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第二章 仲間探求編
74、仲間3
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「……ふむ。それなら我に良い考えがあるのだ」
「あ゛?」
一方その少し前、林はアデルに怪訝そうな表情を向けていた。
睨んでいるようにも思える鋭い眼光にドスの利いたその声を浴びてしまえば、竦み上がる者が大多数だろうが、アデルは毛ほども気にしていないように笑みを浮かべている。
「あんだよ。考えって」
「我の仲間にメイリーンという神の力を行使できる娘がいるのだが、その者であれば……」
「ちょっと待て。……あんだって?」
「?我の仲間にメイリーンという神の力を……」
「そこだよそこ……あんだよ、神の力って。まさか髪の力とか言うつもりじゃねぇだろうな」
「?」
イマイチ話が噛み合っていない二人ではあるが、それはともかく。林は〝神の力〟などという荒唐無稽な存在をすぐに信じることが出来ず、思わずそのワードに引っかかってしまった。
まるで今朝の朝食のメニューを答えるようにサラッと、何でも無い様に言ったアデルだったが、その内容は林にとってとても流せるものでは無かったのだ。
「そのようなことを言われても困るのだ。メイリーンが神の力を行使できるのは真実なのでな」
「……まぁ、百歩譲って。すげぇ力を持ってる女がいるってことだな?」
「あぁ。その認識で良いのだ」
「それで?その女があんなんだよ」
(あんなんだよ……?)
「何なんだよ?」と尋ねているのは分かっているのだが、それでも彼女の独特な言葉遣いにアデルは強烈な違和感を覚えてしまう。
だが今それをツッコんでいる暇は無いので、アデルは本題を進めることにした。
「メイリーンに頼めば、華位道国の者たち全てを一日間気絶させることも可能なのだ。その間に林の家族を見つけられないだろうか?」
「……もしそんなことが本当に可能なら、出来ねぇ話じゃねぇな」
メイリーンが行使できる神の力の一つ――〝フェイント〟という技について、アデルは林に説明した。
フェイントは対象を一日間完全に気絶させる技だが、その対象に制限はない。一人だろうが百人だろうが、メイリーンが望んだ対象全てに効力を発揮するのだ。一つの例外もなく。
その上、この技は一日という時間制限はあるものの、一日経った直後また同じ技を行使すれば、半永久的に対象を気絶させ続けることが出来るのだ。
「どうだろう?もし林が本気で家族を救い出したいのであれば、メイリーンに協力を仰ぐことを勧めるのだ。だがそれは同時に、華位道国と完全に敵対することになるが……」
「別にそれ自体に問題はねぇよ。ただ、事を進める前にアタシの裏切りがバレれば、家族は即殺されるだろうから、それだけが気掛かりなんだよ」
元より林は、愛する家族を使って脅してきた華位道国に対する愛国心など、当の昔に消え失せているどころか、敵対心すら覚えている。その為華位道国と敵対すること自体には何の問題も無いのだが、唯一の懸念は家族のことであった。
「であればこの件は、我が一人でメイリーンに頼みに行くとしよう。林は適当に戦っている振りをしておくといいのだ。何なら、我が敵に見立てた人形を作るが……どうする?」
「お前そんなことも出来んのかよ」
「多少の時間があれば可能なのだ」
アデルの言う人形というのは、外見は完全に生きた生物でありながら、製作者の設定した指示通りにしか動くことの出来ない、謂わばロボットのような物だ。人形なので戦闘力に期待はあまりできないのだが、華位道国の目を欺くには丁度いいのだ。
今回の場合は亜人に見立てた人形を林に襲わせる設定にすれば、それなりの形にはなるだろう。
「……分かった。頼む」
しばらく考え込むと、林は落ち着いた声音でそう言った。林があっさりとその提案を受け入れたことがアデルにとっては少々予想外だったが、それだけ彼女が家族のことを心配しているということでもあった。
何はともあれ、林が首を縦に振ってくれたので、アデルは思わず破顔一笑する。
「交渉成立であるな…………あぁ、そうであった。拘束具はもう必要無いな」
「……」
一時休戦という形になったので、アデルは林を拘束していた鎖を解いてやった。自由に動けるようになった林だったが、彼女はしゃがみ込んだまま、困惑入り混じる眼差しでアデルを見上げるばかりである。
「?どうかしたか?」
「てめぇ、アタシの話が嘘だとは思わねぇのかよ」
「………………嘘なのであるか?」
ふと素朴な疑問をぶつけた林に対し、アデルは顔面蒼白になりながら尋ね返した。林が示唆した可能性を一切考慮していなかったのか、アデルはこの世の終わりのような顔をしている。
「いや、嘘ではねぇけど」
「はぁぁ……良かったのだ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「……ただ、アタシの話が法螺だったらお前今ヤバかったぞって話だよ」
「なるほど……だが、問題は無いのだ」
「あ゛?」
「我には、林の家族に対する思いが嘘だとは思えなかったのだ。我はそれなりに自分の直感を信じているのでな」
「……はぁ。お人好しだな……お前、人を疑うってことを少しは覚えろよ」
すぐに情に絆されるようではいつか痛い目を見るので林は苦言を呈したのだが、それでも能天気なアデルを目の当たりにし、彼女は漏れ出るため息を抑えることが出来ない。
だが、呆れを通り越して最早感心さえしてしまう程のアデルのお人好しは今に始まったことでは無い。
「ははっ。心配してくれているのか?」
「なっ……ちっげぇよ!」
「林は優しいのだな」
「ちげぇつってんだろうが!!」
林の心配を他所に、アデルは彼女の気持ちが純粋に嬉しかったのか、思わず柔らかい笑みを零した。そんなアデルの笑顔を向けられた林は感謝されたことが恥ずかしく、一瞬にしてその顔を真っ赤に染め上げた。
今まで「乱暴」「暴君」「暴れ馬」などとしか呼ばれてこなかった林には、他人から〝優しい〟などと褒められた経験が皆無だったのだ。
慣れていないせいか余計に気恥ずかしく、林はその照れを隠すように声を荒らげた。
それからアデルはクスクスと笑みを零しながら、華位道国の目を欺くための人形を数体作ると、その場に林と人形を残してメイリーンの元へ向かうのだった。
********
アデルが林と交渉している頃。
メイリーンとコノハは他の面々同様、華位道国との戦いに汗を流していた。コノハは亜人たちと共に、拙いながらも必死で敵と剣を交わしている。
メイリーンの方は治療を主に、手が空けば戦闘に参加する形である。だが、神の力を行使できる権限には時間制限がある為、その度に歌を歌い直さなければならない。
それはつまり、神の力を行使できないタイミングがあるということだ。一定時間が過ぎ、また力を使うために歌を歌うその数分間は、メイリーンはどうやっても何もすることが出来ない。
「ヒーリング」
怪我人と自身の喉をまとめて治療したメイリーンは、疲れから思わずため息を漏らす。歌い過ぎて喉を酷使しているので、時折喉も元の状態に戻しているのだ。
コノハたちは敵の対処に、メイリーンは怪我人に気を取られていて気付くことが出来なかった。
――メイリーンに敵の影が静かに忍び寄っていることに。
「……っ!」
「失礼。見たところあなたが一番厄介だと判断いたしましたので、戦線離脱していただきます」
メイリーンは背後に迫るその存在に気づいたが、時既に遅しであった。
丁寧な口調で話しかけてきた男は、メイリーンが反応する前に行動に移した。無抵抗のメイリーンを思い切り蹴り上げ、彼女を遥か遠くまで飛ばしてしまったのだ。
「っ……!」
メイリーンの身体には、彼女とアデルが出会ったばかりの頃に張った結界があるので、その蹴りで傷を負うことは無かったが、結界に威力を消す力はない。相当な力を込められた蹴りと同時にジルの衝撃波も受けてしまい、メイリーンはコノハの視界から消えてしまう程吹き飛ばされていった。
「っ!?かかっ!!」
一瞬の内に目の前からメイリーンが消えてしまったので、コノハは声を荒らげて目を見開いた。
思わずコノハは、メイリーンを蹴り飛ばした男に鋭い睨みを向ける。
アマノと同じぐらいの身長に、静が着ている物と同じ軍服を身に纏っている。キリッとした細長な目が特徴的で、冷静沈着な印象を覚える。流暢にアンレズナの共通言語を話していたが、正真正銘華位道国の兵士であった。
「……ふむ。やはり結界が張られていましたか。返り血が無い」
その男――宋睿はメイリーンを蹴り飛ばした足の靴裏を覗き込むと、淡々とした声音で呟いた。
睿は人知を超えた力を行使するメイリーンを遠くから観察しており、彼女がこの戦場で一切傷を負っていないことに気づいていたのだ。その為、メイリーンに結界が張られていることに気づけたのである。
結界を壊せないのであれば、彼女がこの戦いに干渉できない程遠くに追いやればいいので、彼は時間をかけてジルを集め、それをあの蹴りに込めたのだ。
「っ……」
一人残されてしまったコノハは、メイリーンに害をなした睿に斬りかかった。それを難なく避けた睿はコノハに鋭い蹴りを入れる。
「ゴホッ……」
「……?あなた、弱いですね。亜人でも無いみたいですし、何故この戦争に?」
地面に倒れ込んだコノハは苦し気に何とか立ち上がる。一方、そんな彼を怪訝そうに見つめる睿は、亜人の国の民でもないコノハが戦に参加している事実に首を傾げている。
「……仲間だから」
「仲間?先刻俺が蹴り飛ばした娘のことですか?」
「そうっ」
コノハは肯定しながら再び睿に斬りかかる。即座に睿も剣を抜き、カキンと刃が重なる音が響いた。
「仲間と言うには、かなり力の差があるように思えますが」
「っ……」
激しく剣を交わしながら言葉を交わす二人だが、コノハばかりが小さな斬撃を多く受けるばかりで、睿は余裕の相好である。
剣だけではジリ貧だと思い、コノハは空気中のジルを集めてそれを火に変換し、睿に向けて放とうとした。
だが――。
「っ……!がああああっ!」
放つ前に勘付いた睿によって、火を灯しかけた右手を斬り落とされてしまい、コノハは耐え難い激痛に叫び声を上げた。
「甘いですね……この程度の実力で俺に立ち向かってきた、その勇気だけは称賛に値しますが」
「っ……はぁっ…………!?」
斬り落とされた右手首を押さえながら苦悶の声を漏らすコノハは、迫りくる更なる脅威に反応するのが遅れてしまう。
コノハの目に映るのは剣を高く振り上げる睿の姿で、ゆっくり動いて見えているというのに、コノハが素早く反応することは出来ない。スローモーションの視界の中、剣はコノハの肩を狙って斜めに振り下ろされていく。
刃が肩に沈み、斜め下へと勢いよく滑り込む。刹那、火傷しそうな程熱い感覚と、今まで経験したことの無い様な違和感がコノハを襲った。
********
「っ……ビックリしたぁ……」
一方、睿に思いきり蹴り飛ばされてしまったメイリーンは、かなり遠くの住居の壁にぶつかって膝から崩れ落ちていた。
結界が衝撃を吸収してくれたおかげで痛みは無かったが、飛ばされた感覚はメイリーンにとって口から心臓が飛び出そうな程恐ろしいものだった。
「そうだっ、早く戻らないと……あの人強そうだったし……」
「メイリーン?」
「え?」
コノハのことが心配になったメイリーンはすぐさま立ち上がると、自身を呼ぶ声に思わず首を傾げた。
そこには目を丸くしているアデルがおり、唐突な再会に二人は数秒間茫然自失としてしまう。
「あ、アデル様っ……」
「どうしたのだ?メイリーン。このような所で」
「あ、そうです!こ、コノハ様が……」
「コノハがどうかしたのであるか?」
ハッと正気を取り戻したアデルだったが、彼女の口からコノハの名前が出てきたことで、神妙な面持ちになった。
「あ、いえ……ただ敵側に、私をここまで吹っ飛ばした方がいて、このままだとコノハ様や亜人の皆さんが危ないかと思いまして……」
「分かったのだ。すぐに向かおう」
「ありがとうございます」
状況を把握したアデルはすぐさまコノハたちを救出すべく、彼女が元いた場所へ向かうことにした。コノハがいるのはアデルが訪れたことの無い場所だったので、彼はメイリーンを抱えて全力疾走することにした。
「あ、あの……道案内しましょうか?」
久しぶりにアデルに横抱きされたメイリーンは、少々頬を染めながら尋ねた。
「いや。コノハの気配を辿るので問題無いのだ」
「あはは……流石で、っきゃっ!?」
相変わらずのアデルを称賛しようしたが、そんなメイリーンの言葉は途切れてしまった。アデルが合図無しに勢いよく走り出してしまった為、メイリーンはその衝撃に目を見開くのだった。
「あ゛?」
一方その少し前、林はアデルに怪訝そうな表情を向けていた。
睨んでいるようにも思える鋭い眼光にドスの利いたその声を浴びてしまえば、竦み上がる者が大多数だろうが、アデルは毛ほども気にしていないように笑みを浮かべている。
「あんだよ。考えって」
「我の仲間にメイリーンという神の力を行使できる娘がいるのだが、その者であれば……」
「ちょっと待て。……あんだって?」
「?我の仲間にメイリーンという神の力を……」
「そこだよそこ……あんだよ、神の力って。まさか髪の力とか言うつもりじゃねぇだろうな」
「?」
イマイチ話が噛み合っていない二人ではあるが、それはともかく。林は〝神の力〟などという荒唐無稽な存在をすぐに信じることが出来ず、思わずそのワードに引っかかってしまった。
まるで今朝の朝食のメニューを答えるようにサラッと、何でも無い様に言ったアデルだったが、その内容は林にとってとても流せるものでは無かったのだ。
「そのようなことを言われても困るのだ。メイリーンが神の力を行使できるのは真実なのでな」
「……まぁ、百歩譲って。すげぇ力を持ってる女がいるってことだな?」
「あぁ。その認識で良いのだ」
「それで?その女があんなんだよ」
(あんなんだよ……?)
「何なんだよ?」と尋ねているのは分かっているのだが、それでも彼女の独特な言葉遣いにアデルは強烈な違和感を覚えてしまう。
だが今それをツッコんでいる暇は無いので、アデルは本題を進めることにした。
「メイリーンに頼めば、華位道国の者たち全てを一日間気絶させることも可能なのだ。その間に林の家族を見つけられないだろうか?」
「……もしそんなことが本当に可能なら、出来ねぇ話じゃねぇな」
メイリーンが行使できる神の力の一つ――〝フェイント〟という技について、アデルは林に説明した。
フェイントは対象を一日間完全に気絶させる技だが、その対象に制限はない。一人だろうが百人だろうが、メイリーンが望んだ対象全てに効力を発揮するのだ。一つの例外もなく。
その上、この技は一日という時間制限はあるものの、一日経った直後また同じ技を行使すれば、半永久的に対象を気絶させ続けることが出来るのだ。
「どうだろう?もし林が本気で家族を救い出したいのであれば、メイリーンに協力を仰ぐことを勧めるのだ。だがそれは同時に、華位道国と完全に敵対することになるが……」
「別にそれ自体に問題はねぇよ。ただ、事を進める前にアタシの裏切りがバレれば、家族は即殺されるだろうから、それだけが気掛かりなんだよ」
元より林は、愛する家族を使って脅してきた華位道国に対する愛国心など、当の昔に消え失せているどころか、敵対心すら覚えている。その為華位道国と敵対すること自体には何の問題も無いのだが、唯一の懸念は家族のことであった。
「であればこの件は、我が一人でメイリーンに頼みに行くとしよう。林は適当に戦っている振りをしておくといいのだ。何なら、我が敵に見立てた人形を作るが……どうする?」
「お前そんなことも出来んのかよ」
「多少の時間があれば可能なのだ」
アデルの言う人形というのは、外見は完全に生きた生物でありながら、製作者の設定した指示通りにしか動くことの出来ない、謂わばロボットのような物だ。人形なので戦闘力に期待はあまりできないのだが、華位道国の目を欺くには丁度いいのだ。
今回の場合は亜人に見立てた人形を林に襲わせる設定にすれば、それなりの形にはなるだろう。
「……分かった。頼む」
しばらく考え込むと、林は落ち着いた声音でそう言った。林があっさりとその提案を受け入れたことがアデルにとっては少々予想外だったが、それだけ彼女が家族のことを心配しているということでもあった。
何はともあれ、林が首を縦に振ってくれたので、アデルは思わず破顔一笑する。
「交渉成立であるな…………あぁ、そうであった。拘束具はもう必要無いな」
「……」
一時休戦という形になったので、アデルは林を拘束していた鎖を解いてやった。自由に動けるようになった林だったが、彼女はしゃがみ込んだまま、困惑入り混じる眼差しでアデルを見上げるばかりである。
「?どうかしたか?」
「てめぇ、アタシの話が嘘だとは思わねぇのかよ」
「………………嘘なのであるか?」
ふと素朴な疑問をぶつけた林に対し、アデルは顔面蒼白になりながら尋ね返した。林が示唆した可能性を一切考慮していなかったのか、アデルはこの世の終わりのような顔をしている。
「いや、嘘ではねぇけど」
「はぁぁ……良かったのだ。心臓が止まるかと思ったぞ」
「……ただ、アタシの話が法螺だったらお前今ヤバかったぞって話だよ」
「なるほど……だが、問題は無いのだ」
「あ゛?」
「我には、林の家族に対する思いが嘘だとは思えなかったのだ。我はそれなりに自分の直感を信じているのでな」
「……はぁ。お人好しだな……お前、人を疑うってことを少しは覚えろよ」
すぐに情に絆されるようではいつか痛い目を見るので林は苦言を呈したのだが、それでも能天気なアデルを目の当たりにし、彼女は漏れ出るため息を抑えることが出来ない。
だが、呆れを通り越して最早感心さえしてしまう程のアデルのお人好しは今に始まったことでは無い。
「ははっ。心配してくれているのか?」
「なっ……ちっげぇよ!」
「林は優しいのだな」
「ちげぇつってんだろうが!!」
林の心配を他所に、アデルは彼女の気持ちが純粋に嬉しかったのか、思わず柔らかい笑みを零した。そんなアデルの笑顔を向けられた林は感謝されたことが恥ずかしく、一瞬にしてその顔を真っ赤に染め上げた。
今まで「乱暴」「暴君」「暴れ馬」などとしか呼ばれてこなかった林には、他人から〝優しい〟などと褒められた経験が皆無だったのだ。
慣れていないせいか余計に気恥ずかしく、林はその照れを隠すように声を荒らげた。
それからアデルはクスクスと笑みを零しながら、華位道国の目を欺くための人形を数体作ると、その場に林と人形を残してメイリーンの元へ向かうのだった。
********
アデルが林と交渉している頃。
メイリーンとコノハは他の面々同様、華位道国との戦いに汗を流していた。コノハは亜人たちと共に、拙いながらも必死で敵と剣を交わしている。
メイリーンの方は治療を主に、手が空けば戦闘に参加する形である。だが、神の力を行使できる権限には時間制限がある為、その度に歌を歌い直さなければならない。
それはつまり、神の力を行使できないタイミングがあるということだ。一定時間が過ぎ、また力を使うために歌を歌うその数分間は、メイリーンはどうやっても何もすることが出来ない。
「ヒーリング」
怪我人と自身の喉をまとめて治療したメイリーンは、疲れから思わずため息を漏らす。歌い過ぎて喉を酷使しているので、時折喉も元の状態に戻しているのだ。
コノハたちは敵の対処に、メイリーンは怪我人に気を取られていて気付くことが出来なかった。
――メイリーンに敵の影が静かに忍び寄っていることに。
「……っ!」
「失礼。見たところあなたが一番厄介だと判断いたしましたので、戦線離脱していただきます」
メイリーンは背後に迫るその存在に気づいたが、時既に遅しであった。
丁寧な口調で話しかけてきた男は、メイリーンが反応する前に行動に移した。無抵抗のメイリーンを思い切り蹴り上げ、彼女を遥か遠くまで飛ばしてしまったのだ。
「っ……!」
メイリーンの身体には、彼女とアデルが出会ったばかりの頃に張った結界があるので、その蹴りで傷を負うことは無かったが、結界に威力を消す力はない。相当な力を込められた蹴りと同時にジルの衝撃波も受けてしまい、メイリーンはコノハの視界から消えてしまう程吹き飛ばされていった。
「っ!?かかっ!!」
一瞬の内に目の前からメイリーンが消えてしまったので、コノハは声を荒らげて目を見開いた。
思わずコノハは、メイリーンを蹴り飛ばした男に鋭い睨みを向ける。
アマノと同じぐらいの身長に、静が着ている物と同じ軍服を身に纏っている。キリッとした細長な目が特徴的で、冷静沈着な印象を覚える。流暢にアンレズナの共通言語を話していたが、正真正銘華位道国の兵士であった。
「……ふむ。やはり結界が張られていましたか。返り血が無い」
その男――宋睿はメイリーンを蹴り飛ばした足の靴裏を覗き込むと、淡々とした声音で呟いた。
睿は人知を超えた力を行使するメイリーンを遠くから観察しており、彼女がこの戦場で一切傷を負っていないことに気づいていたのだ。その為、メイリーンに結界が張られていることに気づけたのである。
結界を壊せないのであれば、彼女がこの戦いに干渉できない程遠くに追いやればいいので、彼は時間をかけてジルを集め、それをあの蹴りに込めたのだ。
「っ……」
一人残されてしまったコノハは、メイリーンに害をなした睿に斬りかかった。それを難なく避けた睿はコノハに鋭い蹴りを入れる。
「ゴホッ……」
「……?あなた、弱いですね。亜人でも無いみたいですし、何故この戦争に?」
地面に倒れ込んだコノハは苦し気に何とか立ち上がる。一方、そんな彼を怪訝そうに見つめる睿は、亜人の国の民でもないコノハが戦に参加している事実に首を傾げている。
「……仲間だから」
「仲間?先刻俺が蹴り飛ばした娘のことですか?」
「そうっ」
コノハは肯定しながら再び睿に斬りかかる。即座に睿も剣を抜き、カキンと刃が重なる音が響いた。
「仲間と言うには、かなり力の差があるように思えますが」
「っ……」
激しく剣を交わしながら言葉を交わす二人だが、コノハばかりが小さな斬撃を多く受けるばかりで、睿は余裕の相好である。
剣だけではジリ貧だと思い、コノハは空気中のジルを集めてそれを火に変換し、睿に向けて放とうとした。
だが――。
「っ……!がああああっ!」
放つ前に勘付いた睿によって、火を灯しかけた右手を斬り落とされてしまい、コノハは耐え難い激痛に叫び声を上げた。
「甘いですね……この程度の実力で俺に立ち向かってきた、その勇気だけは称賛に値しますが」
「っ……はぁっ…………!?」
斬り落とされた右手首を押さえながら苦悶の声を漏らすコノハは、迫りくる更なる脅威に反応するのが遅れてしまう。
コノハの目に映るのは剣を高く振り上げる睿の姿で、ゆっくり動いて見えているというのに、コノハが素早く反応することは出来ない。スローモーションの視界の中、剣はコノハの肩を狙って斜めに振り下ろされていく。
刃が肩に沈み、斜め下へと勢いよく滑り込む。刹那、火傷しそうな程熱い感覚と、今まで経験したことの無い様な違和感がコノハを襲った。
********
「っ……ビックリしたぁ……」
一方、睿に思いきり蹴り飛ばされてしまったメイリーンは、かなり遠くの住居の壁にぶつかって膝から崩れ落ちていた。
結界が衝撃を吸収してくれたおかげで痛みは無かったが、飛ばされた感覚はメイリーンにとって口から心臓が飛び出そうな程恐ろしいものだった。
「そうだっ、早く戻らないと……あの人強そうだったし……」
「メイリーン?」
「え?」
コノハのことが心配になったメイリーンはすぐさま立ち上がると、自身を呼ぶ声に思わず首を傾げた。
そこには目を丸くしているアデルがおり、唐突な再会に二人は数秒間茫然自失としてしまう。
「あ、アデル様っ……」
「どうしたのだ?メイリーン。このような所で」
「あ、そうです!こ、コノハ様が……」
「コノハがどうかしたのであるか?」
ハッと正気を取り戻したアデルだったが、彼女の口からコノハの名前が出てきたことで、神妙な面持ちになった。
「あ、いえ……ただ敵側に、私をここまで吹っ飛ばした方がいて、このままだとコノハ様や亜人の皆さんが危ないかと思いまして……」
「分かったのだ。すぐに向かおう」
「ありがとうございます」
状況を把握したアデルはすぐさまコノハたちを救出すべく、彼女が元いた場所へ向かうことにした。コノハがいるのはアデルが訪れたことの無い場所だったので、彼はメイリーンを抱えて全力疾走することにした。
「あ、あの……道案内しましょうか?」
久しぶりにアデルに横抱きされたメイリーンは、少々頬を染めながら尋ねた。
「いや。コノハの気配を辿るので問題無いのだ」
「あはは……流石で、っきゃっ!?」
相変わらずのアデルを称賛しようしたが、そんなメイリーンの言葉は途切れてしまった。アデルが合図無しに勢いよく走り出してしまった為、メイリーンはその衝撃に目を見開くのだった。
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