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第二章 過去との対峙編
79.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか5
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両者共に、綺麗な菫色の瞳に、クリーム色の丸みを帯びた髪型。前髪は斜めにカットされており、肝が据わっている方が左から右にかけて長く、気弱な方が右から左にかけて長い。性格が圧倒的に異なる点と、容姿にも見分けるポイントがあるおかげで、どちらがどちらか分からないということは無かった。
見分けることは出来ても、そもそもこの双子のことを知らなかったユウタロウは、そっとハヤテに耳打ちして尋ねる。
『なぁ。誰コイツら』
『セッコウとササノだ。同じ世代で双子は彼らだけだからな。印象に残っている』
『どっちがどっちだよ』
『最初に話しかけてきた方が兄のセッコウ。気弱そうな方が弟のササノだ』
二人が小声で会話する傍ら、突如現れた双子の方は、先刻から何か言い争っており、ハヤテたちの内輪話など一切耳に入っていない。
「一生のお願いだからぁあああああ……セッコウ兄ぃぃぃぃぃぃ」
「知っているか?弟よ。お前の一生は今のも入れて十七回もあるんだ……まぁ要するに、この戦いで一回死んだところでどうってことねぇ」
膝から崩れ落ち、体勢を保つためにセッコウの腕に縋りついたササノは、咽び泣きながら懇願した。だが、ササノが〝一生のお願い〟と言って懇願してきたのは、一度や二度の話ではないので、セッコウは冷静に突き放した。
「墓穴ほったぁぁぁ」
「お前よくそんな言葉知ってるな」
この世の終わりのような顔で泣き喚くササノを前にしても、眉をピクリとも動かさないセッコウは、どうでもいいことに感心している。
「ってか、あの程度の熊倒せなきゃ、いつまで経っても弱いままだぞ」
「弱くていいよぉぉ……僕はセッコウ兄みたいに強くなれないもん……セッコウ兄にずっと守ってもらうから気にしないでぇぇ……」
「お前今大分クズいこと言ってるぞ」
「だってぇぇ……」
「そんなんで、俺がいなくなったらどうすんだよ」
「ひっ……!……う、う、う……」
これまでの嗚咽とは訳が違う、引き攣った悲鳴を上げたかと思うと、ササノはそれしか発せない操り人形のように〝う〟を連呼した。思わず三人が「う?」と首を傾げると、ササノの口から耳を劈くような爆音が発せられる。
「うわああああああああああああああああああああああん!!セッコウ兄いなくならないでえええええええええええええ!!」
ササノが決壊した様に慟哭した瞬間、こちらに向かってきていた熊のスピードがグンと上がり、ユウタロウたちはギョッと顔面蒼白になった。
「馬鹿っ!熊を刺激するような声出してんじゃねぇ!この馬鹿っ!」
狼狽えながらも、セッコウはササノの頭を軽く叩いた。馬鹿と罵る度に叩いたので、ササノは二度頭に平手を食らう羽目になる。その間、ユウタロウたちは一時撤退する為に、身体強化術を脚にだけかけて高く跳躍し、すぐ傍の大木の枝へと飛び乗っていた。
どっ、どっ、どっ……と、熊が駆ける足音が地響きのように迫り、気を抜けば小さな子供など簡単に倒れてしまいそうだ。熊がすぐ目の前まで迫る直前、セッコウは舌打ちついでにササノを片腕で抱えると、彼らと同じように木の枝へと跳躍した。
セッコウに完全に身を委ねているササノは、唐突な浮遊感に「ひっ……」と掠れた悲鳴を上げる。
「ひっく……うぅぅ、二回も馬鹿って言った……酷い」
「泣いてんじゃねぇよ。男だろう?」
「うぅぅぅ……ありがとうっ……セッコウ兄」
「おうおう。お兄様をもっと讃えろ。ま、お前一人で何とか出来たら、セッコウ兄はもっと嬉しいんだけどな」
「それはむりぃぃぃぃぃぃ」
地上三メートル程の枝の上、ササノの情けない嗚咽が響き渡った。ササノはぎゅっとセッコウにしがみついているのだが、腕に力を入れすぎるあまり、セッコウから「痛い。力入れすぎだ馬鹿」と、本日三度目の馬鹿を賜ってしまう。
「で?どうすんだ?この熊倒すんだろ?」
「おう。そのつもりだ。武器にジル込めて倒そうと思ってんだけど……うぉっ!」
セッコウに尋ねられたユウタロウは計画を伝えようとするが、突如襲い掛かって来た激しい揺れに吃驚した。ハヤテとユウタロウは幹にしがみついて難を逃れるが、真下を覗くと例の熊が大木に爪を立てており、彼らを木から落とそうとしていた。
「やべぇな……このままだとその内、この木ごと落とされるぞ」
「セッコウ兄!!」
「「っ!」」
熊を見下ろしながら、容赦ない揺れに耐えていると、慟哭の様なササノの呼び声が彼らの耳を劈いた。思わずササノの方へ視線を移すが、既に木の上にセッコウの姿は無く、ユウタロウたちは当惑する。
食い入るようなササノの視線を追うと、木から飛び降りたセッコウが、熊に向かって小石をぶつけており、ユウタロウたちはギョッと目を丸くした。
「あの馬鹿何してんだっ」
「セッコウ兄!危ないよっ、早く戻って!!」
ユウタロウ、ササノが彼の身を案じて語気を強める中、ハヤテだけは冷静にセッコウの意図を察していた。
「俺がコイツを引きつけている間に何とかしやがれ!ジルを集める時間がありゃいいんだろっ?」
「っ!……分かった!」
ユウタロウも彼の意図を理解すると、早速剣に込める為のジルを空気中から集め始めた。それに倣うように、ハヤテもジルを集めている。
一方のセッコウは、熊の意識を自らに向けさせたことで、熊の鋭い攻撃を一身に受けていた。熊は素早い動きで腕を振り、その凶暴な爪でセッコウを傷つけようとするが、彼は素早い側転で攻撃を見事に躱している。
「ササノ!てめぇは弓でコイツに応戦しろ!」
「うっ……わ、分かった!」
下手をすればセッコウが死んでしまうかもしれない。そんな最悪な想像をしてしまえば、弱音を吐いている暇など無く、ササノは身を奮い立たせる思いで弓矢を取り出した。
意気込むような返事を聞いたセッコウは、素早い動きで熊を撹乱する傍ら、嬉しさを堪え切れないように破顔した。
ササノは弓を引くと、素早く逃げ惑うセッコウを避けつつ、熊に狙いを定める。万が一にもセッコウに当ててはいけないので、ササノは慎重にその時を待った。
セッコウは熊の攻撃を避ける為、強く地面を踏みしめて跳躍すると、木の枝にガシッと掴まった。その瞬間を好機と捉えると、ササノは迷いなく矢を放った。ビュン!と空気を切り裂くと、放たれたその矢は熊の首辺りに的中し、「ぐおおおおおおおおおおっ!」という咆哮が彼らを襲う。
自らを突如襲った痛みに悶える熊に狙いを定めると、セッコウは枝にぶら下がった状態で身体を前後に揺らした。そのまま徐々に勢いをつけると、セッコウは熊目掛けて鋭い飛び蹴りをかます。
セッコウの右足が背に的中し、勢いそのまま熊が倒れ込むと、ユウタロウたちが枝から飛び降りる。抜刀した剣はジルの炎を纏っており、その剣を熊の心臓目掛けて、二人同時に振り下ろした。
グサグサッ!と、熊の心臓を貫いた刹那、耐え難い痛みに熊は起き上がり、ユウタロウとハヤテは剣を置き去りに吹き飛ばされてしまう。
「「っ……」」
地面に叩きつけられた二人は痛みに顔を顰めるが、熊の生死を確かめたいあまり、すぐに上体を起こして振り返った。すると、熊は力無くうつ伏せに倒れ込み、ユウタロウたちはホッと胸を撫で下ろす。
熊を倒せたことで気が緩んだのか、ユウタロウとハヤテはそのまま倒れるように寝転んでしまう。口からはため息にも似た安堵の声が漏れ、重なった情けない声に、二人はクスクスと微笑した。
だが――。
「っ!セッコウ兄!」
「「っ!?」」
劈くようなササノの呼び声で身体を起こすと、ユウタロウたちは視界に映る光景に目を疑った。倒れたはずの熊が、のそりと立ち上がってセッコウを見下ろしていたのだ。
気づいた瞬間、ユウタロウは駆け出そうとするが、もう戦えるジルが残っていないことを思い出し、口惜しげに歯噛みする。
(不味いっ……術に使うジルがもうねぇ。今から集めても間に合わないっ……このままだとアイツが……)
何とかこの状況を打開する案は無いものかと三人が頭を捻る中、狙われているセッコウは一切怯むことなく、鋭い眼光で熊を見上げていた。
そして、意を決したように。いや、観念したようにため息をつくと、セッコウは揺らがぬ瞳で行動に移った。
セッコウは駆け出すと同時に高く跳躍すると、最高到達点から横に回転し、三回転目で熊の頭目掛けて強烈な回し蹴りをお見舞いしたのだ。
「「っ!?」」
ズガン――!!
熊の皮膚が破れ、セッコウの左かかとが頭蓋を砕いた轟音である。だがそれは、たかだか子供の回し蹴りで発せられる音では到底無く、ユウタロウたちはポカンと呆けてしまった。
目で追えない程の素早い動きに、熊の頭蓋を砕く程の力。それは、身体強化術を施したユウタロウと同等以上の実力で、彼らは夢を見ているような感覚に陥った。セッコウに空気中のジルを集める暇は無かったはず……つまり、あれだけの身体能力を発揮するのは、本来であれば不可能なのだ。
茫然自失としている間に、熊は呆気なく倒れており、既に死んでいるのは誰の目にも明らかであった。一方、あり得ない力を見せつけたセッコウは涼しい相好で佇んでおり、そんな彼をササノは真っ青な表情で見つめていた。
「せ……セッコウ兄っ!駄目じゃないかっ、僕が弓矢で熊を仕留めるのを待ってよ!どうするのっ?あの人たちに見られちゃったじゃないかっ、どう説明するつもり……」
「大丈夫。人生ってのは、意外と何とかなるもんだ」
「もっと危機感を持ってぇぇぇ……」
木の枝から飛び降り、焦った様子で詰め寄るササノだが、あまりにも危機感の薄い兄を前に項垂れてしまった。
膝から崩れ落ちたササノを尻目に、ユウタロウたちはセッコウの元に駆け寄ると、困惑顔で問い詰める。
「なぁ……お前どこにそんな力隠してたんだよ。ジルを集める暇なんて無かったはずだろ?」
「ええっと……あ、あのあの、これはですね……」
「俺、亜人なんだ」
「「…………?……っ!?」」
必死に誤魔化そうとしたササノの努力虚しく、セッコウはあっさりとその真実を白状した。刹那、数秒時が止まったような沈黙が走る。
ユウタロウとハヤテは、発言の意味を瞬時に理解できず、頻りに目をパチクリとさせ。ササノの方は、第三者に真実を知られてしまったことに絶望し「この世の終わり」とでも言わんばかりの表情で半べそをかいている。
数秒後、漸く意味を理解した二人は衝撃に目を丸くし、ササノは隠す気すらないセッコウに批難を向けた。
「ちょ……!何で言っちゃうのっ!バレたらどうなると思って……あああああああもうお終いだぁぁぁ……セッコウ兄が、セッコウ兄が殺されちゃうううううううう……」
「落ち着くんだササノ。そもそも俺たちはまだ意味がよく分かっていないし、ここで聞いた話を口外するつもりもない。安心してくれ」
両膝をついたまま嘆くササノを落ち着かせる為、ハヤテは屈んで彼の背を摩ると、優しい声音で語り掛けた。ササノはビクッと身体を震わせると、何故か怯えた様な表情でハヤテを見上げる。
「うっ……い、いい人……忌み色持ちだから悪い人だって決めつけてごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「……」
ササノはこれ以上無いほどの土下座をすると、嗚咽交じりに陳謝した。突然いらぬ告白と謝罪をされてしまったハヤテは、どう反応するべきか判断しかねて固まってしまう。
「てめぇそんなこと思ってやがったのか」
「ササノがうだうだと駄々こねてたのは、熊と戦う恐怖が大半だっただろうが、忌み色持ちのお前が性悪だっていう陰口を真に受けてビビってたのも理由の一つなんだよ。なんかすまんな」
ササノを軽蔑の眼差しで見下ろすユウタロウに対し、セッコウは解説ついでに謝罪した。
当初ササノがあそこまで食い下がっていたのは、悪い噂の多いハヤテと関わり合いたくなかったのも原因だったらしい。
ササノに対する軽蔑よりも、ササノにそう思わせるような虚言を吐いた人物への不信感で、ユウタロウは怪訝そうに首を傾げる。
「にしても、ハヤテが性悪だって??それ言った奴目ん玉ツイてねぇんじゃねぇか?ハヤテから一番遠い言葉だろ。……てか、それ言った奴誰だ?今から殺しに行くから」
「ひぃっ!」
ユウタロウの目が本気だったので、ササノはその濃い殺気に中てられて竦み上がった。そんなササノを横目で捉えると、セッコウは死んだ魚の様な目で口を開く。
「……あと、問題児のてめぇにもビビってた」
「あ、それはあながち間違ってねぇわ」
ササノが正常な感覚を持ち合わせていることを悟ると、ユウタロウは何食わぬ顔で呟いた。
見分けることは出来ても、そもそもこの双子のことを知らなかったユウタロウは、そっとハヤテに耳打ちして尋ねる。
『なぁ。誰コイツら』
『セッコウとササノだ。同じ世代で双子は彼らだけだからな。印象に残っている』
『どっちがどっちだよ』
『最初に話しかけてきた方が兄のセッコウ。気弱そうな方が弟のササノだ』
二人が小声で会話する傍ら、突如現れた双子の方は、先刻から何か言い争っており、ハヤテたちの内輪話など一切耳に入っていない。
「一生のお願いだからぁあああああ……セッコウ兄ぃぃぃぃぃぃ」
「知っているか?弟よ。お前の一生は今のも入れて十七回もあるんだ……まぁ要するに、この戦いで一回死んだところでどうってことねぇ」
膝から崩れ落ち、体勢を保つためにセッコウの腕に縋りついたササノは、咽び泣きながら懇願した。だが、ササノが〝一生のお願い〟と言って懇願してきたのは、一度や二度の話ではないので、セッコウは冷静に突き放した。
「墓穴ほったぁぁぁ」
「お前よくそんな言葉知ってるな」
この世の終わりのような顔で泣き喚くササノを前にしても、眉をピクリとも動かさないセッコウは、どうでもいいことに感心している。
「ってか、あの程度の熊倒せなきゃ、いつまで経っても弱いままだぞ」
「弱くていいよぉぉ……僕はセッコウ兄みたいに強くなれないもん……セッコウ兄にずっと守ってもらうから気にしないでぇぇ……」
「お前今大分クズいこと言ってるぞ」
「だってぇぇ……」
「そんなんで、俺がいなくなったらどうすんだよ」
「ひっ……!……う、う、う……」
これまでの嗚咽とは訳が違う、引き攣った悲鳴を上げたかと思うと、ササノはそれしか発せない操り人形のように〝う〟を連呼した。思わず三人が「う?」と首を傾げると、ササノの口から耳を劈くような爆音が発せられる。
「うわああああああああああああああああああああああん!!セッコウ兄いなくならないでえええええええええええええ!!」
ササノが決壊した様に慟哭した瞬間、こちらに向かってきていた熊のスピードがグンと上がり、ユウタロウたちはギョッと顔面蒼白になった。
「馬鹿っ!熊を刺激するような声出してんじゃねぇ!この馬鹿っ!」
狼狽えながらも、セッコウはササノの頭を軽く叩いた。馬鹿と罵る度に叩いたので、ササノは二度頭に平手を食らう羽目になる。その間、ユウタロウたちは一時撤退する為に、身体強化術を脚にだけかけて高く跳躍し、すぐ傍の大木の枝へと飛び乗っていた。
どっ、どっ、どっ……と、熊が駆ける足音が地響きのように迫り、気を抜けば小さな子供など簡単に倒れてしまいそうだ。熊がすぐ目の前まで迫る直前、セッコウは舌打ちついでにササノを片腕で抱えると、彼らと同じように木の枝へと跳躍した。
セッコウに完全に身を委ねているササノは、唐突な浮遊感に「ひっ……」と掠れた悲鳴を上げる。
「ひっく……うぅぅ、二回も馬鹿って言った……酷い」
「泣いてんじゃねぇよ。男だろう?」
「うぅぅぅ……ありがとうっ……セッコウ兄」
「おうおう。お兄様をもっと讃えろ。ま、お前一人で何とか出来たら、セッコウ兄はもっと嬉しいんだけどな」
「それはむりぃぃぃぃぃぃ」
地上三メートル程の枝の上、ササノの情けない嗚咽が響き渡った。ササノはぎゅっとセッコウにしがみついているのだが、腕に力を入れすぎるあまり、セッコウから「痛い。力入れすぎだ馬鹿」と、本日三度目の馬鹿を賜ってしまう。
「で?どうすんだ?この熊倒すんだろ?」
「おう。そのつもりだ。武器にジル込めて倒そうと思ってんだけど……うぉっ!」
セッコウに尋ねられたユウタロウは計画を伝えようとするが、突如襲い掛かって来た激しい揺れに吃驚した。ハヤテとユウタロウは幹にしがみついて難を逃れるが、真下を覗くと例の熊が大木に爪を立てており、彼らを木から落とそうとしていた。
「やべぇな……このままだとその内、この木ごと落とされるぞ」
「セッコウ兄!!」
「「っ!」」
熊を見下ろしながら、容赦ない揺れに耐えていると、慟哭の様なササノの呼び声が彼らの耳を劈いた。思わずササノの方へ視線を移すが、既に木の上にセッコウの姿は無く、ユウタロウたちは当惑する。
食い入るようなササノの視線を追うと、木から飛び降りたセッコウが、熊に向かって小石をぶつけており、ユウタロウたちはギョッと目を丸くした。
「あの馬鹿何してんだっ」
「セッコウ兄!危ないよっ、早く戻って!!」
ユウタロウ、ササノが彼の身を案じて語気を強める中、ハヤテだけは冷静にセッコウの意図を察していた。
「俺がコイツを引きつけている間に何とかしやがれ!ジルを集める時間がありゃいいんだろっ?」
「っ!……分かった!」
ユウタロウも彼の意図を理解すると、早速剣に込める為のジルを空気中から集め始めた。それに倣うように、ハヤテもジルを集めている。
一方のセッコウは、熊の意識を自らに向けさせたことで、熊の鋭い攻撃を一身に受けていた。熊は素早い動きで腕を振り、その凶暴な爪でセッコウを傷つけようとするが、彼は素早い側転で攻撃を見事に躱している。
「ササノ!てめぇは弓でコイツに応戦しろ!」
「うっ……わ、分かった!」
下手をすればセッコウが死んでしまうかもしれない。そんな最悪な想像をしてしまえば、弱音を吐いている暇など無く、ササノは身を奮い立たせる思いで弓矢を取り出した。
意気込むような返事を聞いたセッコウは、素早い動きで熊を撹乱する傍ら、嬉しさを堪え切れないように破顔した。
ササノは弓を引くと、素早く逃げ惑うセッコウを避けつつ、熊に狙いを定める。万が一にもセッコウに当ててはいけないので、ササノは慎重にその時を待った。
セッコウは熊の攻撃を避ける為、強く地面を踏みしめて跳躍すると、木の枝にガシッと掴まった。その瞬間を好機と捉えると、ササノは迷いなく矢を放った。ビュン!と空気を切り裂くと、放たれたその矢は熊の首辺りに的中し、「ぐおおおおおおおおおおっ!」という咆哮が彼らを襲う。
自らを突如襲った痛みに悶える熊に狙いを定めると、セッコウは枝にぶら下がった状態で身体を前後に揺らした。そのまま徐々に勢いをつけると、セッコウは熊目掛けて鋭い飛び蹴りをかます。
セッコウの右足が背に的中し、勢いそのまま熊が倒れ込むと、ユウタロウたちが枝から飛び降りる。抜刀した剣はジルの炎を纏っており、その剣を熊の心臓目掛けて、二人同時に振り下ろした。
グサグサッ!と、熊の心臓を貫いた刹那、耐え難い痛みに熊は起き上がり、ユウタロウとハヤテは剣を置き去りに吹き飛ばされてしまう。
「「っ……」」
地面に叩きつけられた二人は痛みに顔を顰めるが、熊の生死を確かめたいあまり、すぐに上体を起こして振り返った。すると、熊は力無くうつ伏せに倒れ込み、ユウタロウたちはホッと胸を撫で下ろす。
熊を倒せたことで気が緩んだのか、ユウタロウとハヤテはそのまま倒れるように寝転んでしまう。口からはため息にも似た安堵の声が漏れ、重なった情けない声に、二人はクスクスと微笑した。
だが――。
「っ!セッコウ兄!」
「「っ!?」」
劈くようなササノの呼び声で身体を起こすと、ユウタロウたちは視界に映る光景に目を疑った。倒れたはずの熊が、のそりと立ち上がってセッコウを見下ろしていたのだ。
気づいた瞬間、ユウタロウは駆け出そうとするが、もう戦えるジルが残っていないことを思い出し、口惜しげに歯噛みする。
(不味いっ……術に使うジルがもうねぇ。今から集めても間に合わないっ……このままだとアイツが……)
何とかこの状況を打開する案は無いものかと三人が頭を捻る中、狙われているセッコウは一切怯むことなく、鋭い眼光で熊を見上げていた。
そして、意を決したように。いや、観念したようにため息をつくと、セッコウは揺らがぬ瞳で行動に移った。
セッコウは駆け出すと同時に高く跳躍すると、最高到達点から横に回転し、三回転目で熊の頭目掛けて強烈な回し蹴りをお見舞いしたのだ。
「「っ!?」」
ズガン――!!
熊の皮膚が破れ、セッコウの左かかとが頭蓋を砕いた轟音である。だがそれは、たかだか子供の回し蹴りで発せられる音では到底無く、ユウタロウたちはポカンと呆けてしまった。
目で追えない程の素早い動きに、熊の頭蓋を砕く程の力。それは、身体強化術を施したユウタロウと同等以上の実力で、彼らは夢を見ているような感覚に陥った。セッコウに空気中のジルを集める暇は無かったはず……つまり、あれだけの身体能力を発揮するのは、本来であれば不可能なのだ。
茫然自失としている間に、熊は呆気なく倒れており、既に死んでいるのは誰の目にも明らかであった。一方、あり得ない力を見せつけたセッコウは涼しい相好で佇んでおり、そんな彼をササノは真っ青な表情で見つめていた。
「せ……セッコウ兄っ!駄目じゃないかっ、僕が弓矢で熊を仕留めるのを待ってよ!どうするのっ?あの人たちに見られちゃったじゃないかっ、どう説明するつもり……」
「大丈夫。人生ってのは、意外と何とかなるもんだ」
「もっと危機感を持ってぇぇぇ……」
木の枝から飛び降り、焦った様子で詰め寄るササノだが、あまりにも危機感の薄い兄を前に項垂れてしまった。
膝から崩れ落ちたササノを尻目に、ユウタロウたちはセッコウの元に駆け寄ると、困惑顔で問い詰める。
「なぁ……お前どこにそんな力隠してたんだよ。ジルを集める暇なんて無かったはずだろ?」
「ええっと……あ、あのあの、これはですね……」
「俺、亜人なんだ」
「「…………?……っ!?」」
必死に誤魔化そうとしたササノの努力虚しく、セッコウはあっさりとその真実を白状した。刹那、数秒時が止まったような沈黙が走る。
ユウタロウとハヤテは、発言の意味を瞬時に理解できず、頻りに目をパチクリとさせ。ササノの方は、第三者に真実を知られてしまったことに絶望し「この世の終わり」とでも言わんばかりの表情で半べそをかいている。
数秒後、漸く意味を理解した二人は衝撃に目を丸くし、ササノは隠す気すらないセッコウに批難を向けた。
「ちょ……!何で言っちゃうのっ!バレたらどうなると思って……あああああああもうお終いだぁぁぁ……セッコウ兄が、セッコウ兄が殺されちゃうううううううう……」
「落ち着くんだササノ。そもそも俺たちはまだ意味がよく分かっていないし、ここで聞いた話を口外するつもりもない。安心してくれ」
両膝をついたまま嘆くササノを落ち着かせる為、ハヤテは屈んで彼の背を摩ると、優しい声音で語り掛けた。ササノはビクッと身体を震わせると、何故か怯えた様な表情でハヤテを見上げる。
「うっ……い、いい人……忌み色持ちだから悪い人だって決めつけてごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「……」
ササノはこれ以上無いほどの土下座をすると、嗚咽交じりに陳謝した。突然いらぬ告白と謝罪をされてしまったハヤテは、どう反応するべきか判断しかねて固まってしまう。
「てめぇそんなこと思ってやがったのか」
「ササノがうだうだと駄々こねてたのは、熊と戦う恐怖が大半だっただろうが、忌み色持ちのお前が性悪だっていう陰口を真に受けてビビってたのも理由の一つなんだよ。なんかすまんな」
ササノを軽蔑の眼差しで見下ろすユウタロウに対し、セッコウは解説ついでに謝罪した。
当初ササノがあそこまで食い下がっていたのは、悪い噂の多いハヤテと関わり合いたくなかったのも原因だったらしい。
ササノに対する軽蔑よりも、ササノにそう思わせるような虚言を吐いた人物への不信感で、ユウタロウは怪訝そうに首を傾げる。
「にしても、ハヤテが性悪だって??それ言った奴目ん玉ツイてねぇんじゃねぇか?ハヤテから一番遠い言葉だろ。……てか、それ言った奴誰だ?今から殺しに行くから」
「ひぃっ!」
ユウタロウの目が本気だったので、ササノはその濃い殺気に中てられて竦み上がった。そんなササノを横目で捉えると、セッコウは死んだ魚の様な目で口を開く。
「……あと、問題児のてめぇにもビビってた」
「あ、それはあながち間違ってねぇわ」
ササノが正常な感覚を持ち合わせていることを悟ると、ユウタロウは何食わぬ顔で呟いた。
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赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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「カクヨム」にも投稿してます。
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