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続 君に届ける音の名は
最初で最後の手紙 side敬人
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弓弦に最低なことをしてしまってから半月。俺は弓弦が退院できたのかどうかも知らないままだ。弓弦とは違うクラスではあるが、会おうと思えばいつでも会える。つまり、弓弦の現状を知ることは簡単なのだ。でもそれは出来ない。
だから俺は弓弦たちのクラスを避けながら学校生活を送るようになった。弓弦に会わないことが、弓弦にしてきたことに対する罪滅ぼしなのだと自分に言い聞かせた。もちろんそれぐらいで許させることでは無いが、俺に出来るのはこれしかないから。
弓弦は大丈夫だろうか。謝りたい気持ちは当然あるが、出来ない。無事を確認したくても、出来ない。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、空虚な毎日を過ごしていてある日。俺は弓弦たちのクラスとの合同授業でその姿を確認することが出来た。
流石に体育の授業を拒否することは出来ないので、俺は弓弦に会ってしまったが、会話をしなければ大丈夫だろう。それにしても、弓弦が元気そうでよかった。
ふと、音尾と話していた弓弦がこちらを向いて、目が合ってしまう。俺は驚いて固まってしまい、目を逸らすことが出来ない。俺の頭の中は〝どうしよう〟という言葉で溢れかえってしまった。
弓弦は俺のことを視界に収めても、何の反応もしなかった。驚くわけでも、辛そうにするわけでも、優しく微笑むわけでもない。何でも無い様に、すぐに視線をそらした。
それが俺にとっては、何よりもありがたかった。
弓弦に合わせる顔なんて、今の俺は持ち合わせていないから。いない者として扱われた方がずっと楽だった。
気持ちの整理がつかない俺を置いてけぼりにするように授業は滞りなく進み、休み時間に突入した。生徒たちが更衣室で着替えて教室に戻る中、俺は誰かに肩を掴まれてその流れに乗れなくなる。
振り返るとそこには音尾がいて、俺は思わず顔を強張らせた。
「そう身構えるな。ちょっと渡したいものがあって引き止めただけだ。多分お前と会話すんのは今回が最後だろうし」
「……渡したい、もの?」
最後に会った時は確実な敵意を向けられていたのに対し、今回の音尾は意外にも冷静に俺のことを見ていた。〝渡したいもの〟と聞き、俺は思わず音尾の手元に注目する。
そこには封が一封あり、俺は思わず首を傾げてしまう。
「これ……弓弦からの手紙だ」
「っ……!君原、から?」
「あぁ。最初で最後の手紙だ。お前からも、弓弦に向けた最初で最後の手紙を返してやれ」
「いい、のか?」
弓弦からの手紙と聞いて、俺は心臓が止まったかのような錯覚に陥る。弓弦からの手紙自体にも驚きを隠せなかったが、それをあの音尾が持ってきたことに俺は目を見開いた。
音尾が持ってきたということは、音尾自身が弓弦からの手紙を容認したということになるからだ。それが俺には信じられなかった。
「我が儘なんて、滅多に言わない弓弦の頼みだからな。これぐらいは許してやる」
「……」
すっと差し出された弓弦からの手紙に、俺は手を伸ばすことが出来ない。受け取ってしまえば、内容が気になって読まずにはいられなくなる。でもどんなことが書かれているのか、弓弦の気持ちに触れるのが怖いという思いがあった。
「さっさと受け取れ」
「あ、あぁ……」
足踏みしている俺に苛立った音尾の声に導かれるように、俺は反射的に手紙を受け取ってしまった。それを確認した音尾はさっさと退散してしまい、俺は一人体育館にポツンと取り残されてしまう。
封筒の表には、弓弦の綺麗な文字で〝木村くんへ〟と簡潔に記されていた。
俺はその日、いつもより早く帰宅して、弓弦からの手紙をじっくりと読むことにした。
********
ずっと触れていたいような、弓弦の綺麗な文字で綴られた手紙には、こう記されていた。
〝木村くん、久しぶり。この手紙を読んで返事を書くか書かないかは、木村くんの自由だよ。僕が手紙を書いたのは僕の我が儘だから、木村くんが無理に合わせる必要もない。でも、この手紙をキチンと最後まで読んでほしいんだ。
まず最初に、この前のことについて僕から言うことは特に無いよ。多分左白くんやお母さんに散々思い知らされたと思うし、そうで無くても木村くんは罪悪感を抱えていると思うから。溺れたのは僕の自己責任だし、そのことに関して責任を感じる必要はない。……人の大事なものをぞんざいに扱うのはもう二度としないでほしいけど。
今回僕が手紙を書いたのは、まだ木村くんの気持ちを全然ぶつけてもらってないことに気づいたからだ。この前のこともそうだけど、木村くんはいつも気持ちがぐちゃぐちゃになってしまうせいで、僕にあんな態度しか取れなかったんじゃないかと思うんだ。
この間、僕は左白くんのことが好きだと木村くんに伝えたよね?あの時は僕の気持ちを木村くんに理解してもらおうとするのに必死で、木村くんのありのままの感情や気持ちを知ろうとしていなかった。
だから教えてほしいんだ。木村くんの言葉で。
木村くんの気持ちも、感情も、僕に伝えたいことも。手紙なら、時間をかけてゆっくりと、自分の言葉で伝えられるでしょ?だからその全部を、手紙に記して返してほしいんだ。
ただの自己満足かもしれないけど、このまま終わりだなんて悲しすぎるよ。だから、もし自分の気持ちを伝えて、すっきりさせたいと思ったら、手紙を書いてほしい。最初で最後の手紙だから、僕が返すことは出来ないけど。
木村くんからの手紙、気長に待ってるね。 君原弓弦〟
弓弦がこんなことを思っていたなんて、想像もしていなかった。手紙を読み終えた俺は、しばらくその紙を見つめたまま動けなくなってしまう。
あの時。弓弦がプールに飛び込む前に見せたあの顔が、頭から離れない。確実に俺に対して怒っていた弓弦からの手紙だったので、恨み言を書かれていても仕方が無いと思っていたのだ。
だがそんな考えは、弓弦に対して失礼なだけだ。俺が好きになった弓弦は、優しくて、いつも他人のために考えることが出来る奴だったじゃないか。
俺は自分の不甲斐無さに思わず歯噛みすると、急いで家から外へと飛び出した。
俺はいつも逃げてばかりだった。弓弦を目の前にすると緊張して、自分の本当の気持ちを伝えようとしてこなかった。その上弓弦に酷いことばかりして、傷つけることしか出来なかった。でも弓弦はそんな愚かの俺の気持ちも全部見透かしていたのかもしれない。
だからこうして。手紙という形で、最後のチャンスをくれたのかもしれない。俺の想いを、気持ちを、全部ぶつける機会を。
俺はそんな弓弦に応えるために、レターセットを買いに行くのだった。
だから俺は弓弦たちのクラスを避けながら学校生活を送るようになった。弓弦に会わないことが、弓弦にしてきたことに対する罪滅ぼしなのだと自分に言い聞かせた。もちろんそれぐらいで許させることでは無いが、俺に出来るのはこれしかないから。
弓弦は大丈夫だろうか。謝りたい気持ちは当然あるが、出来ない。無事を確認したくても、出来ない。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、空虚な毎日を過ごしていてある日。俺は弓弦たちのクラスとの合同授業でその姿を確認することが出来た。
流石に体育の授業を拒否することは出来ないので、俺は弓弦に会ってしまったが、会話をしなければ大丈夫だろう。それにしても、弓弦が元気そうでよかった。
ふと、音尾と話していた弓弦がこちらを向いて、目が合ってしまう。俺は驚いて固まってしまい、目を逸らすことが出来ない。俺の頭の中は〝どうしよう〟という言葉で溢れかえってしまった。
弓弦は俺のことを視界に収めても、何の反応もしなかった。驚くわけでも、辛そうにするわけでも、優しく微笑むわけでもない。何でも無い様に、すぐに視線をそらした。
それが俺にとっては、何よりもありがたかった。
弓弦に合わせる顔なんて、今の俺は持ち合わせていないから。いない者として扱われた方がずっと楽だった。
気持ちの整理がつかない俺を置いてけぼりにするように授業は滞りなく進み、休み時間に突入した。生徒たちが更衣室で着替えて教室に戻る中、俺は誰かに肩を掴まれてその流れに乗れなくなる。
振り返るとそこには音尾がいて、俺は思わず顔を強張らせた。
「そう身構えるな。ちょっと渡したいものがあって引き止めただけだ。多分お前と会話すんのは今回が最後だろうし」
「……渡したい、もの?」
最後に会った時は確実な敵意を向けられていたのに対し、今回の音尾は意外にも冷静に俺のことを見ていた。〝渡したいもの〟と聞き、俺は思わず音尾の手元に注目する。
そこには封が一封あり、俺は思わず首を傾げてしまう。
「これ……弓弦からの手紙だ」
「っ……!君原、から?」
「あぁ。最初で最後の手紙だ。お前からも、弓弦に向けた最初で最後の手紙を返してやれ」
「いい、のか?」
弓弦からの手紙と聞いて、俺は心臓が止まったかのような錯覚に陥る。弓弦からの手紙自体にも驚きを隠せなかったが、それをあの音尾が持ってきたことに俺は目を見開いた。
音尾が持ってきたということは、音尾自身が弓弦からの手紙を容認したということになるからだ。それが俺には信じられなかった。
「我が儘なんて、滅多に言わない弓弦の頼みだからな。これぐらいは許してやる」
「……」
すっと差し出された弓弦からの手紙に、俺は手を伸ばすことが出来ない。受け取ってしまえば、内容が気になって読まずにはいられなくなる。でもどんなことが書かれているのか、弓弦の気持ちに触れるのが怖いという思いがあった。
「さっさと受け取れ」
「あ、あぁ……」
足踏みしている俺に苛立った音尾の声に導かれるように、俺は反射的に手紙を受け取ってしまった。それを確認した音尾はさっさと退散してしまい、俺は一人体育館にポツンと取り残されてしまう。
封筒の表には、弓弦の綺麗な文字で〝木村くんへ〟と簡潔に記されていた。
俺はその日、いつもより早く帰宅して、弓弦からの手紙をじっくりと読むことにした。
********
ずっと触れていたいような、弓弦の綺麗な文字で綴られた手紙には、こう記されていた。
〝木村くん、久しぶり。この手紙を読んで返事を書くか書かないかは、木村くんの自由だよ。僕が手紙を書いたのは僕の我が儘だから、木村くんが無理に合わせる必要もない。でも、この手紙をキチンと最後まで読んでほしいんだ。
まず最初に、この前のことについて僕から言うことは特に無いよ。多分左白くんやお母さんに散々思い知らされたと思うし、そうで無くても木村くんは罪悪感を抱えていると思うから。溺れたのは僕の自己責任だし、そのことに関して責任を感じる必要はない。……人の大事なものをぞんざいに扱うのはもう二度としないでほしいけど。
今回僕が手紙を書いたのは、まだ木村くんの気持ちを全然ぶつけてもらってないことに気づいたからだ。この前のこともそうだけど、木村くんはいつも気持ちがぐちゃぐちゃになってしまうせいで、僕にあんな態度しか取れなかったんじゃないかと思うんだ。
この間、僕は左白くんのことが好きだと木村くんに伝えたよね?あの時は僕の気持ちを木村くんに理解してもらおうとするのに必死で、木村くんのありのままの感情や気持ちを知ろうとしていなかった。
だから教えてほしいんだ。木村くんの言葉で。
木村くんの気持ちも、感情も、僕に伝えたいことも。手紙なら、時間をかけてゆっくりと、自分の言葉で伝えられるでしょ?だからその全部を、手紙に記して返してほしいんだ。
ただの自己満足かもしれないけど、このまま終わりだなんて悲しすぎるよ。だから、もし自分の気持ちを伝えて、すっきりさせたいと思ったら、手紙を書いてほしい。最初で最後の手紙だから、僕が返すことは出来ないけど。
木村くんからの手紙、気長に待ってるね。 君原弓弦〟
弓弦がこんなことを思っていたなんて、想像もしていなかった。手紙を読み終えた俺は、しばらくその紙を見つめたまま動けなくなってしまう。
あの時。弓弦がプールに飛び込む前に見せたあの顔が、頭から離れない。確実に俺に対して怒っていた弓弦からの手紙だったので、恨み言を書かれていても仕方が無いと思っていたのだ。
だがそんな考えは、弓弦に対して失礼なだけだ。俺が好きになった弓弦は、優しくて、いつも他人のために考えることが出来る奴だったじゃないか。
俺は自分の不甲斐無さに思わず歯噛みすると、急いで家から外へと飛び出した。
俺はいつも逃げてばかりだった。弓弦を目の前にすると緊張して、自分の本当の気持ちを伝えようとしてこなかった。その上弓弦に酷いことばかりして、傷つけることしか出来なかった。でも弓弦はそんな愚かの俺の気持ちも全部見透かしていたのかもしれない。
だからこうして。手紙という形で、最後のチャンスをくれたのかもしれない。俺の想いを、気持ちを、全部ぶつける機会を。
俺はそんな弓弦に応えるために、レターセットを買いに行くのだった。
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