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第二章 仲間探求編
63、奴隷の亜人3
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しばらくして、風呂場からお湯の流れる音がしなくなったかと思うと、メイリーン一人だけが戻ってきたのでアデルたちは首を傾げてしまう。
「あの、リオ様……」
「どうかしたの?メイメイ」
「実は彼女の服が無いことに気づきまして……私たちのものを貸そうと思ったのですが、どうやら小さいみたいで」
「あぁ、そっか。あの子少し背高めだもんね」
困ったようにメイリーンが告げると、リオは漸く自身の失態に気づいた。亜人の彼女はリオよりも少し低い程度の背丈で女性にしては高身長だったので、小柄なメイリーンたちの服が入るわけも無かったのだ。
「それでもし良ければ、リオ様の服を貸していただけないかなぁと。リオ様が一番彼女と似た背格好なので」
彼女より少し背の高いリオの服であれば、少しぶかぶかになるだけで大した問題は無い上、その差は微々たるものだ。その為メイリーンは、リオの服を貸してもらうのが最善だと考えたのだ。
「……我が今すぐに作ってもよいのだぞ?」
「いや待った!アデルん…………これはもしや合法的に可愛い女の子に和服を着せられるチャンスなのでは…………こうしちゃいられねぇぜ!早く用意しねぇと!」
「アイツなんか人格変わってないか?」
リオは何故か突然興奮しだし、江戸っ子かとツッコみたくなるような口調になった。そんなリオにアマノは怪訝そうな視線を向けている。だが荒い呼吸で目を血走らせているリオがそれに気づくことは無く、早速アイテムボックスから自身の作った和服を取り出していた。
リオが取り出した和服は形状こそ彼が着ている物と同じ――動きやすい男物であったが、その装飾は華やかな可愛らしいもので、恐らく女性用だと思われる。
「リオ様……よくそのような物まで作っていましたね」
「えへへ。たまに可愛いのも着たくなるからね……じゃあこれあの子に着せてあげて……あ、着せ方分かる?」
「何とかやってみます……」
衣服をリオから受け取ったメイリーンは意気込んでみたが、リオに会うまで和服とは一切触れあったことが無いので不安の方が大きかった。
そのままメイリーンは再び風呂場の方へ向かい、アデルたちの目の前から姿を消した。
********
十分後。何とかリオの和服を着ることに成功したらしい彼女は、メイリーンたちと共に風呂場から姿を現した。
「かっ、可愛い!……猫耳に和服のコントラスト破壊的すぎるよ…………ぐぬぬ、何の障害も無ければ今すぐにでも抱きついているものを……」
俯きがちに現れた彼女に和服はとても似合っており、リオは抑えきれない衝動をどこにぶつければよいのか分からずぎゅっと拳を握り締めている。
一方、リオの変人性を垣間見た彼女は異星人を見るような目で彼を見上げており、その何とも言えない視線がアデルたちにとっては失笑を禁じ得ないものであった。
「くそぅ……しょうがないからアデルんに抱きつくしかないわね!」
「何もしょうがなくないのだが」
行先不明の感情をどうにかしたいあまり、リオは全くの無関係であるアデルに抱きついたので、彼には困ったように見下ろされている。
怪訝そうなアデルの声を聞いても離れる様子の無いリオは、アデルで無ければ骨が逝ってしまうのではないかと思える程、腕に力を入れていた。
「あれ?そういえば尻尾ちゃんどこ行った?」
気が済んだのか、アデルを拘束から解放してやったリオは、唐突にそんな疑問を口にした。
確かに、亜人の彼女にはあって然るべきの猫の尻尾が、何故か服の隙間から飛び出ていなかったので、アデルたちも同じ様に首を傾げてしまう。
「服に隠れてしまったんですよ。小さな尻尾でしたから」
「小さい?猫ちゃんなのに?」
「あぁ、それが……」
猫といえば長い尻尾が特徴的なので、リオはナツメの言う〝服に隠れてしまうほど小さな尻尾〟という表現に疑問を覚えてしまう。
リオの疑問にナツメが答えようとすると、亜人の彼女が被せるように口を開く。
「私は所謂ハーフというやつで、尻尾は猫じゃなくて兎なんです」
「……つまり、猫の亜人と兎の亜人から生まれてきたということであるか?」
「あ、はい」
悪魔の愛し子であるアデルに唐突に話しかけられたというのに、特に動揺することなく返事をした彼女を目の当たりにし、全員がほんの少しだけ目を見開いた。
亜人は悪魔の愛し子と同じ様に理不尽な差別に耐えながら生きているので、他の人間よりも愛し子に対する差別意識が少ない。もちろん、自分たちが受けている差別を愛し子のせいだと思っている亜人もいるが、それは極少数である。
その為彼女もエル同様、愛し子であるアデルに対して憎しみの感情を抱いていないのだ。
因みに、亜人は基本的に祖先の動物が同じ者同士で交わることが多いのだが、稀に父親と母親が別の獣の特徴を持つ場合がある。そうして生まれてくる亜人がハーフと呼ばれているのだ。
「ふぅん……まぁなんにせよ、ちゃんと尻尾が出せるように、後で別の服作ってあげるから待っててね」
「え、っと……あの……」
「ん?」
「どうしてあなたがそこまで……尽くすべきは買われた私の方では?」
「……どうしよアデルん。この子思った以上に物分かり悪い」
「そう言うでない、リオ。すぐに順応するというのは流石に無理であろう」
金で買ってしまった以上、やはり彼女の中で奴隷という感覚が抜けてくれないのか、リオの優しさを純粋に喜ぶことが未だできていない。嬉々とした感情よりも、リオに対する疑問の方が膨れ上がっているのだ。
ここまで信じてもらえないものかと落胆するリオだが、アデルの言い分も尤もであった。
「うーん……あ!そっか!そうだよね!リオリオ天才!」
「今日のお前やたら情緒不安定だな」
落ち込んでいたかと思えば、突然嬉々とした相好で自画自賛したリオを、アマノは変質者を見るような目で捉えている。
「カワイ子ちゃん、もういっそのこと俺をご主人様って呼んでもいいんだよ!」
「遠慮しておきます」
「意外とドライなのね」
リオが元気を取り戻したのは心底不純な目的が原因だったが、彼女にあっさりと拒否されてしまったのでその目的は脆く砕け散った。
「あの……リオ、様と仰るのでしょうか?」
今までのリオたちの会話を踏まえて考えた結果、その結論に行きついた彼女は不安気にそう尋ねた。
「俺?そうそう。リオ・カグラザカって言うの。君は?」
「……ナギカと申します」
「ナギ助か……可愛い名前ね」
「ナギカです」
「リオは皆にあだ名をつけるのが好きなのだ。我らも真面に呼ばれた試しが無いので気にする必要は無いのだ」
「はぁ……」
妙な呼ばれ方をされたことが不満だったのか、ナギカはほんの少しだけムスッと眉を顰めた。だがその表情の変化は本当に僅かな違いしか無いので、ナギカは元々顔に出るタイプでは無いのかもしれない。
「あの……」
「「?」」
「お茶を淹れますので、ゆっくりお話ししましょう?まだナギカ様からお話をたくさん聞かないといけないでしょうし」
「そうであるな……頼めるか?メイリーン」
「はい。少々お待ちください」
遠慮がちに提案したメイリーンの案を採用すると、アデルは早速それを頼んだ。
自分の為に普通の人間が何かをしてくれるということに慣れていないナギカは、台所へと向かったメイリーンの背を当惑気味に追う。
「……それで、何故奴隷に?」
単刀直入に尋ねたアデルに、ナギカは事の経緯を語り始めることにした。
「……祖国で知り合いの女の子と買い物をしていた時、華位道国の奴隷商人に雇われたならず者たちに囲まれてしまったのです。その際私の不始末で女の子を人質に取られてしまい……抵抗すればその少女の命は無いと言われました」
「それで?」
ナギカ一人であれば何の問題にもならない程度の相手だったが、人質を取られたせいで一切の抵抗も出来なくなってしまったのだ。
ナギカの話を聞くと、アデルは続きを促す様に尋ねた。
「当初、その者たちは人質に取った女の子を奴隷として連れ去るつもりだったらしく、私が躊躇している間に立ち去ろうとしたのですが、あの子が奴隷として隷属などされてしまえば、私は彼女の両親に顔向けできません。ですので、私を奴隷として連れて行く代わりに、女の子のことは見逃して欲しいと交渉しました」
「……なるほどね。道理で、あんなに強いのに奴隷商人なんかに捕まっちゃったわけだ」
奴隷になるまでの経緯を聞いたリオは、酷く納得した様に呟いた。
リオが疑問に思っていたのは、そもそも何故ナギカが奴隷として囚われていたのかという点だった。
奴隷になる理由など、ほとんどが借金のカタとして売られたか、奴隷商人に捕まったかの二択である。だが、リオに蹴りかかった際に垣間見えたナギカの実力はリオが認める程で、もし後者が理由ならばその経緯が掴めなかったのだ。
「それにしても、あんなボロボロになるまで痛めつけるとは……ナギカを買った人間は、相当嗜虐的な奴だったのだな」
「……どうでしょう?身体の傷のほとんどは、私が手を上げたことが原因なので、一概にそうとは……」
アデルも幼少期、伯爵に何度も折檻という体で拷問され続けてきた過去があるので、思わず共感するように言った。
一方、気まずそうにナギカが首を傾げていると、お茶を淹れ終えたメイリーンが静かに戻ってきた。
「因みにどうして手を上げたのですか?」
少女の為に自身が犠牲になることも厭わないようなナギカが、当時の主人に強く反発した理由がイマイチ分からず、ルークは思わずそう尋ねた。
「……耳を、切り落とされたので」
「いやそんなの手ぇ上げて当然じゃん。そいつ正真正銘の嗜虐クソ野郎よ」
ナギカの答えを聞いた途端、リオは食い気味で断言した。そしてリオ同様、アデルたちも驚きと共に強い憤りを感じている。
アデルたちはてっきり、ナギカが主人に手を上げた罰として乱暴された際に、耳も切り落とされたものだと思っていたので、その驚きは一入であった。
そもそもナギカに非など無いが、その話で彼女が正真正銘ただの被害者でしかなかったことをアデルたちは悟った。
「そういえば、私の治療は一体誰が……?耳まで再生してしまうなんて……」
「メイメイだよ」
「メイリーン・ランゼルフです」
「そうでしたか……感謝してもしきれません…………亜人にとって耳や尻尾は、とても大事な象徴のようなもので……失うと自害してしまう者もいる程で……なので、本当にありがとうございました」
ナギカを真似るようにリオのあだ名を訂正したメイリーンに、彼女は深々と頭を下げて礼を尽くした。
「いえ。お礼でしたら是非リオ様に……リオ様がここに連れてきてくれなければ、そもそも治療することも出来ませんでしたから」
「……リオ様。見ず知らずの亜人如きである私を救ってくださり、ありがとうございました。この御恩は一生かけてお返しいたします」
メイリーンに促されずともナギカはそうするつもりだったが、その機会を作ってもらえたので早速彼女はリオに感謝の言葉を告げた。その真っ直ぐな眼差しに、全員が目を奪われる。
「いいのよ。俺が勝手にしたことだから。それに、亜人如きなんて言っちゃ駄目よ?」
「そうであるぞ……亜人はそのように卑下しなくてはならない存在では無いのだ。我がこの世で最も尊敬する師匠は、ナギカと同じ亜人であるからな」
「……はい」
リオとアデルの助言には、ナギカの為なればという彼らの誠実な思いが込められていた。そして、本当に彼らが亜人のことを普通の人間と同じ眼鏡で見ていることを知ったナギカは、驚きのあまり呆けた声で返事することしか出来なかった。
「ナギ助……祖国に帰りたい?」
「え……それは……」
メイリーンの淹れた紅茶を一啜りすると、リオはどこか神妙な面持ちで尋ねた。唐突に思いがけないことを尋ねられたナギカは、呆然としたまま口籠ってしまう。
まるで心の内を見透かされたようなリオの繊細な表情から、ナギカは目を逸らすことが出来ない。
「俺は正直に答えてくれた方が嬉しいわよ?」
卑怯な聞き方をしている自覚はあったが、それでもリオはナギカの本音を知りたかったので、わざとそんな言葉選びをした。
「……皆様に、恩を返したいという気持ちに偽りはありません。……ですが、故郷で心配しているであろう家族に、私が無事であることだけは伝えたいと思っています」
俯きがちではあるものの、ゆっくりと正直な気持ちを吐露したナギカの声は少し震えていた。ナギカは確実にリオたちに対して好意的な感情を抱いていて、そんな存在に本心を伝えることは誰であっても勇気のいるものなのだ。
「そう……アデルん、どうかな?」
「そういうことならば、我らでナギカを亜人の国へ送り届けるとしよう」
「……え」
何の躊躇いも無く言ってのけたアデルを前に、ナギカは今日何度目かも分からない呆けた声を漏らすのだった。
「あの、リオ様……」
「どうかしたの?メイメイ」
「実は彼女の服が無いことに気づきまして……私たちのものを貸そうと思ったのですが、どうやら小さいみたいで」
「あぁ、そっか。あの子少し背高めだもんね」
困ったようにメイリーンが告げると、リオは漸く自身の失態に気づいた。亜人の彼女はリオよりも少し低い程度の背丈で女性にしては高身長だったので、小柄なメイリーンたちの服が入るわけも無かったのだ。
「それでもし良ければ、リオ様の服を貸していただけないかなぁと。リオ様が一番彼女と似た背格好なので」
彼女より少し背の高いリオの服であれば、少しぶかぶかになるだけで大した問題は無い上、その差は微々たるものだ。その為メイリーンは、リオの服を貸してもらうのが最善だと考えたのだ。
「……我が今すぐに作ってもよいのだぞ?」
「いや待った!アデルん…………これはもしや合法的に可愛い女の子に和服を着せられるチャンスなのでは…………こうしちゃいられねぇぜ!早く用意しねぇと!」
「アイツなんか人格変わってないか?」
リオは何故か突然興奮しだし、江戸っ子かとツッコみたくなるような口調になった。そんなリオにアマノは怪訝そうな視線を向けている。だが荒い呼吸で目を血走らせているリオがそれに気づくことは無く、早速アイテムボックスから自身の作った和服を取り出していた。
リオが取り出した和服は形状こそ彼が着ている物と同じ――動きやすい男物であったが、その装飾は華やかな可愛らしいもので、恐らく女性用だと思われる。
「リオ様……よくそのような物まで作っていましたね」
「えへへ。たまに可愛いのも着たくなるからね……じゃあこれあの子に着せてあげて……あ、着せ方分かる?」
「何とかやってみます……」
衣服をリオから受け取ったメイリーンは意気込んでみたが、リオに会うまで和服とは一切触れあったことが無いので不安の方が大きかった。
そのままメイリーンは再び風呂場の方へ向かい、アデルたちの目の前から姿を消した。
********
十分後。何とかリオの和服を着ることに成功したらしい彼女は、メイリーンたちと共に風呂場から姿を現した。
「かっ、可愛い!……猫耳に和服のコントラスト破壊的すぎるよ…………ぐぬぬ、何の障害も無ければ今すぐにでも抱きついているものを……」
俯きがちに現れた彼女に和服はとても似合っており、リオは抑えきれない衝動をどこにぶつければよいのか分からずぎゅっと拳を握り締めている。
一方、リオの変人性を垣間見た彼女は異星人を見るような目で彼を見上げており、その何とも言えない視線がアデルたちにとっては失笑を禁じ得ないものであった。
「くそぅ……しょうがないからアデルんに抱きつくしかないわね!」
「何もしょうがなくないのだが」
行先不明の感情をどうにかしたいあまり、リオは全くの無関係であるアデルに抱きついたので、彼には困ったように見下ろされている。
怪訝そうなアデルの声を聞いても離れる様子の無いリオは、アデルで無ければ骨が逝ってしまうのではないかと思える程、腕に力を入れていた。
「あれ?そういえば尻尾ちゃんどこ行った?」
気が済んだのか、アデルを拘束から解放してやったリオは、唐突にそんな疑問を口にした。
確かに、亜人の彼女にはあって然るべきの猫の尻尾が、何故か服の隙間から飛び出ていなかったので、アデルたちも同じ様に首を傾げてしまう。
「服に隠れてしまったんですよ。小さな尻尾でしたから」
「小さい?猫ちゃんなのに?」
「あぁ、それが……」
猫といえば長い尻尾が特徴的なので、リオはナツメの言う〝服に隠れてしまうほど小さな尻尾〟という表現に疑問を覚えてしまう。
リオの疑問にナツメが答えようとすると、亜人の彼女が被せるように口を開く。
「私は所謂ハーフというやつで、尻尾は猫じゃなくて兎なんです」
「……つまり、猫の亜人と兎の亜人から生まれてきたということであるか?」
「あ、はい」
悪魔の愛し子であるアデルに唐突に話しかけられたというのに、特に動揺することなく返事をした彼女を目の当たりにし、全員がほんの少しだけ目を見開いた。
亜人は悪魔の愛し子と同じ様に理不尽な差別に耐えながら生きているので、他の人間よりも愛し子に対する差別意識が少ない。もちろん、自分たちが受けている差別を愛し子のせいだと思っている亜人もいるが、それは極少数である。
その為彼女もエル同様、愛し子であるアデルに対して憎しみの感情を抱いていないのだ。
因みに、亜人は基本的に祖先の動物が同じ者同士で交わることが多いのだが、稀に父親と母親が別の獣の特徴を持つ場合がある。そうして生まれてくる亜人がハーフと呼ばれているのだ。
「ふぅん……まぁなんにせよ、ちゃんと尻尾が出せるように、後で別の服作ってあげるから待っててね」
「え、っと……あの……」
「ん?」
「どうしてあなたがそこまで……尽くすべきは買われた私の方では?」
「……どうしよアデルん。この子思った以上に物分かり悪い」
「そう言うでない、リオ。すぐに順応するというのは流石に無理であろう」
金で買ってしまった以上、やはり彼女の中で奴隷という感覚が抜けてくれないのか、リオの優しさを純粋に喜ぶことが未だできていない。嬉々とした感情よりも、リオに対する疑問の方が膨れ上がっているのだ。
ここまで信じてもらえないものかと落胆するリオだが、アデルの言い分も尤もであった。
「うーん……あ!そっか!そうだよね!リオリオ天才!」
「今日のお前やたら情緒不安定だな」
落ち込んでいたかと思えば、突然嬉々とした相好で自画自賛したリオを、アマノは変質者を見るような目で捉えている。
「カワイ子ちゃん、もういっそのこと俺をご主人様って呼んでもいいんだよ!」
「遠慮しておきます」
「意外とドライなのね」
リオが元気を取り戻したのは心底不純な目的が原因だったが、彼女にあっさりと拒否されてしまったのでその目的は脆く砕け散った。
「あの……リオ、様と仰るのでしょうか?」
今までのリオたちの会話を踏まえて考えた結果、その結論に行きついた彼女は不安気にそう尋ねた。
「俺?そうそう。リオ・カグラザカって言うの。君は?」
「……ナギカと申します」
「ナギ助か……可愛い名前ね」
「ナギカです」
「リオは皆にあだ名をつけるのが好きなのだ。我らも真面に呼ばれた試しが無いので気にする必要は無いのだ」
「はぁ……」
妙な呼ばれ方をされたことが不満だったのか、ナギカはほんの少しだけムスッと眉を顰めた。だがその表情の変化は本当に僅かな違いしか無いので、ナギカは元々顔に出るタイプでは無いのかもしれない。
「あの……」
「「?」」
「お茶を淹れますので、ゆっくりお話ししましょう?まだナギカ様からお話をたくさん聞かないといけないでしょうし」
「そうであるな……頼めるか?メイリーン」
「はい。少々お待ちください」
遠慮がちに提案したメイリーンの案を採用すると、アデルは早速それを頼んだ。
自分の為に普通の人間が何かをしてくれるということに慣れていないナギカは、台所へと向かったメイリーンの背を当惑気味に追う。
「……それで、何故奴隷に?」
単刀直入に尋ねたアデルに、ナギカは事の経緯を語り始めることにした。
「……祖国で知り合いの女の子と買い物をしていた時、華位道国の奴隷商人に雇われたならず者たちに囲まれてしまったのです。その際私の不始末で女の子を人質に取られてしまい……抵抗すればその少女の命は無いと言われました」
「それで?」
ナギカ一人であれば何の問題にもならない程度の相手だったが、人質を取られたせいで一切の抵抗も出来なくなってしまったのだ。
ナギカの話を聞くと、アデルは続きを促す様に尋ねた。
「当初、その者たちは人質に取った女の子を奴隷として連れ去るつもりだったらしく、私が躊躇している間に立ち去ろうとしたのですが、あの子が奴隷として隷属などされてしまえば、私は彼女の両親に顔向けできません。ですので、私を奴隷として連れて行く代わりに、女の子のことは見逃して欲しいと交渉しました」
「……なるほどね。道理で、あんなに強いのに奴隷商人なんかに捕まっちゃったわけだ」
奴隷になるまでの経緯を聞いたリオは、酷く納得した様に呟いた。
リオが疑問に思っていたのは、そもそも何故ナギカが奴隷として囚われていたのかという点だった。
奴隷になる理由など、ほとんどが借金のカタとして売られたか、奴隷商人に捕まったかの二択である。だが、リオに蹴りかかった際に垣間見えたナギカの実力はリオが認める程で、もし後者が理由ならばその経緯が掴めなかったのだ。
「それにしても、あんなボロボロになるまで痛めつけるとは……ナギカを買った人間は、相当嗜虐的な奴だったのだな」
「……どうでしょう?身体の傷のほとんどは、私が手を上げたことが原因なので、一概にそうとは……」
アデルも幼少期、伯爵に何度も折檻という体で拷問され続けてきた過去があるので、思わず共感するように言った。
一方、気まずそうにナギカが首を傾げていると、お茶を淹れ終えたメイリーンが静かに戻ってきた。
「因みにどうして手を上げたのですか?」
少女の為に自身が犠牲になることも厭わないようなナギカが、当時の主人に強く反発した理由がイマイチ分からず、ルークは思わずそう尋ねた。
「……耳を、切り落とされたので」
「いやそんなの手ぇ上げて当然じゃん。そいつ正真正銘の嗜虐クソ野郎よ」
ナギカの答えを聞いた途端、リオは食い気味で断言した。そしてリオ同様、アデルたちも驚きと共に強い憤りを感じている。
アデルたちはてっきり、ナギカが主人に手を上げた罰として乱暴された際に、耳も切り落とされたものだと思っていたので、その驚きは一入であった。
そもそもナギカに非など無いが、その話で彼女が正真正銘ただの被害者でしかなかったことをアデルたちは悟った。
「そういえば、私の治療は一体誰が……?耳まで再生してしまうなんて……」
「メイメイだよ」
「メイリーン・ランゼルフです」
「そうでしたか……感謝してもしきれません…………亜人にとって耳や尻尾は、とても大事な象徴のようなもので……失うと自害してしまう者もいる程で……なので、本当にありがとうございました」
ナギカを真似るようにリオのあだ名を訂正したメイリーンに、彼女は深々と頭を下げて礼を尽くした。
「いえ。お礼でしたら是非リオ様に……リオ様がここに連れてきてくれなければ、そもそも治療することも出来ませんでしたから」
「……リオ様。見ず知らずの亜人如きである私を救ってくださり、ありがとうございました。この御恩は一生かけてお返しいたします」
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「いいのよ。俺が勝手にしたことだから。それに、亜人如きなんて言っちゃ駄目よ?」
「そうであるぞ……亜人はそのように卑下しなくてはならない存在では無いのだ。我がこの世で最も尊敬する師匠は、ナギカと同じ亜人であるからな」
「……はい」
リオとアデルの助言には、ナギカの為なればという彼らの誠実な思いが込められていた。そして、本当に彼らが亜人のことを普通の人間と同じ眼鏡で見ていることを知ったナギカは、驚きのあまり呆けた声で返事することしか出来なかった。
「ナギ助……祖国に帰りたい?」
「え……それは……」
メイリーンの淹れた紅茶を一啜りすると、リオはどこか神妙な面持ちで尋ねた。唐突に思いがけないことを尋ねられたナギカは、呆然としたまま口籠ってしまう。
まるで心の内を見透かされたようなリオの繊細な表情から、ナギカは目を逸らすことが出来ない。
「俺は正直に答えてくれた方が嬉しいわよ?」
卑怯な聞き方をしている自覚はあったが、それでもリオはナギカの本音を知りたかったので、わざとそんな言葉選びをした。
「……皆様に、恩を返したいという気持ちに偽りはありません。……ですが、故郷で心配しているであろう家族に、私が無事であることだけは伝えたいと思っています」
俯きがちではあるものの、ゆっくりと正直な気持ちを吐露したナギカの声は少し震えていた。ナギカは確実にリオたちに対して好意的な感情を抱いていて、そんな存在に本心を伝えることは誰であっても勇気のいるものなのだ。
「そう……アデルん、どうかな?」
「そういうことならば、我らでナギカを亜人の国へ送り届けるとしよう」
「……え」
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