レディバグの改変<L>

乱 江梨

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第二章 仲間探求編

35、仮面の奥1

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「貴様……よくも神の力を行使してくれたな……」
「サリド……」
「そもそもどうやって声を取り戻した?まさか、それも悪魔の愛し子の仕業か?」
「あの程度の術、我であれば簡単に解けるのだ。そう驚くこともあるまい」
「っ!」


 メイリーンが再び神の力を行使した元凶――アデルの見下すような物言いに苛立ちを抑えることが出来ず、サリドはキリっと歯噛みした。

 一方のアデルはそのようなことより、サリドにあの拘束具を壊せる程の力が残っていたことに驚いている。先刻戦った感触としては、彼にそれ程までの力があるようには思えなかったので、手を抜いていたのだろうかとアデルは思案した。


「メイリーン。あの者の力は一体……?」
「サリドは、能力者なのです」
「っ!」


 唯一、サリドの力を目の当たりにしても冷静だったメイリーンは、彼の力の正体を知っていた。彼女から告げられた事実に、アデルは驚きで思わず目を見開く。

 アデルの妹――ティンベルと同じ能力者に初めて遭遇したので、彼の驚きは一入だった。


「ではその能力は、怪力とでも言ったところだろうか?」
「えぇ。腕に対するジルの許容量が多く、サリドはその腕に多くのジルを溜め込むことが出来るのです」
「なるほど」


 怪力の能力者ならば、拘束具を腕の力で引きちぎることも可能なので、彼女の説明は辻褄が合っていた。

 アデルが納得していると、サリドが唐突にその拳で襲い掛かってくる。メイリーンが神の力を一年ぶりに取り戻してしまったので、サリドは切羽詰まっているのだ。

 アデルは次々に繰り出される攻撃をかわしたり、結界で防ぐなどして難から逃れ続ける。するとサリドの渾身の拳が腹に向けられ、アデルは結界を張って防ごうとするが、その拳は結界さえも壊してアデルにダメージを与えた。


「っ……!」
「アデル様!」


 その衝撃で後方に飛ばされたアデルを目で追うことしか出来ず、メイリーンは彼の身を案じて大声を上げた。一方のアデルは空中で一回転することで見事に着地し、ダメージをものともしていない様子が窺える。

 だがアデルが一撃を食らったことで居ても経っても居られなくなったギルドニスは、すかさずサリドに向かって剣を抜く。だが自身に迫る剣にサリドが思いきり拳をぶつけると、ギルドニスの剣はいとも簡単に折れてしまい、彼は思わず後方に下がって目を見開く。


「おやまぁ……使えない剣ですね」
「お前はこいつ等の相手でもしていろ」
「?」


 キョトンとした表情で折れた剣を見つめていると、サリドの意味深な発言でギルドニスは顔を上げる。

 するとそこには大量の災害級野獣の群れがおり、どこからともなく突然現れた彼らに対し、三人は驚きで声も出せない。


「……何故災害級野獣が……」
「これらを呼び寄せたのは悪霊と化した精霊ミルだ。そのミルを使役していた俺に、こいつらを呼び出せない道理は無いんだよ」


 アデルの問いに、サリドは嘲笑うような口調で答えた。ギルドニスの目の前にいるのは、恐らく街に下りてきた災害級野獣の残党全てだと思われる。つまりここにいる災害級野獣を殲滅すれば、再び国に平和が訪れるのだ。


「ギルドニス、一人でも大丈夫であるか?」
「全く問題ありません」
「では頼むのだ」
「仰せのままにっ!」


 有象無象がいくら束になろうと問題ないとでも言いたげなギルドニスは、多くの災害級野獣を前にしても不敵に笑ってみせる。そんな彼の余裕を信じたアデルは、災害級野獣をギルドニスに任せることにした。

 懐から拳銃二丁を取り出すと、ギルドニスは跳躍して災害級野獣の群れへと飛び込んでいった。


「アデル様。私がもう一度歌ってサリドを必ず止めます。ですので、それまで時間を稼いでくれませんか?」
「もう一度歌うのであるか?」
「申し訳ありません。神の力は一定時間しか使うことが出来ないので、もう一度行使するにはまた歌わないといけないのです」


 メイリーンは申し訳なさそうな表情で神の力について説明した。一度歌うことで神の力を行使できるメイリーンだが、それには時間制限があり長くはもたない。先のように連続で力を行使するのであれば何度も使えるが、時間が経ってしまえば例え一度しか行使していなくても再び歌わなければならないのだ。


「いや。責めているのではない」
「?」
「もう一度。今度は近くでしっかりとメイリーンの歌が聴けることが嬉しいのだ」


 笑ってそう言うと、アデルはサリドの拳が迫っていることに気づいて掌で受け止める。アデルとメイリーンは目配せすると、それぞれの役目を果たすために離れた。

 アデルがサリドの相手をしている間に、メイリーンは深く深呼吸をすると、再びその口を開いて歌を歌い始める。先刻よりもアップテンポの歌ではあったが、それでも優しく聞き惚れるような歌であった。


「最後まで歌わせてなるものかっ……」


 メイリーンの力を恐れたサリドは、歌に夢中で無防備な彼女に狙いを定める。だが自身の攻撃を避けるばかりのアデルが、何故かメイリーンの危機を目の当たりにしても動じていないどころか、一切妨害しないことがサリドには気掛かりだった。

 だがそれを理由にメイリーンへの攻撃をやめる訳にもいかないので、サリドは懐から大量のナイフを取り出すと、それらを歌い続けるメイリーンに向けて投げつけた。


「っ!?なに……」


 だが、そのナイフはアデルが事前に張っていた結界によって阻まれ、メイリーンに傷一つ付けることさえ叶わなかった。
 メイリーン自身もアデルのことを信じていたので、危険が迫っていることには気づいていたが、一切気にすることなく歌に集中している。


「この小細工も貴様の仕業か?」
「あの結界にはかなりのジルを込めているのだ。お前の怪力でも容易に壊すことは叶わないであろうな」
「っ……」


 余裕の表情で語ったアデルに、サリドは鋭い睨みでしか返すことが出来ない。先刻から何度も攻撃を繰り出しているというのに、アデルはその全てをかわしてしまっているので、サリドの苛立ちは募るばかりだ。

 アデルがその気になればサリドを殺すことは簡単だが、メイリーンに止められていることもあり、彼にサリドを仕留める意思は無かった。今回の場合はメイリーンの力に頼った方が穏便に済みそうだったので、アデルは本気で時間稼ぎ程度にしか考えていないのだ。

 歌い終わるその時を待ち続けるアデルたちにとっては長く、歌い終わることを望んでいないサリドにとっては一瞬の様な時間が過ぎ、メイリーンの歌唱が終わりを迎えた。

 思わず顔を真っ青にしたサリドは、咄嗟にその場から逃げようとするが、神の力が見逃してくれるはずも無かった。


「フェイント!」
「がっ……」


 右手を掲げて詠唱すると、サリドの頭上からあの柔らかい光によるいかづちのようなものが放たれ、彼の身体を一直線に貫いた。思わず苦悶の声を上げると、サリドは一瞬にして気を失い、呆気なくその場に倒れ込む。

 因みにサリドは咄嗟に結界を張っていたのだが、神の力は絶対不可避で、どんなに強固な結界を張っても意味が無いのだ。

 メイリーンの攻撃はギルドニスが戦っていた災害級野獣にも効いていたらしく、その一瞬で全ての敵がその場に倒れ込んでしまった。大勢の敵が一瞬にして無力化されてしまったことで、ギルドニスはどこか茫然自失としてしまう。


「アデル様。これは対象を一日間気絶させるだけの術なので、災害級野獣は仕留めるか、元の森に返した方がよろしいかと」
「分かったのだ。では我がどこか適当な場所に……」


 今回の災害級野獣はサリドによって無理やり連れてこられた、言わば被害者のようなものでもある。その上、災害級野獣は飢えを感じない限り人間の前には現れないので、今回はわざわざ殺す必要が無かった。

 なのでアデルは殺すという選択では無く、森に逃がす選択を取った。その為には災害級野獣たちが飢えることの無い様な森に送る必要がある。アデルがその森を探そうと辺りを見回すと、彼は飛び込んできた光景に思わず言葉を失う。

 アデルの視線の先にいたのは、避難所にいるはずの大勢の国民たちだったから。それを目の当たりにしたメイリーンは、一瞬の内に様々な感情が渦巻いてしまい、壊れてしまいそうな表情を見せる。

 彼らがここにいることに対する驚き。再び国民の姿を見ることが出来た喜び。彼らに罪人だと誤解されていることに対する不安。そしてこの状況をどう説明したものかと、メイリーンは冷や汗を流してしまう。


「皆さん……あ、あの。これは……」


 メイリーンはこれから浴びせられるかもしれない罵詈雑言に備えるため、手をぎゅっと握りしめ、不安気に瞳を揺らす。その間、部外者であるアデルはフードを被ってその黒髪を隠していた。


「メイリーン様。……ごめんなさいっ!!」
「……え」


 アデルの知る女性店員が発したその謝罪の言葉に、メイリーンたちは思わず目を丸くしてしまう。彼女は深々と頭を下げており、一向に上げる気配が無い。そして彼女の声を皮切りに、次々と国民たちが同じようにメイリーンに謝り始め、最終的には全員が頭を下げるという異質な光景が広がっていた。


「み、皆さんっ、どうしたのですか?あ、頭を上げてくださいっ」
「いいえ。私たちはメイリーン様がどのような状況に置かれていたのかも知らず、あまつさえあなたが罪人であるという嘘を一瞬でも信じてしまったのです。謝っても許されるようなことでは……」
「ちょっと待ってくださいっ」


 女性店員の発言の中に気になる部分があり、メイリーンは思わず彼女の言葉を遮ってしまう。メイリーンの瞳には明らかな困惑が滲んでおり、国民たちは首を傾げる。


「私の状況って……皆さん、どこまで知っているのですか?どうして知って……」
「僕が教えたんだ。メイリーン」
「…………っ……うそ」
「?」


 彼女の疑問に答えた一人の男性を目の当たりにした途端、メイリーンは両の目から大粒の涙をポタリと零した。呼吸が止まってしまうような衝撃を受けたメイリーンの涙の理由を知らないアデルは、思わず不安気に首を傾げる。


「どうして……兄様が……」
「っ!?」


 メイリーンがその人物を兄と呼んだ瞬間、アデルは驚きのあまり瞬時に彼の姿を目に焼き付けようとする。

 ギルドニスと同じぐらいの背丈に、メイリーンと同じ銀髪を短く切り揃えている。そのキリッとした瞳もメイリーンと同じで青く澄んでおり、二人が血縁関係にあることは一目瞭然であった。

 メイリーンはアデルの自宅で兄がいることを吐露していたので、目の前にいる人物がその人であることにアデルは驚きを隠せない。

 彼はキラト・ランゼルフ。民主国となったことであの城から追い出された王族の一人である。キラトはメイリーンと別の場所で暮らしていたので、二人に面識はそれ程なく、彼女は兄が今何をしているのかも知らない状態だった。だからこそ、メイリーンの衝撃は鮮烈だったのだ。


「に、兄様……どうして兄様が私のことを知って……」
「こうすれば、分かるかな?」
「っ!……それって…………」


 キラトが懐から奇妙な仮面を取り出して被ると、メイリーンただ一人が全ての真相に気づき、その衝撃で目を見開いた。その仮面はメイリーンしか見たことの無い、メイリーン以外の人間が知る由も無いものだったのだ。


「まさか、見回りの……」
「正解……今まで黙っていて、すまなかった」
「っ……」


 キラトは、優しくて困ったような笑みを浮かべながら陳謝した。告げられた真実に、メイリーンは溢れる涙を止めることが出来ない。

 メイリーンがサリドによって檻に囚われ続けた一年間。毎日午前零時に彼女の様子を確認しに来た仮面の男こそが、兄であるキラトだったのだ。

 どういう経緯でキラトがサリドの部下になったのかは分からないが、国民の誤解が解けたのはキラトが真実を話したことが原因だろう。メイリーンはそう考えた。
 
 毎日仮面の奥からメイリーンのことを見てきたキラトは、彼女が置かれてきた状況を誰よりも知っていた。だからこそ国民たちに理路整然と説明することが出来たのだ。


「何が、あったのですか?」
「全て話す。ただ、最初にこれだけは言わせてほしい……もう、メイリーンは一人じゃない。もうあんな檻の中で一人、苦しむことは無いんだ」
「っ……はいっ……」


 泣きじゃくるメイリーンの頭を優しく撫でながら、キラトは強い気持ちの込められた言葉で彼女を励ました。

 兄妹の再会に感極まり、傍観していた国民の中には涙を流す者もいた。そんな中、微笑ましいその光景を目の当たりにしたアデルは、赤い瞳を優しく揺らしながら笑みを浮かべている。

 メイリーンとキラト。この兄妹の姿に、自身とティンベルの姿を重ねて。


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