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続 君に届ける音の名は
どうしても許せないこと side弓弦
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左白くんは気にしなくても良いと言ったけど、逆に置き換えてみればこの状況は非常によろしくない。もし左白くんのことを好きな人が目の前に現れれば、きっと僕は心ここに非ずになってしまうだろう。相手に嫉妬してしまうし、左白くんには出来るだけその人と会わないで欲しいと思ってしまう。
それに僕は木村くんとキチンと話したことが無い。まぁそれは僕のせいというよりは、木村くんがテンパって変なことばかり口走るせいなんだけど。
とにかくこのままでは左白くんにとっても、僕にとっても、木村くんにとっても良くない。
何とかして話す機会を設けて、僕が左白くんを好きなこと、木村くんの気持ちには応えられないことを伝えないといけない。ただ僕は木村くんに告白されたわけでは無いので、これをどう伝えるかが最大の問題だ。
いきなり「僕は左白くんのことが好きだから木村くんの気持ちには応えられないんだ。ごめん!」なんて伝えても気味悪がられるだけだ。告白もしていないのに自意識過剰もほどがある。
だから上手いこと遠回しに伝える方法は無いものかと、僕は懊悩しているのだ。
********
意を決した僕は、休み時間を使って木村くんのクラスを訪れた。二年B組の教室を覗いた僕は、友達らしい人たちと談笑している木村くんをすぐに発見することが出来た。
でもどうしよう。どうやって呼べば……。どうやってって、まぁ、声を出すしかないか。
「…………ちむりゃ……き、むらくーん!!」
「!?……弓弦?」
第一声は聞こえずとも失敗した気がしたので、再チャレンジしてみた。出来るだけ大きな声で呼んだので、木村くんは気づいてくれたけど、ついでにクラス中の注目を集めてしまったので居心地の悪さがSクラスだ。
あれ?なんだろう。何か揉めてる?
木村くんの友達(?)が僕の話し方を笑った後、木村くんが友達と言い合っている、気がする。この距離だと心の声も聞こえないから、何をしているのか全く分からない。
あ、木村くんが近づいてくる。木村くんはどこか不機嫌そうな表情で、いつもの僕を馬鹿にするような面白い顔はしていなかった。
(ったくアイツら……つるむのも潮時かな)
「なんだよ?」
……よく分からないけど、友達では無かったのかな?
〝少し話したいことがあって、放課後時間ある?〟
用件をスマホ画面に打ち込んで見せると、木村くんは驚いたように目を見開いた。
「……別に、良いけど」
(よっし!取り敢えず変な返事ではない、よな?)
木村くんはやっぱり、根は良い人なんだろう。僕が傷つかないようにいつも色々考えている。ただ、いざ行動するとなると恥ずかしくなってしまうのか、素直になれないだけなんだ。
「(……アイツは一緒じゃないだろうな?)」
アイツ?……あぁ、左白くんのことか。珍しく木村くんの思考と言葉が合致している。相当左白くんに苦手意識があるんだろうな。
僕が木村くんの問いに首肯して返すと、安堵したような心の声が聞こえてきた。
こうして木村くんとの約束を取り付けた僕は放課後までの間ずっと、どうやって切り出すべきか懊悩するのだった。
********
僕と木村くんが待ち合わせをしたのは学校のプール。今は夏なので、普段から鍵が開いているのだ。何故そんなところで待ち合わせをしているのかというと、学校内で使える場所が限られていたからだ。
込み入った話だし、どこか二人きりになれる場所は無いものかと考えたのだが、図書室も教室も生徒がどうしてもいるし、屋上では左白くんが僕のことを待っている。因みに左白くんには僕が木村くんと話をすることはキチンと伝達済みだ。
プールも普段は水泳部の部員が使っているのだけど、今週はたまたま大会があるとかで水泳部員がいないのだ。なので僕は誰もいないプールへ、普通の運動靴で入った。
夏の容赦ない燦々とした太陽がプールの水面に反射してキラキラと輝いている。蝉の鳴き声はしているのだろうか?生憎聞こえたことが無いので、よく分からない。でもそんな音だけで、夏だと感じることが出来るのはとても良いことだと思う。僕に置き換えると、みんなが汗を流しながら心の中で、暑い暑いって愚痴っているような感じだろうか。
僕にとっては、みんなが暑がっている心の声が、もしかしたら蝉の鳴き声なのかもしれない。
僕は一人、プールサイドにちょこんと設置されているベンチに座り込むと、木村くんを待つ間読書をすることにした。最近ジャケ買いしたミステリー小説で、もちろん左白くんがくれたブックカバーをしている。
読みかけのページまで導いてくれる栞も、左白くんが誕生日プレゼントでくれたものだ。それを見るだけで、何だか顔が緩んでしまう僕はどうかしているのかもしれない。
ページを三回ほどめくった時、僕は突然影が増えたことに戸惑ってしまう。見上げると、その増えた影の正体がすぐに分かった。木村くんは座っている僕を上から見下ろしていて、それが僕の影に重なっていたのだ。
「それで。話って何だ?」
僕は淡々とスマホに文字を打ち込み始める。これが正解なのか分からないけど、取り敢えず当たり障りのない会話から始めてみようと思った。
〝木村くんは、僕のことどう思ってる?〟
「(はっ!?ど、どどど……どう思ってるって、なんだよ!?)」
うわ、心の声聞かなくても分かる。すっごい動揺してる。当たり障りない会話じゃなかったかも、失敗した。
一気に汗を噴き出し、顔を赤く染めた木村くんはこれ以上ないってぐらい慌てていて、いつものいじめっ子で平静を保つという思考すらどこかに飛んでしまっているようだ。
〝えっと。木村くんは、僕のことをその……揶揄っていたけど、僕は君が根っからの悪い人ではないと思ってるんだ。僕のことを本気で嫌っているとも、なんとなく思えなくて。だから、その……本当はどう思っているのかなぁと思って〟
「……」
(やべぇ……滅茶苦茶バレてるじゃねぇか)
僕は必死に言葉を選んで木村くんに尋ねてみた。まぁ、これで話してくれればここまで拗れてないのだろうけど、聞かないよりはずっといい。
(でもこれは……チャンスなんじゃねぇか?今までテンパって素直な気持ちを伝えてこれなかったけど、弓弦から俺の思いを聞いてくれているんだ。これを機に弓弦への思いを伝えて、これからは素直に……あ。でも弓弦、あの金髪野郎と付き合ってんだよな……それなのに俺なんかに告白されても、迷惑なだけだよな……)
どうしよう。この感じだと木村くん、僕に本当のこと言わないっぽいな。この場合はどうすればいいんだろう?左白くんのことが好きだという気持ちを、素直に伝えるだけでいいのだろうか。
「その……あれだ……と、」
と?
「友達……に、なってほしい。と、思ってる」
ん??
何がどうしてそうなった?木村くん。あまりにも唐突過ぎて、僕はパチクリと瞬きしてしまう。
友達?それは僕が最も避けようとしていたことだ。だって、失恋した相手と友達なんて、あまりにも残酷じゃないか?だから僕は、木村くんが僕に告白してくれたらきっぱりと断って、後腐れなくしようと色々考えていたのだけど……。
それに、左白くんだって嫌だろう。僕と木村くんが友達になったなんて知れば、機嫌が急降下するに決まっている。
〝木村くん。分かっているとは思うけど、僕は左白くんのことが好きなんだ。だからもし、木村くんが僕に対してそう言った気持ちを抱いているなら、それに応えることが出来ない。だから、友達っていうのは……〟
あぁ……。結局ド直球になってしまった。でもしょうがない。このままズルズル行って上辺だけの友人関係になるよりはずっとマシだ。
あれ?木村くんの声が聞こえてこない。どうしたんだろ?
ふと木村くんの反応を見てみると、意外なほどに冷静な相好をしていた。ショックを受けるか、木村くんの気持ちを見透かした僕に怒ると思ったんだけど。
(……やっぱり弓弦、俺の気持ちに気づいてたのか。あの金髪野郎と付き合ってるんだから、そりゃあ友達なんて言われても困るよな)
「……そうか。分かった。お前のことは、きっぱり諦める。面倒臭い俺なんかに気を遣わせちまって、悪かったな」
〝そんなこと思ってないよ!〟
僕はあまりにもあっさりと受け入れてくれた木村くんに呆然としていた。自身を卑下しながら謝ってきた木村くんに、僕は咄嗟にそう返したけれど……。
なんだろう、この手応えの無さは。何かが、違う気がする。多分、木村くんも気づいていない何かのせいで、僕の中でもやもやが消えてくれない。
「お前、相変わらずだよな。優しいところも、そうやって本持ってるのも」
そう言って木村くんが指差したのは、僕が持っているミステリー小説だ。話を逸らした木村くんは、まるでこれ以上僕に追及されたくないと言っているようだった。
「そんなブックカバー持ってたか?…………あぁ、もしかしてアイツに貰ったのか?」
ふと、そんな疑問を口にした木村くんはすぐに自己解釈で納得したようだ。それにしても、小学生以来会ってなかったのによく覚えてるなぁ……。それだけ木村くんは僕のことを見ていたってことなのかな。
〝うん。左白くんが誕生日プレゼントにくれたんだ。この栞も〟
思わず顔がにやけてしまう。落ち込んでいる時でも、左白くんがくれたこのプレゼントを見るだけで僕は元気になれるから。本当なら、左白くんと木村くんが仲良くなってくれればいいんだけど、それは多分無理だろう。二人とも本当は優しいってこと、僕だけが知ってるのは何だか歯痒いなぁ。
(……)
あれ?木村くん……どうしたんだろう?スマホ画面に打ち込んだ文字を見せてから、様子がおかしい。顔が強張っているし、何だか怒っているように見える。心の声も聞こえない。
何かに驚いて、言葉を失っている時の状態に似ている。
(……くそっ)
その心の声に対する疑問をぶつける暇も無かった。
木村くんは苦しそうな表情で僕の小説に手を伸ばすと、呆然としていた僕からそれを奪ってしまった。あまりにも突然のことに僕は声も出せず目を回す。
そしてそんな小説を恨めしそうに見つめた木村くんは、高ぶる感情そのままそれをプールへと投げ入れてしまった。
「っ……!」
頭の中が真っ白になった。木村くんの心の声もよく聞こえないほどに。頭の中がガンガン鳴っているようで、心臓もバクバクと五月蠅い。あまりにもあっさりと、大きな波もたつことなく僕の宝物が水の中に消えてしまった。
それだけで思考が止まってしまう。木村くんに気を遣う余裕なんてもう全て消え去ってしまった。
木村くんが何を思っているかなんて今はどうでも良い。友達とか、好きとか、嫌いとか、本心だとか。もう何でもいい。今僕に分かるのは、目の前で大事なものを乱雑に扱われたこと。それをしたのが木村くんだということ。それだけだ。
そうしたら、途端に木村くんに対する怒りが沸いてきた。誰かに怒ったことなど滅多にない僕だけど、今回ばかりはプツンと何かが切れてしまったようだ。
耳が聞こえない僕だけど、今は視界さえ定まっていない。無我夢中で木村くんの身体を両手でグイっと押した。手から木村くんの身体の感触が離れなかったから、ふらつくほどの威力も無かっただろう。それでも僕は何かしないと気が済まなかった。
その勢いのまま、僕はプールに向かって駆け出す。早く、早く、一刻も早くあの宝物を回収したかった。この手に帰ってきてほしかった。
「(おい!弓弦!)」
木村くんの心の叫びが聞こえた気がする。でも構ってる暇なんてない。そもそも、もうプールに向かって飛び出したから止められないし。
制服が水に濡れて一瞬のうちに重くなる。思ったように身体が動かない。
あ……今、物凄く重要なことを思い出した。
そういえば僕、泳げないじゃん。……自分の馬鹿さ加減に思わず口を開けそうになってしまった。危ない危ない。
そんなことを思い出したところで、時すでに遅し。というかもう、乗りかかった船だ。今は早くあの小説を見つけることに全力を注がないと。
慣れない水中で目を開いた僕は、必死に辺りを見回して小説を探す。すると小説は、僕が落ちたところから数メートル離れたところにあって、僕は必死に手を伸ばす。
う……ちょっと苦しくなってきた。でももう少し、もう少しで届く。……っ!届いた!
右手に濡れたブックカバーの感触を覚え安心した途端、脚に激痛が走った。
(いたっ……)
しまった……もしかして、脚攣った?このままだとまずい……。脚は痛いし、どんどん苦しくなるし……。
不安と言いようのない恐怖に襲われた僕はどうしたらいいか分からず、手にした宝物をぎゅっと握りしめた。その内僕はブハっと水中で口を開いてしまい、一気に水を飲みこんでしまう。
その苦しさに朦朧としてしまい、それからあとの記憶はない。
僕はそのまま水中で、意識を失ってしまった。
それに僕は木村くんとキチンと話したことが無い。まぁそれは僕のせいというよりは、木村くんがテンパって変なことばかり口走るせいなんだけど。
とにかくこのままでは左白くんにとっても、僕にとっても、木村くんにとっても良くない。
何とかして話す機会を設けて、僕が左白くんを好きなこと、木村くんの気持ちには応えられないことを伝えないといけない。ただ僕は木村くんに告白されたわけでは無いので、これをどう伝えるかが最大の問題だ。
いきなり「僕は左白くんのことが好きだから木村くんの気持ちには応えられないんだ。ごめん!」なんて伝えても気味悪がられるだけだ。告白もしていないのに自意識過剰もほどがある。
だから上手いこと遠回しに伝える方法は無いものかと、僕は懊悩しているのだ。
********
意を決した僕は、休み時間を使って木村くんのクラスを訪れた。二年B組の教室を覗いた僕は、友達らしい人たちと談笑している木村くんをすぐに発見することが出来た。
でもどうしよう。どうやって呼べば……。どうやってって、まぁ、声を出すしかないか。
「…………ちむりゃ……き、むらくーん!!」
「!?……弓弦?」
第一声は聞こえずとも失敗した気がしたので、再チャレンジしてみた。出来るだけ大きな声で呼んだので、木村くんは気づいてくれたけど、ついでにクラス中の注目を集めてしまったので居心地の悪さがSクラスだ。
あれ?なんだろう。何か揉めてる?
木村くんの友達(?)が僕の話し方を笑った後、木村くんが友達と言い合っている、気がする。この距離だと心の声も聞こえないから、何をしているのか全く分からない。
あ、木村くんが近づいてくる。木村くんはどこか不機嫌そうな表情で、いつもの僕を馬鹿にするような面白い顔はしていなかった。
(ったくアイツら……つるむのも潮時かな)
「なんだよ?」
……よく分からないけど、友達では無かったのかな?
〝少し話したいことがあって、放課後時間ある?〟
用件をスマホ画面に打ち込んで見せると、木村くんは驚いたように目を見開いた。
「……別に、良いけど」
(よっし!取り敢えず変な返事ではない、よな?)
木村くんはやっぱり、根は良い人なんだろう。僕が傷つかないようにいつも色々考えている。ただ、いざ行動するとなると恥ずかしくなってしまうのか、素直になれないだけなんだ。
「(……アイツは一緒じゃないだろうな?)」
アイツ?……あぁ、左白くんのことか。珍しく木村くんの思考と言葉が合致している。相当左白くんに苦手意識があるんだろうな。
僕が木村くんの問いに首肯して返すと、安堵したような心の声が聞こえてきた。
こうして木村くんとの約束を取り付けた僕は放課後までの間ずっと、どうやって切り出すべきか懊悩するのだった。
********
僕と木村くんが待ち合わせをしたのは学校のプール。今は夏なので、普段から鍵が開いているのだ。何故そんなところで待ち合わせをしているのかというと、学校内で使える場所が限られていたからだ。
込み入った話だし、どこか二人きりになれる場所は無いものかと考えたのだが、図書室も教室も生徒がどうしてもいるし、屋上では左白くんが僕のことを待っている。因みに左白くんには僕が木村くんと話をすることはキチンと伝達済みだ。
プールも普段は水泳部の部員が使っているのだけど、今週はたまたま大会があるとかで水泳部員がいないのだ。なので僕は誰もいないプールへ、普通の運動靴で入った。
夏の容赦ない燦々とした太陽がプールの水面に反射してキラキラと輝いている。蝉の鳴き声はしているのだろうか?生憎聞こえたことが無いので、よく分からない。でもそんな音だけで、夏だと感じることが出来るのはとても良いことだと思う。僕に置き換えると、みんなが汗を流しながら心の中で、暑い暑いって愚痴っているような感じだろうか。
僕にとっては、みんなが暑がっている心の声が、もしかしたら蝉の鳴き声なのかもしれない。
僕は一人、プールサイドにちょこんと設置されているベンチに座り込むと、木村くんを待つ間読書をすることにした。最近ジャケ買いしたミステリー小説で、もちろん左白くんがくれたブックカバーをしている。
読みかけのページまで導いてくれる栞も、左白くんが誕生日プレゼントでくれたものだ。それを見るだけで、何だか顔が緩んでしまう僕はどうかしているのかもしれない。
ページを三回ほどめくった時、僕は突然影が増えたことに戸惑ってしまう。見上げると、その増えた影の正体がすぐに分かった。木村くんは座っている僕を上から見下ろしていて、それが僕の影に重なっていたのだ。
「それで。話って何だ?」
僕は淡々とスマホに文字を打ち込み始める。これが正解なのか分からないけど、取り敢えず当たり障りのない会話から始めてみようと思った。
〝木村くんは、僕のことどう思ってる?〟
「(はっ!?ど、どどど……どう思ってるって、なんだよ!?)」
うわ、心の声聞かなくても分かる。すっごい動揺してる。当たり障りない会話じゃなかったかも、失敗した。
一気に汗を噴き出し、顔を赤く染めた木村くんはこれ以上ないってぐらい慌てていて、いつものいじめっ子で平静を保つという思考すらどこかに飛んでしまっているようだ。
〝えっと。木村くんは、僕のことをその……揶揄っていたけど、僕は君が根っからの悪い人ではないと思ってるんだ。僕のことを本気で嫌っているとも、なんとなく思えなくて。だから、その……本当はどう思っているのかなぁと思って〟
「……」
(やべぇ……滅茶苦茶バレてるじゃねぇか)
僕は必死に言葉を選んで木村くんに尋ねてみた。まぁ、これで話してくれればここまで拗れてないのだろうけど、聞かないよりはずっといい。
(でもこれは……チャンスなんじゃねぇか?今までテンパって素直な気持ちを伝えてこれなかったけど、弓弦から俺の思いを聞いてくれているんだ。これを機に弓弦への思いを伝えて、これからは素直に……あ。でも弓弦、あの金髪野郎と付き合ってんだよな……それなのに俺なんかに告白されても、迷惑なだけだよな……)
どうしよう。この感じだと木村くん、僕に本当のこと言わないっぽいな。この場合はどうすればいいんだろう?左白くんのことが好きだという気持ちを、素直に伝えるだけでいいのだろうか。
「その……あれだ……と、」
と?
「友達……に、なってほしい。と、思ってる」
ん??
何がどうしてそうなった?木村くん。あまりにも唐突過ぎて、僕はパチクリと瞬きしてしまう。
友達?それは僕が最も避けようとしていたことだ。だって、失恋した相手と友達なんて、あまりにも残酷じゃないか?だから僕は、木村くんが僕に告白してくれたらきっぱりと断って、後腐れなくしようと色々考えていたのだけど……。
それに、左白くんだって嫌だろう。僕と木村くんが友達になったなんて知れば、機嫌が急降下するに決まっている。
〝木村くん。分かっているとは思うけど、僕は左白くんのことが好きなんだ。だからもし、木村くんが僕に対してそう言った気持ちを抱いているなら、それに応えることが出来ない。だから、友達っていうのは……〟
あぁ……。結局ド直球になってしまった。でもしょうがない。このままズルズル行って上辺だけの友人関係になるよりはずっとマシだ。
あれ?木村くんの声が聞こえてこない。どうしたんだろ?
ふと木村くんの反応を見てみると、意外なほどに冷静な相好をしていた。ショックを受けるか、木村くんの気持ちを見透かした僕に怒ると思ったんだけど。
(……やっぱり弓弦、俺の気持ちに気づいてたのか。あの金髪野郎と付き合ってるんだから、そりゃあ友達なんて言われても困るよな)
「……そうか。分かった。お前のことは、きっぱり諦める。面倒臭い俺なんかに気を遣わせちまって、悪かったな」
〝そんなこと思ってないよ!〟
僕はあまりにもあっさりと受け入れてくれた木村くんに呆然としていた。自身を卑下しながら謝ってきた木村くんに、僕は咄嗟にそう返したけれど……。
なんだろう、この手応えの無さは。何かが、違う気がする。多分、木村くんも気づいていない何かのせいで、僕の中でもやもやが消えてくれない。
「お前、相変わらずだよな。優しいところも、そうやって本持ってるのも」
そう言って木村くんが指差したのは、僕が持っているミステリー小説だ。話を逸らした木村くんは、まるでこれ以上僕に追及されたくないと言っているようだった。
「そんなブックカバー持ってたか?…………あぁ、もしかしてアイツに貰ったのか?」
ふと、そんな疑問を口にした木村くんはすぐに自己解釈で納得したようだ。それにしても、小学生以来会ってなかったのによく覚えてるなぁ……。それだけ木村くんは僕のことを見ていたってことなのかな。
〝うん。左白くんが誕生日プレゼントにくれたんだ。この栞も〟
思わず顔がにやけてしまう。落ち込んでいる時でも、左白くんがくれたこのプレゼントを見るだけで僕は元気になれるから。本当なら、左白くんと木村くんが仲良くなってくれればいいんだけど、それは多分無理だろう。二人とも本当は優しいってこと、僕だけが知ってるのは何だか歯痒いなぁ。
(……)
あれ?木村くん……どうしたんだろう?スマホ画面に打ち込んだ文字を見せてから、様子がおかしい。顔が強張っているし、何だか怒っているように見える。心の声も聞こえない。
何かに驚いて、言葉を失っている時の状態に似ている。
(……くそっ)
その心の声に対する疑問をぶつける暇も無かった。
木村くんは苦しそうな表情で僕の小説に手を伸ばすと、呆然としていた僕からそれを奪ってしまった。あまりにも突然のことに僕は声も出せず目を回す。
そしてそんな小説を恨めしそうに見つめた木村くんは、高ぶる感情そのままそれをプールへと投げ入れてしまった。
「っ……!」
頭の中が真っ白になった。木村くんの心の声もよく聞こえないほどに。頭の中がガンガン鳴っているようで、心臓もバクバクと五月蠅い。あまりにもあっさりと、大きな波もたつことなく僕の宝物が水の中に消えてしまった。
それだけで思考が止まってしまう。木村くんに気を遣う余裕なんてもう全て消え去ってしまった。
木村くんが何を思っているかなんて今はどうでも良い。友達とか、好きとか、嫌いとか、本心だとか。もう何でもいい。今僕に分かるのは、目の前で大事なものを乱雑に扱われたこと。それをしたのが木村くんだということ。それだけだ。
そうしたら、途端に木村くんに対する怒りが沸いてきた。誰かに怒ったことなど滅多にない僕だけど、今回ばかりはプツンと何かが切れてしまったようだ。
耳が聞こえない僕だけど、今は視界さえ定まっていない。無我夢中で木村くんの身体を両手でグイっと押した。手から木村くんの身体の感触が離れなかったから、ふらつくほどの威力も無かっただろう。それでも僕は何かしないと気が済まなかった。
その勢いのまま、僕はプールに向かって駆け出す。早く、早く、一刻も早くあの宝物を回収したかった。この手に帰ってきてほしかった。
「(おい!弓弦!)」
木村くんの心の叫びが聞こえた気がする。でも構ってる暇なんてない。そもそも、もうプールに向かって飛び出したから止められないし。
制服が水に濡れて一瞬のうちに重くなる。思ったように身体が動かない。
あ……今、物凄く重要なことを思い出した。
そういえば僕、泳げないじゃん。……自分の馬鹿さ加減に思わず口を開けそうになってしまった。危ない危ない。
そんなことを思い出したところで、時すでに遅し。というかもう、乗りかかった船だ。今は早くあの小説を見つけることに全力を注がないと。
慣れない水中で目を開いた僕は、必死に辺りを見回して小説を探す。すると小説は、僕が落ちたところから数メートル離れたところにあって、僕は必死に手を伸ばす。
う……ちょっと苦しくなってきた。でももう少し、もう少しで届く。……っ!届いた!
右手に濡れたブックカバーの感触を覚え安心した途端、脚に激痛が走った。
(いたっ……)
しまった……もしかして、脚攣った?このままだとまずい……。脚は痛いし、どんどん苦しくなるし……。
不安と言いようのない恐怖に襲われた僕はどうしたらいいか分からず、手にした宝物をぎゅっと握りしめた。その内僕はブハっと水中で口を開いてしまい、一気に水を飲みこんでしまう。
その苦しさに朦朧としてしまい、それからあとの記憶はない。
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