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第二章 過去との対峙編
57.当主の思惑
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「……そうか。何も知らないのならそれでよい。時間を取らせてすまなかったな。戻っていいぞ」
「……失礼いたします」
今にもかき消えそうな声で告げると、ハヤテは徐に立ち上がった。そのまま静かに歩を進め、ハヤテは客間から退出した。
襖を閉め切った直後、その場に呆然と立ち尽くすハヤテだったが、一歩ずつ、一歩ずつ足を踏み出していく内に、段々とその速度が速まっていく。
その足音が、重鎮たちに聞こえない距離まで辿り着いた時にはもう、ハヤテは全力疾走で走っていた。一刻も早く、仲間の元へ向かう為に――。
********
勇者一族の屋敷から少し離れた、街の裏道で、戻って来るであろうハヤテを待ち構えていたのは、ライトとスザクの二人。実はつい先刻まで、ハヤテと彼ら二人は通信機器を繋いでおり、あの一部始終をバッチリと聞いていたのだ。
因みにこの通信機器は、レディバグのルークが作った物を、アデル経由で提供してもらったもので、ユウタロウも所持している。
「っ……」
ぐしゃっと顔を歪めたライトは、同じように通信機器をカタカタと握り締める。通信機器が壊れてはいけないので、それ程力を込めているわけでは無いが、苛立ちを抑えることができなかったライトは、傍らの壁に向かって思いきり拳を撃ちつけた。
ダンっ!と激しい音が鳴り、ビクッと肩は震わせたスザクは、不安げな眼差しでライトを見上げる。
「ライトさん……」
「あの野郎……いけしゃあしゃあと……」
不安げに揺れるスザクの瞳に映るライトは、いつもののらりくらりとした彼では無かった。感情の読めない細めた眼差しではなく、その眼光は正憤と屈辱によって鋭く研ぎ澄まされている。
ライトの乱心ぶりにスザクが当惑していると、ザッザッと誰かが駆けている足音が彼らの耳に届き、ライトたちはハッと振り向く。刹那、屋敷から戻ってきたハヤテの姿が二人の視界に飛び込むと、彼らは居ても立っても居られなくなったように駆け寄った。
ハヤテは苦しげに息を切らしていたが、それでも覚束ない足取りでライトたちの元へ歩を進めている。最中、足が縺れてしまったハヤテは前に倒れかけるが、ライトが懐に飛び込んで彼の身体を支えてやった。
「っ……」
「ハヤテっ……大丈夫か?」
「……ライト」
「ん?」
「……俺は、上手くやれただろうか?」
「っ」
今まで聞いたことも無いような、その弱々しい声から発せられた問いかけに、ライトは息を呑んだ。もっと、ツキマに対する恨み言や、重鎮たちに対する愚痴を零していいというのに、自らの不調法を危惧するハヤテを前に、ライトは胸を締め付けられる思いだった。
「生きていたんだなと、言われた時……頭が真っ白になった。……分かってはいたことだったが、遂にバレてしまったんだと……。当主にとって、死んでいなければならなかったロクヤが生きていたんだなと、責め立てられているようで……」
「あぁ」
「……あの男が、ロクヤを殺そうとして……セッコウを殺したというのに……。っ……何食わぬ顔でっ、俺にロクヤのことを尋ねてくるんだっ……ロクヤのことを、大して知りもしないというのにっ、ロクヤを貶して…………俺たちを、嘲笑っているようにしか見えなかったっ」
「……あぁ」
こんな風に、ハヤテが弱音を吐露するところなど、未だかつて彼らは見たことが無い。ライトの衣服をぎゅっと掴む手はカタカタと震え、頭をライトの懐に埋めているせいでその表情を窺うことができない。
それでも、その行き場の無い怒りの込められた声だけで、ハヤテの表情を想像するには十分すぎた。
ハヤテの性格を十分に理解しているライトには分かっていた。自らが返すべきは、共感ではないということを。ハヤテがこんな風に怒りを露わにし、取り乱すことは珍しい。故に彼自身は、動揺のせいで大きな失敗を犯してしまったのではないかと酷く心配しており、その不安を解消させてやる方が先決なのだ。
ライトは片腕全体でハヤテの頭を抱き込むと、彼の頭上から声をかけてやる。
「お前は本当によくやったさ……俺だったら我慢ならなくて、当主も重鎮共も全員殴り飛ばしてただろうな」
「……」
自嘲じみた笑みを浮かべたライトを、ジッと見上げるハヤテは、どこか呆けた表情で、思わずライトは首を傾げてしまう。
「それは……俺が行ってよかったな」
「あぁ。……ハヤテは本当にすごいよ。いつもいつもあのクソ連中の相手をして、お頭やロクヤのこと守ってるんだから……。みんなお前に感謝してるんだぜ?なぁ?坊ちゃん」
「はい!もちろんです!」
「……そうか……ありがとう」
スザクがはっきりと断言すると、ハヤテは緊張の解けた柔らかい笑みを浮かべて言った。ハヤテが落ち着きを取り戻してきたことを悟り、二人はホッと安堵の息をつく。
そんな中、ユウタロウから連絡を受けたスザクは、ハヤテを安心させる為にその連絡事項を伝える。
「……ロクヤさん、レディバグの方々に保護してもらうことになったそうですよ」
「っ!そうか……それなら一安心だな……。彼らが時間稼ぎをしてくれている間に、何とか打開策を講じないとな……。
二人とも。恐らくこれから、重鎮の方々が色々と探りを入れてくるかもしれないが、上手く躱してくれ。ロクヤの件を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通せばいい」
「はい。分かりました」
「……」
「ライトは……相手を殺さなければそれでいい。生きてさえいればユウタロウが何とかしてくれるだろう」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたライトを一瞥すると、ハヤテはその意を汲んで妥協案を提示してやった。ライトは仲間の中で最もキレやすく、普段何を考えているか分かりにくい特徴も相まって、爆発した時の衝撃が強い。故に、重鎮たちに煽られて手を出す可能性が非常に高いのだ。
大分難易度の低いお達しに、ライトは思わず「あはっ……それなら大分、心持ちが楽だな」と苦笑いを零すのだった。
********
一方、ハヤテが退出した後の屋敷では、重鎮たちの間で様々な憶測が飛び交っていた。
「どう思う?ハヤテはロクヤの生存を隠していた裏切り者か、否か」
「さぁな。あの様子だけで判断するのなら、本当に何も知らないように見えたが」
「だがまぁ、あの恥さらしが関与しているのは間違いないだろう。あれはこれまでも問題行動、問題発言の目立つ男だったからな。あの能無しを庇う可能性は高い」
「それにしても、まさか本当にあの能無しが生きていたとはな……。まったく、あんな弱者が勇者一族の一員など、考えただけで悍ましいわ。一刻も早く抹殺し、弱者の血は途絶えさせなければ」
「それにしてもハヤテの奴、あんな能無し如きのことで憤慨し、剰え当主様に無礼を働くとは……本当に信用して良いのか?」
「あれはそもそも忌み色の混じった出来損ないだ。それを寛大なご当主様が容認してくれたからこそ、あれはこの一族で生きていられるのだろう。その恩を仇で返すような真似はすまい」
各々がしたり顔で、自分勝手且つ自分にとって都合がいい憶測を並べたてるだけで、満足そうな表情を浮かべていた。耳が汚れる言葉に満ちた、汚染された空気の中、重鎮たちを酷く冷めた目で観察するツキマは、心の中でため息を零していた。
(はぁ……愚かだなぁ、阿呆だなぁ……。こんな老いぼれジジイ共さえも、偉大なる初代勇者様たちの血を引いているとは……。うっかり殺したくなるから世迷言を吐かないでほしんだが。
これではこの阿呆共より、ハヤテの方が何億倍もマシじゃないか。……あれは忌み色さえ無ければ、文句のつけようのない子供なんだがなぁ、はぁ…………ハヤテはこの一族の人間の中で、あの恥さらしの次に強い人間で、礼儀も弁えている。加えて、仲間思いの優しい子だ……本当に、あの醜い髪さえ無ければ……。あの忌み色を目にしただけで吐き気がするから、顔をあまり見られないんだよなぁ)
忌み色とは、一族の中で使われている造語で、黒髪や赤目を意味している。ハヤテは全体的に白髪の持ち主ではあるのだが、所々黒髪が混じっている為、忌み色と揶揄されているのだ。
(まぁ、見なければいい話だ。集中してハヤテの瞳だけ見ておけば、それはそれは健気な姿だったからな、あれは。……何も知らない人間の返答としては九十点と言ったところだが、もし本当にロクヤが死んでいると思っていたのなら、あれが今まで本腰を入れて、その死の原因を探ってこなかったことが不可解だ。まぁ要するに、ハヤテがどう答えようと結論は決まっていたのだが。それを知らずに必死になって繕う奴は滑稽で、それはそれは可愛かったな)
ツキマは最初から分かっていた。ハヤテがロクヤの死の偽装に関わっていたことなど。今回彼がハヤテを呼び出したのは、他の協力者を炙り出すためだった。ツキマが関与を確信しているのはユウタロウとハヤテ……そして、ユウタロウに傾倒しているクレハの三人だけ。
故に、ツキマはハヤテを揺さぶることで、ライトたちがその偽装に関与していたのか探ろうとしたのだ。
だがハヤテの口ぶりはまるで、ライトたちを揺さぶるなと言っているようなものだったので、ツキマの中で彼らが関与している可能性は濃厚になっていた。
ふと、未だにロクヤやユウタロウを貶しながら、好き勝手に論じ、時折自身のご機嫌を窺ってくる重鎮たちを一瞥すると、ツキマはふっと瞳から光を失くす。
(……このジジイ共は本当に愚かだな。こんな目元の皺を偽装しただけでまんまと騙されているのだから。……それに比べて、ハヤテたちは俺が亜人であることに気づいているだろうな。ロクヤを匿っているのなら、ロクヤが見た物についても聞いているだろうし)
ツキマは現在五十代だが、亜人は長くて千年生きる種族。五十代など、亜人の中ではかなり若者の部類で、人間にとっての十代のようなもの。当然、外見も若々しく、本来であれば怪しまれるはずなのだが、ツキマは術で多少容姿を弄っているので、重鎮たちはその事実に気づけていないのだ。
(やはりまずロクヤだ。あれは弱すぎる。殺すのは簡単だが、見つけるまでに多少苦労するだろう。今までは奴らにまんまと騙され、放っておくことになってしまったからな。早急に見つけなければ。
問題はあの恥さらしだ……亜人の事実を知っている者は全て殺さなければならないからな……まぁそれは、ハヤテも同様ではあるが。
あれは唯一、俺より強い人間だ。それこそ、唯一の欠点を除けば愛しい家族となれたというのに……。あんなにも天賦の才に恵まれているというのに、アイツには勇者の自覚も、忌まわしい悪魔を討伐する意思も無い。話していると虫唾が走る……殺せるものならとっくの昔に殺しているんだが、あれに隙が出来た試しなど無いからな……。まぁ、ロクヤを殺すことができれば勝機はあるか……。ロクヤの死で奴が取り乱し、俺を殺しにでも来れば、一族総出で返り討ちにする口実が出来るからな)
煩わしい喧騒の中、考えをまとめると、ツキマは再び顔を上げた。相も変わらず口々に捲し立てている重鎮たちを静めるように、ツキマは凛とした声音で第一声を上げる。
「――ハヤテは仲間思いで、とても優しい子だな」
「「っ」」
決して大きくはないものの、確実に一人一人の鼓膜にこびりつくような声を前に、喧騒は一瞬にして消え失せた。そして全員が固唾をのみ、次の一手に備えている。
特に、先刻までハヤテを揶揄していた重鎮数名は、ツキマに苦言を呈されるのではないかと、内心ヒヤヒヤと生きた心地がしていない。
「……ロクヤの件で、ライトたちが動揺するのを心配しているようだった。ハヤテはこの話を持ち出すなと言っていたが、ユウタロウを含めた数名は、あんなにも優しいハヤテに嘘をつき、欺こうとしている。それを看過することはできない。……ロクヤの死の偽装に関わっている可能性がある者には、引き続き探りを入れてくれ。
あぁ、それと。確かユウタロウが、レディバグの連中と接触していたようだな」
「はい。通り魔事件の際、奴らは頻繁に街に繰り出していました。その際、レディバグの構成員の顔を覚えていた者が、恥さらしとレディバグの構成員が接触している場面を目撃したので、間違いないかと」
ツキマの問いに対し、重鎮の一人がその詳細を答えた。
「であれば、あの恥さらしはレディバグの力を借りる可能性もあるということか……よし。レディバグの構成員と見られる者を発見した場合は、即拘束し、ロクヤの居所を吐かせるよう、一族全体に通達しろ。もちろん、裏切り者の可能性がある者たちは除くように。……情報を持っていようがいまいが、用済みとなれば殺せ。レディバグは、穢れた愛し子の指揮する組織……元より排除するつもりだったからな。
そのつもりで皆、責務を果たすように。以上だ」
「「はっ」」
ツキマが指示を出すと、全員が声を揃えながら首を垂れた。そんな彼らに一瞥もくれることなく、ツキマは静かにその場を後にするのだった。
「……失礼いたします」
今にもかき消えそうな声で告げると、ハヤテは徐に立ち上がった。そのまま静かに歩を進め、ハヤテは客間から退出した。
襖を閉め切った直後、その場に呆然と立ち尽くすハヤテだったが、一歩ずつ、一歩ずつ足を踏み出していく内に、段々とその速度が速まっていく。
その足音が、重鎮たちに聞こえない距離まで辿り着いた時にはもう、ハヤテは全力疾走で走っていた。一刻も早く、仲間の元へ向かう為に――。
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勇者一族の屋敷から少し離れた、街の裏道で、戻って来るであろうハヤテを待ち構えていたのは、ライトとスザクの二人。実はつい先刻まで、ハヤテと彼ら二人は通信機器を繋いでおり、あの一部始終をバッチリと聞いていたのだ。
因みにこの通信機器は、レディバグのルークが作った物を、アデル経由で提供してもらったもので、ユウタロウも所持している。
「っ……」
ぐしゃっと顔を歪めたライトは、同じように通信機器をカタカタと握り締める。通信機器が壊れてはいけないので、それ程力を込めているわけでは無いが、苛立ちを抑えることができなかったライトは、傍らの壁に向かって思いきり拳を撃ちつけた。
ダンっ!と激しい音が鳴り、ビクッと肩は震わせたスザクは、不安げな眼差しでライトを見上げる。
「ライトさん……」
「あの野郎……いけしゃあしゃあと……」
不安げに揺れるスザクの瞳に映るライトは、いつもののらりくらりとした彼では無かった。感情の読めない細めた眼差しではなく、その眼光は正憤と屈辱によって鋭く研ぎ澄まされている。
ライトの乱心ぶりにスザクが当惑していると、ザッザッと誰かが駆けている足音が彼らの耳に届き、ライトたちはハッと振り向く。刹那、屋敷から戻ってきたハヤテの姿が二人の視界に飛び込むと、彼らは居ても立っても居られなくなったように駆け寄った。
ハヤテは苦しげに息を切らしていたが、それでも覚束ない足取りでライトたちの元へ歩を進めている。最中、足が縺れてしまったハヤテは前に倒れかけるが、ライトが懐に飛び込んで彼の身体を支えてやった。
「っ……」
「ハヤテっ……大丈夫か?」
「……ライト」
「ん?」
「……俺は、上手くやれただろうか?」
「っ」
今まで聞いたことも無いような、その弱々しい声から発せられた問いかけに、ライトは息を呑んだ。もっと、ツキマに対する恨み言や、重鎮たちに対する愚痴を零していいというのに、自らの不調法を危惧するハヤテを前に、ライトは胸を締め付けられる思いだった。
「生きていたんだなと、言われた時……頭が真っ白になった。……分かってはいたことだったが、遂にバレてしまったんだと……。当主にとって、死んでいなければならなかったロクヤが生きていたんだなと、責め立てられているようで……」
「あぁ」
「……あの男が、ロクヤを殺そうとして……セッコウを殺したというのに……。っ……何食わぬ顔でっ、俺にロクヤのことを尋ねてくるんだっ……ロクヤのことを、大して知りもしないというのにっ、ロクヤを貶して…………俺たちを、嘲笑っているようにしか見えなかったっ」
「……あぁ」
こんな風に、ハヤテが弱音を吐露するところなど、未だかつて彼らは見たことが無い。ライトの衣服をぎゅっと掴む手はカタカタと震え、頭をライトの懐に埋めているせいでその表情を窺うことができない。
それでも、その行き場の無い怒りの込められた声だけで、ハヤテの表情を想像するには十分すぎた。
ハヤテの性格を十分に理解しているライトには分かっていた。自らが返すべきは、共感ではないということを。ハヤテがこんな風に怒りを露わにし、取り乱すことは珍しい。故に彼自身は、動揺のせいで大きな失敗を犯してしまったのではないかと酷く心配しており、その不安を解消させてやる方が先決なのだ。
ライトは片腕全体でハヤテの頭を抱き込むと、彼の頭上から声をかけてやる。
「お前は本当によくやったさ……俺だったら我慢ならなくて、当主も重鎮共も全員殴り飛ばしてただろうな」
「……」
自嘲じみた笑みを浮かべたライトを、ジッと見上げるハヤテは、どこか呆けた表情で、思わずライトは首を傾げてしまう。
「それは……俺が行ってよかったな」
「あぁ。……ハヤテは本当にすごいよ。いつもいつもあのクソ連中の相手をして、お頭やロクヤのこと守ってるんだから……。みんなお前に感謝してるんだぜ?なぁ?坊ちゃん」
「はい!もちろんです!」
「……そうか……ありがとう」
スザクがはっきりと断言すると、ハヤテは緊張の解けた柔らかい笑みを浮かべて言った。ハヤテが落ち着きを取り戻してきたことを悟り、二人はホッと安堵の息をつく。
そんな中、ユウタロウから連絡を受けたスザクは、ハヤテを安心させる為にその連絡事項を伝える。
「……ロクヤさん、レディバグの方々に保護してもらうことになったそうですよ」
「っ!そうか……それなら一安心だな……。彼らが時間稼ぎをしてくれている間に、何とか打開策を講じないとな……。
二人とも。恐らくこれから、重鎮の方々が色々と探りを入れてくるかもしれないが、上手く躱してくれ。ロクヤの件を聞かれても、知らぬ存ぜぬで通せばいい」
「はい。分かりました」
「……」
「ライトは……相手を殺さなければそれでいい。生きてさえいればユウタロウが何とかしてくれるだろう」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたライトを一瞥すると、ハヤテはその意を汲んで妥協案を提示してやった。ライトは仲間の中で最もキレやすく、普段何を考えているか分かりにくい特徴も相まって、爆発した時の衝撃が強い。故に、重鎮たちに煽られて手を出す可能性が非常に高いのだ。
大分難易度の低いお達しに、ライトは思わず「あはっ……それなら大分、心持ちが楽だな」と苦笑いを零すのだった。
********
一方、ハヤテが退出した後の屋敷では、重鎮たちの間で様々な憶測が飛び交っていた。
「どう思う?ハヤテはロクヤの生存を隠していた裏切り者か、否か」
「さぁな。あの様子だけで判断するのなら、本当に何も知らないように見えたが」
「だがまぁ、あの恥さらしが関与しているのは間違いないだろう。あれはこれまでも問題行動、問題発言の目立つ男だったからな。あの能無しを庇う可能性は高い」
「それにしても、まさか本当にあの能無しが生きていたとはな……。まったく、あんな弱者が勇者一族の一員など、考えただけで悍ましいわ。一刻も早く抹殺し、弱者の血は途絶えさせなければ」
「それにしてもハヤテの奴、あんな能無し如きのことで憤慨し、剰え当主様に無礼を働くとは……本当に信用して良いのか?」
「あれはそもそも忌み色の混じった出来損ないだ。それを寛大なご当主様が容認してくれたからこそ、あれはこの一族で生きていられるのだろう。その恩を仇で返すような真似はすまい」
各々がしたり顔で、自分勝手且つ自分にとって都合がいい憶測を並べたてるだけで、満足そうな表情を浮かべていた。耳が汚れる言葉に満ちた、汚染された空気の中、重鎮たちを酷く冷めた目で観察するツキマは、心の中でため息を零していた。
(はぁ……愚かだなぁ、阿呆だなぁ……。こんな老いぼれジジイ共さえも、偉大なる初代勇者様たちの血を引いているとは……。うっかり殺したくなるから世迷言を吐かないでほしんだが。
これではこの阿呆共より、ハヤテの方が何億倍もマシじゃないか。……あれは忌み色さえ無ければ、文句のつけようのない子供なんだがなぁ、はぁ…………ハヤテはこの一族の人間の中で、あの恥さらしの次に強い人間で、礼儀も弁えている。加えて、仲間思いの優しい子だ……本当に、あの醜い髪さえ無ければ……。あの忌み色を目にしただけで吐き気がするから、顔をあまり見られないんだよなぁ)
忌み色とは、一族の中で使われている造語で、黒髪や赤目を意味している。ハヤテは全体的に白髪の持ち主ではあるのだが、所々黒髪が混じっている為、忌み色と揶揄されているのだ。
(まぁ、見なければいい話だ。集中してハヤテの瞳だけ見ておけば、それはそれは健気な姿だったからな、あれは。……何も知らない人間の返答としては九十点と言ったところだが、もし本当にロクヤが死んでいると思っていたのなら、あれが今まで本腰を入れて、その死の原因を探ってこなかったことが不可解だ。まぁ要するに、ハヤテがどう答えようと結論は決まっていたのだが。それを知らずに必死になって繕う奴は滑稽で、それはそれは可愛かったな)
ツキマは最初から分かっていた。ハヤテがロクヤの死の偽装に関わっていたことなど。今回彼がハヤテを呼び出したのは、他の協力者を炙り出すためだった。ツキマが関与を確信しているのはユウタロウとハヤテ……そして、ユウタロウに傾倒しているクレハの三人だけ。
故に、ツキマはハヤテを揺さぶることで、ライトたちがその偽装に関与していたのか探ろうとしたのだ。
だがハヤテの口ぶりはまるで、ライトたちを揺さぶるなと言っているようなものだったので、ツキマの中で彼らが関与している可能性は濃厚になっていた。
ふと、未だにロクヤやユウタロウを貶しながら、好き勝手に論じ、時折自身のご機嫌を窺ってくる重鎮たちを一瞥すると、ツキマはふっと瞳から光を失くす。
(……このジジイ共は本当に愚かだな。こんな目元の皺を偽装しただけでまんまと騙されているのだから。……それに比べて、ハヤテたちは俺が亜人であることに気づいているだろうな。ロクヤを匿っているのなら、ロクヤが見た物についても聞いているだろうし)
ツキマは現在五十代だが、亜人は長くて千年生きる種族。五十代など、亜人の中ではかなり若者の部類で、人間にとっての十代のようなもの。当然、外見も若々しく、本来であれば怪しまれるはずなのだが、ツキマは術で多少容姿を弄っているので、重鎮たちはその事実に気づけていないのだ。
(やはりまずロクヤだ。あれは弱すぎる。殺すのは簡単だが、見つけるまでに多少苦労するだろう。今までは奴らにまんまと騙され、放っておくことになってしまったからな。早急に見つけなければ。
問題はあの恥さらしだ……亜人の事実を知っている者は全て殺さなければならないからな……まぁそれは、ハヤテも同様ではあるが。
あれは唯一、俺より強い人間だ。それこそ、唯一の欠点を除けば愛しい家族となれたというのに……。あんなにも天賦の才に恵まれているというのに、アイツには勇者の自覚も、忌まわしい悪魔を討伐する意思も無い。話していると虫唾が走る……殺せるものならとっくの昔に殺しているんだが、あれに隙が出来た試しなど無いからな……。まぁ、ロクヤを殺すことができれば勝機はあるか……。ロクヤの死で奴が取り乱し、俺を殺しにでも来れば、一族総出で返り討ちにする口実が出来るからな)
煩わしい喧騒の中、考えをまとめると、ツキマは再び顔を上げた。相も変わらず口々に捲し立てている重鎮たちを静めるように、ツキマは凛とした声音で第一声を上げる。
「――ハヤテは仲間思いで、とても優しい子だな」
「「っ」」
決して大きくはないものの、確実に一人一人の鼓膜にこびりつくような声を前に、喧騒は一瞬にして消え失せた。そして全員が固唾をのみ、次の一手に備えている。
特に、先刻までハヤテを揶揄していた重鎮数名は、ツキマに苦言を呈されるのではないかと、内心ヒヤヒヤと生きた心地がしていない。
「……ロクヤの件で、ライトたちが動揺するのを心配しているようだった。ハヤテはこの話を持ち出すなと言っていたが、ユウタロウを含めた数名は、あんなにも優しいハヤテに嘘をつき、欺こうとしている。それを看過することはできない。……ロクヤの死の偽装に関わっている可能性がある者には、引き続き探りを入れてくれ。
あぁ、それと。確かユウタロウが、レディバグの連中と接触していたようだな」
「はい。通り魔事件の際、奴らは頻繁に街に繰り出していました。その際、レディバグの構成員の顔を覚えていた者が、恥さらしとレディバグの構成員が接触している場面を目撃したので、間違いないかと」
ツキマの問いに対し、重鎮の一人がその詳細を答えた。
「であれば、あの恥さらしはレディバグの力を借りる可能性もあるということか……よし。レディバグの構成員と見られる者を発見した場合は、即拘束し、ロクヤの居所を吐かせるよう、一族全体に通達しろ。もちろん、裏切り者の可能性がある者たちは除くように。……情報を持っていようがいまいが、用済みとなれば殺せ。レディバグは、穢れた愛し子の指揮する組織……元より排除するつもりだったからな。
そのつもりで皆、責務を果たすように。以上だ」
「「はっ」」
ツキマが指示を出すと、全員が声を揃えながら首を垂れた。そんな彼らに一瞥もくれることなく、ツキマは静かにその場を後にするのだった。
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2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
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