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第二章 仲間探求編
42、見えすぎる狙撃手1
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メイリーンが作っていたのは、簡単に作れるサンドイッチで、関係の無いアデルたちも涎を堪えてしまう程美味しそうな出来になっている。
メイリーンは座り込んでいる彼と目線を合わせるようにしゃがみ込むと、そのサンドイッチを彼に手渡した。
「どうぞ。お口に会うとよいのですが……」
「……」
だが、差し出されたサンドイッチを呆然と見つめるばかりで、彼は一向にそれを食べようとはしなかった。
見兼ねたアデルは彼の腕を掴んで、サンドイッチを無理矢理彼の口へと運ばせる。
「食べてみるのだ」
「っ……(モグモグモグ)……」
僅かに開かれた口にサンドイッチが含まれ、彼は仕方が無い様に咀嚼を始めた。そして最初の一口を咀嚼し終えると、煌めくその金色の瞳を更にキラキラと輝かせ始める。
すると先刻までのサンドイッチに対する無関心さが嘘のように、勢いよく残りを口に放り込んで頬袋をパンパンにして咀嚼し始めた。
「……気に入ったようであるな」
「詰めすぎでしょ」
「リオ様もこんな感じですよ」
「えっ、嘘」
キラキラとした目でサンドイッチを味わっている彼を目の当たりにし、アデルは安心した様に呟いた。だがあまりにも頬袋を膨らませているので、三人とも苦笑いを浮かべる他ない。
「それにしてもどうしたものか……」
「?」
「名前さえ憶えていないのであれば、此奴をどのように呼べばよいのか分からぬな」
「あぁ……」
納得したように呟いたリオであったが、アデルの言葉の奥に秘められた事実にほんの少し驚いていた。これから彼を呼ぶための名前を必要としているということは、これから先も彼の面倒を見るつもりということなので、アデルの人の好さがこんな部分で垣間見えたのだ。
「じゃあアデルんがつけてあげれば?」
「我がであるか?…………ふむ。それもよいであるな」
「?」
リオの提案に一瞬驚いたアデルだったが、すぐに思い直して彼の名前を考え始めた。一方当の本人は、二人が何の話をしているのか理解しておらず、ポカンとしたままアデルをジッと見つめている。
「そうであるな……コノハ、というのはどうだろうか?」
「……まさかとは思うけど、木の下で見つけたからじゃないよね?」
「…………たまたまである」
図星だったが、リオに見透かされたことが悔しかったのか、アデルはプイっとそっぽを向くとバレバレの嘘をついて誤魔化した。二人がクスクスと笑みを溢す中、当の彼だけが未だキョトンとしている。
「お前の名前はコノハである」
「……コノハ?」
「そうである」
「コノハ……コノハ……」
コノハが自身の名前だと理解すると、彼はその言葉を忘れないように復唱し始める。十分復唱すると、コノハは唐突に目の前のアデルを指差して首を傾げた。
「ん?どうしたのだ?」
「……なまえ」
「……我の名前であるか?」
アデルが尋ねると、コノハは指を差したまま首肯する。そしてその指をメイリーンとリオにも向けると、同じように首を傾げて尋ねた。
「我はアデルである」
「私は、メイリーン・ランゼルフと申します」
「リオ・カグラザカだよ」
「…………むずか、しい……」
コノハの為、三人は順番に自己紹介したのだが、〝コノハ〟よりも長い名前が二人もいたせいで、彼は当惑した様に顔を顰めてしまう。どうやら、多くのことを一度に覚えることがまだできないようだ。
「私たちの名前が長くて覚えられないのでしょうか?」
「何か簡潔な呼び名があった方が良いだろうか?」
「あっ!……じゃあさコノハちん。俺とアデルんのことは〝とと〟って呼びなよ?メイメイのことは〝かか〟ね」
コノハにまで妙な呼び名をつけているのはともかく、リオは妙案を思いついたように声を跳ねさせた。
「とと……とと……かか?」
アデル、リオ、メイリーンを順に指差し、リオの提案したあだ名で呼んだコノハは、キョトンと首を傾げている。その姿はまるで、言葉を覚えたての赤ん坊のようであり、自然と笑みが零れてしまうような微笑ましさがあった。
「そうそう!」
「ちょっと待つのだ。ととが二人いては、どちらが呼ばれているのか分からぬではないか」
「じゃあ俺のことはとと二号でいいよ?」
「とと、にごう?」
謎の呼び名が追加されたことで、コノハは当惑気味に首を傾げてしまう。一方のアデルたちは、適当過ぎるリオの名付けセンスに苦笑いを禁じ得ない。
「コノハは、コノハ……とと、ととにごう、かか……」
「そうである。覚えられて偉いであるな……」
最後に自身を含めた四人の呼び方を確認したコノハを褒めるように、アデルは彼の頭を撫でてやる。すると、その温かい奇妙な感覚にコノハは呆けたまま、目線を自身の頭に向けるように見上げた。
「ふふっ……アデルん、本当のお父さんみたいだねっ」
「……そうであるか?……そう見えるのであれば、良かったのだ」
「「?」」
コノハに向けられる優しい眼差しが、リオの目には親が子に向けるものに見えたのだ。そんな彼の印象を耳にしたアデルは何故か安堵した様に呟き、リオたちは思わず首を傾げてしまう。
そして。この時のアデルの心意を彼らが知るのは、もう少し先のことである。
「コノハ。もしお前が嫌でなければ、我らと共に旅をしないか?ずっとここにいても仕方が無いであろう?」
「……とと、たちと、いっしょ?」
「そうである」
「……いっしょ、する」
アデルの提案の意味全てを理解しているわけでは無いが、コノハはアデルたちと共に行動したいと思ったのか、コクリと頷くとその提案を受け入れた。
その微笑ましさに思わず頬を緩めた三人は、こうしてコノハを〝レディバグ〟の新たな仲間として迎え入れるのだった。
********
コノハが旅の仲間に加わったことで、アデルたちは何か別の移動手段を用意する必要があると思い至った。仲間がこれ以上に増えた時のことを考えると、やはり何らかの移動手段があった方が便利だからだ。
「じゃあ俺に任せてよ!心当たりがあるから」
リオが自信満々に胸を叩いて言い放った為、移動手段についてはリオに任せることにした。ただ、少々構想を練らなくてはならないようで、リオの考えがまとまるまでは歩いて移動することになった。
コノハを加えた四人で旅を始めてアデルたちが気づいたのは、彼が周りをよく観察しているということである。
記憶の無い彼の頭は、様々な知識や情報を欲しているようで、目に映るもの全てを脳に刻み込んでいるようでもあった。
特に、アデルたちのことはよく観察しており、その会話内容にも注意深く耳を傾けているようだった。
「ほんっとうに、なーんにも覚えてないの?」
「……もり」
「ずーっと森にいたってこと?」
リオの問いに、コノハはコクンと首肯した。コノハが覚えているのは、森で過ごしていたことだけらしく、いつから森にいたのかもよく分かっていないらしい。
「もし家族がいるのであれば、探してあげられれば良いのですが……」
「そもそも何で記憶が無いのかも分からないしね」
「……」
メイリーンとリオがコノハの件で議論する中、アデルただ一人がどこかボーっとしており、何か別のことを考えこんでいるようであった。
「アデルん?どうかしたの?」
「っん?いや……何でも無いのだ」
「そう?ならいいけど」
リオは直感的に、アデルが嘘をついていると感じたが、敢えてそれを追求したりはしなかった。アデルが意味も無く嘘をつくようなタイプでは無いと分かっていたし、彼が自分勝手な理由で嘘をつくとも思っていなかったので、リオはアデルを信じることにしたのだ。
********
同じ頃。ユーニンミス国の西側。アデルたちが現在いるのも、ゼルド王国の隣国であるユーニンミス国ではあるが、彼らがいるのは東側なのでその距離はかなり離れている。
そんな西側に聳え立つ、廃墟と化した古びた建物の最上階。暗く、ジメジメとしたその場所で息を潜める人影が二人程。
一人は、アデルと同い年程度の青年。背丈もアデルと同じ程で、この世界では珍しい黒髪黒目の美丈夫である。そして、身に纏っている執事の燕尾服も同じく真っ黒で、全身黒ずくめである。薄い藍色のレンズのモノクルをかけているので、まるでオッドアイのようにも見える。
そしてもう一人。最上階の窓から狙撃銃を突き出し、構えている少女。
一四五センチ程の低い背に、薄い水色の長い髪をツインテールにしている。元々執事の彼より年下の彼女だが、その容姿のせいで更に子供っぽく見える少女だ。だが彼女は包帯のような布で目隠しをしており、その瞳は窺うことが出来ない。
うつぶせの状態で姿勢を低くしている彼女は、視界が遮られているにも拘らず、狙撃銃をいじっている。
「……お嬢様」
「なんですか?ルーク」
彼女の背中を守る様に後ろで控えていた彼――ルークはふと、あることに気づいたようで声をかけた。
ルークの視線はかなり下に向けられており、彼女はそのことに気づけていない。
「スカートがめくれています」
「ええっ!?うそっ!?」
「戻して差し上げましょうか?」
「それぐらい自分で出来ますっ!」
酷く冷静に告げられた自身の醜態に、彼女は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げると、急いでスカートの裾を整えた。
顔を染めたまま、悔し気に歯噛みすると、彼女は無言の圧をルークにかける。例え瞳が見えずとも、彼女が忌々し気に彼を見上げていることがありありと伝わってきていた。
「……み、見ました?」
「見たから気づいたんですよ。今更何を仰っているのですか?本日は黒でしたね。お嬢様には白がお似合いだと思いますよ」
「最っ低!もう馬鹿!」
「あなた自身の失敗で何故私が責められなければならないのですか?いつもいつもお嬢様の尻拭いをさせられる私の身にもなって欲しいものです」
「どうしてルークってそんなに意地悪なのですか!?もう大嫌いです!」
デリカシーの欠片も無いルークの物言いに憤慨すると、勢い余って彼女はそんな憎まれ口を叩いてしまう。すると、先刻から平然としていたルークがほんの少し眉を顰めた為、気まずい沈黙が流れてしまう。
するとルークは徐にその場に跪き、彼女を真っすぐに見つめた。
「……例えお嬢様が私を嫌おうとも、私はお嬢様の忠実な僕です。私は、お嬢様をお慕いしておりますよ」
「っ…………ルークは、ズルいですよ」
ニコっと、優しい笑みを浮かべたルークは、恥ずかし気も無くそんな甘い台詞を吐いた。思わず忌々し気に頬を染めると、彼女はプイっと視線を元に戻して顔を隠す。
「本日の標的は何キロ先なのですか?」
「うーん……多分、千キロ、くらい?」
「適当ですね」
「目視じゃそんなこと分かりませんって!」
彼女らは依頼を受けて対象を暗殺する所謂殺し屋で、彼女はスナイパーである。そして、彼女がいるユーニンミス国の西側から、今回の標的までの距離が少なくとも千キロはあるのだ。
平然とそんな会話を交わしている二人だが、冗談では無く本気でこの距離の狙撃を試みようとしているのだ。
彼女は目元を覆っていた包帯をほどくと、その零れてしまいそうな瞳を露わにする。
髪と同じ色の薄い水色の右目に、輝く黄色の左目。彼女は一瞬にして目を奪われるほどの、正真正銘のオッドアイの持ち主であった。
両の目を見開くと、彼女は集中力を高めて遥か遠くを見つめる。彼女に目に映る景色は、同じ場所にいるルークの目では到底見ることが出来ない。彼女の目はただ遠くを見つめているだけではなく、視界を阻む障害物さえも透かして、目的の人物まで見通しているのだから。
「ふぅぅぅ……」
ゆっくりと深呼吸をすると、彼女は瞬き一つしないまま引き金に指をかける。
遥か遥か遠く。彼女の瞳に映るその人物は――。
********
「アッデルん?どうかしたの?遠く見つめちゃってさ」
「…………」
その時。同じくアデルも、遥か向こうにいる何かに向かって視線を投げかけていた。突然立ち止まったアデルの視線を辿る様に、リオも同じ方向を向いてみるが、彼が何を見据えているのか分かるはずも無かった。
「……リオ、メイリーン、コノハ。我から離れるのだ」
「えっ?」
「いいから早く!」
唐突に告げられたことに当惑するリオたちだったが、鬼気迫るアデルの様子から只事では無いことを悟り、すぐにアデルから距離をとってしゃがみ込んだ。
一方、三人を後ろに下がらせたアデルは、遥か向こうの見えないその人に向けて、鋭く精悍な眼光を一切の揺らぎなく向け続けるのだった。
********
「…………こっちを、見てる?」
「え?」
だがアデルとは違い、彼女にはアデルのその姿がはっきりと見えていた。だからこそ、彼女にとってその視線は恐怖以外の何物でも無かった。
見えている訳がない。気づくわけがない。にも拘らず、一切の迷いなくこちらを睨み据えているようにしか見えない。それが彼女には信じられなかったのだ。
メイリーンは座り込んでいる彼と目線を合わせるようにしゃがみ込むと、そのサンドイッチを彼に手渡した。
「どうぞ。お口に会うとよいのですが……」
「……」
だが、差し出されたサンドイッチを呆然と見つめるばかりで、彼は一向にそれを食べようとはしなかった。
見兼ねたアデルは彼の腕を掴んで、サンドイッチを無理矢理彼の口へと運ばせる。
「食べてみるのだ」
「っ……(モグモグモグ)……」
僅かに開かれた口にサンドイッチが含まれ、彼は仕方が無い様に咀嚼を始めた。そして最初の一口を咀嚼し終えると、煌めくその金色の瞳を更にキラキラと輝かせ始める。
すると先刻までのサンドイッチに対する無関心さが嘘のように、勢いよく残りを口に放り込んで頬袋をパンパンにして咀嚼し始めた。
「……気に入ったようであるな」
「詰めすぎでしょ」
「リオ様もこんな感じですよ」
「えっ、嘘」
キラキラとした目でサンドイッチを味わっている彼を目の当たりにし、アデルは安心した様に呟いた。だがあまりにも頬袋を膨らませているので、三人とも苦笑いを浮かべる他ない。
「それにしてもどうしたものか……」
「?」
「名前さえ憶えていないのであれば、此奴をどのように呼べばよいのか分からぬな」
「あぁ……」
納得したように呟いたリオであったが、アデルの言葉の奥に秘められた事実にほんの少し驚いていた。これから彼を呼ぶための名前を必要としているということは、これから先も彼の面倒を見るつもりということなので、アデルの人の好さがこんな部分で垣間見えたのだ。
「じゃあアデルんがつけてあげれば?」
「我がであるか?…………ふむ。それもよいであるな」
「?」
リオの提案に一瞬驚いたアデルだったが、すぐに思い直して彼の名前を考え始めた。一方当の本人は、二人が何の話をしているのか理解しておらず、ポカンとしたままアデルをジッと見つめている。
「そうであるな……コノハ、というのはどうだろうか?」
「……まさかとは思うけど、木の下で見つけたからじゃないよね?」
「…………たまたまである」
図星だったが、リオに見透かされたことが悔しかったのか、アデルはプイっとそっぽを向くとバレバレの嘘をついて誤魔化した。二人がクスクスと笑みを溢す中、当の彼だけが未だキョトンとしている。
「お前の名前はコノハである」
「……コノハ?」
「そうである」
「コノハ……コノハ……」
コノハが自身の名前だと理解すると、彼はその言葉を忘れないように復唱し始める。十分復唱すると、コノハは唐突に目の前のアデルを指差して首を傾げた。
「ん?どうしたのだ?」
「……なまえ」
「……我の名前であるか?」
アデルが尋ねると、コノハは指を差したまま首肯する。そしてその指をメイリーンとリオにも向けると、同じように首を傾げて尋ねた。
「我はアデルである」
「私は、メイリーン・ランゼルフと申します」
「リオ・カグラザカだよ」
「…………むずか、しい……」
コノハの為、三人は順番に自己紹介したのだが、〝コノハ〟よりも長い名前が二人もいたせいで、彼は当惑した様に顔を顰めてしまう。どうやら、多くのことを一度に覚えることがまだできないようだ。
「私たちの名前が長くて覚えられないのでしょうか?」
「何か簡潔な呼び名があった方が良いだろうか?」
「あっ!……じゃあさコノハちん。俺とアデルんのことは〝とと〟って呼びなよ?メイメイのことは〝かか〟ね」
コノハにまで妙な呼び名をつけているのはともかく、リオは妙案を思いついたように声を跳ねさせた。
「とと……とと……かか?」
アデル、リオ、メイリーンを順に指差し、リオの提案したあだ名で呼んだコノハは、キョトンと首を傾げている。その姿はまるで、言葉を覚えたての赤ん坊のようであり、自然と笑みが零れてしまうような微笑ましさがあった。
「そうそう!」
「ちょっと待つのだ。ととが二人いては、どちらが呼ばれているのか分からぬではないか」
「じゃあ俺のことはとと二号でいいよ?」
「とと、にごう?」
謎の呼び名が追加されたことで、コノハは当惑気味に首を傾げてしまう。一方のアデルたちは、適当過ぎるリオの名付けセンスに苦笑いを禁じ得ない。
「コノハは、コノハ……とと、ととにごう、かか……」
「そうである。覚えられて偉いであるな……」
最後に自身を含めた四人の呼び方を確認したコノハを褒めるように、アデルは彼の頭を撫でてやる。すると、その温かい奇妙な感覚にコノハは呆けたまま、目線を自身の頭に向けるように見上げた。
「ふふっ……アデルん、本当のお父さんみたいだねっ」
「……そうであるか?……そう見えるのであれば、良かったのだ」
「「?」」
コノハに向けられる優しい眼差しが、リオの目には親が子に向けるものに見えたのだ。そんな彼の印象を耳にしたアデルは何故か安堵した様に呟き、リオたちは思わず首を傾げてしまう。
そして。この時のアデルの心意を彼らが知るのは、もう少し先のことである。
「コノハ。もしお前が嫌でなければ、我らと共に旅をしないか?ずっとここにいても仕方が無いであろう?」
「……とと、たちと、いっしょ?」
「そうである」
「……いっしょ、する」
アデルの提案の意味全てを理解しているわけでは無いが、コノハはアデルたちと共に行動したいと思ったのか、コクリと頷くとその提案を受け入れた。
その微笑ましさに思わず頬を緩めた三人は、こうしてコノハを〝レディバグ〟の新たな仲間として迎え入れるのだった。
********
コノハが旅の仲間に加わったことで、アデルたちは何か別の移動手段を用意する必要があると思い至った。仲間がこれ以上に増えた時のことを考えると、やはり何らかの移動手段があった方が便利だからだ。
「じゃあ俺に任せてよ!心当たりがあるから」
リオが自信満々に胸を叩いて言い放った為、移動手段についてはリオに任せることにした。ただ、少々構想を練らなくてはならないようで、リオの考えがまとまるまでは歩いて移動することになった。
コノハを加えた四人で旅を始めてアデルたちが気づいたのは、彼が周りをよく観察しているということである。
記憶の無い彼の頭は、様々な知識や情報を欲しているようで、目に映るもの全てを脳に刻み込んでいるようでもあった。
特に、アデルたちのことはよく観察しており、その会話内容にも注意深く耳を傾けているようだった。
「ほんっとうに、なーんにも覚えてないの?」
「……もり」
「ずーっと森にいたってこと?」
リオの問いに、コノハはコクンと首肯した。コノハが覚えているのは、森で過ごしていたことだけらしく、いつから森にいたのかもよく分かっていないらしい。
「もし家族がいるのであれば、探してあげられれば良いのですが……」
「そもそも何で記憶が無いのかも分からないしね」
「……」
メイリーンとリオがコノハの件で議論する中、アデルただ一人がどこかボーっとしており、何か別のことを考えこんでいるようであった。
「アデルん?どうかしたの?」
「っん?いや……何でも無いのだ」
「そう?ならいいけど」
リオは直感的に、アデルが嘘をついていると感じたが、敢えてそれを追求したりはしなかった。アデルが意味も無く嘘をつくようなタイプでは無いと分かっていたし、彼が自分勝手な理由で嘘をつくとも思っていなかったので、リオはアデルを信じることにしたのだ。
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同じ頃。ユーニンミス国の西側。アデルたちが現在いるのも、ゼルド王国の隣国であるユーニンミス国ではあるが、彼らがいるのは東側なのでその距離はかなり離れている。
そんな西側に聳え立つ、廃墟と化した古びた建物の最上階。暗く、ジメジメとしたその場所で息を潜める人影が二人程。
一人は、アデルと同い年程度の青年。背丈もアデルと同じ程で、この世界では珍しい黒髪黒目の美丈夫である。そして、身に纏っている執事の燕尾服も同じく真っ黒で、全身黒ずくめである。薄い藍色のレンズのモノクルをかけているので、まるでオッドアイのようにも見える。
そしてもう一人。最上階の窓から狙撃銃を突き出し、構えている少女。
一四五センチ程の低い背に、薄い水色の長い髪をツインテールにしている。元々執事の彼より年下の彼女だが、その容姿のせいで更に子供っぽく見える少女だ。だが彼女は包帯のような布で目隠しをしており、その瞳は窺うことが出来ない。
うつぶせの状態で姿勢を低くしている彼女は、視界が遮られているにも拘らず、狙撃銃をいじっている。
「……お嬢様」
「なんですか?ルーク」
彼女の背中を守る様に後ろで控えていた彼――ルークはふと、あることに気づいたようで声をかけた。
ルークの視線はかなり下に向けられており、彼女はそのことに気づけていない。
「スカートがめくれています」
「ええっ!?うそっ!?」
「戻して差し上げましょうか?」
「それぐらい自分で出来ますっ!」
酷く冷静に告げられた自身の醜態に、彼女は一瞬にして顔を真っ赤に染め上げると、急いでスカートの裾を整えた。
顔を染めたまま、悔し気に歯噛みすると、彼女は無言の圧をルークにかける。例え瞳が見えずとも、彼女が忌々し気に彼を見上げていることがありありと伝わってきていた。
「……み、見ました?」
「見たから気づいたんですよ。今更何を仰っているのですか?本日は黒でしたね。お嬢様には白がお似合いだと思いますよ」
「最っ低!もう馬鹿!」
「あなた自身の失敗で何故私が責められなければならないのですか?いつもいつもお嬢様の尻拭いをさせられる私の身にもなって欲しいものです」
「どうしてルークってそんなに意地悪なのですか!?もう大嫌いです!」
デリカシーの欠片も無いルークの物言いに憤慨すると、勢い余って彼女はそんな憎まれ口を叩いてしまう。すると、先刻から平然としていたルークがほんの少し眉を顰めた為、気まずい沈黙が流れてしまう。
するとルークは徐にその場に跪き、彼女を真っすぐに見つめた。
「……例えお嬢様が私を嫌おうとも、私はお嬢様の忠実な僕です。私は、お嬢様をお慕いしておりますよ」
「っ…………ルークは、ズルいですよ」
ニコっと、優しい笑みを浮かべたルークは、恥ずかし気も無くそんな甘い台詞を吐いた。思わず忌々し気に頬を染めると、彼女はプイっと視線を元に戻して顔を隠す。
「本日の標的は何キロ先なのですか?」
「うーん……多分、千キロ、くらい?」
「適当ですね」
「目視じゃそんなこと分かりませんって!」
彼女らは依頼を受けて対象を暗殺する所謂殺し屋で、彼女はスナイパーである。そして、彼女がいるユーニンミス国の西側から、今回の標的までの距離が少なくとも千キロはあるのだ。
平然とそんな会話を交わしている二人だが、冗談では無く本気でこの距離の狙撃を試みようとしているのだ。
彼女は目元を覆っていた包帯をほどくと、その零れてしまいそうな瞳を露わにする。
髪と同じ色の薄い水色の右目に、輝く黄色の左目。彼女は一瞬にして目を奪われるほどの、正真正銘のオッドアイの持ち主であった。
両の目を見開くと、彼女は集中力を高めて遥か遠くを見つめる。彼女に目に映る景色は、同じ場所にいるルークの目では到底見ることが出来ない。彼女の目はただ遠くを見つめているだけではなく、視界を阻む障害物さえも透かして、目的の人物まで見通しているのだから。
「ふぅぅぅ……」
ゆっくりと深呼吸をすると、彼女は瞬き一つしないまま引き金に指をかける。
遥か遥か遠く。彼女の瞳に映るその人物は――。
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「アッデルん?どうかしたの?遠く見つめちゃってさ」
「…………」
その時。同じくアデルも、遥か向こうにいる何かに向かって視線を投げかけていた。突然立ち止まったアデルの視線を辿る様に、リオも同じ方向を向いてみるが、彼が何を見据えているのか分かるはずも無かった。
「……リオ、メイリーン、コノハ。我から離れるのだ」
「えっ?」
「いいから早く!」
唐突に告げられたことに当惑するリオたちだったが、鬼気迫るアデルの様子から只事では無いことを悟り、すぐにアデルから距離をとってしゃがみ込んだ。
一方、三人を後ろに下がらせたアデルは、遥か向こうの見えないその人に向けて、鋭く精悍な眼光を一切の揺らぎなく向け続けるのだった。
********
「…………こっちを、見てる?」
「え?」
だがアデルとは違い、彼女にはアデルのその姿がはっきりと見えていた。だからこそ、彼女にとってその視線は恐怖以外の何物でも無かった。
見えている訳がない。気づくわけがない。にも拘らず、一切の迷いなくこちらを睨み据えているようにしか見えない。それが彼女には信じられなかったのだ。
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