91 / 93
最終章 平凡的幸福論のメソッド
平凡的幸福論のメソッド8
しおりを挟む
時はほんの少し遡り、友里が警察に連れて行かれたすぐ直後のこと。透巳とささの目の前に、パトカーと入れ違いでやって来た車が停まった。
それは慧馬の車で、学生である透巳を気遣って慧馬が向かいに来てくれたようだった。
「おい透巳帰んぞ……って、うぉっ!?ビビった」
「こんばんは。お久しぶりです」
車のヘッドライトが透巳たちを照らす中、車から降りた慧馬は透巳の隣にいたささの存在に気づき、思わず声を上げつつ心臓を跳ね上がらせた。透巳はこの場所にささを連れて行くことを慧馬に伝えていなかったので、そんな状態で夜の世界に突如巫女姿のささを目の当たりにすれば驚きもするだろう。
一方のささは落ち着いた様子で笑みを浮かべており、慧馬との対比が凄まじい。ささと慧馬は百弥が神社荒らしの容疑者として疑われた際に会っているので、久しぶりの再会だったのだ。
「透巳。女の子をこんな夜まで連れ出すなよ」
「どうせ兄ちゃんが迎えに来ると思ったから連れ出したんだよ」
「どうだか……」
コツンと、透巳の頭を拳で叩いた慧馬は苦言を呈したが、シレっと言い訳をする透巳の言い分に眉を顰めた。
「取り敢えずさっさと帰ろう。さささん、兄ちゃんが家まで送ってあげますから、遠慮なく乗ってください」
「俺の台詞取んな」
「ふふっ……ありがとうございます」
ささを家まで送る車の所有者も、それを運転するのも慧馬なので、透巳が我が物顔で言ったのが彼には不満だった。
透巳たちは慧馬の車に乗り込むと、早速それぞれの自宅への帰路に就くのだった。
********
「結局。友里ちゃんの居場所、どうやって特定したんですか?あとで話すって言いましたよね?」
覚束ない道を走る車の中、後部座席に座るささは助手席に座る透巳に向かって斜め直球の問いを投げかけた。それは慧馬も気になっていたことなので、彼は運転しながら話に耳を傾ける。
「特定したというよりも、最初から知ってたんですよね」
「え?」
「なんだ?お得意の発信器か?」
「半分正解で、半分不正解かな」
透巳の回答に首を傾げたのはささだけだ。昔から透巳のやり口を知っている慧馬は、適当に憶測を語ってみたが、どうやらそう単純な話では無かったようだ。
「どういうことだよ?」
「俺が木藤友里を知ったのは神社荒らしが起きた頃だし、そう簡単に発信器なんて付ける機会無かったんだよね」
「じゃあ半分正解っていうのは……?」
透巳は今日の今日まで木藤友里に直接会ったことが無かった。なので彼が直接発信器をつけることも出来ないはずで、それならば透巳の言う〝半分正解〟の意味が分からずささは首を傾げた。
「神社荒らしの時はさ、俺あの……えっと。誰だっけ……やばい名前忘れた」
「相変わらずだなお前」
「あの……女狐の父親」
「もしかして廓井圭一のことか?」
「そう。それそれ」
話の途中で登場人物の名前を忘れてしまった透巳は、眉間に皺を寄せながら必死に思い出そうと試みた。だが透巳一人では無理だったので、特徴を伝えて慧馬に教えてもらうという最終手段を取らざるを得なくなった。
透巳が梓紗のことを女狐扱いしていることはともかく、問題の人物の名前を思い出した透巳は話を続ける。
「で、その頃廓井圭一につけられてたから、どうしようかなぁって思ってたんだよね」
「……やっぱり気づいてたのか」
慧馬は圭一に取り調べをした際、彼が透巳を殺すための隙を窺う目的で、透巳のことを尾行していたという事実を知った。だがその時慧馬が抱いたのはその事実に対する衝撃ではなく、透巳がそれに気づいていないわけが無いという経験による実感から湧いた恐怖だった。
透巳なら他人からの尾行に必ず気づく。例え気づけなかったとしても、透巳は梓紗が自殺した直後に彼に発信器を埋め込んでいたので、尾行なんてすればすぐにバレるのだ。その透巳が何もしなかった上、慧馬に何の相談もしなかったということは、知っていた上でそれを利用している時だけだ。そんな慧馬の嫌な予感はやはり当たっていたのだと、長い時間を経て慧馬は答え合わせする羽目になってしまった。
「まぁこっからは割とぽっちー無双なんだよね」
「ぽっちー?」
「はぁ……」
透巳なりに簡単に表現したのだが、ささは千流芭のことを知らないので顔中にクエスチョンマークを散りばめており、一方の慧馬は嫌な予感を察知してため息を零してしまっている。
「ぽっちーというのは俺の知り合いの子で、よく俺のために働いてくれる犬です」
「ディープな世界を感じます」
透巳の説明に真剣な表情で正直に述べたささの意見は、明日歌と全く同じだったので透巳はほんの少し笑いが込み上げてきて、それを堪えるのに必死になっていた。
「お前いい加減にあの子のこと友達にでもしてやれよ。あまりにも哀れで涙出てくる」
「俺を諸悪の権化みたいに言わないでくれる?俺だって昔友達になろうとしたことあるんだよ?ただぽっちーが俺のこと神格化しすぎて拒否っただけで」
慧馬の言い分は尤もで、それは透巳だって一度は考えたことのある問題だった。透巳は一人の人間として千流芭のことを好ましく思っている。きっかけこそ変わっていたが、透巳は千流芭を友人として扱おうとしたことがあるのだ。
だが千流芭にとって透巳は〝神の子〟なので、自分がそんな存在と友人になるなんて烏滸がましいと、遠慮してしまったのだ。
「それで。そのぽっちーさんが何か関係あるんですか?」
「あぁ、はい。廓井圭一が何を企んでいるのか把握したかったので、ぽっちーに調べて貰ったんです」
「毎度思うが、あの子の調査能力バケモンだな」
「うん、俺ぽっちーなら世界最高峰の探偵になれると思ってるよ」
毎度毎度、透巳の無茶な要求にほぼ完璧な形で応えてくれる千流芭は、慧馬たちにとって目を瞠るものがあり、正直驚くべき才能の持ち主でもあった。
透巳自身も彼女の実力を評価しているからこそ、事あるごとに千流芭を頼ってしまいがちなのだ。
「まぁそんなぽっちーのおかげで結構前から俺、廓井圭一の殺人計画知ってたんだよね」
「……まぁ、説教は後にしといてやる」
「……別に今してもいいよ?」
「話が進まなくなんだろうが。さっさと話せ」
嫌な予感を抱いていた慧馬だが、いざ本人から暴露されると享受するのはなかなか難しいようだ。
透巳自身も標的にされていた殺人計画ではあるが、彼は最初からその存在を知っていながら止めようとはしなかった。つまり他人が殺されると知っていても、止めようとしなかった程度にどうでも良かったのだ。慧馬が透巳を説教すべき点は当然ながらそこである。
だが取り敢えず透巳の話を一通り聞きたかったのか、慧馬は話を再開させるように促した。
「……で。ちょっと話がズレちゃうんだけど、俺高校卒業したらねこちゃんと結婚するんだよね」
「………………はっ?」
突然突拍子も無いことを言い出した透巳のせいで、慧馬は運転しているにも拘らず、一瞬助手席の方に視線を送ってしまう。慌てて視線を前に戻した慧馬だが、その困惑は隠しきれていない。
透巳が高校卒業後に小麦と結婚しようとしていることに驚いているわけでは無い。そんなことは少し考えれば分かることで、慧馬からしてみれば今更な告白だったのだから。
そうではなく、何故この話の流れでその件が顔を出したのか、慧馬たちにはそれが理解できなかった。
「え、なに?急にどうした?」
「まぁまぁ、ちょっと聞いといてよ」
「あ、あぁ……」
当惑している慧馬たちを宥めつつ、透巳は話の続きを語ろうとする。そんな中ふと、慧馬は僅かに既視感を抱いた。
それは透巳が高校生になったばかりの頃。シオに傷を負わせた者たちへの報復計画を遂行し、青ノ宮学園の謎も解き明かした後の夜の出来事。全ての真実を慧馬に告げようとした透巳は開口一番、
『猫ってほんっとうに可愛くて可愛くて可愛くて……可愛いよね』
そう言って、全く関係の無い様な話から始めていたのだ。それが今の透巳と被って見え、慧馬は何度覚えたか分からない嫌な予感を再び感じてしまった。
「結婚ってさ、何かとお金がかかるじゃん?」
「あ、あぁ」
「でも俺高校卒業したら教師になるために大学に行かないといけないし、就職してすぐお金を稼ぐのは無理じゃん?」
「お、おぉ……」
イマイチ話の本筋が見えないまま、慧馬は透巳の言葉に相槌を打っていた。
透巳は小麦と暮らすための家賃を親に工面してもらう代わりに、今まで全くしてこなかった勉強をして授業料を免除してきた。つまり透巳は出来るだけ親に頼りたくないと思っているのだ。
大学の授業料は奨学金を自分で稼げるようになってから返せばいいので、そこまで大きな問題ではない。だが大学生になってまで、親に家賃を払ってもらうのは透巳にとって気が引けることだった。その上結婚するとなると、何かとお金は必要になってくるだろう。
「だからお金を稼ぎたかったんだよね」
この時点で、透巳が友里の居場所を知っていた理由をすっ飛ばして、ささは透巳の目的自体に気づいた。だが慧馬がまだ気づいていなかったことと、その〝目的〟に対する驚きのせいで、明言することが出来なかった。
「……それと廓井圭一の事件と何の関係があるんだよ?」
「あぁ。それでね、廓井圭一が殺人事件を犯すなら、実行犯を用意するのは簡単に予想できたんだ。なんせあの女狐の父親だからね」
梓紗は自身と父親が酷く似ていると死ぬ直前に透巳に伝えていた。なので圭一が梓紗程では無いにしても、慎重な人間であることは最初から分かっていたのだ。そんな圭一が自ら手を汚すとは考えられず、透巳はすぐに実行犯の存在を予測できた。
「それに気づいた時、良いこと思いついちゃって」
「良いこと?」
「……その実行犯をわざと見逃して、警察に指名手配させて、懸賞金がかけられた時点で捕まえることですか?」
慧馬の疑問に答えたのは透巳ではなく、彼の目的を察したささだった。
「流石はさささん、鋭いですね。百点満点をあげますよ」
あっさりとささの推測を肯定した透巳に、慧馬は衝撃で目を見開いた。小さく息を吸い込んだ慧馬は、自身を落ち着かせるために大きくそれを吐き出す。
運転をしながら聞かされる真実としては、あまりにも危険性を伴うもので、慧馬は生きた心地がしていない。
「まぁ懸賞金目当てだけなら廓井圭一でも良かったんだけどさ。アイツはさっさと捕まえないと気が済まなかったから、やっぱり実行犯の方がいいと思ったんだ」
圭一は梓紗と同じく小麦を狙った、透巳にとって許しがたい存在なので、計画でも見逃すことは考えられなかったのだ。
「そういえばお前、何で実行犯を木藤友里にしたかったんだよ?」
「えっ?」
慧馬の思いがけない質問に、ささは思わず呆けたような声を上げてしまった。慧馬は圭一の取り調べの過程で、彼が透巳を尾行していたことだけではなく、その尾行中に友里の存在を知ったということも聞いていた。その為透巳が意図的に、圭一が友里を見つけるように仕向けたのではないかと慧馬は考えていたのだ。
「別にしたかったわけじゃないけど……タイミングとかもあったし……まぁでも端的に言えば、扱いやすそうだったから?」
「「……」」
タイミング。これも透巳が圭一に実行犯として友里を選ぶよう誘導した理由の一つだ。圭一が透巳を尾行し、殺人計画を企てた時期と、透巳が友里の存在を知ったタイミングが被っていた。
だが一番大きな理由は、やはり透巳の計画を進める上で扱いやすそうな人間性だった点である。感情的になりやすく、ずる賢い思考を持っている訳でもない。これは実行犯を求めていた圭一にとっても欲しい人材だったのだ。
「そんなわけで木藤友里に実行犯になってもらうことを決めて。それから廓井圭一の尾行を逆手にとって、アイツが木藤友里に興味を持つように仕向けた。そしたらあっちが事を進めてくれる。あの男は警戒心が強い慎重なタイプだから、木藤友里の手綱を握りたがると思ったんだ。あ、手綱っていうのは発信器みたいな、居場所をいつでも特定できる手段ね」
「半分正解ってそれのことか」
ここで慧馬たちはようやく、先の透巳の発言の意味を理解することが出来た。透巳自身が友里に発信器をつけたわけでは無いが、圭一が念のために仕掛けていたであろう〝手綱〟を利用したことが半分正解の訳だった。
「それで廓井圭一をちゃっちゃと捕まえた後、一回アイツと取調室で話したことがあったでしょ?」
「あぁ」
「その時にその〝手綱〟を俺に譲ってもらったんだよね」
慧馬は何度ため息をついても足りない様な気分である。圭一を逮捕した直後、慧馬は透巳に頼まれて一度だけ彼を取調室に入れてやったことがあった。そのたった一度が、透巳の計画に大きく関わっていたという事実に、慧馬は自暴自棄になってしまいそうだったのだ。
それは慧馬の車で、学生である透巳を気遣って慧馬が向かいに来てくれたようだった。
「おい透巳帰んぞ……って、うぉっ!?ビビった」
「こんばんは。お久しぶりです」
車のヘッドライトが透巳たちを照らす中、車から降りた慧馬は透巳の隣にいたささの存在に気づき、思わず声を上げつつ心臓を跳ね上がらせた。透巳はこの場所にささを連れて行くことを慧馬に伝えていなかったので、そんな状態で夜の世界に突如巫女姿のささを目の当たりにすれば驚きもするだろう。
一方のささは落ち着いた様子で笑みを浮かべており、慧馬との対比が凄まじい。ささと慧馬は百弥が神社荒らしの容疑者として疑われた際に会っているので、久しぶりの再会だったのだ。
「透巳。女の子をこんな夜まで連れ出すなよ」
「どうせ兄ちゃんが迎えに来ると思ったから連れ出したんだよ」
「どうだか……」
コツンと、透巳の頭を拳で叩いた慧馬は苦言を呈したが、シレっと言い訳をする透巳の言い分に眉を顰めた。
「取り敢えずさっさと帰ろう。さささん、兄ちゃんが家まで送ってあげますから、遠慮なく乗ってください」
「俺の台詞取んな」
「ふふっ……ありがとうございます」
ささを家まで送る車の所有者も、それを運転するのも慧馬なので、透巳が我が物顔で言ったのが彼には不満だった。
透巳たちは慧馬の車に乗り込むと、早速それぞれの自宅への帰路に就くのだった。
********
「結局。友里ちゃんの居場所、どうやって特定したんですか?あとで話すって言いましたよね?」
覚束ない道を走る車の中、後部座席に座るささは助手席に座る透巳に向かって斜め直球の問いを投げかけた。それは慧馬も気になっていたことなので、彼は運転しながら話に耳を傾ける。
「特定したというよりも、最初から知ってたんですよね」
「え?」
「なんだ?お得意の発信器か?」
「半分正解で、半分不正解かな」
透巳の回答に首を傾げたのはささだけだ。昔から透巳のやり口を知っている慧馬は、適当に憶測を語ってみたが、どうやらそう単純な話では無かったようだ。
「どういうことだよ?」
「俺が木藤友里を知ったのは神社荒らしが起きた頃だし、そう簡単に発信器なんて付ける機会無かったんだよね」
「じゃあ半分正解っていうのは……?」
透巳は今日の今日まで木藤友里に直接会ったことが無かった。なので彼が直接発信器をつけることも出来ないはずで、それならば透巳の言う〝半分正解〟の意味が分からずささは首を傾げた。
「神社荒らしの時はさ、俺あの……えっと。誰だっけ……やばい名前忘れた」
「相変わらずだなお前」
「あの……女狐の父親」
「もしかして廓井圭一のことか?」
「そう。それそれ」
話の途中で登場人物の名前を忘れてしまった透巳は、眉間に皺を寄せながら必死に思い出そうと試みた。だが透巳一人では無理だったので、特徴を伝えて慧馬に教えてもらうという最終手段を取らざるを得なくなった。
透巳が梓紗のことを女狐扱いしていることはともかく、問題の人物の名前を思い出した透巳は話を続ける。
「で、その頃廓井圭一につけられてたから、どうしようかなぁって思ってたんだよね」
「……やっぱり気づいてたのか」
慧馬は圭一に取り調べをした際、彼が透巳を殺すための隙を窺う目的で、透巳のことを尾行していたという事実を知った。だがその時慧馬が抱いたのはその事実に対する衝撃ではなく、透巳がそれに気づいていないわけが無いという経験による実感から湧いた恐怖だった。
透巳なら他人からの尾行に必ず気づく。例え気づけなかったとしても、透巳は梓紗が自殺した直後に彼に発信器を埋め込んでいたので、尾行なんてすればすぐにバレるのだ。その透巳が何もしなかった上、慧馬に何の相談もしなかったということは、知っていた上でそれを利用している時だけだ。そんな慧馬の嫌な予感はやはり当たっていたのだと、長い時間を経て慧馬は答え合わせする羽目になってしまった。
「まぁこっからは割とぽっちー無双なんだよね」
「ぽっちー?」
「はぁ……」
透巳なりに簡単に表現したのだが、ささは千流芭のことを知らないので顔中にクエスチョンマークを散りばめており、一方の慧馬は嫌な予感を察知してため息を零してしまっている。
「ぽっちーというのは俺の知り合いの子で、よく俺のために働いてくれる犬です」
「ディープな世界を感じます」
透巳の説明に真剣な表情で正直に述べたささの意見は、明日歌と全く同じだったので透巳はほんの少し笑いが込み上げてきて、それを堪えるのに必死になっていた。
「お前いい加減にあの子のこと友達にでもしてやれよ。あまりにも哀れで涙出てくる」
「俺を諸悪の権化みたいに言わないでくれる?俺だって昔友達になろうとしたことあるんだよ?ただぽっちーが俺のこと神格化しすぎて拒否っただけで」
慧馬の言い分は尤もで、それは透巳だって一度は考えたことのある問題だった。透巳は一人の人間として千流芭のことを好ましく思っている。きっかけこそ変わっていたが、透巳は千流芭を友人として扱おうとしたことがあるのだ。
だが千流芭にとって透巳は〝神の子〟なので、自分がそんな存在と友人になるなんて烏滸がましいと、遠慮してしまったのだ。
「それで。そのぽっちーさんが何か関係あるんですか?」
「あぁ、はい。廓井圭一が何を企んでいるのか把握したかったので、ぽっちーに調べて貰ったんです」
「毎度思うが、あの子の調査能力バケモンだな」
「うん、俺ぽっちーなら世界最高峰の探偵になれると思ってるよ」
毎度毎度、透巳の無茶な要求にほぼ完璧な形で応えてくれる千流芭は、慧馬たちにとって目を瞠るものがあり、正直驚くべき才能の持ち主でもあった。
透巳自身も彼女の実力を評価しているからこそ、事あるごとに千流芭を頼ってしまいがちなのだ。
「まぁそんなぽっちーのおかげで結構前から俺、廓井圭一の殺人計画知ってたんだよね」
「……まぁ、説教は後にしといてやる」
「……別に今してもいいよ?」
「話が進まなくなんだろうが。さっさと話せ」
嫌な予感を抱いていた慧馬だが、いざ本人から暴露されると享受するのはなかなか難しいようだ。
透巳自身も標的にされていた殺人計画ではあるが、彼は最初からその存在を知っていながら止めようとはしなかった。つまり他人が殺されると知っていても、止めようとしなかった程度にどうでも良かったのだ。慧馬が透巳を説教すべき点は当然ながらそこである。
だが取り敢えず透巳の話を一通り聞きたかったのか、慧馬は話を再開させるように促した。
「……で。ちょっと話がズレちゃうんだけど、俺高校卒業したらねこちゃんと結婚するんだよね」
「………………はっ?」
突然突拍子も無いことを言い出した透巳のせいで、慧馬は運転しているにも拘らず、一瞬助手席の方に視線を送ってしまう。慌てて視線を前に戻した慧馬だが、その困惑は隠しきれていない。
透巳が高校卒業後に小麦と結婚しようとしていることに驚いているわけでは無い。そんなことは少し考えれば分かることで、慧馬からしてみれば今更な告白だったのだから。
そうではなく、何故この話の流れでその件が顔を出したのか、慧馬たちにはそれが理解できなかった。
「え、なに?急にどうした?」
「まぁまぁ、ちょっと聞いといてよ」
「あ、あぁ……」
当惑している慧馬たちを宥めつつ、透巳は話の続きを語ろうとする。そんな中ふと、慧馬は僅かに既視感を抱いた。
それは透巳が高校生になったばかりの頃。シオに傷を負わせた者たちへの報復計画を遂行し、青ノ宮学園の謎も解き明かした後の夜の出来事。全ての真実を慧馬に告げようとした透巳は開口一番、
『猫ってほんっとうに可愛くて可愛くて可愛くて……可愛いよね』
そう言って、全く関係の無い様な話から始めていたのだ。それが今の透巳と被って見え、慧馬は何度覚えたか分からない嫌な予感を再び感じてしまった。
「結婚ってさ、何かとお金がかかるじゃん?」
「あ、あぁ」
「でも俺高校卒業したら教師になるために大学に行かないといけないし、就職してすぐお金を稼ぐのは無理じゃん?」
「お、おぉ……」
イマイチ話の本筋が見えないまま、慧馬は透巳の言葉に相槌を打っていた。
透巳は小麦と暮らすための家賃を親に工面してもらう代わりに、今まで全くしてこなかった勉強をして授業料を免除してきた。つまり透巳は出来るだけ親に頼りたくないと思っているのだ。
大学の授業料は奨学金を自分で稼げるようになってから返せばいいので、そこまで大きな問題ではない。だが大学生になってまで、親に家賃を払ってもらうのは透巳にとって気が引けることだった。その上結婚するとなると、何かとお金は必要になってくるだろう。
「だからお金を稼ぎたかったんだよね」
この時点で、透巳が友里の居場所を知っていた理由をすっ飛ばして、ささは透巳の目的自体に気づいた。だが慧馬がまだ気づいていなかったことと、その〝目的〟に対する驚きのせいで、明言することが出来なかった。
「……それと廓井圭一の事件と何の関係があるんだよ?」
「あぁ。それでね、廓井圭一が殺人事件を犯すなら、実行犯を用意するのは簡単に予想できたんだ。なんせあの女狐の父親だからね」
梓紗は自身と父親が酷く似ていると死ぬ直前に透巳に伝えていた。なので圭一が梓紗程では無いにしても、慎重な人間であることは最初から分かっていたのだ。そんな圭一が自ら手を汚すとは考えられず、透巳はすぐに実行犯の存在を予測できた。
「それに気づいた時、良いこと思いついちゃって」
「良いこと?」
「……その実行犯をわざと見逃して、警察に指名手配させて、懸賞金がかけられた時点で捕まえることですか?」
慧馬の疑問に答えたのは透巳ではなく、彼の目的を察したささだった。
「流石はさささん、鋭いですね。百点満点をあげますよ」
あっさりとささの推測を肯定した透巳に、慧馬は衝撃で目を見開いた。小さく息を吸い込んだ慧馬は、自身を落ち着かせるために大きくそれを吐き出す。
運転をしながら聞かされる真実としては、あまりにも危険性を伴うもので、慧馬は生きた心地がしていない。
「まぁ懸賞金目当てだけなら廓井圭一でも良かったんだけどさ。アイツはさっさと捕まえないと気が済まなかったから、やっぱり実行犯の方がいいと思ったんだ」
圭一は梓紗と同じく小麦を狙った、透巳にとって許しがたい存在なので、計画でも見逃すことは考えられなかったのだ。
「そういえばお前、何で実行犯を木藤友里にしたかったんだよ?」
「えっ?」
慧馬の思いがけない質問に、ささは思わず呆けたような声を上げてしまった。慧馬は圭一の取り調べの過程で、彼が透巳を尾行していたことだけではなく、その尾行中に友里の存在を知ったということも聞いていた。その為透巳が意図的に、圭一が友里を見つけるように仕向けたのではないかと慧馬は考えていたのだ。
「別にしたかったわけじゃないけど……タイミングとかもあったし……まぁでも端的に言えば、扱いやすそうだったから?」
「「……」」
タイミング。これも透巳が圭一に実行犯として友里を選ぶよう誘導した理由の一つだ。圭一が透巳を尾行し、殺人計画を企てた時期と、透巳が友里の存在を知ったタイミングが被っていた。
だが一番大きな理由は、やはり透巳の計画を進める上で扱いやすそうな人間性だった点である。感情的になりやすく、ずる賢い思考を持っている訳でもない。これは実行犯を求めていた圭一にとっても欲しい人材だったのだ。
「そんなわけで木藤友里に実行犯になってもらうことを決めて。それから廓井圭一の尾行を逆手にとって、アイツが木藤友里に興味を持つように仕向けた。そしたらあっちが事を進めてくれる。あの男は警戒心が強い慎重なタイプだから、木藤友里の手綱を握りたがると思ったんだ。あ、手綱っていうのは発信器みたいな、居場所をいつでも特定できる手段ね」
「半分正解ってそれのことか」
ここで慧馬たちはようやく、先の透巳の発言の意味を理解することが出来た。透巳自身が友里に発信器をつけたわけでは無いが、圭一が念のために仕掛けていたであろう〝手綱〟を利用したことが半分正解の訳だった。
「それで廓井圭一をちゃっちゃと捕まえた後、一回アイツと取調室で話したことがあったでしょ?」
「あぁ」
「その時にその〝手綱〟を俺に譲ってもらったんだよね」
慧馬は何度ため息をついても足りない様な気分である。圭一を逮捕した直後、慧馬は透巳に頼まれて一度だけ彼を取調室に入れてやったことがあった。そのたった一度が、透巳の計画に大きく関わっていたという事実に、慧馬は自暴自棄になってしまいそうだったのだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
本格推理小説「深紅の迷宮:香りと触覚の二重奏」シャーロックホームズ
葉羽
ミステリー
イギリス、ハートフォードシャー州の霧深い郊外に佇む古邸、レスター・マナー。この由緒ある屋敷で、当主アーサー・レスター卿が不可解な死を遂げる。一見、自殺としか思えない状況だが、現場は完全な密室状態。姪であるキャサリン・ブラッドベリは、叔父の異様なまでの薔薇への執着と、死の直前に見せていた怯えた様子を不審に思い、名探偵シャーロック・ホームズに調査を依頼する。
ホームズと盟友ワトスン医師は、レスター・マナーへと赴く。屋敷に足を踏み入れた瞬間から、二人は異様な雰囲気に包まれる。甘美な薔薇の香りに満ちた温室、しかし、その香りはどこか不自然で、不吉な予兆を漂わせる。そして、家具や調度品に触れる度に感じる奇妙な感触。冷たいはずの金属が温かく、硬いはずの木材が柔らかく感じる。まるで、五感が歪められているかのようだ。
調査を進めるうち、ホームズは屋敷の構造に隠された秘密を発見する。設計図には存在しない隠し部屋、地下へと続く秘密通路、そして壁一面が鏡で覆われた奇妙な「鏡の間」。これらの空間は、レスター卿が密かに進めていたある研究と深く関わっていることが明らかになる。それは、人間の嗅覚と触覚を操作し、幻覚を見せるという、禁断の研究だった。
そして、事件は再び起こる。レスター卿の遺体が、再び密室状態の温室で発見されたのだ。まるで、蘇った死者が再び殺されたかのような、不可解な状況。ホームズは、この二重の密室殺人の謎を解き明かすため、鋭い観察眼と類まれなる推理力を駆使する。
薔薇の香りに隠された秘密、触覚の異常、幻覚、そして古代ケルトの儀式。複雑に絡み合った謎を一つ一つ解き unraveling 、ホームズは事件の真相へと迫っていく。しかし、その先に待ち受けていたのは、人間の狂気と、あまりにも悲しい真実だった。
この物語は、五感を操る前代未聞のトリック、緻密なプロット、そして息もつかせぬ展開で、読者を深紅の迷宮へと誘う、本格推理小説の傑作である。
劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
雪に閉ざされた山荘での犯人捜し
原口源太郎
ミステリー
世界的名探偵、保成(ポナロ)氏の名推理第二弾!
前回の『雪に閉ざされた山荘での密室殺人』と同じ設定、同じ登場人物による、その場にいないはずの殺人犯人の謎に保成氏が挑む。(このお話はあくまでもパロディ物ですので、そのつもりで読んでください。二度目も登場早々に殺されてしまった野上盆太氏には申し訳なく思います。しかし二度あることは三度あります。次回もよろしくお願いします)
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる