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第二章 仲間探求編
55、狼煙が上がる時1
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「悪魔の愛し子か……」
「はい」
「どうしてあの無能の近くには、有能な奴ばかり集まるのだろうな。全く不公平極まりない」
アデルたちがトモル王国の暴走を止めるため計画を練っている頃。イリデニックス国の玉座に腰掛けるミカドは将軍の報告を受け、そんな不満を吐露していた。
悪魔の愛し子を忌まわしい差別対象としてではなく、化け物級の実力者として捉えているのはサリドらしい。
「ふん……これ以上の深入りは無用。ナツメ・イリデニックス、及び従者ルークの暗殺計画は中止だ」
「畏まりました」
ルークの予想通り、ミカドは拍子抜けしてしまうほどあっさりと、ナツメの暗殺から手を引いた。
いい意味でも悪い意味でも、ミカドはナツメに対する執着を持っていないのだ。
「ミカド様……一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「我々はミカド様の指示の下、ナツメ様たちを追ってまいりました。ですが、何故分かったのですか?彼女たちがどこに身を潜めているのか」
将軍にとって不可解だったのは、ミカドが指示した場所に行けば必ず、ナツメたちの痕跡を見つけることが出来たという点だ。
その場所にいることは少なかったが、必ず有効射程内のどこかにナツメたちはいて、将軍たちは毎度毎度ミカドの指示のおかげで暗殺を試みることが出来ていたのだ。
「あぁ……あの女の身体に、発信機を埋め込んでいたんだ」
「……は?」
ミカドが何を言っているのか理解できず、将軍は思わず陛下に対して不敬とも取られかねない疑問を投げかけてしまう。
「ハハッ。お前でもそんな呆けた声を出せるのだな」
「も、申し訳ありません!……ですが発信機というのは……」
「何だ。知らないのか?」
「知識としてしか……」
「この世界でそんなものを作ろうとする奴は中々いないからな。技術が発展している我が国の民でも、作れるのは俺とルークぐらいのものだろう」
イリデニックス国はジルの術よりも、その技術力で機器を作るのを得意としている国だ。だからこそこの世界――アンレズナでは珍しい銃がイリデニックス国に普及しており、操志者ではない人間にとって、ここほど住みやすい国もそうそう無かった。
「ミカド様がその発信機をお作りに?」
「あぁ。ルークと共に逃げられた際の保険でな。おかげで離れていてもナツメたちがどこにいるのか一目瞭然だった。発信機は術とは違うからな、ルークも流石に気づけなかったのだろう」
「なるほど……」
ジルの術と、ジルを原料に造られた機器には大きな違いがある。ジルの術は対象にかけるものなので、術が解けるまでその痕跡が対象に残る。アデルがメイリーンの喉にかけられた呪いのような術に気づけたのもそれが原因である。
一方、機器は対象が無くとも存在できるので、それだけで個なのだ。そもそも、この世に存在するもの全てにジルは含まれているので、機器であろうと空気であろうと、ジルを含む存在という点において違いは一切無いのだ。
つまり機器というのは、機能を持ったジルの塊でしかない。なので術と違い、それが体内に潜んでいても気づくことが出来ないのだ。
「それにしてもトモル王国にいたナツメたちが、突然ゼルド王国に移動した時は何事かと思ったが……なるほど。悪魔の愛し子の仕業だったか」
アデルたちが神官たちの追跡から逃れる為、一時的にゼルド王国へ避難した時。実は偶々将軍たちが公務でゼルド王国を訪れており、ミカドはナツメたちが近くにいることを通信機器で彼らに伝えたのだ。
随分と楽しげに呟いたミカドは、どうやら悪魔の愛し子であるアデルの実力に興味を抱いてしまったようである。
「それ程までの味方をつけられては、こちらに為す術など無い……折角の発信機も無駄になってしまったな」
発信機の位置を確認するための受信機を床に放ると、ミカドはそれを足で踏みつぶした。粉々になった部品が散らばり、将軍は眉間に皺を寄せながらそちらに目を奪われる。
ナツメに手を出すことが危険だと分かった以上、発信機は必要ないとミカドは判断したのだ。
********
トモル王国には代々、神官たちが国民に隠し続けてきた大きな秘密があった。それは国の安泰の為、今まで数え切れない程の神子を生贄として神に捧げてきたことだ。
トモル王国がここまで神への信仰篤い国柄になったのは、かつて神の声を聞くことの出来る人間が存在していたからなのだが、その詳細を知る者は最早トモル王国にさえいない。
本当に神の声が聞こえたのか。それによって何が起き、今のトモル王国が出来上がったか等は様々な諸説があるが、本当のことは誰にも分かっていない。
兎に角そういった過去の出来事もあり、トモル王国は今のような信仰の篤い国になったのだが、あまりにも度が過ぎていた。
神に対する信仰を疎かにすれば国が亡ぶと本気で思っているらしく、神のご機嫌取りの為だけに何人もの命を犠牲にしてきたのだ。
神子とは神から力を授けられた尊い存在であると多くの国民は信じているが、それは大きな間違いであった。神子とは本来人身御供であり、神官たちがそんな神子を崇め奉るのは生贄に傷がつくと困るから。そして、真実を悟られて逃げられると困るからなのだ。
だが表向きは神の力を行使する者ということになっているので、神子はある程度の力を持つ子供から選抜されていた。
そして今回の件で神官たちの誤算だったのは、アマノの力が表向きでは収まらない程の威力を持っていたこと。この一点に尽きた。
かつて人身御供の為に殺そうとした神子を神官が逃がしたことなど一度たりとも無く、アマノの逃走は彼らにとって本当に想定外の事態だったのだ。
********
神殿に戻ってきた一二人の神官たちの記憶が喪失していることから、彼らが向かおうとしていた場所にアマノが身を潜めていることを神官たちは断定した。
そしてアマノがアデルたちに匿われていることを知らない神官たちは、力を使い過ぎた彼が遠くへ逃げることは不可能だと考えた。なのでアマノに洗脳された神官たちが向かおうとしていた場所からそう離れてはいないだろうと、アデルの作った家へ攻め込む計画を練っていた。
「アマノ様のお力は偉大……じゃが無敵ではない。アマノ様に対抗するには、数の力に頼るのが一番。あの方は体内のジルを使ってあのお力を行使されている。つまりはあのお方のジルが底をつく程、神官を向かわせればよいのじゃ。幸いなことに、信者はいくらでもおるのでな」
神殿において最も発言権を持つその人――神殿長は神殿に勢揃いした神官たちに向け、鼓舞するようにそう言った。
真っ白な長い髭に触れながら、神殿長は神殿側の勝利を確信していた。アマノの力で消費されるジルは、洗脳を施す人数に比例して増えていく。その為、アマノのジルが回復する暇を与えない程力を使わせてしまえば、神殿側の勝ちなのだ。
「アマノ様に神殿の秘密を暴露される訳にはいかない……一刻も早くアマノ様を捕らえ、偉大なる神への生贄とするのじゃ」
「「はっ!」」
神官たちの威勢の良い返事を聞いた神殿長は、自らの勝利への確信にニヤリと破顔するのだった。
********
そんな神殿長の不気味な笑みを真っすぐな瞳で見つめるのは、遥か遠くで姿勢を低くするナツメだ。
アデルがトモル王国の森に建てた家の二階でうつ伏せになっているナツメは、その窓から狙撃銃を突き出している。
アデルを狙撃しようとした際に使用したものより小さめで、威力も低い狙撃銃である。だが発砲音が非常に小さく、正確な狙撃を得意とする狙撃銃でもあり、今回ナツメに課せられた任務を果たすには最適な銃なのだ。
ナツメは狙撃の際必ず身体をうつ伏せに倒して行うので、今回は窓の高さに合う様に机を土台にしている。
そんなナツメの後ろに控えているのはルークではなく、ボーっと空を見つめるコノハだ。
「ふぅぅぅ……」
深く深呼吸をすると、ナツメはそのオッドアイで標的を捉える。ナツメの一撃が、今回の計画における狼煙の役割を果たすので、その緊張は一入であった。
梅雨のせいか一向に止む気配の無い雨は空を暗く染め上げ、狙撃には最悪のコンディションを生み出している。だが全てを見通す彼女にとって、そんなものは些細なことで障害にすらならない。
ゆっくりとその引き金に指をかけると、ナツメは一切の瞬きもすることなく標的を見据える。
そしてその視線を逸らすことなく、ナツメは静かに引き金を引いた。
********
パリンッ!ガシャン!!
「な、何事じゃ!?」
何かが割れるような音の後、心臓が飛び出る様な轟音と共に神殿の明かりが一気に消え、神官たちは突然の出来事に慌てふためく。轟音は、照明が床に叩きつけられたことで発生していた。
何らかの攻撃により照明が壊されたことしか彼らには分からず、雨空のせいで神殿は一瞬にして真っ暗闇に包まれた。
********
神官たちが暗闇の中で慌てふためいている折。照明の狙撃を成功させたナツメは安堵したように身体を起こしていた。
「……これで取り敢えずは大丈夫……ですかね」
ルークが発案した今回の計画において、ナツメに課せられた最重要任務は神官たちの視界を奪い、彼らを混乱に陥る様に仕向けることだった。
それを成功させたとは言え、これだけでナツメの仕事が終わった訳ではない。ナツメは再び姿勢を低くすると、神殿内の様子を窺い始めた。
「……ナツメ……成功?」
「私の役目は取り敢えず果たせました。あとはメイリーンさんにお任せする他ありませんね」
「かか……大丈夫?」
「えぇ。何かあればアデル様が必ず駆け付けますから」
今回の計画でコノハは特にすることが無いので、一番危険の少ない任務を課せられているナツメの側で待機することになっている。
もちろんナツメとコノハにはアデルが事前に張った結界があるので、ちょっとやそっとの攻撃で彼らが傷つくことは無いのだ。
*******
「誰か!早く明かりをつけるのじゃ!」
神殿長の急かすような声で我に返った操志者の神官たちは、各々手元にジルによる明かりを灯した。
暗闇に淡い光が点々と現れると、床に無残に散らばった照明と、壁に着弾した弾丸の存在に神官たちは気づく。
「神殿長」
「な、なんじゃ」
「恐らく狙撃による目くらましだと思われます。狙撃手への対応に向かってもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……そうしてくれ」
突然後ろから声をかけられたことで肩を震わせた神殿長だったが、冷静なその男の申し出を当惑気味に了承した。
男は神殿長に背を向けて風のように走り去ると、神殿から一瞬にして姿を消してしまう。
「……」
「神殿長……今の男、誰ですか?」
「いや……それが儂にも分からぬのじゃ……あのような信者おったかのぅ」
神殿長と男の会話を聞いていた神官は、怪訝そうな声で疑問を呈した。あの状況下で酷く冷静に話しかけられたせいで、思わずその疑問を投げかけることを忘れてしまった神殿長だが、よくよく考えてみるとあのような神官を、彼らは一切知らなかったのだ。
その男の声も、顔も、冷静な判断力も。この神殿に奉職している神官の誰一人として、見たことも聞いたことも無かったのだ。
********
ナツメが狙撃を成功させた瞬間、メイリーンは緊張と恐怖で足をがくがくと震わせていた。遂に彼女の役割を果たさなければならなくなったからだ。
メイリーンがいるのはトモル王国で最も賑わいを見せる街の上空で、神殿からそう遠くない場所でもある。
どうやって上空で佇んでいるのかというと、前もってメイリーンは神アポロンの力で空を飛べるように準備していたのだ。飾りにしかならない翼まで生やして。
正直、非常に、とてつもなくメイリーンは恥ずかしかったのだが、出来るだけ目立つ方が良いというルークの指示があった為、泣く泣くお飾りの翼を背中から生やしていた。
因みにこの浮遊する力は本当にただ空を飛ぶだけで、これといった活用方法がまるでない。移動できないことも無いが、あり得ない程スピードが出ず、徒歩と全く変わらない程度なのである。
その為この力を使うことはそうそう無いだろうと思っていたのだが、そんなメイリーンの想定はあっさりと崩れ去ったのだった。
「はぁ……胃が痛い……」
ため息をつきつつ、メイリーンは手に持った拡声器を口元に運ぶ。ちなみにこの拡声器もリオとルークの共同制作によるもので、メイリーンの声が出来るだけたくさんの人に届く為の処置である。
「っ……」
カチッと、拡声器のスイッチを入れたメイリーンは、誰もが振り向かずにはいられない程の美声を空に飛ばす。
この雨の日。レディバグの歌姫の歌は唐突に、そして鮮烈にトモル王国に響き渡るのだった。
「はい」
「どうしてあの無能の近くには、有能な奴ばかり集まるのだろうな。全く不公平極まりない」
アデルたちがトモル王国の暴走を止めるため計画を練っている頃。イリデニックス国の玉座に腰掛けるミカドは将軍の報告を受け、そんな不満を吐露していた。
悪魔の愛し子を忌まわしい差別対象としてではなく、化け物級の実力者として捉えているのはサリドらしい。
「ふん……これ以上の深入りは無用。ナツメ・イリデニックス、及び従者ルークの暗殺計画は中止だ」
「畏まりました」
ルークの予想通り、ミカドは拍子抜けしてしまうほどあっさりと、ナツメの暗殺から手を引いた。
いい意味でも悪い意味でも、ミカドはナツメに対する執着を持っていないのだ。
「ミカド様……一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
「我々はミカド様の指示の下、ナツメ様たちを追ってまいりました。ですが、何故分かったのですか?彼女たちがどこに身を潜めているのか」
将軍にとって不可解だったのは、ミカドが指示した場所に行けば必ず、ナツメたちの痕跡を見つけることが出来たという点だ。
その場所にいることは少なかったが、必ず有効射程内のどこかにナツメたちはいて、将軍たちは毎度毎度ミカドの指示のおかげで暗殺を試みることが出来ていたのだ。
「あぁ……あの女の身体に、発信機を埋め込んでいたんだ」
「……は?」
ミカドが何を言っているのか理解できず、将軍は思わず陛下に対して不敬とも取られかねない疑問を投げかけてしまう。
「ハハッ。お前でもそんな呆けた声を出せるのだな」
「も、申し訳ありません!……ですが発信機というのは……」
「何だ。知らないのか?」
「知識としてしか……」
「この世界でそんなものを作ろうとする奴は中々いないからな。技術が発展している我が国の民でも、作れるのは俺とルークぐらいのものだろう」
イリデニックス国はジルの術よりも、その技術力で機器を作るのを得意としている国だ。だからこそこの世界――アンレズナでは珍しい銃がイリデニックス国に普及しており、操志者ではない人間にとって、ここほど住みやすい国もそうそう無かった。
「ミカド様がその発信機をお作りに?」
「あぁ。ルークと共に逃げられた際の保険でな。おかげで離れていてもナツメたちがどこにいるのか一目瞭然だった。発信機は術とは違うからな、ルークも流石に気づけなかったのだろう」
「なるほど……」
ジルの術と、ジルを原料に造られた機器には大きな違いがある。ジルの術は対象にかけるものなので、術が解けるまでその痕跡が対象に残る。アデルがメイリーンの喉にかけられた呪いのような術に気づけたのもそれが原因である。
一方、機器は対象が無くとも存在できるので、それだけで個なのだ。そもそも、この世に存在するもの全てにジルは含まれているので、機器であろうと空気であろうと、ジルを含む存在という点において違いは一切無いのだ。
つまり機器というのは、機能を持ったジルの塊でしかない。なので術と違い、それが体内に潜んでいても気づくことが出来ないのだ。
「それにしてもトモル王国にいたナツメたちが、突然ゼルド王国に移動した時は何事かと思ったが……なるほど。悪魔の愛し子の仕業だったか」
アデルたちが神官たちの追跡から逃れる為、一時的にゼルド王国へ避難した時。実は偶々将軍たちが公務でゼルド王国を訪れており、ミカドはナツメたちが近くにいることを通信機器で彼らに伝えたのだ。
随分と楽しげに呟いたミカドは、どうやら悪魔の愛し子であるアデルの実力に興味を抱いてしまったようである。
「それ程までの味方をつけられては、こちらに為す術など無い……折角の発信機も無駄になってしまったな」
発信機の位置を確認するための受信機を床に放ると、ミカドはそれを足で踏みつぶした。粉々になった部品が散らばり、将軍は眉間に皺を寄せながらそちらに目を奪われる。
ナツメに手を出すことが危険だと分かった以上、発信機は必要ないとミカドは判断したのだ。
********
トモル王国には代々、神官たちが国民に隠し続けてきた大きな秘密があった。それは国の安泰の為、今まで数え切れない程の神子を生贄として神に捧げてきたことだ。
トモル王国がここまで神への信仰篤い国柄になったのは、かつて神の声を聞くことの出来る人間が存在していたからなのだが、その詳細を知る者は最早トモル王国にさえいない。
本当に神の声が聞こえたのか。それによって何が起き、今のトモル王国が出来上がったか等は様々な諸説があるが、本当のことは誰にも分かっていない。
兎に角そういった過去の出来事もあり、トモル王国は今のような信仰の篤い国になったのだが、あまりにも度が過ぎていた。
神に対する信仰を疎かにすれば国が亡ぶと本気で思っているらしく、神のご機嫌取りの為だけに何人もの命を犠牲にしてきたのだ。
神子とは神から力を授けられた尊い存在であると多くの国民は信じているが、それは大きな間違いであった。神子とは本来人身御供であり、神官たちがそんな神子を崇め奉るのは生贄に傷がつくと困るから。そして、真実を悟られて逃げられると困るからなのだ。
だが表向きは神の力を行使する者ということになっているので、神子はある程度の力を持つ子供から選抜されていた。
そして今回の件で神官たちの誤算だったのは、アマノの力が表向きでは収まらない程の威力を持っていたこと。この一点に尽きた。
かつて人身御供の為に殺そうとした神子を神官が逃がしたことなど一度たりとも無く、アマノの逃走は彼らにとって本当に想定外の事態だったのだ。
********
神殿に戻ってきた一二人の神官たちの記憶が喪失していることから、彼らが向かおうとしていた場所にアマノが身を潜めていることを神官たちは断定した。
そしてアマノがアデルたちに匿われていることを知らない神官たちは、力を使い過ぎた彼が遠くへ逃げることは不可能だと考えた。なのでアマノに洗脳された神官たちが向かおうとしていた場所からそう離れてはいないだろうと、アデルの作った家へ攻め込む計画を練っていた。
「アマノ様のお力は偉大……じゃが無敵ではない。アマノ様に対抗するには、数の力に頼るのが一番。あの方は体内のジルを使ってあのお力を行使されている。つまりはあのお方のジルが底をつく程、神官を向かわせればよいのじゃ。幸いなことに、信者はいくらでもおるのでな」
神殿において最も発言権を持つその人――神殿長は神殿に勢揃いした神官たちに向け、鼓舞するようにそう言った。
真っ白な長い髭に触れながら、神殿長は神殿側の勝利を確信していた。アマノの力で消費されるジルは、洗脳を施す人数に比例して増えていく。その為、アマノのジルが回復する暇を与えない程力を使わせてしまえば、神殿側の勝ちなのだ。
「アマノ様に神殿の秘密を暴露される訳にはいかない……一刻も早くアマノ様を捕らえ、偉大なる神への生贄とするのじゃ」
「「はっ!」」
神官たちの威勢の良い返事を聞いた神殿長は、自らの勝利への確信にニヤリと破顔するのだった。
********
そんな神殿長の不気味な笑みを真っすぐな瞳で見つめるのは、遥か遠くで姿勢を低くするナツメだ。
アデルがトモル王国の森に建てた家の二階でうつ伏せになっているナツメは、その窓から狙撃銃を突き出している。
アデルを狙撃しようとした際に使用したものより小さめで、威力も低い狙撃銃である。だが発砲音が非常に小さく、正確な狙撃を得意とする狙撃銃でもあり、今回ナツメに課せられた任務を果たすには最適な銃なのだ。
ナツメは狙撃の際必ず身体をうつ伏せに倒して行うので、今回は窓の高さに合う様に机を土台にしている。
そんなナツメの後ろに控えているのはルークではなく、ボーっと空を見つめるコノハだ。
「ふぅぅぅ……」
深く深呼吸をすると、ナツメはそのオッドアイで標的を捉える。ナツメの一撃が、今回の計画における狼煙の役割を果たすので、その緊張は一入であった。
梅雨のせいか一向に止む気配の無い雨は空を暗く染め上げ、狙撃には最悪のコンディションを生み出している。だが全てを見通す彼女にとって、そんなものは些細なことで障害にすらならない。
ゆっくりとその引き金に指をかけると、ナツメは一切の瞬きもすることなく標的を見据える。
そしてその視線を逸らすことなく、ナツメは静かに引き金を引いた。
********
パリンッ!ガシャン!!
「な、何事じゃ!?」
何かが割れるような音の後、心臓が飛び出る様な轟音と共に神殿の明かりが一気に消え、神官たちは突然の出来事に慌てふためく。轟音は、照明が床に叩きつけられたことで発生していた。
何らかの攻撃により照明が壊されたことしか彼らには分からず、雨空のせいで神殿は一瞬にして真っ暗闇に包まれた。
********
神官たちが暗闇の中で慌てふためいている折。照明の狙撃を成功させたナツメは安堵したように身体を起こしていた。
「……これで取り敢えずは大丈夫……ですかね」
ルークが発案した今回の計画において、ナツメに課せられた最重要任務は神官たちの視界を奪い、彼らを混乱に陥る様に仕向けることだった。
それを成功させたとは言え、これだけでナツメの仕事が終わった訳ではない。ナツメは再び姿勢を低くすると、神殿内の様子を窺い始めた。
「……ナツメ……成功?」
「私の役目は取り敢えず果たせました。あとはメイリーンさんにお任せする他ありませんね」
「かか……大丈夫?」
「えぇ。何かあればアデル様が必ず駆け付けますから」
今回の計画でコノハは特にすることが無いので、一番危険の少ない任務を課せられているナツメの側で待機することになっている。
もちろんナツメとコノハにはアデルが事前に張った結界があるので、ちょっとやそっとの攻撃で彼らが傷つくことは無いのだ。
*******
「誰か!早く明かりをつけるのじゃ!」
神殿長の急かすような声で我に返った操志者の神官たちは、各々手元にジルによる明かりを灯した。
暗闇に淡い光が点々と現れると、床に無残に散らばった照明と、壁に着弾した弾丸の存在に神官たちは気づく。
「神殿長」
「な、なんじゃ」
「恐らく狙撃による目くらましだと思われます。狙撃手への対応に向かってもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……そうしてくれ」
突然後ろから声をかけられたことで肩を震わせた神殿長だったが、冷静なその男の申し出を当惑気味に了承した。
男は神殿長に背を向けて風のように走り去ると、神殿から一瞬にして姿を消してしまう。
「……」
「神殿長……今の男、誰ですか?」
「いや……それが儂にも分からぬのじゃ……あのような信者おったかのぅ」
神殿長と男の会話を聞いていた神官は、怪訝そうな声で疑問を呈した。あの状況下で酷く冷静に話しかけられたせいで、思わずその疑問を投げかけることを忘れてしまった神殿長だが、よくよく考えてみるとあのような神官を、彼らは一切知らなかったのだ。
その男の声も、顔も、冷静な判断力も。この神殿に奉職している神官の誰一人として、見たことも聞いたことも無かったのだ。
********
ナツメが狙撃を成功させた瞬間、メイリーンは緊張と恐怖で足をがくがくと震わせていた。遂に彼女の役割を果たさなければならなくなったからだ。
メイリーンがいるのはトモル王国で最も賑わいを見せる街の上空で、神殿からそう遠くない場所でもある。
どうやって上空で佇んでいるのかというと、前もってメイリーンは神アポロンの力で空を飛べるように準備していたのだ。飾りにしかならない翼まで生やして。
正直、非常に、とてつもなくメイリーンは恥ずかしかったのだが、出来るだけ目立つ方が良いというルークの指示があった為、泣く泣くお飾りの翼を背中から生やしていた。
因みにこの浮遊する力は本当にただ空を飛ぶだけで、これといった活用方法がまるでない。移動できないことも無いが、あり得ない程スピードが出ず、徒歩と全く変わらない程度なのである。
その為この力を使うことはそうそう無いだろうと思っていたのだが、そんなメイリーンの想定はあっさりと崩れ去ったのだった。
「はぁ……胃が痛い……」
ため息をつきつつ、メイリーンは手に持った拡声器を口元に運ぶ。ちなみにこの拡声器もリオとルークの共同制作によるもので、メイリーンの声が出来るだけたくさんの人に届く為の処置である。
「っ……」
カチッと、拡声器のスイッチを入れたメイリーンは、誰もが振り向かずにはいられない程の美声を空に飛ばす。
この雨の日。レディバグの歌姫の歌は唐突に、そして鮮烈にトモル王国に響き渡るのだった。
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