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第二章 仲間探求編
60、幼子の羽ばたき
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「ねぇアデルん、何であんなこと言ったの?」
「あんなこととは?」
メイリーンと合流するため街へと向かっている道中、どこか暗い相好でリオは尋ねた。思わずキョトンと首を傾げるアデルには、リオの言う〝あんなこと〟の見当がついていない。
「化け物って言われて……知ってるって」
「あぁ……」
「……アデルんは、化け物なんかじゃ……」
か細い声が聞こえた後、リオの目からすぅーっと涙が零れ、アデルたちは思わずギョッと顔を真っ青にした。
「っ!?な、泣かないでくれっ、リオ……。リオに泣かれると……悲しいのだ……」
「っ……ほんとに……どこが化け物なのよ。こんなに優しいのに……」
オロオロと、リオの涙に当惑して何とか励まそうとするアデルの姿を前に、彼は悔し気にそう呟いた。
リオは悔しくて悔しくてたまらなかったのだ。アデルの優しさも、揺るがない強さも何も知らない人間が彼を罵ることが。
「リオ……」
「もう二度と、あんなこと言わないで」
「……分かったのだ……ありがとう、リオ」
ズズっと鼻水を啜ると、リオは不満気な相好のままアデルに苦言を呈した。そんな彼の優しさが身に染みたアデルは思わず泣きそうな、優しそうな笑顔を浮かべてリオに感謝を告げるのだった。
********
街に到着したアデルたちは、路地裏で蹲っているメイリーンを見つけ急いで駆け寄った。
メイリーンは国民たちが自身を拝んでいる隙に地上に降りて、見つからないように路地裏に隠れていたのだ。
「あ、アデル様ぁ……」
「メイリーン……?大丈夫であるか?疲れているようだが」
アデルたちに気づいた途端、泣きそうな相好で情けない声を出したメイリーンを目の当たりにし、全員が心配げに首を傾げた。
「もう二度とあんな嘘はつきたくないです……胃に悪い……」
「メイリーン様のおかげで計画は完全に達成されました。ありがとうございます」
「ははは……お役に立てたのなら、良かったです……」
とんでもなく清々しい笑みを浮かべながら感謝されてしまえば、メイリーンに文句を言うことなどできるわけも無かった。いじめっ子ルークの標的にされてしまったメイリーンを、ナツメは哀れむように見つめている。
「それにしても。トモル王国は大丈夫であろうか?」
「大丈夫、とは?」
「神殿が実質崩壊したんだ。信仰という、今までの常識が一瞬にして消え去れば、国民たちは混乱するだろうな」
メイリーンの疑問に答えたのはアデルでは無く、この国を誰よりもよく知るアマノだった。
神殿――神官たちは〝神〟という曖昧な存在を信仰するこの国において、民たちの模範になるような存在であった。そんな神殿の崩壊は、信仰そのものに綻びが生じてしまうような大事なのだ。
トモル王国は特定の神を崇めているわけでは無く、姿形もその性質も全く分からない未知の存在を信仰していた。それでも彼らが一途にその信仰を続けられたのは、神子という存在があったことが大きい。
神子は神からを力を授けられた存在ということになっていたので、彼らは神子を通して神の存在を感じていたのだ。だがその神子も神の力を授けられてなどいなかったことを、彼らはこれから知ることになる。
一瞬にして不明瞭な存在になってしまった神を、彼らが今まで通り信仰できるとは思えないのだ。
「その点に関しても問題はありませんよ。今回の計画にはその件の解決策も盛り込まれていますので」
「「?」」
だがそんなアデルたちの懸念を払拭するように言ってのけたルークに、全員が問いかけるような視線を向ける。
「民たちの信仰対象は、明瞭な存在に移りましたから」
「「…………」」
「……えっ」
ルークが晴れやかな笑みをメイリーンに向けると、察した様にアデルたちも彼女にその視線を集めてしまう。そして、嫌な予感を察知した当のメイリーンは顔を引き攣らせた。
「もしかして、ルーク様は最初から民たちの信仰を私に向けるつもりで……?」
「はい。ですので〝この計画にはメイリーン様のお力が必要不可欠だ〟と」
あの心労がこれからも続くという事実に気が遠くなったメイリーンは、硬直して廃人のようになってしまう。
本当は神などでは無いというのに国民たちを騙し、あまつさえ信仰されるなど、真面目なメイリーンにとって知らんぷり出来るものでは無いのだ。
「安心するのだメイリーン。我らはこれから華位道国に向かうのでな。トモル王国を再び訪れることはしばらく無いであろう」
「は、はい……」
「…………」
顔色の悪いメイリーンを励ます様に言ったアデルだったが、それを聞いたアマノはどこか浮かない表情である。
「……おま……アデルたちは、トモル王国を出るのか?」
「そうであるな。アマノから聞いた噂が本当なのか確かめに行こうと思っているのだ」
「……そうか」
「「…………」」
ムッとしながら呟くアマノは何か言いたげであったが、本人が一向にそれを切り出さないせいで気まずい空気が流れてしまう。
アマノの引っ掛かっていることは何となくアデルたちにも分かるが、それは本人が告げなければ何の意味も無いので彼らは少し待ってみることにした。
「……」
「「……」」
「…………」
「「…………」」
「………………」
「だぁっ!もういいわよ!アンタ一緒に行きたいんでしょ!?ならとっととそう言いなさいよ!むっかつくわね!」
「っ……!そ、それは……」
とうとう沈黙に耐え切れなくなったリオは、苛立ったような口調で核心をついた。リオの怒鳴り声は迫力があり、アデルたちは思わずビクッと肩を震わせた。
一方、図星を突かれてしまったアマノは口籠るが、その態度が余計にリオの苛立ちに火をつけてしまう。
「なによ?俺が嫌がると思ってんの?」
「ち、違うのか?」
「いやよ。当たり前じゃない」
「やっぱりそうなんじゃないか!だったら何が不満なんだよ!」
「アンタが俺たちの旅についてくるのは嫌だけど、そうやってうじうじして言いたいこと我慢してる方がムカつくのよ」
「っ……」
リオの飾ることの無い本音に、アマノは思わず目を見開いた。その表情は悔しそうでありながら、どこか泣きそうでもあって、顔の火照りからは嬉しさも滲み出ていた。
「……アデル」
「?」
「アマノも、一緒に……行きたい…………仲間に、しやがれ」
「しやがれって……」
唇を噛みしめながら、ビシッとアデルを指差すアマノの人差し指は震えていて、その顔は朱に染まっている。恥ずかしい気持ちを必死に堪えて告げたことは犇々と伝わってくるが、それにしても上から目線に聞こえてしまうのでリオは少々呆れてしまう。
「リオたちが良いのであれば我に断る理由など無いのだ」
「はは。アデルんならそう言うと思ったわよ」
相変わらずお人好しなアデルが予想通りでしかない返答をした為、リオは乾いた笑みを浮かべてしまう。実質、リオの意向で全てが決まるので、彼は漏れ出るため息を抑えることが出来ない。
「リオ……」
「なによ?」
「お前があの時……アマノを殺したくなるほど怒った理由、今なら分かるぞ」
「……」
「アマノも、神官たちがアデルを罵った時。言い表せない程腹立たしかった……我慢できず、反論せざるを得なかった……だからこれからはアマノもリオの様に、アデルの為に怒りたいんだ」
頬の赤みが消えたわけでも、握りしめている拳の震えが治まった訳でも無いが、そのハッキリとした物言いには力強さが感じられた。
アマノの変化にリオは思わず目を奪われ、呆けた様にポカンと口を開けてしまう。
だがそれはアデルも同じで、彼はアマノの気持ちが純粋に嬉しく、頬が緩むのを堪えることが出来ずにいた。
「はぁ……そこまで言われたら許すしかないじゃない。もう合格よ合格。仲間にでも何でもなればいいじゃない」
「っ!あ……」
「あ?」
リオの了承を得られたことでぱぁっと嬉々とした相好を露わにしたアマノは勢いで礼を言おうとするが、恥ずかしさが先に込み上げてきてしまい、思わず言葉を詰まらせた。
「っ……あ……り、がとうと、いっ、言ってやらんでもないぞ!」
「アンタその性格疲れないの?」
肝心なところで素直になれないアマノを前に、リオはそんな呆れ混じりの疑問を投げかけずにはいられなかった。
二人のそんな掛け合いが微笑ましく、アデルたちは思わず楽し気な笑い声を路地裏に響かせた。
「よろしく頼むのだ。アマノ」
「……あぁ」
アデルはにこやかに右手を差し出すが、アマノは突然のことに当惑したのか掴むことを一瞬躊躇ってしまう。だが、メイリーンたちの穏やかな相好を見ると安心したのか、アマノは差し出されたその手を勢い良く握った。
こうしてアマノを仲間に引き入れたレディバグ一行は、華位道国へと向かうことになるのだった。
********
それからアデルたちは、トモル王国よりも華位道国に近いゼルド王国へ一旦転移した。
ゼルド王国に面する海をずっと南東へ進んでいくと、華位道国は見えてくる。だがあまりにも離れているので、ゼルド王国の人間でも華位道国を訪れようとする者は少ない。
華位道国へ向かうにはどうしても船が必要なので、リオとルークは七人の人間が乗れる大型船の設計に取り掛かっていた。
中々大掛かりな作業になってしまうので、アデルたちはゼルド王国で休息を取ることになった……のだが。
「コノハ。そろそろコノハも鍛えた方が良いと思うのだが、修行に興味はあるか?」
〝ただ休む〟ということに慣れていないアデルは、早速そんなことを言い始めてしまったので、メイリーンたちは苦笑いを浮かべている。
「……修行?」
「身体を鍛え、戦闘術を極めることである」
「強くなれる?」
「……」
コノハが尋ねた途端、アデルは何故か虚を突かれた様に目を見開いた。
「とと?」
「あっ、すまぬ…………コノハ、話し方が上手くなってきたであるな」
「そう?」
「確かに、流暢に話す様になりましたね」
どうやらアデルは、初めて会った頃よりもコノハの話し方が上達していることに驚いた様である。これまでのゆっくりと、単語一つ一つを丁寧に呟く形ではなく、すらすらと文章を語っているコノハは、メイリーンの耳から聞いても成長を窺うことが出来たようだ。
「……強くなれるなら、修行したい」
「強くなりたいのであるか?」
アデルの問いに、コノハは首肯して返した。その何てことない動作にもコノハの強い意志を感じられ、アデルは驚きで目を見開いてしまう。
「コノ……俺も、ととみたいにみんなを守りたいから」
「コノハ……」
そう言ってアデルを真っすぐ見据えたコノハの金色の瞳にいつもの淡さは無く、鋭く精悍なその眼光にアデルは目を奪われる。
すると、そんな二人の会話を聞いていたリオは、湧き出てくる感情を抑えきれなくなったのか、コノハの元へ一直線に飛び込んでぎゅーっと抱きついた。
突然の衝撃にコノハは目を白黒とさせるが、リオはお構いなしで衝動をぶつけてくる。
「コノハちんっ、いい子過ぎるわ……もう大好きよっ!どっかのクソガキとは大違いね!」
「どさくさに紛れてアマノの陰口を叩くな」
「あら。俺はクソガキとしか言ってないけど?自覚はあるのね」
「っ……」
隙あればアマノを煽ってくるリオに、彼は苛立ちを隠すことが出来ない。罵詈雑言でその苛立ちを表現することは無くなったが、アマノの蟀谷に立っている青筋が何よりの証拠であった。
相変わらずの二人にアデルたちが苦笑を漏らす中、コノハのことを気にしていたナツメが口を開く。
「コノハさん。もしかして、自分は仲間を全然守れていないって思っているんですか?」
「うん……」
ナツメに図星を突かれ、コノハは誤魔化すという発想すら浮かばないまま首肯した。
コノハは記憶が無いせいで自分が何者なのかも分からず、戦い方すら全く分かっていない。だがレディバグの仲間たちは目を瞠るほどの実力を持っていて、コノハはそんな彼らに守られてばかりいる状況を良しとしていないのだ。
「でもコノハさん……あの爆破の時、私のこと守ってくれたんじゃないですか?」
「……」
「気を失っていたので憶えていませんが、コノハさんの服はボロボロだったのに、私の服は乱れてもいなかったのは、コノハさんが私を守ってくれたからですよね?あの爆破を引き起こした人物から」
「……うん」
あの謎の人物――ケイト・トゥークの良いようにしかやられなかったコノハは、自身の無力さに打ちのめされるばかりであったが、〝身を挺した〟という点においては確かにコノハは十分すぎる程にナツメを守ったので、彼は彼女の問いに対して肯定で返した。
「なら。コノハさんは立派に仲間を守れていますよ。私がこうして生きていることが証拠です」
(……キラキラしてる)
ナツメの柔かい笑顔を一身に浴びたコノハは、何となくそんな印象を覚えた。ナツメのキラキラとした笑顔はコノハにも伝染し、彼は煌めく瞳で彼女を捉える。
「……ナツメ。ありがとう」
「こちらこそです」
微笑ましい二人にその場の空気がほんわりと温かくなる中、ルークは何か気になることがある様に思案顔を浮かべるのだった。
「あんなこととは?」
メイリーンと合流するため街へと向かっている道中、どこか暗い相好でリオは尋ねた。思わずキョトンと首を傾げるアデルには、リオの言う〝あんなこと〟の見当がついていない。
「化け物って言われて……知ってるって」
「あぁ……」
「……アデルんは、化け物なんかじゃ……」
か細い声が聞こえた後、リオの目からすぅーっと涙が零れ、アデルたちは思わずギョッと顔を真っ青にした。
「っ!?な、泣かないでくれっ、リオ……。リオに泣かれると……悲しいのだ……」
「っ……ほんとに……どこが化け物なのよ。こんなに優しいのに……」
オロオロと、リオの涙に当惑して何とか励まそうとするアデルの姿を前に、彼は悔し気にそう呟いた。
リオは悔しくて悔しくてたまらなかったのだ。アデルの優しさも、揺るがない強さも何も知らない人間が彼を罵ることが。
「リオ……」
「もう二度と、あんなこと言わないで」
「……分かったのだ……ありがとう、リオ」
ズズっと鼻水を啜ると、リオは不満気な相好のままアデルに苦言を呈した。そんな彼の優しさが身に染みたアデルは思わず泣きそうな、優しそうな笑顔を浮かべてリオに感謝を告げるのだった。
********
街に到着したアデルたちは、路地裏で蹲っているメイリーンを見つけ急いで駆け寄った。
メイリーンは国民たちが自身を拝んでいる隙に地上に降りて、見つからないように路地裏に隠れていたのだ。
「あ、アデル様ぁ……」
「メイリーン……?大丈夫であるか?疲れているようだが」
アデルたちに気づいた途端、泣きそうな相好で情けない声を出したメイリーンを目の当たりにし、全員が心配げに首を傾げた。
「もう二度とあんな嘘はつきたくないです……胃に悪い……」
「メイリーン様のおかげで計画は完全に達成されました。ありがとうございます」
「ははは……お役に立てたのなら、良かったです……」
とんでもなく清々しい笑みを浮かべながら感謝されてしまえば、メイリーンに文句を言うことなどできるわけも無かった。いじめっ子ルークの標的にされてしまったメイリーンを、ナツメは哀れむように見つめている。
「それにしても。トモル王国は大丈夫であろうか?」
「大丈夫、とは?」
「神殿が実質崩壊したんだ。信仰という、今までの常識が一瞬にして消え去れば、国民たちは混乱するだろうな」
メイリーンの疑問に答えたのはアデルでは無く、この国を誰よりもよく知るアマノだった。
神殿――神官たちは〝神〟という曖昧な存在を信仰するこの国において、民たちの模範になるような存在であった。そんな神殿の崩壊は、信仰そのものに綻びが生じてしまうような大事なのだ。
トモル王国は特定の神を崇めているわけでは無く、姿形もその性質も全く分からない未知の存在を信仰していた。それでも彼らが一途にその信仰を続けられたのは、神子という存在があったことが大きい。
神子は神からを力を授けられた存在ということになっていたので、彼らは神子を通して神の存在を感じていたのだ。だがその神子も神の力を授けられてなどいなかったことを、彼らはこれから知ることになる。
一瞬にして不明瞭な存在になってしまった神を、彼らが今まで通り信仰できるとは思えないのだ。
「その点に関しても問題はありませんよ。今回の計画にはその件の解決策も盛り込まれていますので」
「「?」」
だがそんなアデルたちの懸念を払拭するように言ってのけたルークに、全員が問いかけるような視線を向ける。
「民たちの信仰対象は、明瞭な存在に移りましたから」
「「…………」」
「……えっ」
ルークが晴れやかな笑みをメイリーンに向けると、察した様にアデルたちも彼女にその視線を集めてしまう。そして、嫌な予感を察知した当のメイリーンは顔を引き攣らせた。
「もしかして、ルーク様は最初から民たちの信仰を私に向けるつもりで……?」
「はい。ですので〝この計画にはメイリーン様のお力が必要不可欠だ〟と」
あの心労がこれからも続くという事実に気が遠くなったメイリーンは、硬直して廃人のようになってしまう。
本当は神などでは無いというのに国民たちを騙し、あまつさえ信仰されるなど、真面目なメイリーンにとって知らんぷり出来るものでは無いのだ。
「安心するのだメイリーン。我らはこれから華位道国に向かうのでな。トモル王国を再び訪れることはしばらく無いであろう」
「は、はい……」
「…………」
顔色の悪いメイリーンを励ます様に言ったアデルだったが、それを聞いたアマノはどこか浮かない表情である。
「……おま……アデルたちは、トモル王国を出るのか?」
「そうであるな。アマノから聞いた噂が本当なのか確かめに行こうと思っているのだ」
「……そうか」
「「…………」」
ムッとしながら呟くアマノは何か言いたげであったが、本人が一向にそれを切り出さないせいで気まずい空気が流れてしまう。
アマノの引っ掛かっていることは何となくアデルたちにも分かるが、それは本人が告げなければ何の意味も無いので彼らは少し待ってみることにした。
「……」
「「……」」
「…………」
「「…………」」
「………………」
「だぁっ!もういいわよ!アンタ一緒に行きたいんでしょ!?ならとっととそう言いなさいよ!むっかつくわね!」
「っ……!そ、それは……」
とうとう沈黙に耐え切れなくなったリオは、苛立ったような口調で核心をついた。リオの怒鳴り声は迫力があり、アデルたちは思わずビクッと肩を震わせた。
一方、図星を突かれてしまったアマノは口籠るが、その態度が余計にリオの苛立ちに火をつけてしまう。
「なによ?俺が嫌がると思ってんの?」
「ち、違うのか?」
「いやよ。当たり前じゃない」
「やっぱりそうなんじゃないか!だったら何が不満なんだよ!」
「アンタが俺たちの旅についてくるのは嫌だけど、そうやってうじうじして言いたいこと我慢してる方がムカつくのよ」
「っ……」
リオの飾ることの無い本音に、アマノは思わず目を見開いた。その表情は悔しそうでありながら、どこか泣きそうでもあって、顔の火照りからは嬉しさも滲み出ていた。
「……アデル」
「?」
「アマノも、一緒に……行きたい…………仲間に、しやがれ」
「しやがれって……」
唇を噛みしめながら、ビシッとアデルを指差すアマノの人差し指は震えていて、その顔は朱に染まっている。恥ずかしい気持ちを必死に堪えて告げたことは犇々と伝わってくるが、それにしても上から目線に聞こえてしまうのでリオは少々呆れてしまう。
「リオたちが良いのであれば我に断る理由など無いのだ」
「はは。アデルんならそう言うと思ったわよ」
相変わらずお人好しなアデルが予想通りでしかない返答をした為、リオは乾いた笑みを浮かべてしまう。実質、リオの意向で全てが決まるので、彼は漏れ出るため息を抑えることが出来ない。
「リオ……」
「なによ?」
「お前があの時……アマノを殺したくなるほど怒った理由、今なら分かるぞ」
「……」
「アマノも、神官たちがアデルを罵った時。言い表せない程腹立たしかった……我慢できず、反論せざるを得なかった……だからこれからはアマノもリオの様に、アデルの為に怒りたいんだ」
頬の赤みが消えたわけでも、握りしめている拳の震えが治まった訳でも無いが、そのハッキリとした物言いには力強さが感じられた。
アマノの変化にリオは思わず目を奪われ、呆けた様にポカンと口を開けてしまう。
だがそれはアデルも同じで、彼はアマノの気持ちが純粋に嬉しく、頬が緩むのを堪えることが出来ずにいた。
「はぁ……そこまで言われたら許すしかないじゃない。もう合格よ合格。仲間にでも何でもなればいいじゃない」
「っ!あ……」
「あ?」
リオの了承を得られたことでぱぁっと嬉々とした相好を露わにしたアマノは勢いで礼を言おうとするが、恥ずかしさが先に込み上げてきてしまい、思わず言葉を詰まらせた。
「っ……あ……り、がとうと、いっ、言ってやらんでもないぞ!」
「アンタその性格疲れないの?」
肝心なところで素直になれないアマノを前に、リオはそんな呆れ混じりの疑問を投げかけずにはいられなかった。
二人のそんな掛け合いが微笑ましく、アデルたちは思わず楽し気な笑い声を路地裏に響かせた。
「よろしく頼むのだ。アマノ」
「……あぁ」
アデルはにこやかに右手を差し出すが、アマノは突然のことに当惑したのか掴むことを一瞬躊躇ってしまう。だが、メイリーンたちの穏やかな相好を見ると安心したのか、アマノは差し出されたその手を勢い良く握った。
こうしてアマノを仲間に引き入れたレディバグ一行は、華位道国へと向かうことになるのだった。
********
それからアデルたちは、トモル王国よりも華位道国に近いゼルド王国へ一旦転移した。
ゼルド王国に面する海をずっと南東へ進んでいくと、華位道国は見えてくる。だがあまりにも離れているので、ゼルド王国の人間でも華位道国を訪れようとする者は少ない。
華位道国へ向かうにはどうしても船が必要なので、リオとルークは七人の人間が乗れる大型船の設計に取り掛かっていた。
中々大掛かりな作業になってしまうので、アデルたちはゼルド王国で休息を取ることになった……のだが。
「コノハ。そろそろコノハも鍛えた方が良いと思うのだが、修行に興味はあるか?」
〝ただ休む〟ということに慣れていないアデルは、早速そんなことを言い始めてしまったので、メイリーンたちは苦笑いを浮かべている。
「……修行?」
「身体を鍛え、戦闘術を極めることである」
「強くなれる?」
「……」
コノハが尋ねた途端、アデルは何故か虚を突かれた様に目を見開いた。
「とと?」
「あっ、すまぬ…………コノハ、話し方が上手くなってきたであるな」
「そう?」
「確かに、流暢に話す様になりましたね」
どうやらアデルは、初めて会った頃よりもコノハの話し方が上達していることに驚いた様である。これまでのゆっくりと、単語一つ一つを丁寧に呟く形ではなく、すらすらと文章を語っているコノハは、メイリーンの耳から聞いても成長を窺うことが出来たようだ。
「……強くなれるなら、修行したい」
「強くなりたいのであるか?」
アデルの問いに、コノハは首肯して返した。その何てことない動作にもコノハの強い意志を感じられ、アデルは驚きで目を見開いてしまう。
「コノ……俺も、ととみたいにみんなを守りたいから」
「コノハ……」
そう言ってアデルを真っすぐ見据えたコノハの金色の瞳にいつもの淡さは無く、鋭く精悍なその眼光にアデルは目を奪われる。
すると、そんな二人の会話を聞いていたリオは、湧き出てくる感情を抑えきれなくなったのか、コノハの元へ一直線に飛び込んでぎゅーっと抱きついた。
突然の衝撃にコノハは目を白黒とさせるが、リオはお構いなしで衝動をぶつけてくる。
「コノハちんっ、いい子過ぎるわ……もう大好きよっ!どっかのクソガキとは大違いね!」
「どさくさに紛れてアマノの陰口を叩くな」
「あら。俺はクソガキとしか言ってないけど?自覚はあるのね」
「っ……」
隙あればアマノを煽ってくるリオに、彼は苛立ちを隠すことが出来ない。罵詈雑言でその苛立ちを表現することは無くなったが、アマノの蟀谷に立っている青筋が何よりの証拠であった。
相変わらずの二人にアデルたちが苦笑を漏らす中、コノハのことを気にしていたナツメが口を開く。
「コノハさん。もしかして、自分は仲間を全然守れていないって思っているんですか?」
「うん……」
ナツメに図星を突かれ、コノハは誤魔化すという発想すら浮かばないまま首肯した。
コノハは記憶が無いせいで自分が何者なのかも分からず、戦い方すら全く分かっていない。だがレディバグの仲間たちは目を瞠るほどの実力を持っていて、コノハはそんな彼らに守られてばかりいる状況を良しとしていないのだ。
「でもコノハさん……あの爆破の時、私のこと守ってくれたんじゃないですか?」
「……」
「気を失っていたので憶えていませんが、コノハさんの服はボロボロだったのに、私の服は乱れてもいなかったのは、コノハさんが私を守ってくれたからですよね?あの爆破を引き起こした人物から」
「……うん」
あの謎の人物――ケイト・トゥークの良いようにしかやられなかったコノハは、自身の無力さに打ちのめされるばかりであったが、〝身を挺した〟という点においては確かにコノハは十分すぎる程にナツメを守ったので、彼は彼女の問いに対して肯定で返した。
「なら。コノハさんは立派に仲間を守れていますよ。私がこうして生きていることが証拠です」
(……キラキラしてる)
ナツメの柔かい笑顔を一身に浴びたコノハは、何となくそんな印象を覚えた。ナツメのキラキラとした笑顔はコノハにも伝染し、彼は煌めく瞳で彼女を捉える。
「……ナツメ。ありがとう」
「こちらこそです」
微笑ましい二人にその場の空気がほんわりと温かくなる中、ルークは何か気になることがある様に思案顔を浮かべるのだった。
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