レディバグの改変<L>

乱 江梨

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第二章 仲間探求編

25、囚われの少女1

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 悪魔ルルラルカの死から一年後。だが彼女が死んだからと言って、世界に何か変化が訪れるわけでは無い。本当の意味で彼女の死を悼む者はゼロに近いだろう。始受会の者たちにとって、悪魔は悪魔でしかなく、悪魔が死んだ途端その関心は新たな悪魔に移ってしまうから。

 そして彼女の骸は、アデルが墓に埋葬する前に世界のジルとして還ってしまった。最期の時まで世界に貢献することしか出来なかった彼女の運命を嘆くのは、恐らくアデルだけだろう。

 ********

 アンレズナ十の国の一つ、バランドール民主国。アデルの住んでいたゼルド王国の北側に位置するこの国は、当に実力至上主義を体現したような国である。

 優れた操志者、実力者が優遇されるこの国は、高貴な血筋を尊ぶゼルド王国とは真逆の国でもある。だが実力至上主義のこの国も、以前はゼルドと同じ王国であった。バランドール王国が民主国となったのは十五年程前で、かつての王国としての姿は消えたも同然であった。

 そんなバランドール民主国に大きく聳え立つ城の一角。国の民がその存在を一切知らされていない一室が存在していた。


「……っ………」


 その一室は、一人の少女にとっての世界だった。その部屋は無駄に広いというのに、少女は自由を知らなかった。

 何故なら少女の自由が許された世界は、その部屋ですらなかったから。部屋の真ん中を占領する、大きな鳥かごの様な檻。その檻が、少女にとっての世界だった。


「っ……」


 その鳥かごの中、少女は何度も助けを求める声を上げようとしていた。だが少女はその声を出す自由すら、許されてはいなかった。

 キラキラと輝いて見える程艶やかな、銀色の長髪は腰よりも下まで伸びており、座り込んでいるせいで床に髪がついてしまっている。透き通るような青い瞳は零れるほど大きく、真っ白な肌に良く映えている。
 一五五センチの華奢な身体に煌びやかな衣服を纏っていても、彼女はとても幸薄げである。


(……ミル……私、どうすればいいの?)


 かつての友を思い出し、鳥かごのてっぺんを見上げた少女は瞳をジワリと濡らした。喉を押さえてもその声は出ず、届けたい言葉も発せられない。いくらその涙を零しても、彼女の音の無い泣き声に気づく者などおらず、当に八方塞がりであった。


(声を失ったぐらいでこんな……私って本当に、これだけだったのね……)


 声はその少女にとって、当に命よりも大事な財産であった。声が彼女の武器だった。声が彼女自身を守る盾でもあったのだ。

 その声を失い、何も出来なくなった少女は自身の不甲斐無さを心で嘆いていた。


(こんな趣味の悪い檻も、声さえあれば簡単に壊せるのに…………って、その力も私のものじゃないけど……)


 自身の自由を縛る檻も、広いばかりで何もないその部屋も、何度壊してやろうかと思ったか、最早数える気にもならない。それでも今の少女に壊す力は無かった。

 壊すことも、生み出すことも出来ない。どうして生きているのかも分からず、それでも呼吸を止めない自分に嫌気が差してしまう。

 ふと、檻の向こうの向こう。部屋の窓からぼやけて見える外の世界に視線を向けると、突如その窓にヒビが入った。

 完全に音が断絶された少女の世界に、バリンっという激しい音が乱入する。


(えっ?な、なに……)


 この鳥かごに囚われてから約一年。初めて起きた想定外の出来事に少女は当惑してしまう。部屋の中には少女一人。つまり窓に入ったひびは外部からの攻撃によるものだった。

 一体誰が、何の為に。そんな疑問がまず少女の中に湧いた。そもそもこの部屋を含めた城全体は厚い結界に覆われており、ちょっとやそっとのことでヒビの入るような構造にはなっていないのだ。にも拘らず大きな窓一面に人一人分程の歪みが出来たことが、少女には信じられなかった。

 ガシャン!!という音と同時にその窓の破片が舞い、思わず少女は目を奪われる。だが、光に反射するまばらな破片よりも鮮烈な侵入者に、少女の関心は一瞬で移る。

 零れるような大きな瞳目一杯に映るのは、精悍な顔つきをした青年。その純黒の髪と、血のように赤い瞳に少女は思わず鳥肌を立たせた。


「っ!」
「……ん?……妙な檻であるな」


 窓から無遠慮に侵入し、少女の度肝を抜いた彼はその鳥かごの様な檻に首を傾げる。

 小さな世界で生きてきた少女と、その世界をいとも簡単に壊した青年の視線が交錯する。

 これが悪魔の愛し子――アデルと、その後〝レディバグの歌姫〟と称されることになる少女の、最初の出会いであった。

 ********

『アデル。君は神様を信じているかい?』


 エルが殺される少し前。アデルが一五歳の頃である。唐突にそんな問いをしてきたエルに、アデルは思わず首を傾げてしまった。


『神様……であるか?』
『そう。僕たちのような下賤な存在では死ぬまで会うことの無い、空の住人のことさ』
『信じている訳でも、信じていない訳でも無いのだ』
『おや。僕と同じ感性だね』
『本当であるか!』
『……それぐらいで喜ぶなんて、君幸せな性格してるよね』


 エルと同じ考えを持っていたことが相当嬉しいのか、アデルはキラキラと期待に満ちた表情で声を弾ませた。そんな彼を目の当たりにし、エルは思わず感心の混じった苦笑いを浮かべてしまう。


『それで、急にどうしたのだ?』
『神様なんてどうでも良いんだけどさ、実のところ存在しているらしいんだよ、神様って奴は』
『誰かが見つけたのであるか?』
『いんや。ただ、神の力を行使できる面白い女の子がいるらしいよ。バランドール民主国に』
『……神の力?どういった力なのだ?そもそもどうやって……』


 神の力という抽象的な言葉に、アデルはイマイチ理解が追い付かなかった。その少女がどのように神の力なるものを行使するのか。それは一体どんな力なのか。そもそもそれが神の力だと断言できる根拠は何なのか。そんな疑問が湧いて仕方が無かったのだ。


『力の詳細はよく知らないんだけどさ、どうやら歌がキーみたいだよ』
『歌?』
『そう。その少女は千年に一人の美声を持つ歌姫って呼ばれているらしい。その歌声を気に入った音楽好きの神が、自身の力を行使する権限を与えたんだとか。少女が歌を歌うとそれが合図になって、神からその力を借り受けることが出来るらしいよ』
『変わったシステムであるな。神様が音楽好きだというのも驚きである』
『まぁ神様にもいろんな奴がいるんだろうし。一人ぐらいそういう趣味を持った神……』
『ちょっと待つのだ師匠。神様は一人では無いのか?』
『あぁ、そっか。普通は一人だって思うよね』


 神様が存在していること自体半信半疑だったアデルには、その空想の存在が何人も存在しているという発想すら無かったので、虚を突かれたような声を上げてしまう。


『神様はこことは全く違う世界で、僕たちと同じ生物として生きているっていう考えらしいよ。分かりやすく言うのなら、神という種族が存在しているんだ』
『別の世界……想像も出来ぬのだ』
『だろう?だから貴重なんだよ。神の力を使える少女は』


 あまり現実感の無い話に、アデルは呆けたような表情を浮かべてしまった。いつもの二人であればこんな夢物語のような話に興味は抱かないのだが、戦闘馬鹿でもある二人にとって、未知な能力は食いつかざるを得ない話題だったのだ。


『名前は何と言うのだ?』
『あぁ、確か……』


 ********


「確か、メイリーン・ランゼルフであったか……」


 エルと長年暮らしてきた家の中。かつてエルから聞いた名前を、一七歳になったアデルは呟いていた。

 ルルラルカを殺したアデルはその後、一年間の自主訓練を行っていた。悪魔との戦いで自身の未熟さを痛感したアデルは、大きな目的の為にもっと強くなる必要があると感じたのだ。

 その目的というのは――。


「師匠……」


 物悲しくなってしまった家の中、木製の椅子に座らされたエルの頬にそっと触れた。そんなアデルの表情は、哀愁に満ちているようでありながら、内から滲み出る信念も感じられた。


「必ず、師匠を生き返らせてみせる……だから、待っていてほしいのだ。師匠」


 その目的とは、ルルラルカに殺されたエルを生き返らせることであった。

 エルを生き返らせる計画はここ最近からの思い付きなどではなく、エルが殺された瞬間から築かれてきたアデルの執念だった。

 ルルラルカによって首を刎ねられ、いくら治療してもいくら身体を戻しても意識を取り戻さなかった瞬間、アデルはエルの死を確信した。
 底の見えないような絶望を感じたアデルだが、同時に決意してもいた。どんな方法を使ってでも、どんなに時間をかけようとも、エルを生き返らせると。

 だからアデルはあの時、エルの身体に状態保持の術をかけたのだ。いつエルが生き返っても良いように。アデルは何百年かけてでも、エルの死を覆すという目的を諦める気がないのだ。


「生き物の死を覆す方法など、見当もつかぬ。あのルルラルカでも、不可能と言っていたのでな……故に我は、師匠の言っていた神の力に賭けてみようと思うのだ」


 エルを生き返らせる方法を探るため、アデルは神の力を行使できる少女――メイリーンに接触しようと考えた。そしてこれが、彼が一年間修業したもう一つの理由である。

 アデルの住むゼルド王国から、メイリーンの住むバランドール民主国に向かうには長旅は必至。旅の最中どんな危険が待っているかも分からぬ上、何の障害も無くメイリーンと接触できるかも不確定であった。最悪実力行使に出なければいけない可能性もあるので、力をつけて損は無いと思ったのだ。


「安心するのだ、師匠。師匠を一人にはせぬ。いつも一緒なのだ」


 エルの冷たい両手をぎゅっと握りしめ、アデルは優しい笑みを浮かべた。アデルはかつて交わした約束を破る気も毛頭ないのだ。

 例え旅の重荷になったとしても、「ずっと傍にいる」という誓いを反故にするなどという発想はアデルの中で生まれなかった。エルの為でもあるが、何よりもアデルが離れたくなかったのだ。


「……本当は、師匠はこんなこと望んでいないのかもしれぬし、我の自己満足なのかもしれぬ。それでも、何もしないという選択は、どうしても出来なかったのだ。……我は、師匠の為に何かしたいだけなのだろうか?」
「……」
「利己的でも、自己満足でも、我は師匠を生き返らせたい。師匠の死を覆したい……師匠、我の我が儘に、付き合ってくれるであるか?」


 アデルはこの一年間、ずっと考え続けていた。エルを生き返らせようとするのは、本当に正しいことなのか。エルの為になることなのか。自己満足にしかならないのではないかと。

 だがアデルは長年受けてきた恩をエルに一つも返せておらず、エルの死を防ぐことさえ出来なかった。その上でエルの死を受け入れて、一人だけ前に進むという結論は、アデルの中でどうしてもしっくりこなかったのだ。

 どこか困ったように眉を下げて破顔したアデルは、長く離れることになるであろう家に別れを告げた。

 エルと過ごしたこの家に必ず、生きたエルを連れて帰ってくると誓って。

 ********

 エルの所有物であった古すぎる地図を片手に、時に道を迷いながらバランドール民主国を目指したアデルが到着したのは、春が顔を覗かせた頃だった。それは、丁度アデルが一八才の誕生日を迎えた時期でもある。

 バランドールの都市に足を踏み入れたアデルは、慣れたように髪色を変えた上でフードを被っていた。

 田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回しながら散策を開始すると、都市の中で最も存在感を放っている城にアデルは目を奪われた。


「王城……?いや、王国では無いのだからそれはないか……」
「いや?あれは王城だよ。頭にがつくけどね」


 独り言に突然返されたことで思わずビクッと肩を震わせたアデルは、声のした方を振り返って首を傾げた。そこにいたのは見たことも無い食べ物を販売している店の店員で、四十代程度のふくよかな女性であった。

 香ばしい香りが鼻腔を刺激し、アデルは思わず商品に気を取られてしまいそうになるが、気を引き締めて店員と視線を交わす。


「……ご婦人、それはどういう意味であるか?」
「あらやだ。ご婦人だなんてそんな……」
「どういう意味なのだ?」


 機嫌を良くしたように顔を染めた店員の言葉を遮る形で再度問いかけたことで、彼女のその熱は一気に冷めてしまう。


「……お客さん他国から来たのかい?」
「あぁ」
「ここは元々王国。あれはその名残さ。今はお偉い方が集まったりする時に使われているらしいね」
「王族は残っていないのであるか?」


 店員の話を聞いてアデルが疑問に思ったのは、王族の所在である。あの高く聳え立つ王城に住んでいた王族たちは、民主国となった後どうなったのか。アデルは知らなかったのだ。


「王族の方たちはそれぞれの能力に見合った職に就いて、国のどこかに住んでるって話だよ。あぁ、ただ……」
「ただ?」


 店員の話は、この国が実力至上主義に染まった何よりの証明であった。例えかつての王族であろうとも、それを理由に優遇されているわけでは無いようだった。


「メイリーン様は別だけどね。あの方はこの国の誇り……いや、宝だからね。今でもあの王城で暮らして、丁重に扱われているんだ」
「……なるほど」


 
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