外の全員が粟立つのを感じ、顔を真っ青にする。仲直りの印として指切りを提案したリオだったが、彼らの妙な反応に首を傾げた。
「ん?どしたのみんな。そんなサイコパスを見る様な目で……」
「……やはり怒っているのだな……よし、了解したのだ。我の指の一本や二本、どうということはない。リオの気の済むまで斬り落とすといいのだ。幸い我の指はすぐに生えてくるのでな」
「…………なんか、物凄く狂気的かつ失礼な勘違いしてるわね」
この世界に指切りという概念は無く、皆リオの発言を言葉そのままの意味として受け取ってしまったのだ。それを理解したリオは、その屈辱的とも言える勘違いに苦笑いを浮かべる。
「アデルん、小指出して」
「小指を切るのであるか?」
「違うっつってんだろうが」
尚も誤解しているアデルに苛立ったのか、リオは林のような口調で否定してしまう。リオに睨まれたアデルは、恐る恐る自身の小指を立てて差し出した。そしてその小指に、リオは自身の小指を絡ませる。
「?」
「これは約束する時のおまじないみたいなもの。この指切りをしたら、約束を破っちゃいけないの。分かった?」
「……分かったのだ」
絡ませた小指を数回上下させると、リオはあっさりとそれを解いた。
「これのどこが指切りなのだ」という疑問の声が聞こえてきそうな程、アデルは呆けた様子で手元を眺めている。ただ、リオが前世で生きていた世界での文化なのだということは、アデルにも理解できていた。
「あの、アデル様」
「ん?」
「単純な疑問なのですが、何故コノハ様は記憶を失っているのでしょうか?」
「あぁ、それは……」
「記憶を失っているわけでは無く、ただ単に……生まれたばかりで保持している記憶が無かったからなのでは?」
メイリーンの疑問に答えたのは、自分なりに推測したルークである。
悪魔が死ぬとその瞬間、一切のタイムラグ無く新たな悪魔が生まれてくる。そうでなければ世界の八割を占める、悪魔による大量のジルが供給されない瞬間が出来てしまうからだ。つまりルルラルカが死んだその瞬間、コノハはこの世に生を享けたということである。
アデルたちがコノハに出会ったのはユーニンミス国の森の中だったが、彼が生まれてからずっとその場所に留まっていたのであれば、真面な記憶が無いのにも説明がつくのだ。
「流石であるな、ルーク。我もその可能性が高いと思っている」
「ん?ちょっと待って。前の悪魔が死んだのっていつ?」
「丁度二年ほど前なのだ」
「…………つまりコノハちんって、さ……二才なの?」
「「………………あ」」
「?」
恐る恐るリオが尋ねると、計ったように彼らの呆けた声が重なった。そんな中、コノハただ一人がキョトンと首を傾げており、事の重大さに気づけていないのだった。
兵士二人をあっという間に伸してしまった林は指を鳴らすと、満足気な声音で呟いた。
「……我の代わりにわざわざすまぬな。林」
「あ?これが一番手っ取り早いからそうしただけだ。勘違いすんな」
アデルは当惑しつつも、起きた兵士たちを代わりに対処してくれた林に礼を言った。だが林は険しい表情で冷たい返答をし、アデルは思わず苦笑いを浮かべてしまう。
林自身、弟妹を監獄に入れたであろう兵士たちを一発ぶん殴って溜飲を下げたかったので、一石二鳥だったのだ。
「では我は亜人の国に戻るが、林は一人で大丈夫であるか?」
「はっ。馬鹿にすんな。アタシを誰だと思ってんだよ?」
林一人で皇帝との交渉に赴くことを心配したアデルだが、彼女はそれを杞憂であると精悍に嘲笑ってみせた。
そのままアデルと向き合うと、林は腕を組みながら仁王立ちしてみせる。思わず目を奪われたアデルは、呆けた様に首を傾げた。
「華位道国が最も恐れる暴れ馬――最強の孫林様だぞ?」
「ふふっ…………確かにそうであるな」
不敵な笑みを浮かべて堂々と言い放った林を前に、アデルは頭が上がらない気分になってしまう。どんな恐れや困難を目の当たりにしたとしても、林であれば豪快に笑い飛ばして物ともしないのだろうと。そんな安心感があったのだ。
「林。今回の戦争が落ち着き、お主が弟妹たちを迎えに来たら、我から大事な話があるのだ」
「……大事な話?」
「うむ。聞いてくれるであるか?」
「お、おう……」
唐突に言われてしまった林は当惑し、口籠った返事しか出来なかった。アデルが林に告げる大事な話というものに、一切の見当がつかなかったからだ。
「そうかっ!良かったのだ。ありがとうっ」
「っ……」
アデルの屈託のない満面の笑みを向けられた林は、その破壊力にピシッと硬直してしまう。笑顔を向けられただけで、熱に浮かされた様に頬が熱くなってしまい、林は自身の身体がどうかしてしまったのではないかと一抹の不安を覚える。この症状の正体に未だ気づけていない林にとって、その胸の痛みは鬼胎以外の何者でもない。
「ん?林、どうかしたのか?顔が赤いであるぞ」
「いや……多分大丈夫な、はずだ……」
「林にしてははっきりしない答えであるな……本当に大丈夫であるか?」
「大丈夫だっつってんだろ。てめぇはてめぇの仲間の心配だけしてろ」
「……」
林が冷たい声音で言うと、アデルは何か言いたげな相好で黙り込んでしまった。呆けているようなアデルを前に、思わず林は怪訝そうに首を傾げる。
「?なんか文句でもあんのか」
「いや……何でも無いのだ。――では、先に行って待っているのだ」
「おう」
林の問いにアデルが答えることは無かった。林の中にモヤモヤとしたしこりが残り、疑わしそうにアデルを見つめてしまう。
まるでその視線から逃れるように言ったアデルは、早速転移術を行使した。一瞬にして目の前からアデルが消え、その現実感の無さに林は遠い目をしてしまう。
「……ていうか、大事な話って何だよ」
一人残された林は、ボソッと独り言を呟いた。大事な話の内容が気になるあまり、それからの林はアデルたちに再会するまでの間、終始頭の隅でそのことを考えてしまうのだった。
********
亜人の国に戻ったアデルがまず最初に行ったのは、メイリーンを抱えて空を飛ぶことであった。理由はもちろん、華位道国の兵士たちを気絶させたように、亜人の国に残っている兵士たちにも〝フェイント〟をかける為である。
林の弟妹たちを治療する為に歌を歌った際の効力が残っており、メイリーンは再び歌うこと無くフェイントを行使した。
亜人の国に留まっていた兵士たちは一人残らず気絶し、戦争は一時中断されるのだった。
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華位道国の兵士全てが突然気絶したことで、亜人たちの困惑が冷め止まむ中、避難所の隅ではその雰囲気に似つかわしくない神妙な空気が流れていた。
その空気を発しているのは集まったレディバグ一行。加えて、成り行きでついて来たギルドニスである。アマノも意識を取り戻しており、少しずつ身体が元の大きさに戻ろうとしていた。因みに林の弟妹たちには少し離れたところで談笑してもらっている。
こちらはこちらで、別の大事な話がアデルの口から告げられようとしているのだ。
「で?コノハちんの大事な話ってなに?」
「……みな、驚かずに聞いて欲しいのだが……」
沈黙を破ったのはリオだ。意を決したアデルは口を開くが、それでも完全に不安は拭いきれていない。この真実を彼らに告げて本当にいいのか。コノハにとって、彼らにとって。真実を包み隠さず伝えることが本当に最良なのか。その答えを出すことがアデルには出来ていない。
それでもメイリーンには既に知られていることで、彼女だけにこの秘密を抱えてもらうというのは不誠実である。なのでやはり告白するしか無いのだが、最後の最後まで迷ってしまう自分がいるのもまた事実であった。
一度決めたことをうじうじと悩む自身の女々しさに嫌気が差してしまうが、アデルは余計な思考を振り払うように深呼吸する。
刹那、彼らがごくりと息を呑んだように空気が揺れる。
「コノハは所謂……悪魔と呼ばれている存在なのだ」
「「っ……!」」
「……」
真実を告げたその時、全員が驚きで目を見開き、言葉を失った。何せ、この世にたった一人しか存在しない悪魔だ。世界中のどこを探しても、会いたくて会えるような存在ではない。そんな悪魔が身近にいたのだから、その驚きはとても言葉で表現できるものでは無いだろう。
そして同時に、悪魔はアデルにとってエルの仇であることを彼らはよく知っている。アデルがその手で悪魔ルルラルカを殺したことも。だからこそ衝撃だったのだ。コノハの正体を知っていながら、アデルが彼の手を取ったという事実が。
既にその真実をギルドニスから聞いていたメイリーンは、目を伏せながら唇を固く結んでいる。
「……コノハちんが悪魔ってことは分かった」
「っ……リオ?」
彼らがどう反応すればいいのかと懊悩する中、アクションを起こしたのはリオだ。その事実を聞かされた折は驚いていたというのに、今は酷く冷静で淡々とした口調である。それが妙に不気味で、アデルは不安気に首を傾げた。
「アデルん。俺が知りたいのは一つだけよ。……どうしてそのこと、俺たちに黙ってたの?」
「……」
「俺たちって、そんなに信用ない?」
「それは違うのだっ……ただ……」
「大事な仲間のコノハちんが悪魔だって知ったぐらいで、俺らが掌返すようにコノハちんのこと忌避するって、そう思ってたの?」
「違う……」
「じゃあ何で?俺、割と怒ってるんだけど」
「っ……」
リオの瞳を覗いたアデルは、ひゅっと息を呑んだ。その眼光が、見たことも無いほど冷え切っていたから。そしてその揺るがない瞳は、リオの怒りをこれ以上ない程表現していた。
リオの冷静な怒りを、アデルは一切知らないわけでは無かった。だがそれは普段であれば、アデルの為にリオが他者に向けるものである。しかし今回は、その怒りが明確にアデルに向けられている。
リオが初めて、アデル自身に憤りを感じた証明でもあった。
「……悪魔ルルラルカが我の師匠を殺したこと、リオたちは知っているであろう?」
「うん、知ってるよ」
「リオたちは優しい。我の仲間にするには勿体ないほど、強く、優しい……リオたちがコノハを、悪魔だからと忌み嫌うのではないかと心配したことは無いのだ…………だが、悪魔ルルラルカは我の仇であった。だから……リオたちが我の為に、コノハとの接し方に悩んでしまうのではないかと、そう思ったのだ」
「「……」」
「リオたちを信用していないわけでは無い……寧ろ、信用しているからこそ、不安だったのだ」
コノハが悪魔だという理由で、彼らがコノハを忌避するなんてアデルは微塵も思っていなかった。アデルが危惧していたのはコノハが悪魔だからではなく、悪魔がアデルの仇だったからだ。
リオたちは、アデルの大事な師を殺した悪魔ルルラルカに対して良い印象は持っていない。アデルを絶望のどん底へと突き落とした張本人なのだから、それは当然である。
ルルラルカとコノハは別人とは言っても、やはり同じ悪魔である。それは揺るがぬ事実だ。だからこそ、アデルを思うあまり、リオたちが今まで通りの、何の綻びも無い純粋な好意をコノハに対して抱けなくなるのではないかと。
アデルはそれだけを僅かに危惧していたのだ。
「……確かにコノハちんが、ワンコお師匠様を殺した悪魔と全くの同一人物だって言われたら、俺たちもどう思ったか正直分からないわよ」
「……」
「でも……違うんでしょ?」
「あぁ……コノハはコノハだ。ルルラルカではない」
「なら。何をそんなに心配することがあるのよ」
「っ!」
バッサリとリオが言ってのけると、アデルは虚を突かれように目を奪われた。何よりも力強い言葉に、全員が息を呑む。そして、そんなリオを見つめるナギカはほんの少し嬉しそうに微笑んでいた。
「アデルんは馬鹿ね。大馬鹿よ。ほんっとうに馬鹿」
「……すまぬ」
「はぁ……ま、アデルんがお馬鹿なことなんて、最初から分かってたし……俺もちょっと怒りすぎたかな?」
「そんなことは無いのだ!我が……」
「アデルん」
リオが自嘲し、思わずそれをアデルは大声で否定しようとした。だがその言葉は、よく通るリオの呼び声にかき消される。
「これからはちゃんと、大事なことは俺たちにも話してよね?一緒に悩むから」
「っ……あぁ。約束しよう」
リオは小首を傾けながらふわりと破顔した。感極まったように言ったアデルは、同時に心の底から思った。リオ・カグラザカという人間が、自身の仲間で本当に良かったと。
「よっし。じゃあ指切りしよう!」
「「っ……」」
途端、リオ以外の全員が粟立つのを感じ、顔を真っ青にする。仲直りの印として指切りを提案したリオだったが、彼らの妙な反応に首を傾げた。
「ん?どしたのみんな。そんなサイコパスを見る様な目で……」
「……やはり怒っているのだな……よし、了解したのだ。我の指の一本や二本、どうということはない。リオの気の済むまで斬り落とすといいのだ。幸い我の指はすぐに生えてくるのでな」
「…………なんか、物凄く狂気的かつ失礼な勘違いしてるわね」
この世界に指切りという概念は無く、皆リオの発言を言葉そのままの意味として受け取ってしまったのだ。それを理解したリオは、その屈辱的とも言える勘違いに苦笑いを浮かべる。
「アデルん、小指出して」
「小指を切るのであるか?」
「違うっつってんだろうが」
尚も誤解しているアデルに苛立ったのか、リオは林のような口調で否定してしまう。リオに睨まれたアデルは、恐る恐る自身の小指を立てて差し出した。そしてその小指に、リオは自身の小指を絡ませる。
「?」
「これは約束する時のおまじないみたいなもの。この指切りをしたら、約束を破っちゃいけないの。分かった?」
「……分かったのだ」
絡ませた小指を数回上下させると、リオはあっさりとそれを解いた。
「これのどこが指切りなのだ」という疑問の声が聞こえてきそうな程、アデルは呆けた様子で手元を眺めている。ただ、リオが前世で生きていた世界での文化なのだということは、アデルにも理解できていた。
「あの、アデル様」
「ん?」
「単純な疑問なのですが、何故コノハ様は記憶を失っているのでしょうか?」
「あぁ、それは……」
「記憶を失っているわけでは無く、ただ単に……生まれたばかりで保持している記憶が無かったからなのでは?」
メイリーンの疑問に答えたのは、自分なりに推測したルークである。
悪魔が死ぬとその瞬間、一切のタイムラグ無く新たな悪魔が生まれてくる。そうでなければ世界の八割を占める、悪魔による大量のジルが供給されない瞬間が出来てしまうからだ。つまりルルラルカが死んだその瞬間、コノハはこの世に生を享けたということである。
アデルたちがコノハに出会ったのはユーニンミス国の森の中だったが、彼が生まれてからずっとその場所に留まっていたのであれば、真面な記憶が無いのにも説明がつくのだ。
「流石であるな、ルーク。我もその可能性が高いと思っている」
「ん?ちょっと待って。前の悪魔が死んだのっていつ?」
「丁度二年ほど前なのだ」
「…………つまりコノハちんって、さ……二才なの?」
「「………………あ」」
「?」
恐る恐るリオが尋ねると、計ったように彼らの呆けた声が重なった。そんな中、コノハただ一人がキョトンと首を傾げており、事の重大さに気づけていないのだった。
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